極楽に往く薬
小倉氏の娘は、鉄砲を手際よく扱った濃姫を思い出させる。やって来てすぐに、凹んだ鍋を見つけると、あっという間に直してしまった。以来、「鍋」と呼んでいる。床にごろりと寝転んで、鼻をほじりながら、濃姫のことを偲んでいると、
「信長様、狙撃の下手人が見つかったようです」
と、お鍋の軽やかな声がした。
「デアルカ」
と、はずみをつけて起き上がり、部屋を移った。
俺を狙撃した下手人は、やはり坊主だった。杉谷善寿坊と言った。ひっとらえてきたのは、西川仁右衛門という若者だった。西川は、俺が狙撃されたあたりで、蚊帳を商っている。岐阜の城下の楽市楽座にも、よく来ているので、顔も見知っていた。
西川は、近江商人だ。誠意と真面目を醸し出しているくせに、蕩けるようなにこやかな笑顔を絶やさない。西川が言うには、浅井長政の裏切りには、加賀の一向一揆がかかわっている。加賀には、明からの漢方薬が密輸されていた。薬というものは、たとえ爪の垢だろうと、紙袋に入れて、その紙に効能を書けば、なんとでもなる。ほとんどの民衆は文字が読めない。浄土真宗の信徒は、たとえ生臭坊主であっても、文字が読めた。いや、読めるふりだけの者もいるかもしれない。とにかく文字は、恐ろしい。紙に何かが書きつけてあるだけで、人の心を操ってしまう。たとえ偽薬でも、墨染の衣をまとった者が、この薬は効く、と紙袋を指差せば、民衆が一も二もなく信じてしまうのは、想像に難くない。
「商いちゅうんは、買い手よし、売り手よし、世間よし、という三方よしでなければあかんもんです」
と、西川は言った。効かない薬を、効くと言って売るのは、買い手よし、にならないと言うのである。不老不死の薬、バカにつける薬、惚れ薬。そういった類は、すべて偽薬だ。それでも、偽薬は、まだいい、と西川は続けた。
その薬は、阿片と言った。
その薬の痛みを消し去る効能は、確かだった。だから、偽薬ではない。戦で傷ついた兵が、これを使うと、痛みが嘘のように消える。のみならず、幸福感が訪れる。死に至るような深手でも、この薬を火であぶって煙を吸わせれば、安らかに極楽浄土に行けるのだ。
もともと、浄土真宗は、「南無阿弥陀仏」と唱えれば、極楽浄土に往けると言う教えであった。阿片を使えば、「南無阿弥陀仏」と唱えるまでもない。皆、幸せそうな顔で、あの世に旅立った。
しかし、この薬は、癖になる。一度でも、薬を使い、死に損なって、現世に戻ると、現世が地獄になる。薬を吸い続けないと、体中の骨が砕け散るような激痛が走り、悶え苦しむ。その地獄から逃れるために、また薬を使う。こうなると、もはや薬なしには生きられない。
ちょうど明から、香を棒状にする線香の技術が伝わってきたばかりだ。阿片を仕込んだ線香を、生臭坊主が、霊験あらたかな仏具として、在家の信徒にばらまいた違いない。薬なしで生きられなくなった信徒は、思いのままに操ることができる。坊主は、これをもって在家の信徒を武装集団に変え、権力に抗った。これが、加賀の一向一揆の正体だ。
阿片は、かさばらず軽くて高価で、保存がきき、使ってしまえば消えてなくなる。新九郎さんに教わった優れた商品の条件を満たしている。阿片を流通させれば莫大な利益を生む。しかし、これを商品として良いのか?
こんな薬は、どこをどう見ても「世間よし」にはならない、と近江商人の西川は言った。「売ったらあかんもんです」と西川は続けた。近江の中でも、意見が真っ二つに割れた。浅井長政も、さんざん迷った挙句、楽市楽座で自由に国境を越えて商う商人の利益よりも、領国に住まう浄土真宗の領民の利益をとった。浅井長政の裏切りには、そんな背景があるのだろう。しかし、果たして、浅井長政は、阿片中毒者の現実を知っているかどうか。
善寿坊は、加賀の五箇山という集落の生まれだった。一向一揆に加わって、命にかかわる深手を負った。そのとき、阿片を吸った。生死の境を彷徨った挙句、九死に一生を得て、極楽浄土に往かずに、現世にとどまった。以来、阿片なしでは生きられなくなった。阿片のためには、何でもやるようになった。
五箇山は、山深い。浄土真宗は、在家のまま信徒になれる。五箇山で浄土真宗が流行るも頷ける。浄土真宗の信徒は、真面目で、口が堅い。しかも、蕎麦を作る工夫をやってのけたりする。五箇山では、紙漉きもやっていたし、焔硝を作る工夫もしていた。五箇山生まれの善寿坊に、鉄砲の知識があるのは、焔硝作りにかかわっていたせいだろう。最近、五箇山は、浄土真宗総本山の石山本願寺と煙硝づくりの共同研究を始めたらしい。鉄砲の知識があって、阿片中毒になった善寿坊は、浄土真宗の生臭坊主からうってつけの狙撃手として目をつけられ、楽市楽座を進める俺の命を狙ったのだ。
「お前は、阿片をもっとるんか?」
と訊くと、
「へい、僅かばかり」
と西川は答え、懐から紙袋を取り出し、開いて見せた。一見、だたの粉だ。爪の垢と言われても区別できない。効き目は本当に確かなのか。善寿坊に会う、と言って白洲にまわった。
なるほど、白洲に座らせられた善寿坊は、縛られたままのたうち回っていた。目は三角に吊り上げり、口からは泡を飛ばしていた。生臭坊主にそそのかされて、一向一揆に加わり、死に損なった上に、阿片中毒になった善寿坊は、気の毒とも言える。
「南無阿弥陀仏と唱えてみよ」
と俺は言った。善寿坊は、唱える代わりに
「阿片をくれ」
と喘ぎながら答えた。それを聞いて、善寿坊がもはや浄土真宗の信徒ではないと悟った。浄土真宗の信徒ならば、阿弥陀仏に救いを求めるはずだからだ。
俺は、城下の街角に、善寿坊を、殺さずに動けないよう首から下を土中に埋めさせた。そして、西川の持っていた阿片を火であぶって吸わせた。善寿坊の目はとろんとした。悶え苦しんでいたのが嘘のように柔和になった。近くに竹製のノコギリを置いて、通行人に引かせた。薬の効いている善寿坊は、竹製のノコギリで引かれても、幸せそうな顔をしていた。西川の話が本当だったと確かめられた。
阿片の乱用は、悪と決まった。西川によれば、阿片は、小谷城下で取引されていると言う。
俺は、叫んだ。
「岐阜を出立する、小谷城下を焼け!」
禿鼠が、走っていくのが見えた。
妹のお市の顔が、一瞬脳裏をよぎった。止むを得まい。阿片は、浅井、朝倉とともに闇に葬らねばならない。




