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システマイザー・信長  作者: 武田正三郎
風に向かって
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全てを許す心の愛

 ようやく涼しくなった。この酷暑に耐え抜いて生き残ったミンミンゼミが、最後の力を振り絞って鳴き始めた。盛夏の頃の勢いはなく、みーん、みん、みんと、のろのろと間延びした鳴き声だ。突然、びびびっと鳴いた。けけけけっという鳥の声と同時だった。木蓮の梢にモズに足に抑えられたミンミンゼミが悲痛な叫び声をあげていた。モズは情け容赦なく、そのミンミンゼミをついばんだ。ミンミンゼミは鳴くのを止めた。残酷なようでもあるが、それが生き物の定めだ。


 桶狭間で今川義元を倒して以来、なかなか自由な時間が取れない。外に遊びにいくにしてもいちいちもっともな理由をつけなければならない。


 このところ、青い瞳のフロイスにしつらえてやった本能寺の近くの小さな一角の切支丹教会に出向くことを口実としている。


 切支丹教会の列柱が並ぶベランダに置かれた椅子に腰をかける。床几と違って背もたれとひじ掛けのがあるのがいい。俺の来たのを知ってフロイスが出てきて隣に腰をかける。通訳を通さずに聞くフロイスの話は痛快だ。


 「大地は球体です」


 「ほう、証拠は?」


 「船で一周した人がいます」


 「デアルカ」


 こんな具合である。フロイスの話は、たいてい観察された事実による証拠に基づいていた。そして太陽は東から昇って西に沈むのではなく、地球が自転し、しかも春夏秋冬と一年をかけて太陽の周りをまわっていると言う。


 ヨーロッパでもポルトガルとスペインが航海術に長けている。地中海貿易に閉塞感が出てきたとき、地中海を通らずに、インドや東南アジアと貿易するために航海技術が工夫されたそうだ。


 フロイスは絵地図が書き込まれた丸い球を持ってきた。ヨーロッパではグローブと言うが、日本では地球儀と呼ぶことにしている、と言った。


 航海技術のもっとも要となるのは、自分がその丸い地球のどこにいるか、その位置を知ることだ。北極星の高さで緯度を知り、太陽の南中時刻で経度を知る。星の高さを正確に測るのが六分儀で、南中時刻を正確に測るのが時計だ。これらを星の角度と時間から位置を割り出すしかけを、グローバル・ポジショニング・システムと言うのだと言い、その頭文字のアルファベットのG・P・Sと書いて見せた。六分儀の方はその腕を長くするだけで精度を向上できるのだが、時計の精度を上げるのはひどく骨が折れると、フロイスは言った。


 「これが時計です」


 フロイスは時計を見せてくれた。耳を近づけると時計からはカチカチ音がしている。ゼンマイの戻る力で動き、脱進機が歯車を一定の速度で回転させ、時間を測るのだと言う。カチカチ言っているのは、脱進機の音だそうだ。前に堺にきたフランシスコ=ザビエルは、周防の大名の大内義隆に機械時計を贈ったと言う。


 「私は、キリスト教布教のために、この日本に骨を埋めるつもりです。だから、もう航海に出ることはありません。もしご入用なら、親愛なる信長様に友情の証としてこの時計を差し上げましょう」


 俺はとても欲しいと思った。でも俺が持ったら、いじくりまわしてすぐに壊してしまうだろう。残念ながら俺にはまだ直す技量がない。それに今のところ航海に出る予定もない。使わないものをもらっても無駄になるだけだ。


 「俺は無駄は嫌いだ」


 というと、俺の胸中を察したのか、今度はすっきりした赤、青、緑に彩られたガラスでできた砂時計と、まばゆいばかりの金色に輝く真鍮でできた日時計を持ってきた。マゼランという男が世界で初めて地球をひとまわりしたとき、十八個の砂時計を船に積みこみ、水夫に交代で砂時計の番をさせて、太陽の南中時刻を測り、経度を推定したそうだ。四方が水平線の大海の真っただ中にあって、うっかり居眠りして砂時計をひっくり返しそびれたら、遭難して命にかかわるというのだ。当事者にとってはとても笑いごとではなかろうが、広大な大洋を航海していながら砂時計を気にしているちっぽけな人間がなんだか滑稽に思えた。


 「この砂時計と日時計ならいかがですか?」


 俺は、もらうことにした。


 砂時計はイタリアのベネチア製で、真鍮の日時計はイタリアのミラノ製だということだ。ベネチア、ミラノ、フィレンツェなどは商業都市で日本の堺のようなところだそうだ。イタリアには教皇領があって、ローマ教皇がカトリック教会の最高位聖職者だそうだ。イタリアの教皇領は、比叡山延暦寺のようなところのようだ。想像もつかないような遠い異国の国々でも人々のありようにさほど変わりはなさそうだ。


 ただ、技術は確実にヨーロッパの国々の方が進んでいる。時計もそうだが、鉄砲ももともとはヨーロッパからやってきた。桶だって航海のときの飲み物を蓄える樽の技術を、日本の風土と文化にあわせたものに過ぎない。


 「おまえのいるヨーロッパは、さぞいいところなんだろうな」


 フロイスはふっと嘆息を漏らした。


 「父が早くに亡くなったため、私の家は貧乏で、早くに宮廷に奉公に出されました。」


 フロイスはポルトガルの宮廷で、鞭で打たれながらさんざんにこき使われたそうだ。逃げ出して家に帰ろうものなら、母親からも鞭で打たれて追い返されたそうだ。ふと俺は弟の勘十郎ばかりを可愛がっていたおかんのことを思い出した。そして、なんとなくフロイスに共感を覚えた。


 「日本の子供たちは、みんな愛されています。鞭で打たれている子どもを見たことがありません」


 母親に疎まれて育った俺は、それに気づけなかった。それに気づいたのは、ガキの頃、新九郎さんに連れられて京に行った帰りに、落とし穴に落ちて、大垣の農家に救われたときだった。「大人が子供を助けるのは、当たり前やんか」と言った農家の言葉が脳裏に蘇った。しかし、ヨーロッパではそれが当たり前ではないと言うことか。


 「私は宮仕えに嫌気がさし、学問で身を立てようとカトリック教会の学校へ行ったのですが、そこでも事情は同じでした」


 宗教改革によりプロテスタントに大多数の信者を奪われたカトリックの学校は腐敗しまくっていた。真実の学問を修める学校をヨーロッパ各地に建てているイエズス会にフロイスが出会ったのはそんなときだという。


 「知は力なり。私は猛勉強して知識を身につけ、清貧と貞潔を誓い、イエズス会に入り、インドのゴアへ赴きました」


 そしてそこで初めての日本人に出会ったそうだ。弥次郎は武士だったが、いくさのときに大切な人まで切り殺すはめになり、そのことで心を痛めていたと言う。フロイスは日本人の優しさに触れ、自分の求めている愛が、日本にこそあるに違いないと確信したと言う。


 「そして出会ったのが信長様です」


 フロイスは、二条城築城の現場で、乱暴されている女を、地位も立場も忘れて救おうとした俺に心の愛を感じたと言うのである。たしかにあのとき俺は女を助けようと無我夢中だった。


 思えば俺はおかんには愛されていなかったような気がする。のちに濃姫や吉乃きつのに俺が求めたものも愛だった。俺はフロイスの言う、愛というものがおぼろげながらわかったような気がした。フロイスが言うには、人の心には生まれながらに愛があるのだと言う。しかし、その愛を形や行動にするには知識を身につけ、訓練せねばならないと言う。


 「やまいにかかった人を救いたいと思う気持ちが心の愛です。しかし、実際に病にかかった人を救うには薬草や医学の知識が必要なのです」


 なるほど。争いをなくし平和な世を築こうと思えば、取り締まるための知恵も武器も要る。


 愛は与える方だけでなく、愛を受け取る方にも訓練が要ると、フロイスはさらに続ける。


 「愛を受け取る訓練をしていないと、妙に照れ臭かったりして、素直になれないものです。それどころか権力に屈して大切な人を裏切ってしまうことさえあります」


 俺は濃姫が嫁いできたばかりの頃、なんとなく照れくさくてそっぽばかり向いていたのを思い出した。今にして思えば、素直に向き合えばよかったと思う。それができなかったのは、おかんに可愛がられなかったために訓練が足りなかったのだろう。


 「イエス様は、弟子のユダに裏切られ、十字架にかけられて死にました。ユダは権力に屈してしまったのです。でも、イエス様はすべてを知っていても、彼を許しました。それこそが真実の愛なのです」


 ふと俺をかばって腹を切った平手先生を思い出した。


 平手先生は、おれがどんなにいたずらをしても、すべてを許してくれた。かばってくれた。おのれの命をかけてまで俺をかばってくれた。フロイスの語る真実の愛に、遠い過去の思い出を呼び起こされて、思わず涙がこぼれ出た。


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