第13話 脆い契約
「メフィストォオ!」
俺は叫びながら、いつものメフィストがいる建物の玄関を勢いよく開けた。
勢いそのままに建物内を一気に走り、メフィストの部屋へと向かう。
「何デスか、騒がしい……。扉の開け閉めは静かに――」
「俺に何をした! メフィスト!!」
俺がコユキに手をかけるわけがない。
メフィストが俺に何か細工をしたとしか考えられなかった。
見つけるや否や問い詰める俺にメフィストは困惑する。
「まぁまぁ、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるか! コユキの命が懸かってたんだぞ!!」
「依頼が達成されなければ今回の件はチャラにする約束で、それはアナタの意思で遂行されたのでは……」
「ありえない、あの時に確か紅茶を出してきたよな。それに細工でもしてたんじゃないのか?」
メフィストは心当たりがあるのか、目を逸らし少し黙った。
「……ひどいことを言いますね。せっかく美味しい紅茶を御馳走しようと思っただけデスのに」
「ふざけるな、俺は本気なんだ!」
少し間を開けると、メフィストは大きなため息をついた。
「アナタはクビです」
……は? その言葉に耳を疑った。
クビって……仕事を完全に失う? そうなれば収入はなくなり借金を返すことは不可能。
次の仕事の当てもなければ、例えまともに働いたとしてもその収入では足りなすぎる。
「クビって……どういうことだよ」
「今回のアナタの態度もそうデスし、コユキさんの魂は数千万、いや、億単位で取り引きできたと考えるとデスねぇ……」
クビと聞いた俺は少し冷静になる。
仕事を失うのは絶対にダメだ。
かと言って、コユキの魂を狙っていたメフィストの元で働き続けるのは正直抵抗がある。
「本当にコユキのことは諦めてくれたんだよな……?」
「えぇ、まぁ。そういう約束でしたから」
「その穴を埋めるためなら何でもする、本当だ。だから、クビだけはどうにか……」
複雑な気持ちを押し殺して頼み込んだ。額を床に押し付ける、綺麗な土下座。
「そう、デスか……」
メフィストは小さくため息をついた後、黙り込んで何かを考える。
「分かりました、頭を上げてください。取って置きの依頼をアナタに頼みましょう」
俺はその答えを聞き、安堵した。ゆっくりとメフィストの顔を確認する。
「ほ・・・本当か!? 」
焦りからか、まともに思考できずに開いた口も塞がらない。
「ただし、この件で問題を起こせば即刻クビ、デス。これだけは覚えておいてください」
何が何でも今回の依頼は達成する。例えどんなに難しい依頼だとしても、そう決意した。
「早いに越したことはないデスね。依頼の内容はすでに決まっていますので、お伝えいたします」
メフィストはそう言うと、デスクの引き出しから一枚のA4サイズの紙を持ってきた。
その紙を受け取り、内容を確認する。
『鮮血の薔薇の抹殺』
つまり、カルディナを倒せということ。目を疑い、何度も確認するが間違いない。
カルディナは今後の我々の活動の邪魔となることは明白。
強大なチカラを持つ同業者を潰せということは分からないでもない。
紙にはカルディナの特徴、行動範囲、次に出現する場所の予測などが細かく書かれていた。
「俺にカルディナを倒せってことか……? 前回ボコボコにされたはずなんだが」
「リベンジのチャンスで丁度いいじゃないデスか。それとも逃げますか?」
メフィストは俺を煽るように鼻で笑う。
この態度にムカついたのもあるが、もちろん負けたままなんて納得いかない。
「逃げるわけないだろ。絶対に勝つ、約束する」
「そう言ってくれると信じてましたよ。負ければ即刻クビ、助けませんのでご了承ください」
メフィストは思い出したかのように、カルディナが出現する地域で近頃、強い悪魔が出没しているという噂を口にした。
もちろん、その悪魔と会ってしまっても誰も助けてくれはしないし、何かあっても自己責任となる。
必要な情報は全てスマホに入れ、今日は帰って休むことにした。
期限は一週間で、最初に見つけたその日に決着をつけるつもりだ。
眠れない夜は続く。
隣町のカルディナが現れそうな場所を毎晩、明け方まで探し回った。
カルディナの仕事の痕跡は見つけられても中々会うことができない。
期限が近づく苛立ちと焦り、不安で昼間も十分な睡眠を取ることができなくなってきた。
――ついに期限の前日。
疲労にも慣れ感覚がマヒする。栄養ドリンクを流し込み、誤魔化しているだけなのだが。
いつものように、深夜の隣町を徘徊する。すると、暗い路地裏に異様な空気を感じた。
大人一人が通れるぐらいの道を少し進むと、空中に今の俺より少し小さいぐらいの黒い歪がある。
そこからは熱気……前に病院でカルディナから感じたものに近い気がした。
その歪に手を伸ばすが、ギリギリ届かない。
近くにあった長い期間使われていなさそうな汚れたプラスチックの容器が目に入る。
触るのに少々抵抗があったが、それを踏み台にする。
歪に手をかけ、こじ開けようと試みるが、抵抗されるように手には重みだけを感じる。
その歪は、とくに形を変えたりという反応は一切見せない。
絶対この中にカルディナがいると確信した俺は諦めることはできなかった。
「少々強引だが、これ以外思いつかない……!」
俺は愛鎌であるスノードロップを起動し、歪を思いっきり斬り付けた。
反動でバランスを崩し、踏み台にしていたプラスチックの容器から落ちそうになる。
次の瞬間、ものすごい熱気に包まれ歪の中へと吸い込まれた。




