都の香り
伊吹山は真っ白な雪をかぶっていた。坂道を下るとそこは長浜だった。長浜は新九郎さんと上方見物に行ったとき以来だ。
「神仏は怖くない。怖いのは生きている人の方だがや」
と苦笑していた新九郎さんを思い出した。これから乗り込む舟にはうっすらと雪が積もっていた。凍えそうな琵琶湖の表情を眺めながら、
「まったくその通りだ。亡くなった勘十郎は怖くない。怖いのは生きている守旧派の方だがや」
と独り言ちて、苦笑した。あのときの新九郎さんに自分を重ね、人を待たない歳月を感じた。あれから十年も経っただろうか。そんなことを取りとめもなく思い巡らしながら、琵琶湖を渡る舟に乗り込んだ。
勘十郎を担いでいたおかんを中心とする守旧派を陰で煽っていたのは、ほかでもない新九郎さんを亡き者にした美濃の斎藤義龍だ。楽市楽座を阻止し既得権益を守ることで、守旧派と斎藤義龍は利害が一致していた。その斎藤義龍から尾張攻めの大義名分を奪うため、また楽市楽座を施行する大義名分を手にするため、俺は尾張の守護職のお墨付きを将軍から金で買うことにした。それで久しぶりに京へ向かっている。
事務レベルでの事前交渉のため先行部隊をすでに京都に差し向けてある。先行部隊によれば将軍は噂通りの窮状で、冥加料を納めるそぶりを見せただけで二もなく歓迎すると言っているらしい。その先行部隊から美濃の斎藤義龍の刺客が俺を狙っていると連絡があった。どうやら政秀寺から冥加料とする金銀を持ち出すのを名古屋の守旧派の誰かが垣間見て、それを美濃の斎藤義龍に注進したらしい。守旧派も勘十郎を暗殺された意趣返しという思いもあるだろうし、政秀寺の金銀は、もともと新九郎さんが稲葉山城を土岐一族に売り払って工面した金だから斎藤義龍にしてみれば自分の金だという思いもあるのだろう。
君主は愛されるより恐れられる方がいい。この世にもっと怖いものがいるとわかれば、美濃衆も少しは大人しくなるだろう。また残酷な君主を演じなくてはならないようだ。美濃衆を脅すのにどうしたものかと思案しながら馬に揺られていると、枯れた葦にカマキリの卵が産みつけられてあるのが目に留まった。
カマキリの雌は残酷だ。カマキリの雌は、ことが終わると思いを遂げた雄を喰ってしまう。もっともその雌も卵を産むと腹がぺしゃんこになって死んでしまう。しかしその抜群の保温性能のおかげで、卵は無事に冬を越し、春になるとそこからたくさんの子供たちが生まれる。そうやって脈々と命をつないでいる。カマキリの雄はカマキリの雌から生まれ、カマキリの雌に喰われ、次の命の栄養になる。カマキリの雄を喰うカマキリの雌は果たして残酷と言えるのだろうか。残酷について考えているうちに、いつのまにか思案の中心が美濃衆を脅すことからカマキリへと移っていった。
京の都へ入った。京は前に来たときよりずっと賑わいを増しているように思えた。家来を二条のいくつか寺に割り振ると、頃合いを見計らって、家来を連れて京の町に繰り出した。
正月ということもあって、男の子たちが家の外に出て綱引きや振々毬打で遊んでいた。桂川に続く堀川には舟がひっきりなく行き交い、川沿いの町の通りは賑やかだ。往来の真ん中に人だかりがあると思って、割り込んで見てみると赤いちゃんちゃんこを着た芸人が扇を開いて数匹の猿を操る猿回しを披露していた。そう言えば、途中で扇屋があったっけ。今、京では扇を進物に贈るのが流行っているそうだ。しばらく猿回しを眺めて面白い芸もあるものだと思って、そのまま通り過ぎようとすると、
「タダ見はあきまへんで」
と低いドスの効いた声で呼び止められた。なるほど、芸人の前には銭を投げ込む皿がある。投げ銭で日銭を稼いでいたのか。呼び止めた男に銭を握らせると、険悪だった男の表情は途端に恵比須顔になり、「おおきに」と揉み手をしながら、猿回しの観客の人込みへと戻っていった。人のたくさん集まるところにはいろいろな商いがあるものだと感心した。
お目当ての一条風呂と呼ばれる公衆浴場にやってきた。くだんの美濃の刺客がここにいるはずだ。家来が風呂屋の番台に相応の銭を握らせ、
「何も言わずに受け取ってくれんか」
とねこなで声で頼み込んだ。風呂屋の番台は、俺たちの身なりを見ると、すぐに何かを察して銭を懐にしまい込んだ。ぞろぞろと家来全員で風呂場に入った。美濃の刺客は、屋根のかかった湯船に沈んでのんびり鼻歌を歌ったり、丘にあがって白い着物の湯女と呼ばれる女に頭を洗ってもらったりしていた。人間、素っ裸になってしまえば刺客も敵もただの人だ。そのうち美濃の刺客のひとりがいやがる湯女を捕まえて、不埒な狼藉を働こうとしているのが目に留まった。俺はそういうのを見ると無性に腹が立つ。頭で言葉を組み立てる前に、衝動的に怒鳴った。
「カマキリッ!」
しまった。ずっとカマキリのことを考えていたものだから、それがそのまま声に出てしまった。その上、大きな声を出そうと力んだせいか声が変に裏返った。
それでも突然の甲高い声に、狼藉を働こうとしていたやつは、驚いて飛び上がった。その勢いで、足を床に滑らせてひっくり返った。唯一そこだけ隠していた手拭いが宙に舞った。その部分が露わになり、あられもない姿が公衆に晒された。絡まれていた湯女が目のやり場に困って、この季節に大きな虫でも入ってきたのかしらという体を繕い、あたりをきょろきょろ見回している。鼻歌を歌ってたやつも頭を洗ってもらってたやつも、驚いて俺の方にをふりかえった。美濃の刺客だけでなく俺の家来までもが呆気にとられてこちらにふりかえった。
賑やかだった浴場が一瞬しんとなった。家来のひとりが、はっと我に返り、気を利かせて
「こちらは、織田上総介信長様であるぞっ。貴様らのような虫けらはカマキリ同然に踏みつぶしてやる、と仰せであるっ」
と美濃の刺客に向かって大喝した。俺は慌ててコクコクと頷いた。家来たちも我に返って皆コクコクと頷きながら、ずらりと並んで刀をつきつけて、やいこら!というふうに美濃の刺客を大人数で取り囲んだ。いい気分で風呂を使っていた美濃の刺客は縮み上がった。俺があごでしゃくると、美濃の刺客は、素っ裸のまま逃げ出した。
残酷な君主を演れた自信はない。まあでもかなり危ないヤツぐらいには思ってくれたかもしれない。
風呂屋の裏手には桶屋があった。たくさんの客が出入りし、結桶師が桶に箍を嵌めていた。もはや桶は生活の必需品だ。技術の進歩が目まぐるしく、様々な技術がどんどん生活に入り込んでいる。もっとも俺が知りたい桶の技術は、風呂屋で使うような小さいやつではなく、一斗も入るような大きい桶の技術だ。せっかく久々に上方に来たのだから、もっとたくさんの情報を自分の目と手で確かめてから尾張に帰りたいと思った。
あくる日は将軍に拝謁に出向いた。
幕府の庁舎である公方は廃墟と化して久しく、将軍の足利義輝は代々の菩提寺に身を寄せていた。
将軍は塚原卜伝だかの大ファンで、筋肉マニアになっている。使うあてのない虚飾のための筋肉を身にまとうことに夢中になっている。無駄としか言いようがない。承認欲求の塊とも思える将軍の筋骨隆々たる肉体は、何の機能も果たさない室町幕府の権威を象徴していた。親父もこいつに頭を下げていたのかと思うと、何だかばかばかしくなったが、尾張の守護職のお墨付きをもらうのだから下手に出なければならない。窮屈なのを我慢して髷をつややかに結い上げ、折り目正しい礼服を着て、室町式の作法に従って将軍の前にまかり出た。
将軍が、寺の広間のはるか向こうの上座で何かごにょごにょと言った。俺はろくに聞きもせずに「ははーっ」と畏まった。それでおしまいである。尾張の守護職のお墨付きが手に入った。儀式から逃げ回っていた俺も、窮屈なのを我慢してこれくらいの立ち回りができるようになったのだから、随分と大人になったものだ。権威は金で買えるのだ。なぜ民衆はこんな安っぽい権威に恐れ入るのか不思議だった。金で買えないものもたくさんあるのに。ふと俺から金を受け取った将軍とカマキリの雄と重なり哀れになった。将軍よ、思いを遂げたあとは、俺に喰われて、民衆の栄養になってくれ。
あー、肩が凝ったと、次の間に退出すると、ひとりの男が平伏している。細川なんとかという将軍の腰巾着が、織田殿にぜひ会いたいと言っている男だと紹介した。
「デアルカ」
俺はそう言ったものの、これ以上窮屈なのに付き合わされるのは適わないと思い、無視してそのまま立ち去ろうとした。ところが、その男がそこにいるだけで伝わってくる心くつろげる何かが、俺をふわりと席につかせてしまった。窮屈どころか肩の凝りがほぐれてゆくのを感じる。春の陽射しに淡雪が消えゆく如くだ。その男の見事に洗練された全く無駄の無い所作に微かな見覚えがあった。どこで会ったのだろう。男は面を上げて爽やかに名乗った。
「千宗易と申します」
顔を見て息を飲んだ。遅れて遠い懐かしい思い出がほろ苦い茶の味とともに蘇ってきた。その男は、昔、新九郎さんと上方見物したとき、堺を案内してくれた与四郎さんだった。確かあのとき茶の湯を習っていると言っていた。研鑽に研鑽を重ねたのだろう。与四郎さんは既に別の次元の境地に到達していた。与四郎さんを包むその場の空間には茶の湯の作法の透明な奥行だけが存在していた。
この話の京の都の様子は、洛中洛外図屏風上杉本を参考に書きました。お風呂屋さんは、左隻第五扇の小川通りにあったものです。カマキリのエピソードは祇園祭の山車に乗っかっていた蟷螂山からの創作ですが、現在の祇園祭でもちゃんと蟷螂山があってカマキリが乗っかっています。応仁の乱からだいぶ復興が進み、街の様子が急激に変化していくのが洛中洛外図屏風上杉本からわかります。




