第4話・森の暴れん坊
深かった霧も昼前には晴れ、頭上には青空が広がった。
木々の隙間から陽がさし、爽やかな風が森を吹き抜ける。
しかし進むほど木が密集してきている気がする、だんだん木漏れ陽も薄くなり、辺りは昼だと言うのに暗くなってきた。
「本当に、こっちに人間がいるの?」
「シラミ潰しに探していくしかないんだ、そっちのキツネが何も教えてくれないからね」
キツネ君がジロリと付いてくるフォックを睨むと、フイッと視線が逸らされた。
クマの質問は尤もだったが、キツネ君だって『ニンゲンが居るらしい』ということ以外、知っていることは無い。
リスは、ずいぶん静かと思えば、クマの背中で寝ている。
こいつは放って置くことにした。
それでも勝手の知らない森の中では、アテなくとも探し続けるほか無かった。
居心地が悪くなったフォックが、別の話題を振ってくる。
「そんな事より一旦、ここで休憩にしたらどうだ? そろそろ疲れが溜まってきた頃だろ」
「大きなお世話だ」
こんな奴に心配されたくない、しかし思いと関係なく、足はフラフラとおぼつかない。
考えてみれば森を出てからというもの、夜通し歩き通しなのだから、当然といえば当然だろう。
一緒に居るクマ君の顔にも、疲れの色が見える。
ちょうど手近に実のなる木もあることだし、ここで休憩したほうが良いのだろう。
クマの同意も得て、キツネがよっこらせと丸太に腰掛けたようとしたときだった。
「痛い!」
妙に柔らかい座り心地とともに、誰かの悲鳴が上がった。
辺りを見るが、クマ達はそろって首を横へ振る。
すると間髪いれず、ズズズッと地面が鳴り、丸太が動き始めた。
頭上から巨大な顔が、キツネ達を覗く。
「君達、ダァレ?」
それは、木よりも大きな大蛇だった。
一瞬ボウッと見ていた彼等も、すぐに身の危険を理解する。
「ひああぁあぁぁーーーーーーーっ!!!!!」
ここで混乱しているにも関わらず、一緒の方向へ逃げたのは、互いに少しは相手を思う気持ちがあったと思いたい。
おかげでチリヂリになる事は回避できたが、進路の前方に居た小動物に気を取られたのは悪かった。
「おっと、ここは通せないぜ!」
「後ろだ!!」
フォックが、通せんぼするアライグマとは反対方向を指差し、なんとか逃げようとする。
しかし既に後ろには丸太のような蛇の巨体が横立っており、とぐろを巻くように、全方向の逃げ場が失われる。
どうやら大蛇とアライグマは仲間らしい。
とぐろを巻いた真ん中でオロオロするクマ達を、2匹がそろって見下ろした。
なんとか勇気を振り絞ったキツネが、大きな声で抗議する。
「おい、これは何のマネだ!」
「ここは俺たちのナワバリだ、通るには通行料が居るんだぜ?」
「通行料、通行料っ♪」
そう言ってアライグマは、下卑た笑いを見せた。
通行料だって、と驚いてみせると、彼はにっと口角を上げ、蛇の上に乗ったままクマ達を指差した。
「しめろ相棒、奴らを血祭りにあげてやれ!」
「ええっ、やだよう! ちゃんと血抜きしないと美味しく食べられないじゃーん!?」
「はぁー!??」
どうやら意見に違いが合ったらしい。
言い争っている間、キツネ達もこちらでヒソヒソ話す。
フォックは彼らの事を知っていたらしい。
「あいつらは森一番の暴れん坊だ。 ヘビとつるんで、デカい顔してんだよ」
「いらない情報ありがとう。 ここの森には、チンピラしか居ないのか!?」
初めてフォックに会った時、とんだ奴に会ったと思った。
だがオオカミを始め、自己中心的な動物が多く、また森全体の雰囲気も暗い。
彼等には助け合うとかいった考えは無いのだろうか?
と、そのときアライグマは、2匹いるキツネを意外そうに見た。
「ん、よく見たらキツネじゃないか。 って事は、そいつらダチか?」
「本当だ、キツネ君だー」
フォックが、どうもーとバツ悪そうに手を挙げた。
クマたちが一斉に彼を見る。
「えっ、知り合い?」
「友達と思われたくない」
「なんだよー、せっかく面白いところで会ったってのによ。 また昔みたいにギブ&テイクの自由気ままライフを楽しもうぜ!」
彼等のあいだには、どうやら過去に何かあったらしい。
まったく目線をあわそうとしないフォックに、、妙に馴れ馴れしいアライグマが笑みを浮かべたまま近づいて来る。
ヘビの巨体から飛び降りると、なにを思ったのか「ははぁ~」と感心しながら、クマたちを見た。
「そうか、お前がコイツらを連れて来たのか」
まさか裏切られたかと思い、クマ達がそろってフォックを見る。
表情の一つも変えず、彼は彼は「はぁー・・・・」とタメ息を付き、これまでの経緯をアライグマに話して聞かせた。
そこで出た『隣の森から来た』という一文に、彼らは予想外の反応を示す。
「すっげ、隣の森って隣の森か!? マジかよ、まさか橋を渡ってきたのか?」
「う・・・うん。 でも橋は落ちちゃって、僕はジャンプしたんだけどね」
クマがそう言った瞬間、「川を飛び越えただと!?」とアライグマが驚く。
さっきまでの高圧的な雰囲気はどこへやら、それだけ対岸から来たということが、彼等には衝撃的だったようだ。
とりわけ「オンボロ吊り橋を渡った」というところに、食いついてくる。
「わざわざ吊り橋を渡ってまで、こんな森に一体ナニをしに来たんだ?」
「僕らは『ある使命』を帯びて、ニンゲンっていう生物に会うために、ここまで来たんだ!」
いつの間にか起きたリスが、クマの背中の上でグッと胸を張って言う。
アライグマはますます興奮した。
「あのオンボロ橋を渡るなんて、大した奴等だぜ。 その度胸に免じて、今回は通行税は取らないでやろう」
「いつも、そんなの取ってないけどねー」
余計なこと言うなと、ヘビの鼻頭にアライグマのパンチが叩き込まれる。
大蛇が「痛い・・・・・」と涙目になっているのは、かなりシュールな光景だった。
気が済んだらしい彼が、クマたちに向き直る。
「お前らニンゲンに会いに来たっつったな。 俺も仲間に入れてくれ、その代わり付いて来いよ」
「ニンゲンの居場所を知ってるのか!?」
キツネが食いつくと、少し意外だったのかアライグマが驚いた様子を見せる。
だがすぐ話を戻し、キツネの質問に答えた。
「いや、俺は知らないんだ。 でも知っていそうな奴を知ってる」
彼はどうやら、その『知っていそうな動物』のところまで連れて行ってくれるらしい。
だがそれなら、もっと手っ取り早い方法がある。
キツネ君がフォックを指差した。
「知り合いなら、この狡賢いキツネを説得してくれないか? ニンゲンの居場所を知っているようだから」
「おっおい、やめろよ」
「あん? そいつが森の奥の事を知っているはず無いだろ。 狩りが出来なくて川辺で木の実と虫ばっかり食ってるような奴だぞ?」
「なに!??」
振り向いた瞬間、フォックはバツ悪そうに頭をかいた。
なにが森の番人か。
ウソもここまでいくと、呆れる他なかった。
アライグマも完全に信用できるとは言えないが、アテがあるわけでもない。
『願い』を叶えるため、目的を果たし弱点を克服するため、クマ達は後を付いていく事にする。
見知らぬ森は彼等を包み込んでいき、彼等は暗闇の中へと消えていった。
主な登場じんぶつ紹介 ※順不同 ネタバレ注意 一部伏字
・怖がりのクマ
本作の主人公。 母に会いたい一心で、願いが叶うと言われる池に、ドングリを投げ込む。
勝手の知らぬ森で、かなり恐怖を抱いている様子。
・イタズラ好きのリス
イタズラをするのが好きな、森の仲間。
フォックを気にして、夜通し気を張っていたせいか、クマの背中で寝てしまったらしい。
・お人好しのキツネ
世話焼きな森の仲間。 少々毒舌家。
勝手の分からぬ森のルールに、右往左往する。
・村長のフクロウ
森の長老。 夜行性のため、昼は話途中でも寝てしまう。
・副村長のウサギ
夜行性で、すぐ寝ようとするフクロウを起こすのが仕事。 拾い物の伊達メガネを掛ける
・隣の森のオオカミ
群れで行動する、隣の森のボス。 警戒心が強い。
・隣の森のキツネ
お調子者のキツネと言われる自称『フォック』 自分を大きく見せようとする傾向が強い
利害の一致から同行しているが、付いて来るだけで何もしてくれそうに無い。
・暴れん坊のアライグマ
ナワバリを持つ、気性が荒い。
通る動物には、『通行料』を徴収しているようだ。
・食いしん坊のヘビ
アライグマと行動を共にする大蛇。 性格はおっとりしている。
何より食欲が第一で、それ以外の事に付いては鈍感のようだ。
・歌上手のコマドリ
アライグマの友達。 見た目は可愛いが、残酷な一面も持つ。
・ニンゲン?
隣の森の、奥深くに住む****。 ナゾが多い。 博識。