第7話・願いと想い
2019/3/12 全文書き直しました。
朝になると森には、木漏れ日が差してくる。
闇に支配された森に色が戻り、ただ一軒ある家の窓にも光を入れた。
目を覚ました少女は、大きく体を伸ばし顔を洗いに行こうとドアノブに手を掛けた。
それと同時に、『異変』に気が付く。
彼女は躊躇するような素振りを見せた後、一気にドアを開けると同時に、裏側へと回りこんだ。
ほどなく開けられたドアの向こうから、まとめられた青い物体が勢いよく振り下ろされ、部屋の中に散らばり床青くを染める。
触ると冷たく、舐めると甘い果汁が口の中に広がった。
「これは・・・・ブルーベリー?」
もし直撃していたら、果汁で顔を洗うことになっていただろう。
ナゼこんなものが、とは思ったが心当たりが無いわけでもない。
少女は感心したようにうなづき、家の中から森の周囲を見渡した。
その様を数匹の動物が、茂みの向こうから確認していた。
「―ちっ、外した!」
「ねぇ、怒られない?」
「怒らせて、家の外に出てもらう作戦だ」
「僕が考えたいたずら、鮮やかなものでしょ」
悪態づくアライグマを横目に、クマは不安になった。
昨夜は『願いをかなえるためなら』などと意気込んだが、こんな事をして大丈夫だろうか?
リスの計画に乗りはしたものの、反面ブルーベリーが、外れてよかったと思う自分が居る。
もし直撃して激高したら、どうするのだろうか。
「あれで終わりか?」
ともあれ、まだ少女は家の外に出てきていない。
むしろ警戒してしまって、姿を隠してしまったようだ。
だが当のリスは「まだまだ・・・・」と少しも気にする事無く、笑みすら浮かべていた。
一方の少女は表口から出るのを諦めたようで、裏の勝手口に回っていた。
そこで第二の罠が発動し、両側から茨の葉が襲い掛かる。
難なく、これをヒョイと軽やかに避けた彼女は、また罠がない事を確認してから、ようやく外へ一歩踏み出した。
途端、第三の罠が少女を襲う。
踏み出した地面が底なし沼のようにズブズブと沈み始め、あっという間にくるぶしの所まで見えなくなる。
すぐ足を抜いて地面に着くが、そこも沈んでいく。
―ここら一帯は、ダメらしい。
そう理解した少女は勝手口から出るのを諦め、再び表玄関へ戻った。
今度も罠を警戒し、慎重に辺りを警戒しながら一歩ずつ・・・・
動物達は祈る思いで、時に悪態をつきながらソレを見守った。
「ちっ、また外したか!」
「まだまだ・・・・」
そこからは『凄い』の一言だった。
無数の罠が発動しては、少女がそれをかわす。
クリのイガ、ツタのむち、木の実バクダン、まるでイタズラのパレードのようだ。
その度にアライグマ達は口惜しそうにするが、直撃していたらと思うと、小心者のクマは見ているだけで気が気でなかった。
それにしても、あれだけの罠を服にシミ一つ付けずにかわす少女は、何者なのだろうか。
「あ、あれ居なくなった!?」
罠に気を取られていて、クマは少女を見失ってしまった。
家や木々に視線をさまよわせるが、彼女が居たのは下ではなく上だ。
彼女は森の木々の中を、軽やかに跳んでいた。
神々しくも信じられない光景に、クマだけでなくほかの動物達も言葉を失う。
小さな体に見合わぬ大ジャンプは、まるで天を駆けているようでもある。
そして、最後の罠に掛かった。
「へ?」
空で何かに触れたらしい少女が素っ頓狂な声を上げた途端、リスの罠が発動する。
森の木々という木々から、雨あられのように何かが降ってきた。
その一つがクマの前にも落ち、波打ちながら動き出す。
そう、虫だ。
リスが最後に張ったツルは、絡まっていた木につながっており、そのまま虫の住処になっている木全体を揺らしたのである。
だが驚くのは、むしろその後だった。
「ぎゃあああああああーーーーーーーー!!?」
突然聞こえてきた咆哮が少女のものと分かるまで、少しの時間を要した。
まるで断末魔のような悲鳴が森に木霊した瞬間、少女の口元が赤く光り輝く。
「えっ!?」
それは此処に居る全員の声だったのかもしれない。
周囲にあった森の木々が、放たれた火の奔流によって焼かれていくのを、クマ達は呆気に取られながら見ていた。
「・・・・口から火、吐いたね?」
「うん・・・、俺も今はじめて知ったよ」
彼等が見ている中、空中で体勢を完全に崩した少女は、頭から自由落下していった。
目を覆いたくなるような光景を前に、だが少女は軽やかにクルリと反転して、背中に深紅の翼を広げ、空を滞空する。
クマも、人間をよく知るはずのキツネも、呆然とその様子を見ていた。
ニンゲンの事は知らないが、あんな風に空を飛ぶものだろうか?
少女は滞空したまま辺りを睨むように見回り、茂みに隠れる動物達の姿を見つける。
目が合った瞬間、ヒッと誰かが悲鳴を上げた。
一瞬で距離を詰められ、彼等の前に立ち塞がった。
『どういうつもり? 事と次第によっては、タダじゃおかないんだからね!』
彼女はそう、確かにクマ達にも分かるように話した。
しかし迫力に気圧され、この時だれも、それには気付けなかった。
彼女はすごい剣幕で怒っていたが、暫くすると少しは気が済んだのか息を吐き、動物達を家に招き入れた。
クマたちを床に座らせた跡で、自身は木のイスに腰掛けて腕を組んで見下ろす。
『私はね、ある方の用事のために、ここに居るの。 あなた達のナワバリを荒らしちゃったと言うなら、すぐ出て行くわ。 ね、あんな事をした理由、聞かせてくれない?』
少女がズイッと笑顔を近付けてくる。
しかし目は完全に笑っていない。
昨日は我先にと願い事をしていたアライグマ達も、今日は一言も言葉が出せなかった。
そんな中でキツネ君が意を決し、少女と視線を通わせた。
「イタズラは謝ります。 どうかクマ君の願いを・・・彼の母さんに会わせてください、お願いします!」
言い終えると同時に、深々と頭を下げる。
少女は状況が飲み込めず、「どういう事かしら?」とクマに視線を移した。
だが驚いているのは、深紅の少女だけではない。
「そういえば昨日もそんな事・・・・・おいオンボロライダー、まさか『願い』って母親とかに会いたいって事なのか?」
「『ある使命』って、そういう事かよ」
「お母さんが大好きなんだねー」
この森で仲間になった3匹が、一斉に反応を示した。
来るまでの苦労を考えると、彼等には受け入れ難くもあったようだ。
特にアライグマが、「軟弱な!」と激昂する。
だがクマの母に会いたいという気持ちは変わらない。
少女だけでなく、ここに居る全員に対してクマは自分の気持ちを話した。
「僕は母さんが苦しんでいる時、外で皆と遊んでいたんだ。 朝から調子が悪そうだったんだから、出かけずに診ていてあげれば良かったって今でも思うよ」
イエの中がシンと静まり返る。
だが、いつまでも哀しんでいるだけでは、いつまでたっても怖がりのクマのまま。
それでは何も変わらない。
「だからもう一度会って、伝えたいことがあるんです。 ニンゲンの魔法ならと聞いて、だからお願いします!」
クマは必死で、何度も頭を下げた。
やっと巡ってきたチャンス。
今やらなければ、あの時から自分は時が止まったままだ。
しかし少女は深くタメ息をつき、ゆっくりと首を横へ振った。
『魔法は奇跡を起こせる御技じゃないわ。 万能ではないし、出来ることには限りがあるの。 それに私は、人間じゃない』
「『ニンゲンじゃない』・・・・・・?」
哀しげな様子を見せる様子を見て、クマ達は呆然とした。
彼女は何を言っているのだろうか?
そんな重苦しい空気を、アライグマが打ち破った。
「大層なこと言って、やりたくないダケじゃねーのか!? 言葉が判らないとか言ってたのに、こうして喋ってるじゃんか!」
『これは私の魔力を念話に乗せて、あなた達の頭の中でそう変換されているだけ。 私には母国の言葉に聞こえるし、あなた達には分かる言葉で聞こえるようになる、そういう魔法よ』
少女がナニを言っているのか、クマたちに分からなかった。
だが魔法が使える、その一点が重要だ。
たとえ万能でなくとも、なにか方法があるかもしれない。
そんな淡い期待を抱かずには居れなかった。
「どうにか、お母さんに会えませんか?」
『・・・・残念だけど、死んだら甦ることは無いの。 死はいずれ、誰にでも訪れるものよ』
魔法でも奇跡は起こらないらしい。
クマはシュンと項垂れ「用が済んだら帰って」と少女が横切るのを、直視できなかった。
リスが彼の肩に登って、頭を撫でる。
「帰ろうクマ君、帰って『ドングリ池』にまたお願いしようよ。 もう笑ったりなんかしない、一生懸命お願いしていたら、きっと願いもかなうさ!」
「へっ、そうまでして死んだ奴に会いたいのかねえ」
まだ腹が煮え切らないのか、アライグマは愚痴をこぼす。
なんで自分は『パイソン柄の巣箱を造る』などと言ったのだろう。
だが、ここでいつまで居ても意味は無い。
しかしリスにありがとうとクマが言おうとした瞬間、その小さな体が肌色のモノに抱え上げられていた。
それまで淡々としていた少女が、先の悲鳴にも匹敵する大きな声を出した。
『願いを叶える池!? ここの泉のほかに、そんないわれのある池が、この辺りにあるの!?』
「ナニ言ってんだ。 そこにあるのは、ただの沼だろ?」
少女の豹変振りに、動物たちは驚きを隠せなかった。
特にアライグマは、バカかと言わんばかりに頭の上で指をグルグルと回す。
永年この森に住んでいるが、アライグマはそんな話を聞いたことが無い。
だが少女はそれを聞いて、まるで烈火のごとく背後に炎を立ち上らせる。
比ゆではなく、本当にパチパチと弾ける音と焦げる様な熱気が伝わってきた。
『案内なさい』
「はあ?」
『私をその池に案内しなさい、もしかしたらクマさんの願いも、森の記憶って形でなら叶えてあげる事も可能かもしれないわ』
「そんな事・・・・・!」
さっきから出来ないと言ったり、そうかと思えば出来ると言ったり。
加えて『行きたい場所へ案内しろ』など随分と虫のいい話である。
アライグマだけでなく、動物達は一様に彼女に対して不信感を抱いた。
でもクマだけは、そうではなかった。
可能性があるなら、それに掛けたい思いがある、だから迷わず言った。
「お願いします!」
こうして彼等は、元の森に帰る事にした。
同行人を1人増やして。
主な登場じんぶつ紹介 ※順不同 ネタバレ注意 一部伏字
・怖がりのクマ
本作の主人公。 母に会いたい一心で、願いが叶うと言われる池に、ドングリを投げ込む。
可能性に掛け、なんとか願いを叶えようとする。
・イタズラ好きのリス
イタズラをするのが好きな、森の仲間。
少女の気を引こうと、様々なイタズラを仕掛けた
・お人好しのキツネ
世話焼きな森の仲間。 少々毒舌家。
イタズラ作りを手伝った
・村長のフクロウ
森の長老。 夜行性のため、昼は話途中でも寝てしまう。
・副村長のウサギ
夜行性で、すぐ寝ようとするフクロウを起こすのが仕事。 拾い物の伊達メガネを掛ける
・隣の森のオオカミ
群れで行動する、隣の森のボス。 警戒心が強い。
・隣の森のキツネ
お調子者のキツネと言われる自称『フォック』 自分を大きく見せようとする傾向が強い
・暴れん坊のアライグマ
ナワバリを持つ、気性が荒い。
クマの願いを知り、少し失望した
・食いしん坊のヘビ
アライグマと行動を共にする大蛇。 性格はおっとりしている。
体が大きく目立つので、洞窟内で待機中
・歌上手のコマドリ
アライグマの友達。 見た目は可愛いが、残酷な一面も持つ。
・ニンゲン?
隣の森の、奥深くに住む紅い少女。 ナゾが多い。 博識。
イタズラに翻弄され、あげく大嫌いな虫爆撃で卒倒した。