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システマイザー・信長  作者: 武田正三郎
風に吹かれて
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鉄砲

 本能寺の中庭は、さすがによく手入れされている。日が落ちるまでにはまだ間がある。飛び石の傍らに数本生えたネコジャラシが黄色味を帯びた秋の陽射しにを浴びて揺れていた。


 新九郎さんに連れられて、桃さんといっしょにその中庭に出ると、種子島から来たという南蛮渡来の最新式の銃がまさに開梱されようとしていた。取り出された銃を一目みて、鉄だ、と思った。


 黒光りする鋼鉄の銃身。黄色い光を放つ真鍮で作られた精巧で複雑な機構。滑らかで美しい曲線を描く台木と一体となった形態は、獲物を狙う精悍な鷹を思い起こさせる。猟師の銃とはまるで違う。


「凄げえ……」


 思わず近づいて手に取ろうとして、


「待てや!」


 と新九郎さんに首ねっこを掴まれた。またやっちまった。夢中になると周りが見えなくなる。本能寺の僧や、関係者と思われる商人や職人が、じろじろと俺を見ている。すんません、ぺこりと頭を下げると、順番や、と俺をたしなめる新九郎さんの後ろに引っ込んだ。


 大人たちが、順番に鉄砲を見て、ああでもないこうでもないと話していた。早く見たくて仕方ないが、うっかり出て行ってまた新九郎さんに叱られるかもしれないと思って辛抱した。ついに新九郎さんのところへ鉄砲が回ってきた。新九郎さんは、自分が一通り見たあと、桃さんにそれを渡した。桃さんは、鉄砲を受け取ると真剣なまなざしで見はじめた。早く見終わればいいのにと、じれていると、やっと桃さんが顔を上げて、新九郎さんに渡した。桃さんから受け取った鉄砲を、新九郎さんが俺に手渡してくれた。俺は手渡してくれるより早く鉄砲をもぎ取った。


 軽い。手に取って最初にそれを感じた。猟銃より長いのに軽い。砲身が鉄だ。砲身が銅で出来ている猟銃より、軽いのは当然だ。そういうことか、と一人ごちる。黒色火薬を口から詰め、ついで鉛の玉をつめ、火蓋を切って、火皿に口薬を盛り、引き金が引くことで、火のついた火縄が着火、爆発、弾が飛び出す仕組みだ。


 鉄砲。与四郎さんは、南蛮渡来のその銃をそう呼んだ。


 撃ってみたい。でも、さすがにそれは許されそうにない。せめて実際に弾が飛び出すところを見たい。幸い与四郎さんといっしょに本能寺に来ていた、又三郎さんが試し撃ちすることになった。中庭の大きさは50間。向う側の人の顔が辛うじて見分けられかどうかの距離だ。中庭の向う端の土壁の前に、土盛りがしてあり、そこに具足がぶら下げてあった。それを標的にするらしい。


 又三郎さんが、火薬を詰め、玉をこめ、射撃の反動に備えて腰を落とし、照準を定めて狙いをつける。遠巻きの大人たちが固唾を飲んで見守る。静寂が広がる。わずかな風に揺れるさわさわという葉擦れの音と、草陰で鳴くじーじーとなく虫の声。ゆっくりと引き金を引く。


「ドカーン」


 耳がきーんとなった。おお、と周囲から嘆息が漏れる。見ると、五十間先の具足がぶらぶら揺れている。つんと鼻をつく匂いが遅れて漂ってきた。坂本で新九郎さんに振舞ってもらった、鮒寿司の匂いを思い出した。


「ちと火薬が多すぎたかもしらへん」


 撃ち終わった又三郎さんが、的から目を離さずに、そう呟いて小首を傾げる。又三郎さんが、改めて火薬を詰め、玉をこめ、腰を落とし、再び狙いをつける。葉擦れの音と虫の声が帰ってくる。ゆっくりと引き金を引く。


「ドスーン」


 今度は、具足が勢いよく跳ね上がった。五十間、離れた胴の七段めの真ん中に命中していた。皆で近づいて具足を見ると、その銅には拳が楽々入るほどの大きな穴が開いていた。貫通した玉は、いくつかに分裂したらしく、後ろの銅にはさらに3つほど穴を開いている。まさにどてっぱらに風穴が空いた体で、もし胴の中に生身の人間の身体があったら、助かる余地はまったく無い。


 三間の槍よりも、石つぶてよりも、弓矢よりも遠くの敵を一瞬のうちに一撃で倒すことができる。しかも重さは三間の槍とさほど変わらず、使いこなすのは3間の槍よりはるかに簡単そうだ。戦の仕方が変わる、と思った。桃さんも、目を丸くして見入っている。欲しい。いったいいくらするのか?聞けば大きな屋敷が二、三軒買える額だと言う。高い。本能寺は、種子島にも信者がいて、そこから入手したらしい。


 もっと鉄砲を詳しく知りたくて、分解してみたくなった。


「さすがにサンスケに分解させる訳にはいかん」


 俺の心を見透かした新九郎さんが言った。かわりに又三郎さんが鉄砲を分解して見せた。精巧な造りだ。引き金が火縄をつけているバネの爪を外して、火縄の火が口薬に移り、黒色火薬が鉛の玉をぶっ飛ばす仕組みだ。この複雑な発射機構が命中率を高めているのだろう。銃尾がネジのついた鉄栓で塞がれている。刀鍛冶の金兵衛と言う男が、このネジの作り方がわからず、改めて南蛮人に教わる機会を得るまで1年待ち、自分の愛する娘を南蛮人に差し出して教えを乞うたと言う。砲身は、鉄を溶かして鋳込こんだ後に、叩いて伸ばして鍛えて作る。硬くて高い温度でも溶けない鉄を加工するには、銅より高度な技術を必要とする。


 与四郎さんは、これを堺で量産することを考えているらしい。幕府や朝廷が困窮して、刀が売れなくなったのだそうだ。そこで諸国の大名に鉄砲を売り込むと言うわけだ。武器は滅多に使わないものなのに、高く売れる。敵が攻めてきたら、どうしようという不安につけこむ商売と言っていい。複雑な気持ちだが、自らの身を守る術も必要だ。美濃で紙漉きの里に行く途中で聞いた鍛冶の音を思い出した。そこでも鉄砲は作れるのだろうか。新九郎さんも同じことを考えているらしかった。


 それにしても、与四郎さんのいる堺とはどんな町なのだろう。堺に行ってみたくなった。新九郎さんにそのことを話すと、与四郎さんにかけあってくれた。新九郎さんの実家は京の奈良屋という油商人らしい。どうりで商売が板についていたはずだ。新九郎さんがそこを拠点に美濃からの荷駄で商売をしているあいだ、与四郎さんについて堺まで足を伸ばすことにした。





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