知恵の値段
背中の山水画を描いた衝立が、障子を介した冬の柔らかな陽射しで照らされている。脇の薄暗い床には、黒で縁取られた濃紺の釉薬がかけられた盆に、万作の花が活けてある。濃紺の釉薬に万作の花の出しゃばらない嫋やかな黄色がさりげない趣を醸し出している。それにしても藁灰を釉薬にした灰釉陶器は、尾張の瀬戸焼だけの技術だ。しかも濃紺はもっとも発色が難しい色だ。きっと生駒家の藁灰に違いない。ふと吉乃の肌の温もりが思い出された。あの餅のような柔らかな……
「……上総介殿?」
と怪訝そうな与四郎さんの声にはっと我に返った。瀬戸焼に夢中になり、つい妄想に耽ってしまった。
「千宗易と申します」
与四郎さんは、改めて名乗るともう一度深々と頭を下げた。与四郎さんは、俺と会ったことを忘れてしまったのだろうか。
「サンスケや。忘れたか」
そう言われて与四郎さんは、俺をまじまじと見た。小首を傾げる素振りを見せたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「ああ、いつだったか新九郎さんについてきたサンスケはんやったか。気づきませなんだ。ご立派になられて。それにしても新九郎さんは惜しいことをしましたな。そして、まさかあのサンスケはんが……」
俺は与四郎さんの言葉を遮り、その真意を問い質した。
「俺に何の用や?」
与四郎さんは笑って即答した。
「将軍に挨拶したうつけの目利きに来たんや」
その単刀直入な物言いに、家来たちは色めきだった。俺にはなぜ色めきだったのかわからない。単刀直入は話が早くていい。そう言えばかつて与四郎さんは、茶の湯の席で大名の信用情報が密かに交換されていると言っていた。確かに商人から見れば、信用取引した大名が滅んだりしたら目も当てられない。俺の将来を与四郎さんが目利きしているということか。
「で、俺に見込みあるのか?」
「どやろな」
与四郎さんは微笑んだ。控えていた家来たちが、こらえ切れずに立ち上がろうとした。主君が嘲笑されたと勘違いしたらしい。家来に控えているよう目くばせをして、与四郎さんに向き直った。
「俺を信用しろ」
与四郎さんは苦笑して、ちょっと困った風だった。
「そしたら、久しぶりに堺に来まへんか?こないに武骨なご家来衆に囲まれとったら落ち着かへん。ふたりっきりで話ししよか。ええ茶室を拵えましたさかいに」
ちょうど京に来るついでに堺で大桶や焔硝の情報を集めようとしていたところだった。尾張で岩倉の織田信賢と交渉するのに鉄砲を後ろ盾としたいのだが、火薬が足らない。まだ新九郎さんのやり方で焔硝を内製するには至っていない。事前に探ったところ南蛮渡来の焔硝を扱っている商人が堺にいるということだった。俺は早々に将軍の菩提寺を退去すると、宿に戻るとさっそく旅程を調整して、与四郎さんに誘われるまま堺に赴くことにした。
堺の街並みは、十年足らずでこれほど変わるものかと思うぐらい賑わいを増していた。京の街でも重しの石を乗せた木板葺きの屋根がほとんどだったのに、堺では黒い燻瓦葺きの屋根ばかりだ。そんな大店が通りの両脇にずらりと並んでいる。時代は刻々と変化している。
見覚えのある与四郎さんの屋敷の前に来た。豪奢な造作の構えが多い中、むしろ与四郎さんの屋敷は質素に見えた。杉板の塀はしっかり油をひいて手入れしていると見えて、手で触れるとぬるりとした。どんな油を使っているのだろう。杉板を長持ちさせる方法は木桶の製造でも大切だ。あとで聞いておかねば。門の外で家来が案内を乞う声を張り上げると
「茶室にて茶の支度が出来ております」
と与四郎さん自らが出迎えて、俺を招き入れてくれた。
屋敷の一角には竹垣があり、そこにさらに簡素な門があった。門の内側には飛び石に続く燻瓦葺きの屋根がかかった井戸小屋があり、うっすらと雪の積もった両袖の緑の笹垣の上に振袖柳の赤い冬芽が映えていた。茶室の躙り口は狭くて刀を持って入ることはできない。家来に刀を預けて茶室に入った。
茶室では手前座に障子を背にした与四郎さんが座っていた。微笑みを絶やさず一見ひ弱そうな印象を与える与四郎さんだが、しゃんと背筋が伸びていて体幹の筋肉がよほど鍛えられているのがわかった。使うあてのない虚飾のためではなく全く無駄のない筋肉だった。中柱の手前の畳に炉があって、霰模様をあしらった茶釜が据えられて、しゅんしゅんとお湯が沸いていた。
与四郎さんは無駄のない所作で粛々と茶を立ててゆく。茶筅を操る手先がリズミカルで美しい。
「茶に毒を盛っているかもしらん、と忠告してきた家来がいる」
と俺は言った。
与四郎さんは、ちらりとこちらを見て微笑んだものの、その淀みない所作に一点のためらいもない。
緋毛氈の上に茶碗が差し出された。黒で縁取られ濃紺の釉薬がかけられた茶碗だ。直線的で力強くありながらほっそりとした繊細さを兼ね備えた形だ。障子から差し込む明るいの光に照らされると茶碗の中の抹茶の濃い緑がいっそう引き立って美しく見える。
与四郎さんは微笑んだままこちらを向いている。しばらく沈黙が続いた。
俺は、茶の肴の熨斗鮑を頬張ると、茶碗をぞんざいに手に取った。そして与四郎さんを上目遣いに見ながら、にやりと笑ってがぶりと口に含んだ。
途端。
爽やかな苦みが舌の上から脳天に突き抜けた。頭が冴え冴えとして感覚が研ぎ澄まされていくのがわかる。
単なる味という概念を超えた感覚。目を瞑って口の中の抹茶を舌で転がすと、新九郎さんと上方見物に来て、初めて茶を喫したときの懐かしい思い出が蘇ってきた。さらにもうひとつの懐かしい思い出が覆いかぶさってきた。濃姫だ。濃姫はいつも傍らでお茶を立ててくれていた。親父の健康増進になるからと、わざわざ美濃からお茶を取り寄せたのだと言っていた。瞼の裏に浮かぶ濃姫のふわりとした笑顔。その切ない思いに涙がにじんできた。
口の中の茶をごくりと飲み下した。目を開くと、やはり与四郎さんが穏やかな笑みを浮かべていた。
与四郎さんが茶を立てているとき、なぜ俺は茶に毒が盛られているかもなどと無粋なことを言ってしまったのだろう。俺は、茶室に持ち込んではいけないものを持ち込んでしまったことを悟った。
俺は、緋毛氈の上に静かに茶碗を置くと、至って素直に、そして極めて自然に与四郎さんに深々とお辞儀していた。与四郎さんもそれに応じて静かにお辞儀した。
「俺にも茶を教えてくれ」
思わず言うと、与四郎さんは笑いながら
「なんぼで買うてくれはります?」
と言った。
教わるのに銭が要るのか。銭はモノの取引だけに使うものではなかったのか。そう言えば、猿回しは見ただけで銭を取られた。
「この淹れ方に至るまでは、それ相応に失敗を繰り返して研究してるんや。先ず、宇治川近くでやっている茶の覆い下栽培。手間かかるんやで。それを朝に採ってすぐに蒸し、すぐに焙る。懈怠怠慢の者には任されへん。焙る棚には紙を敷く。紙が焦げんよう火を誘い、工夫して焙る。緩めず。怠らず。終夜眠らんで、夜の内に焙り上げる。そして茶臼でひたすら細かい粉に挽くんや。どの工程も努力の結晶や。次に良い水を選び、湯を沸かす時間、茶をかき混ぜる具合、服むまでの時間、それはもうありとあらゆることを研究し尽くしたんや。こうして手に入れた知恵には相応の対価を払うちゅうのが筋やろ?知恵は財産と同じや。知恵には値がつくんやで」
もっともだった。
「茶の淹れ方の知恵の値は?」
「あかん。サンスケはんが他所でただでしゃべったらなんぼでも値下がりするわ」
「なるほど」
俺はこれまで知恵は皆で共有するのが当たり前と思っていたが、それは大きな間違いだった。ただで共有すれば奪いあいになる。国境で起きる共有地の悲劇と同じだ。誰でも自由に使える知恵は争いの火種になる。貴重な知恵は、取り締まらねばならないのだ。
「サンスケはんが勝手な茶会を禁止してくれるんやったら茶の淹れ方を教えて差し上げます。せっかく苦労して会得した茶の湯だす。それを毒殺なんぞに使われたらかないまへん」
暦、銭、目方、嵩、そして知恵。そういったものを法にまとめ、それに従って運用し、取り締まる仕組み。それが争いを無くすのだ。
しばらく与四郎さんと歓談したあと、いくばくかの銭を手渡し、大桶や焔硝の情報を聞いて、与四郎さんの屋敷を出た。改めて堺の街並みを見た。豪奢な造作の大店は立派だったが、なぜか質素な与四郎さんの屋敷の方に安らぎを感じた。家は雨漏りせんほど、食事は飢えてひもじくないほどで十分、と与四郎さんは言っていた。確かに銭がないと不便だが、人の幸せは銭の力の届かないところにあるのだと思った。
作中の与四郎さん(千利休)が差し出した茶碗は、織田信長が所持し京都本能寺にある灰被天目茶碗と建盞天目茶碗をイメージして書きました。織田信長のコレクションを見ていると、シックでかっこよくて、ほんとそういう審美眼というか感性を持っていた方なんだなあと思いました。




