第28話 ヒョウゴク、襲撃
現在、世界的に生まれてきた赤ちゃんの意識がない、動かないといった事例が急増している。
これは、ニュースでも取り上げられ、世界中がパニックとなり、大騒ぎしている最中である。
それだけではない。子供や大人関係無しに、謎の不審死が相次いでいる。これは恐らく死神や悪魔が絡んでいるに違いないだろう。
町の警備は強化され、どこを見ても警官がパトロールをしている。俺とカルディナも、ハデスの指示により町を見回っている。
「見回りなんていつもしてるけどな」
と、つい口に出てしまう。言われなくても怪しいやつを見かけたら警戒するし、悪魔や他の死神が悪さをしようとするなら止めさせる。
ところが、ハデス社から緊急連絡が入る。トウキョウヘヴンタワー内部に侵入者だそうだ。
実は珍しいことではない。ヘヴンタワーや関係者をよく思っていなかったり、備品や保管されている魂を狙う輩も少なくない。
侵入されたとして、警備員や戦闘に長けた死神がいるから大事になることは滅多にないのだ。
とは言え、今回は様子がおかしい。侵入者はヒョウゴクへ向かったという。
「ヒョウゴク? そんなところに何の用があるのかしら。でも、ヒョウゴクは門番であるコキュートスが見張っているから心配無いと思うのだけれど」
カルディナも、コキュートスのことはよく知っていて信頼している。俺も実際に戦って、その強さは十分知っている。
「けど、何も無かったら連絡して来ないんじゃないか? 念のためだ、急いで戻ろう」
俺とカルディナはヘヴンタワーに向かう。
ロビーには誰もいない、多分安全のために避難させたのだろう。しかし、怖いほど静かで不安になる。
侵入者はヒョウゴクへ向かったとの情報を頼りに、エレベーターで降りていく。
ヒョウゴクまでは、元々距離があるし時間も掛かるが、急いでいるせいか余計に長く感じる。
「万が一、戦闘になるかもしれないわ。ちゃんと準備しておきなさい」
カルディナは真剣な表情で俺に忠告する。ヒョウゴクまで侵入できるということは相当な手練れということになるだろうか。
エレベーターのチャイムが鳴り、ヒョウゴクに着いたことを告げる。エレベーターの扉が開き、身構えるが、そこは不気味なほどに静かだった。
少なくとも、今は戦闘が起きているとは思えない。
「静か……だな」
「念のために警戒しなさい、何があるかわからないわ」
「ああ。だけど、静かすぎるな。まさか、もう決着しているのか?」
俺たちは、ヒョウゴクへ繋がる薄暗い廊下を慎重に進む。しかし、嫌な予感がする……。
もうすぐヒョウゴクの門に辿り着く。俺がコキュートスと戦った場所だ。
そこで、信じられないものを目にする。ゴツい鎧が横たわっている。
間違いない、コキュートスの鎧だ。焼け焦げ、ところどころ破損している。
「おい、コキュートス! 大丈夫か? 返事をしてくれ!」
俺は、コキュートスと思われる鎧に声をかけるが返事はない。
カルディナも必死に起こそうとするが意味はない。
「鎧の中がからっぽじゃない!」
「それはもとからだろ……」
「違うのよ、確かに肉体は持っていないけど魂が入ってたのに、今は何も残っていないの」
カルディナの言う通り、コキュートスの鎧の中身は何もない。魂がどうなったかは分からない。
これが、コキュートスにとっての『死』ということになるのだろうか……。
周りを見ると、更に信じられない光景が広がっていた。何人もの死神が倒れている。激しい戦闘の痕跡があり、負けてしまったのだろう。
「この人数、更にあのコキュートスまでやられるなんて……。すまない。後で片づけてやるからな、今はここで待っていてくれ……」
「今は嘆いている暇はないわ、それに……」
カルディナが指をさした先、いつもは閉じている巨大なヒョウゴクの門が開いている。何者かが開けて侵入しているということだ。コキュートスが守っているこの門を開けたということは、この先に侵入者にとっての重要なものがある。
「まだ間に合うかもしれない、急ぐぞ!」
この先に誰がいて、強大なチカラを持つヤツとの戦闘に勝てるか分からない恐怖。意を決して、俺とカルディナはヒョウゴクの門の先に突入する。
一面、氷しかない。ここには、数多くの悪魔や魂が氷漬けにされている。当たり前だが、常人なら数秒で凍り付いてしまうだろう。
俺は平気だが、カルディナは身体を震わせ、凍えている。
「カルディナ、大丈夫か? 無理そうなら外で待ってていいんだぞ」
「い、今はそんな事、い、言ってられないでしょ!」
カルディナは強がるがブルブル、ガタガタと辛そうにしている。見ているこっちが辛い。
入り口付近に異常はない。侵入者はもっと奥に向かったのだろう。
俺は、ここに来るのは初めてのはずなのに……なぜか見覚えがある。
「なぁ、カルディナ。この先に『サタン』が眠っているんだよな?」
「そ、そうだけど。って、なんでその事を知ってるのよ」
「いや、知ってるというか。知らないはずなのに、思い出したみたいな。……ハハハ、変だよな」
ふと、頭をよぎった。ここで俺は、いや、ユミルは……。
知らないはずなのに見覚えのあるヒョウゴク内を進む。ちゃんと整備はされていないが、広い道を目印に通る。周りは巨大な氷ばかりで目もくれない。目指すべき場所はもっと奥なのだ。
――ドガァアアアアアアン!
ヒョウゴクの奥から、凄まじい爆発音が鳴り響き、眩い光が見えた。
それと同時に熱気も肌に感じた。……侵入者は確実にこの先にいる。




