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第6話・森の奥の『ニンゲン』

 夜遅くに現れた意外な来訪者に、ニンゲンの少女は驚きを隠せなかった。

フシギな森に住む不思議な動物は、まるで人間のような事をするらしい。

『天の橋』が架かった影響は、未だに続いているということか・・・・。 

―なるべく、早く対処しなければ。


「こんな所に、何の用?」


 動物に、人間の言葉など分かるまい。

そんな当たり前の事を忘れて、少女は訪ねて来た動物に質問した。


「ガウガウッ、ガウー!」

「シャー!!」

「コーン、コーコーコーン!」


 やはり、言葉は分からないか―

だが彼等の瞳は輝いている、知性を宿しているのは、一目瞭然だった。

どんな目的で来たのかは知らないが、今時分ヒマではない。


「悪いけど私、森の民の言葉を知らないの。 他を当たってちょうだい」


 ドアを閉めるようとするとき、動物達は呆気に取られたり、また絶望するような視線を向けてきた。

本当に彼等は、純粋な動物なのだろうか?

森の事はあらかた『あの方』から事情を聞いていたハズなのに、少女はまるで、自分が何も知らないような気すら覚えた。



◇◇◇



 ニンゲンは、どんな願いも叶えてくれる。

それが本当なら、どんなにステキだろう。

クマは少女が姿を現した瞬間、こらえ切れず叫ぶように懇願をした。


「あなたがニンゲンですか!? お願いがあるんですっ、一度だけでいいので母さんに会わせてください!!」


「なに、ニンゲンって願いを叶えてくれんのか!? だったら俺様は木イチゴ・・・・いや、いろんな実がどっさりなる木だ、ソレをくれっ!」

「じゃあ僕はー、うーん・・・お腹いっぱいが良いなぁー」

「フォック様って感じで、俺を森のボスにしてくれっ!」


 クマが願いを口にした瞬間、被せるようにアライグマ、ヘビ、フォックが好き勝手な事を言い始めた。

キツネ君が「いい加減にしろっ」と諌める中、ニンゲンは表情一つ変えずに「言葉が分からない」と言って、そのままドアを閉めてしまう。

あまりの呆気なさに一瞬、ナニが起きたのか理解が出来なかった。

リスが「えっ」と声を上げる。


「そんな、これで終わり!?」


「あんだよっ、ニンゲンっつたって大した事ねーじゃんか!」


 アライグマが、言葉も分からないで願いをかなえるのかっと悪態つく。

少女のほうはすぐに寝てしまったようで、ドアが閉められるなり、中の灯りも消され暗闇が森を覆う。

クマ達はまるで、希望の光を失くしてしまう様な気さえ覚えた。


「ボク、もう寝るよ・・・・・」


「おっおい、諦めんのか!?」

「これで良いのかよ!」


 今日は朝から歩きづめで、疲れているのかもしれない。

気力をまるで失ったクマたちは、そのまま『イエ』を後にした。

ここまで来る途中に洞窟があり、今夜はそこで明かすことにする。

月夜が照らす中、採ってきた木の実を口にしながら、アライグマたちは再三にわたって悪態をついた。


「にしても、太々(ふてぶて)しい女だったぜ、とんだヘンクツ野郎だ! そう思わねぇかフォックよゥ!?」


「同感だな、だいたい俺はウワサと知らない動物ってのが嫌いだったんだ。 なぁ兄弟!」


 フォックが振り向いた先に、クマ達は居なかった。

ただ一匹残されたリスが、バツ悪そうにしながら、森の奥を指差す。


「か、顔を洗ってくるって・・・・・」


「・・・・・・そうか」


 考えてみれば、彼等は隣の森から、川を飛び越えてここまでやって来たのだ。

そして、結果はご覧のとおり。

言葉が見つからず、アライグマ達は黙って木の実を食べた。


 一方の泉に向かったクマは、そこに先客の姿を見つけた。

ションボリと尻尾をたらし、キツネは静かに波打つ水を覗き込んでいる。

足元の枯葉がガサッと鳴り、気付いたキツネの耳がピクピクと反応した。


「キツネ君、みんなと一緒に居ないの?」


「・・・・ごめんなクマ君、さんざん期待させておいて、このザマだ」


 どうやらニンゲンに追い返されたことを、かなり気にしているらしかった。

むろんクマだって、気にしていないわけではない。

「願いが叶う、母さんに会える」それで、ここまで来たのだ。

でもソレは、キツネ君が悪いわけではない、来たいと言ったのは自分なのだから。


「仕方ないよ。 天に行っちゃったヒトには、もう会えないんだよね」


「きっと、ニンゲンならって思ってたんだけどな」


 気にしていないと言ったつもりだったが、キツネはうつむいたままだった。

いつもの元気はドコへ行ったのだろう、思えば森に来た時から、彼の調子はおかしい気がしていた。

一体、どうしたと言うのか?


「―ねェキツネ君、本当に君はボクに同情して付いて来てくれただけ? 別に目的があったんじゃないの??」


 それはタダの好奇心。

もしかしたら彼に『そんな事は無い』と言って欲しかったのかもしれない。

だが彼は手近の石をつかんで泉に投げ込んだあと、「騙すつもりは無かったんだ」と力なく答えた。

クマの中に軽い失望感と、やはりという確信めいた感情がうごめく。


「ニンゲンと、何かあったの?」


「恥かしい話さ、聞いてくれるかい?」


 そうしてキツネは、これまでの事を簡単に聞かせてくれた。

自分が親の顔を知らないこと、そもそもどこで生まれたかすら知らず、物心つく頃にはニンゲンの下で暮らしていたことを・・・・。

 きっとニンゲンはキツネにとって、親も同然だったに違いない。


「何年か経って、俺は森に放されてニンゲンは帰っちまったんだ。 胸が張り裂けそうなぐらい哀しいし辛かったよ。 あぁ勘違いしないでくれっ、恨んでるんじゃないんだ。 ただ、なんで俺は捨てられちまったのか、同じニンゲンに聞けば、分かる気がしてさ」


 クマは、言葉を失った。

あまりに衝撃的な話に、とても頭の理解が追いつけない。

やっと出たのは、意味の無い質問ばかりだった。


「え、だって・・・そんな話初めて聞くよ? ニンゲンに育てられた??」


「言えるわけないだろ、こんな話。 こんな俺の身勝手に、結果的にみんなを巻き込んだんだのは、悪かったと思ってる。 本当にゴメン・・・・」


「それは・・・・・」


 みんなを巻き込んだというなら、クマだって同じ事だ。

フォックはともかく、アライグマやヘビ、コマドリとたくさんの動物に迷惑を掛けた。

もうすぐ冬という、一年で一番忙しい時にだ。

返す言葉が見つけられず、黙っていると、それまで俯いていたキツネがパッと顔を上げた。


「でも、ニンゲンはスゴいんだぜ! 目から光線を出したりはしないけど、何も無いところから火や水が出したり、どんな大きな怪我や病気でも簡単に治しちまうんだ! きっとクマ君の願いだって・・・・・」


「キツネ君、行こう」


「行くって、どこへ?」


 キツネの、まるで自分の事のように誇る姿を見て、心が決まった。

ニンゲンに、もう一度会いに行く。

ロクに話しもせず諦めるのではなく、ちゃんと面と向かって伝える努力をするのだ。


「あのニンゲンに『お願い』をしに行くんだ。 少なくとも僕らは言葉が分かったんだから、あとは伝えるだけでしょ?」


「どうやって?」


「いや・・・だからそのっ、身振り手振りとか?」


 あんまり深くは考えていなかった。

しどろもどろになるクマを、キツネは驚いたように見ていた。

周りから『怖がり』だと馬鹿にされていた彼はそこにない。

 今はむしろ、自分の方が怖がっている。

それを改めて気付かされた気がした。

もう一度大きく深呼吸する、先ほどとは打って変わり、世界の全てに色が戻っている。


「そうだった・・・・・そうだったね。 ここまで来た目的を、見失うところだった、ありがとうクマくん。 明日の朝、もう一度行ってみようか?」


「もちろん!」


 誓いを新たにする2匹の近くで、不意に重い音が鳴る。

途端に空腹感にさいなまれる。

顔を見合わせ、噴き出す様に笑いがこみ上げた。

そういえば朝から、水以外ほとんど口にしていない、お腹は正直だ。


「もどろうクマ君、フォックたちにも謝らないと」


「うん!」


 クマ達はそろって、泉を後にした。

洞窟に入るなり大きな壁に進路をふさがれたが、例の如く頭上からヘビの首が現れる。

動く壁の向こうで、アライグマ達は火を囲んで暖を取っていた。


「おっ来たな、オンボロライダー!」


 アライグマはニヤニヤ笑みを浮かべながら、自分の席をゆずった。

焚き火の前には山のように木の実が積まれ、彼らの口元の毛に、ほんのり色が付いている。


「はやく喰えよ兄弟、明日も行くんだろ?」


 意外な言葉に、クマとキツネが顔を見合わせる。


「えっ、行ってくれるの?」


「ここまで来て引き下がれっか! あのヘンクツ女をギャフンと言わせてやるぜ!!」


 質問にはアライグマが答えた。

彼が後ろを向くのにつられて見ると、リスがドングリを置いて、意味ありげに口の端を吊り上げた。


「ぼくに、考えがあるんだっ」


 一転、クマ達の脳裏に『不安』の2文字が過る。

さっきは軽く決意したが、本当に大丈夫だろうか?

木の実を頬張りながら、2匹は明日の計画とやらを、静かに聞いた。



 主な登場じんぶつ紹介 ※順不同 ネタバレ注意 一部伏字


・怖がりのクマ

本作の主人公。 母に会いたい一心で、願いが叶うと言われる池に、ドングリを投げ込む。

一度追い帰されはしたが、もう一度ニンゲンに会う決意をする。


・イタズラ好きのリス

イタズラをするのが好きな、森の仲間。

イタズラの事となると、頭がキレるらしい。


・お人好しのキツネ

世話焼きな森の仲間。 少々毒舌家。

過去にニンゲンに育てられた事があり、ゆえにニンゲンの事を知りたい一心で、ここまで来た。


・村長のフクロウ

森の長老。 夜行性のため、昼は話途中でも寝てしまう。


・副村長のウサギ

夜行性で、すぐ寝ようとするフクロウを起こすのが仕事。 拾い物の伊達メガネを掛ける


・隣の森のオオカミ

群れで行動する、隣の森のボス。 警戒心が強い。


・隣の森のキツネ

お調子者のキツネと言われる自称『フォック』 自分を大きく見せようとする傾向が強い

戻ってきたクマたちをねぎらうなど、優しいところもあるようだ。


・暴れん坊のアライグマ

ナワバリを持つ、気性が荒い。

クマたちを『オンボロライダー』と呼び、尊敬している。


・食いしん坊のヘビ

アライグマと行動を共にする大蛇。 性格はおっとりしている。

風で火が消えないよう、洞窟で壁になっていた。


・歌上手のコマドリ

アライグマの友達。 見た目は可愛いが、残酷な一面も持つ。


・ニンゲン?

隣の森の、奥深くに住む紅い少女。 ナゾが多い。 博識。

クマたちの話す言葉は分からなかった。


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