岐阜城
息が切れる。風雨の浸食に抗ってきた錆鼠色の岩肌に雑木が影を落としている。岩に手をかけた途端、ギャアと叫んで飛び立つ橿鳥に驚く。天然の要害に加えてところどころに石積みと石畳みがある。昔、新九郎さんに連れられていった坂本のそれと同じだ。施工は坂本の技術者集団、穴太衆か。木の根に躓かないよう足元を見て歩く。汗を拭うのに立ち止まって顔をあげると、木々の隙間から壮麗な天守閣が見えた。
稲葉山城。
城と言うより、山全体が無敵の要塞だ。
天守からの眺望はまさに息を飲む絶景だった。眼下に広がる平野に雄大にうねる長良川。その果ては遥かなる伊勢湾の水平線へと続く。森と林と田畑とが織りなす模様に、ところどころに点在する集落が変化を与え、美しさを際立たたせている。それは広大な空間に描かれた極上の絵画と言っていい。建物の中から眺めると、その絵画は柱と軒で鋭く黒く縁取られた借景となった。
何より設計した新九郎さんの感性の鋭さ。俺はただただ舌を巻くばかりだった。
美しいのは眺望ばかりではない。いぶし銀の瓦ふきの屋根、広葉樹を使った柱、全てが最新技術だ。そこには一切の無駄がなく、それでいて十二分の性能を有し、かつ調和が取れて美しい。建物に続く外構も、用途ごとに選び抜かれた樹木が無駄なく配置され、日常の生活そのものが豊かであり、いざというときの軍事設備としての性能も超一級である。眺望でさえ機能的である。狼煙を使えば、眼下の平野の端から端まで風の如く沙汰を伝えることができるだろう。
真に機能的なものは美しい。もはや美しきもののみ機能的であるとさえ言い得る。軍事機能や行政機能と対応する建築空間が美を実現し、それがそのまま秩序の美しさとなり、筆舌を超えて城下町の民衆に伝わるのだろう。美しさを伝えるのに言葉は不要だ。いつかこの美しさを凌いでみたい、己の限界に挑んでみたいと素直に思った。
ともあれ、この城と城下町の主が変わったことを民衆に伝えなければならない。新たな時代にふさわしい言葉を探し求めた。
岐阜城。
俺は、町の名を岐阜と改め、この城の名も岐阜城と改めた。岐阜の岐の字は、枝分かれという意味で、岐阜の阜の字は大きい丘の意味だ。岐阜の名には、この山を中心に方々へこの美しい秩序が行き届き、世の乱れが整う願いを込めている。
天守から眺めた風景に国境は無かった。国境と思しきところにあるのはただの河川だ。国境は人が定めたものだ。川の名前も人が与えたものだ。国境を挟んで双方が利に働けば、共有される国境で争いが起きる。結果として双方とも損失を被る。己の利のために頑張って損をするのは馬鹿々々しい。国境など定めなければいいのだ。ついでに国ごとに違う通貨や単位、暦などもひとつに統一されたら面倒が無い。本来ならば、それは幕府が担うことだ。残念ながら今の幕府にはそれができていない。旧体制の組織を維持するだけの目的で、その場凌ぎの朝令暮改の許認可を繰り返しているだけだ。
そんな折、足利義昭から面会の申し入れがあった。前の将軍の足利義輝が没したとき、守護代の認可の更新を申請しようと、上洛の意向を将軍家お抱えの細川藤孝とやらに伝えたことがある。そのときは美濃と和睦しろとか、あれこれ口出ししてきてうやむやになった。それでいて濃尾統一を成し遂げ稲葉山城あらため岐阜城をお披露目した途端、やはり守護代の認可をやるから足利義昭を連れて上洛し、将軍に据えろと言うのだ。虫のいい話だ。
それでも時代にあわせて幕府を改革すると言うなら、応援してやらないこともない。幕府のような組織を自分で維持するのは骨が折れる。幕府が健全に機能し、争いが無くなればそれでいい。そうすれば俺は遊んで暮らせる。そんなわけでとりあえず岐阜城から西南の町はずれにある立政寺で足利義昭に会うことにした。
美濃立政寺。浄土宗。出世や名誉と決別した法然の教えを守る古刹だ。境内に入り長い参道を大伽藍の方へ向かうと、両脇にたたわに青い梅が実っている。病に苦しむ人々の薬食の一助にと広大な梅林を育て、その果実を施していると言う。案内してくれる修行僧は、昔、新九郎さんと行った法然が修行したという黒谷青龍寺にいた若い学僧に似ていた。
大伽藍の中に入り数人の共の者としばらく控えの間で待っていると、足利義昭が来たと広間へ案内された。一応室町風の作法で平伏していると、上座にやや猫背で下膨れした顔の男が近習を従え衣冠束帯姿で現れた。
「余が足利義昭や、おぬしが信長か。会えて嬉しいぞ。頼りにしてる。それにしても美濃は暑いな。一乗谷は涼しかったぞ」
声が甲高い。それにしてもよく回る舌だ。ぺらぺらしゃべり続けている。俺は長い話が嫌いなのだが、辛抱して聞いている。そのうち、
「余は、兄、義輝のようなうつけではない、兄は剣を振り回すばかりで知恵が足らなかった」
と言った。
うつけ。俺も長いことうつけと言われ続けてきたが、自分からうつけではないと人に言ったことはない。うつけに見えるかどうかは相対的な価値観によるからだ。義昭の雰囲気は、清州城の楼閣から身を投げて投げて死んだ弟の勘十郎信行に似ていた。あいつも頭脳明晰とか品行方正とかにこだわっていた。他人からの評価に頼りきりで、そのことが自分の心の支えだったのだろう。
それにしても義昭は話がくどい。幕府への思いのたけはわかったが、思いだけでは具体化しない。そろそろ飽きてきた。俺は平伏しているふりをして上目や横目を使ってあちこちよそ見をはじめた。義昭の近習のひとりの頭が熟れた金柑のようによく光っていた。禿か?禿が月代を剃る意味があるのか。もしあるとすれば、禿では無いと言い訳するぐらいのことだ。そのうち無性に可笑しくなった。笑いがこみ上げてきた。いったん可笑しくなると、とことん可笑しい。くっくっくと声が出そうになるを懸命に堪えていたが、ついに我慢しきれなくなって、その場でげらげら笑い転げた。
「無礼者っ」
近習の誰かが声を荒げた。その声に、俺は居住まいを正し、息を吸い込んで笑いを収めると、本音を吐いた。
「机上の空論ばかりを長々と聞かされてもかなわん」
義昭の表情が険しくなり、あれだけ回っていた舌がぴたりと止まった。俺はぶっきらぼうに続けた。
「自分の目と手で確かめてもいない、机上の空論が信じられるか」
細川藤孝と思しき近習があわててとりなそうと出てきた。それを制して、金柑頭がやにわに鋭く切り込んできた。
「予め全てのことを自分の目と手で確かめることはできません。前例のないことは机上の空論から始まることもあるのではありませんか」
俺が返答に困っていると、
「それともあなたは机上で議論もせずに、いきあたりばったりで家来に戦をさせるのですか?」
と畳み込まれた。もっともだった。
ずっと昔、同じように俺をやり込めたやつがいた。俺は人の名前を覚えるのは苦手だが、どこかでいっしょだった相手だとわかった。誰だっけ。記憶の糸を手繰り寄せる。金柑頭も不思議そうに俺を見つめている。
「桃さん……」
「サンスケ……」
小さく声を発したのは、俺だけではなかった。
金柑頭は、新九郎さんに連れられていっしょに上方見物した桃さんだった。新九郎さんは才能あふれる子どもにモノを教えるのが楽しいと言っていた。あの頃は才能の意味がわからなかったが、今は何となくわかる。今さらだが新九郎さんには才能を見出す才能があったのだろう。才能は、才能のあるものにしか理解できない。燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、という諺のとおりである。
桃さんは明智光秀と名乗っていた。
俺は、桃さんが俺の家来を兼務することを条件に足利義昭を奉じて上洛することを承諾した。俺が請け負った以上、足利義昭を上洛させるのは俺の仕事だ。俺の仕事に従事するのだから、俺がその分の給料を桃さんに支払う。通貨を使えばそういうことができる。そしてそのことを一瞬で分かり合える嬉しさを桃さんに感じた。
その夜ひそかに桃さんを岐阜城の招いた。天守閣から見える山影の上に広がるのは満天の星空だった。あのとき峰道から見上げたのと全く同じように星座が巡っていた。ふもとの方からグワッグワッと鵜の鳴き声が聞こえた。すっと星が流れた。桃さんが、俺たちの時代を作らなくちゃな、とぽつりと言った。
岐阜城からの眺望はほかの山城に比べても群を抜いているのではないかと思います。ネットで写真や動画を見ることができますが、それでもやはり現地に赴き、そこで感じる光と風の中で、かつてこの日本に起きたことに思いを馳せると、感慨もひとしおです。




