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システマイザー・信長  作者: 武田正三郎
風に向かって
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岐阜の街

 目立たぬように、いつものサンスケの装いで、岐阜の街を歩いている。まだ朝早いというのに暑くて汗ばむ陽気だ。この道をこのまままっすぐ西に向かえば、近江に通じる。何度となく往来した道だ。


 道は、塩や反物、その他の商品を背負った馬でごったがえしている。諸国から集ってきた商人が牽いているのだ。西川が何か話している。しかし、取引や雑踏の喧騒で、よく聞き取れない。日かげの静かなところを求めて茶屋を探す。棒と杭とを茣蓙で囲った質素な小屋を見つけた。茣蓙の屋根越しに金華山がそびえ、そのてっぺんに岐阜城が見える。主が愛想よく招き入れた。主に聞くと、求めに応じて、水だけでなく、茶も出すと言う。そこそこ高価な茶を求められるということは、それなりに潤っているということだろう。


 街に出るのに商人の西川と鶴千代というガキを連れてきた。鶴千代は、人質だ。生まれは西川と同じあたりだ。鶴千代は、敏い。物事の本質を見抜く力を、生まれながらに備えているようだ。祖父に似たという噂だ。鶴千代は、たしか、まだ茶を飲んだことがなかったはずだ。そうだ、ひとつ茶を飲ませてやろう。そう思って、茶屋の主に茶を所望した。


 鶴千代は、慣れた手つきで、抹茶をかき混ぜている主の手許を、興味深そうに眺めている。すぐに質素な碗に入れられた緑色の液体が出てきた。俺は、碗を取り上げみた。見たが、どこが正面なのかわからない。とりあえず、くるっと回し、一気に飲んだ。そして、


 「飲め」


 と、鶴千代に言った。鶴千代は、俺と同じように、出された碗をくるっと回して、茶を飲んだ。俺は、苦さに驚いて噴き出してしまう鶴千代を想像して、思わずにやにやした。ガキだった頃に、新九郎さんに連れられ、桃さんといっしょに京都で茶をはじめて飲んだときのことを思い出したからだ。でも、鶴千代は違った。口に含んで噴き出すどころか、少し目を見開いただけだった。そして静かに頭を下げ、すっと碗を置くと、目を閉じた。教わりもしないのに、この如才の無さ。俺は、与四郎さんの無駄のない所作を思い出した。


 同じく茶を飲み終えた西川が、耳元に口を寄せて囁きかけてきた。


 「長比たけくらべ城の城主、ほり秀村ひでむらが、こちらの誘いに応じたみたいや」


 どうやら禿鼠たちがうまく話しをつけてくれたらしい。この道をまっすぐ西に向かった美濃と近江の国境に長比城がある。その城下の寝物語の里を通ることができれば、浅井氏の小谷城まで伊吹山のふもとを流れる姉川に沿って進むだけだ。


 「そもそも、商人にとっては、誰が殿様でもかまへんのや」


 と西川は蕩けるような笑顔で続けた。まるで俺が殿様をやっているのを忘れたような口調だ。もっとも、そのモノ言いが心地いい。


 「わしらは、蚊帳だけでなく、いろんなもんをまっとうに越後や奥州でも売りたいんや。せやから、阿片みたいなもんを、野放しにする殿様は困るんや」


 鶴千代は、黙って興味深そうに聞いている。おそらく阿片を扱っているのは、中国からの輸入品を扱う唐人座だろう。大陸からやってきた唐人座の連中が、漢字を知ってるのをいいことに、まだ字の読めない浄土真宗の信徒をたぶらかしているのだ。まして薬は、効能書きを文字で紙に書くから、騙されやすい。


 浅井長政もそれくらいのことはわかっているはずだ。だから同盟を結んだのだ。しかし、あそこは新しい時代を知らない守旧派がいろいろと口出しをする。気の毒なやつだ。


 さて、長比城の城下を通れるとなったら、朝倉の援軍が来る前に、すばやく小谷城下を焼かねばなるまい。


 「竹千代に来てもらう」


 と、俺は西川に言い、茶屋を出た。日が昇った岐阜の街は、朝よりさらに行き交う商人でごったがえしていた。


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