第3話 魂の価値
――朝……いや、もう昼過ぎだ。布団から重い身体を起こす。気分は良くない。
当たり前だ、昨日初めて人間の息の根を止めたからな。あの後、冷静に戻ったら怖くなり記憶がほとんど残っていない。
今日は、昨日刈った魂をメフィストのところに納品しなくてはならない。妹のコユキに見つからないように部屋の隅に隠しておいたお婆さんの魂が入っている黒い袋を取り出す。袋と言っても、魂を入れる専用の袋で死神には必須のアイテムだ。
ローブは着ずに、普段の私服で黒い袋を持ち、メフィストの元へ向かう。例の倉庫のような建物に入るとすぐにメフィストが気持ち悪い笑顔で出迎えてくれた。
「おや、ユミル…ではなく今はフブキさんデスね。お疲れさまデス」
黒い袋が膨らんでいるのを確認すると、広いわりにデスクが一つしかなく、おそらくメフィストしか使っていないであろう部屋に案内された。
「初めての死神のお仕事どうでしたか?」
聞かれると思っていたが、あまり答えたくなかったので適当に返事をして誤魔化した。
「そうデスか。初日でやめるバイト君も結構いるので向いているかもしれませんね。」
この仕事に向いているなどと言われると複雑な気持ちになる。
「では、ターゲットの魂と引き換えに報酬を渡すとしましょう」
メフィストに黒い袋を手渡すと、中に入っていた魂を取り出し状態を確認する。
その魂は、モヤモヤとした優しい光の球体に見え、メフィストの手のひらに浮いている。
「フム…、100歳のお婆さんの魂にしては悪くないデス、身体から綺麗に切断され保存状態も良し…と。」
メフィストは小さな金庫からお金を取り出す。お札を細長い指で一枚ずつ数え、俺に渡してきた。
1、2、3。諭吉が3人。何度か数え直してみたが3万円だ。
「どうしました、金額にご不満でも?」
「魂を刈ったんだぞ、人間の息の根を止めたんだぞ!? それで3万――」
対価として3万という値段が高いのか安いのか一切分からない。そりゃあ、魂の相場なんて聞いたことがあるはずもない。
「高齢者の魂ですが、状態が良かったので3万円デス。場合によっては1万円にもなりませんよ」
メフィストは苦笑いで答えた。考えてみれば1日で3万円は破格の報酬じゃないか。
――俺は、その日から一週間ほど、寿命が近い老人の魂を刈り続けた。多い日は一日で十人。
魂を、いや、眠っている人間を見るたびにお金のことを考えてしまう。優しそうな人だから高い、性格が悪そうだから安い、重い病気だから価値が落ちるとか。最低だ。でも、俺は莫大な借金を返さないといけない。だから仕方ないと自分に言い聞かせた。
魂を刈り終えた深夜、パンパンになった黒い袋を握りしめ帰宅する。寝ているであろうコユキを起こさないように、ゆっくり玄関の扉を開ける。
「あなた……だあれ?」
コユキと目が合った俺は心臓が止まりそうになった。どうやら、トイレに起きていたみたいだ。俺が見えるのかと疑問を抱いたが、視認し辛いだけで見えないわけではないと悟る。しかし、妹とはいえ、白いローブを着ている銀髪幼女を兄だと認識できるはずがない。どうする……死神のことを絶対に話してはいけない。
「もしかして、お兄ちゃんの彼女さん……?」
なわけないだろ! と心の中で突っ込んだが、ここは適当に話を合わせておこう。
「仕事で忙しいフブキさんの代わりにコユキちゃんの面倒を見に来ました」
この姿よりコユキの方が年上に見えるのにどういうことだよ……。
コユキはときどき、眠そうに目を擦るが嬉しそうに話す。
ローブを脱ぐと元の姿に戻ってしまうので、このままコユキと一緒に布団に入る。
「あなた、お名前は?」
「……ユミルです」
「お兄ちゃんと付き合って長いの?」
「……い、一年ぐらい……かな」
「お兄ちゃんのどこが好きなの?」
「え、えっと……」
――もしかして、これって恋バナってヤツなのか? 彼女なんていたこともないし、ましてや最後に好きな人がいたのなんて何年も前のことだ。これ以上は俺のメンタルが危ない、勘弁してくれよ……。
「あ、ごめんね。恥ずかしいよね。わたしはお兄ちゃんの優しいところが好きだよ」
不覚にも、ちょっと泣きそうになった。
「私も……フブキさんの優しいところ、好きです」
自分で何言ってんだ……。
「でもね、最近のお兄ちゃん、ちょっと目が怖いんだ。お仕事で疲れてるのかな……」
この言葉で俺の口角は下がった。明らかに仕事が原因だ。だからと言って妹に心配をかけるのは絶対にダメだ。
「あとね……――」
「……あと?」
……どうやらコユキは何か言いかけたまま眠ってしまった。俺も疲労で限界だ。今日はこのまま寝よう……。
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「仕事熱心デスね、フブキさん……。いえ、ユミル=ブリザード。特上のローブなだけあって、これは期待できそうデス……クックック……」
鑑定団にお願いしても魂の価値は分かりません。




