第8話 魂の鮮度
――全身が痛い。
あれから、どれだけの時間が経ったのだろうか……。
ゆっくりと目を開ける。
ここはどこだ……? ローブは着たまま、小さな身体を起こす。
「やっとお目覚めデスか。なかなか意識が戻らないので心配しましたよ~」
ここはメフィストのところか、狭い部屋のベッドで横になっていたみたいだ。
「俺は鮮血の薔薇……カルディナにやられて、その後……どうなったんだ?」
「嫌な予感がしたので様子を見に、そしたらアナタが倒れているものデスから」
「そうか……助かったよ」
「いえ、上司として当然のことをしたまで、デスので。……あ、助けた際の手間賃だけは、報酬から引いておきますので」
俺は、カルディナにコテンパンにやられて気絶したのか。その後、メフィストが助けに来てくれたようだ。
もし、メフィストが来てくれなければ、どうなっていたのかは分からない。
この恩は仕事の頑張りで返していこう、そう思った。
――病院へ行った目的……大事なことを思い出した。
「そうだ、刈り取った魂……!」
「ご安心を、ワタシがあの重い袋を回収しておきました。アナタと一緒にね」
「よかった……」
俺の命が助かっても、刈り取った魂がパーになったら意味がない。その言葉を聞いて安堵した。
「まだ開封していませんので、さっそく確認しましょうか」
メフィストは膨らんだ黒い袋を開け、一つ、二つと魂を手に取り数えていく。
「――おや……、少し足りないデスね」
当たり前だ、他の死神に先を越され、カルディナにも邪魔をされてしまったのだから。
「うっ……、失格だよな、ノルマを達成できなかったんだ」
メフィストは数秒だけ考えた。鮮血の薔薇、カルディナと鉢合わせになってしまった不備もある。
「まぁ、ワタシも鬼ではないので、大目に見ましょう。合格デス」
俺は、その言葉を聞けるとは思ってもいなかった。正直、最悪クビになると思っていたぐらいだ。
「可能であれば、さっそく今夜の仕事を依頼したいのデスが。身体の方は……」
「大丈夫だ、問題ない」
まだ全身が痛むが、仕事に支障はないはず。それよりも、前より報酬の良い依頼を貰えることで、いつのまにか痛みなんか感じなくなっていた。
また、カルディナに襲われでもしなければなんてことはないはず。
――俺は、ふとカルディナの言葉を思い出した。
「一つ、質問していいか? カルディナが『ハデス社』に所属する者以外は死神行為が禁止されているって聞いたんだが……」
メフィストの顔が少しだけ怖くなった気がした。
「アナタ、初対面の見ず知らずの死神の言うことを鵜呑みにするつもりデスか?」
「え、それは……」
「アナタは騙されやすそうな顔をしていますからね、気を付けてください」
答えになっていなかったが、なぜか納得してしまった。次、カルディナに会ったら詳しく話を聞こう……なるべく会いたくはないが。
「……では、依頼の内容についてお話します。今回は、女子高生の魂を回収してもらうのデス」
「ああ、わかった……って、今なんて?」
「……? 『女子高生』がターゲット、デス」
俺は耳を疑った。今までは寿命の近い老人ばかりがターゲットだった。
でも女子高生って、まだ若いだろ……俺も、少し前までは高校生だったわけだし。
「女子高生って……、いくらなんでも若すぎだろ。どうしてターゲットになるんだ?」
「彼女は、治ることのない重い病気を患っています。魂を刈ることは、彼女を助けることにもなるのデス。そして、若い人間の魂は老人の魂に比べ、洗う手間が少なくて済みますから、その分高く売れるわけデスね」
どうやら、回収された魂は、次に生まれてくる身体に入れる前に、洗浄しなければならないらしい。
洗浄にはお金が必要。使い古された魂、老人の魂は洗うのにそれなりの手間がかかる。それに対して、若い人間の魂、つまり『鮮度』の落ちていない魂は、洗う手間が少なく再利用がラクなのだ。
犯罪者や悪人の魂は、冥府や地獄といった場所に送られ、厳しい罰を与え、洗浄を行う。どうしようもないほど穢れた魂は、とある獣の餌にされるとか。
洗浄、汚れや記憶を消された魂は天界などの魂の管理所に送られ、次の身体へ届けられる。
「理解いただけましたか? ワタシたちは、なるべく若い魂を回収したいわけデス。回収しても支障のない若者を探すのにも一苦労なのデスから」
「高校生で不治の病か……。わかった、引き受けるよ」
俺の母さんも、まだ若かったのに不治の病で他界した。
老人だから魂を刈ってもいい、若いからダメなんておかしいよな。若くても亡くなる人はいる。自分をそう納得させた。
――夜。ターゲットの女子高生の家に着いた。豪邸とまではいかないが、立派な一軒家。
いつものように、空間を黒く歪ませ、すり抜けて家の中へ侵入する。
……あっさりとターゲットの部屋の前まで来た。難易度は老人の時と大して変わらないのに、報酬は増える。こんなに美味い話があるなら、もう少し早めに交渉するべきだったな。
何気に女の子の部屋に入るのなんて初めてだな、しかも年齢は自分とあまり差はないが、女子高生だぞ。ドキがムネムネする……。下手したら犯罪なのでは? いや、今の俺は幼女だった。股間にブツが無くて助かったぜ……。
邪念を抑え込み、ドアの向こうへ抜けた。
無意識に深く息を吸い込んだ。――良いかほりだ……。じゃなくて、まずはターゲットを確認しなくては。
暗い部屋の中に月の光が差し込んでいる。ベッドで静かな寝息を立てているターゲットを確認。
今日は、満月がとても綺麗だな。ターゲットの女子高生の顔はもっと綺麗だ……、うん。
「このコが不治の病だなんて信じられないな……可哀そうだ」
哀れむのは良くないと思ったが、仕方ない。助けてあげたいと思うのが普通、そして、このコの魂を刈ることが助けることになる、そう信じて。
魂をターゲットの身体から切り離し、袋に大事にしまった。
すぐに渡したい、魂の価値を知りたいという欲求を抑えられなかった俺は、深夜にも関わらず、すぐにメフィストの元へ向かった。
――百万。
今までの報酬と比にならないほど高額だ。なのに、高いのか安いのか分からない……。今日は雲の無い綺麗な夜空なのに、俺の心のモヤは、しばらく晴れなさそうだ。




