表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
システマイザー・信長  作者: 武田正三郎
風に乗って
27/47

壺と甕から桶と樽へ

 見上げると秋の静かな雲が斜めに流れた空が少しずつ薄紅色に染まり、縫い針のような赤とんぼの影法師シルエットが飛び交っていた。清州城のやぐらからは、あたりをぐるりと見渡すことができた。北には五条川に沿って美濃路が続き、はるか遠方に少し靄がかかって紅葉間近の稲葉山が見えた。その山頂に、新九郎さんが心血を注いで築城したいぶし瓦の天守閣が大きく傾いた日の光を受けてきらきらと輝いていた。上方見物で与四郎さんと堺で見てきた瓦を思い出した。稲葉山城の燻瓦はまさに楽市楽座の象徴だった。あれに比べたら、この清州城は砦に毛の生えたようなものだ。いつかこの日本全ての人々に楽市楽座を広めたら、あんな天守閣を築いてみたいと思った。


 櫓を降りて座敷に入ると、猿が届けてくれました、と濃姫が最新型のますを差し出した。俺はその枡を受け取るなり、ごろりと横になり濃姫の膝枕に頭を預けた。頬に濃姫の体の温もりが直に伝わってきた。濃姫はかがんで優しく俺の顔をのぞきこみ、今日は何を考えていらっしゃるのかしら、というふうににっこりと微笑んだ。流産してからというものずっと子宝に恵まれず、周囲の心ない言葉に気丈にふるまっているものの、少しやつれたように見える。俺がこれから思案に更ける様子だと見て取ると、濃姫はそのまま何も言わずに俺の頭を撫でている。

 

 この新型の枡は、四隅を直角に切り揃えてある。かんなで仕上げた表面はすべすべで、実に触り心地が良かった。顔に近づけて匂いを嗅ぐと、爽やかな森の香りがほんのり漂ってくる。木材を使って水や油を貯めたり運んだりする容器ができるようになったことは、実に感慨深かった。押して使う鉋から引いて使う新型の台鉋にするだけで、こうも枡の出来栄えが変わるものなのか。道具の発明は新しい時代を作ると言っていい。新九郎さんと刃物の里に行ったとき、刀を作っているかと尋ねたら、いやな顔をして、刀より包丁のほうがよほど役に立つら、と言ったのを思い出した。あのとき新九郎さんはすでに鉋を手掛けていたのだろうか?


 奥飛騨の木曽川上流の流域には、ひのきの森林が広がっている。その木曽檜は年輪が密に詰まっている。だから伐採後に剛性が増してたわみにくい。その上、香油を含み、虫がつきにくく腐りにくい。このことから木曽檜は神社仏閣の建材として重宝されてきた。


 勝幡城かつはたじょうのある津島は親父が力を入れた商業都市だ。その商売には銭とますが欠かせない。米でも油でもそのかさを測るには枡が必要だからだ。数えることができる銭と枡だからこそ、適正な取引を素早く決済できる。木曽川を通じて運んできた木曽檜がその枡に使われていた。


 商売と言っても、所詮は人が働いた以上の価値は生まれない。時代についてゆけない連中が上に立ち、長々と会議して無駄な時を過ごせば、その嵩んだ人件費の分だけ誰かにしわ寄せがいくことになる。しわ寄せは年貢を納める庶民に矛先が向いていた。


 清州には、年貢を徴収・収納する際に使う返抄枡へんしょうます収納枡しゅうのうますと支払・給付用に使う下行枡げぎょうますの二種類があった。下行枡より返抄枡を大きくして、その差分で嵩んだ人件費の帳尻合わせをするのだ。清州には平手先生が自害した折にやたら詰め寄った守護代家老の坂井何某がいた。嵩んだ人件費が膨らんで財政が苦しくなる都度、坂井は返抄枡を大きくした。ただでさえ七公三民の重税である。そのうえ枡の差分を使った事実上の増税だから農民はたまったものではない。商人にとっても枡の大きさがてんでんばらばらでは、公正な取引ができなくなる。あちこちから苦情が噴出した。尾張の守護職の斯波義統は、さすがにそれがいずれ破綻を招くことに気づいた。それを邪魔に思った坂井は守護代の織田信友を担いで斯波義統を暗殺してしまった。その息子の義銀が自分に塁が及ぶのを恐れて、かくまってほしいとやってきた。公正な商いを妨害しているようでは、主家筋だか何だか知らんが糞くらえだ。俺は義銀を受け入れ、枡の規格を統一することにした。


 少々乱暴とは思ったが、俺は、乱れていた枡の規格を統一するため、規格の違う枡を集めて、片っ端から焼き払った。そうしたら庶民から搾取ができなくなったと俺を恨んだ坂井が、織田信友を担いで信光叔父さんを取り込もうと企んだ。枡の不正を知っていた信光叔父さんは、だまされたふりをして清州城に潜入し、枡を工場ごと焼き払った。そして主君殺しの咎を名目に、織田信友を誅殺してしまった。坂井は命からがら今川に逃亡したらしい。もともと枡の大きさを変える小細工は今川方から吹き込まれたということだ。死んだ信友は気の毒な気もするが、坂井の口車に乗り守護代の職務を履き違えてしまったのだから、信友が迂闊だったと言わざるを得ない。


 そんな経緯いきさつで、俺は清洲城に居を移した。そして統一規格の枡を猿に試作させた。

 

 それが今俺の手の中にある最新型の枡なのだ。


「ごめんなさい、信長様。足が少々重たくなりました」


 濃姫の声にはっと我に返った。濃姫の膝枕は気持ちよくて名残惜しかったが、俺は起き上がると、濃姫の足をさすってやった。そして体を起こすと濃姫に背中を向けて、今度は新九郎さんから託された指南書を眺め始めた。


 枡の規格を統一することは、公正な商いの取引のためばかりでなく、誰でも何かを同じ調合するための基礎ともなる。誰でも同じ調合ができるようになれば、その何かを量産できる。新九郎さんから託された指南書の冒頭は、規格の統一から始まっていた。


 また大量に調合したものを保存するには、大容量の容器が必要となる。これまで保存のための容器としては、つぼかめが一般的であった。しかし新九郎さんの指南書には、容器として壺や甕ではなく、おけたるについて記されてあった。粘土を焼いて作る重い壺や甕に比べて、木材から作る桶や樽は大容量にするのが容易だ。しかも軽いので運搬にも適していた。しかし桶や樽を作るには、精度の高い板を作るための台鉋だいかんなが必要であった。また新九郎さんの指南書では、樽の生産性を上げるためなたで簡単に割ることのできる杉が檜より推奨されていた。


 新九郎さんの指南書には、樽を使って試作したあゆ寿司のことも書いてあった。新九郎さんと上方見物に行ったとき、琵琶湖のほとりの雄琴温泉でふな寿司を御馳走になったのを思い出して懐かしくなった。あのとき新九郎さんは、美濃の長良川でとれる鮎を使って似たたような商品を開発できないか試していると言っていた。恐らくあの頃の新九郎さんには既に樽を作る技術があったのだろう。

 

 樽を作るにはたくさんの種類の鉋が要る。中でも台鉋は太い柱の真ん中に刃を取り付けたような形で、それを土間に寝かせて、そこに木材を滑らせて板を作ったり、面取りしたりするのである。そうすることで樽の側面となる背丈ほどもあるような板を同じ厚みで大量に作ることができた。


 樽を作るのにもう一つ必要な技術がたがだ。竹を編み込んで、樽の内側から力がかかればかかるほど締まるようになっている。またずり下がらないよう、位置が下にずれると締まるようになっている。箍を嵌め込んで締め付けると二度と緩むことはない。見事というほかない技術だ。


 さて近くの木曽川は美濃の斎藤龍興の支配下にあり、檜が簡単に手に入らなくなっている。新九郎さんの指南書に従って研究を進めるには、杉を調達する算段をせねばなるまい。


 杉は、飛騨よりも三河や紀伊に多くあった。東海道と伊勢街道が交わり、五条川が流れる清州は、杉の流通拠点として要所であった。寺院の僧房の甕で作られていた酒が、杉樽で大量に作られるようになり、市中に出回るようになっていたからだ。杉樽で作った樽酒は甕で作った酒と違って黄金色であり、上等な感じがしたのでよく売れた。結果として経済が発展し、杉樽の技術が発展したのであろう。


 桶や樽を作るための杉の調達先について思案した。紀伊の伊勢神宮の森の杉を使いたいところだが、朝廷の力が落ちて、遷宮のための多額の費用と時間を捻出できなくなり、荒れ放題になっている。いつか式年遷宮を復活したいが、今は三河の東海道沿いから杉を調達するしかない。瀬戸から多治見に連なる山と、知多半島の狭間にある丘陵地帯にある杉を使って、まずは樽より小さい桶から試作しよう。木材を運搬して清州で桶を作るより、現地生産した方が合理的だ。よし、あのあたりに技術者を集めて桶の一大生産拠点としてやろう。


 新九郎さんの指南書の規格の統一は、文武天皇の定めた度(長さ)・量(体積)・衡(重さ)の再定義から始まっていた。新九郎さんの指南書の凄いところは、雨の降る量から暖かい寒いに至るまで度量衡で定義しているところだった。美濃や尾張はよく河川が氾濫するので、新九郎さんは雨の降る量を正確に測りたかったのだろう。新九郎さんの指南書では、降水量や寒暖を桶で測り、天候を予測する方法まで記されていた。


 そして新九郎さんの指南書には算術がよく出てきた。測った度(長さ)・量(体積)・衡(重さ)の数値を複雑な算術でひねくりまわして、さまざまなことを定量的に予測するのだ。こんなことなら平手先生の手習いをもう少しまじめにやっておけばよかったと思ったが、時すでに遅し、だ。犬と猿は計算がとても早かった。犬は石つぶてを使って計算し、猿は木の葉と小枝を使って計算した。お陰で俺は大いに助かった。


 桶や枡が普及すると、壺や甕が売れなくなるかもしれない。瀬戸や多治見の焼き物職人を保護するためにも何か救済策を考えねばと思った矢先、濃姫が口を開いた。


 「信長様、お食事の準備ができたようですよ」


 そう言えば味噌汁の旨そうな匂いが漂っている。味噌汁とは随分と豪勢な献立だ。ああ、そうか。今日は重陽ちょうようの節句だった。見れば菊の節句にふさわしく床の間に薄紫色の野菊が生けてあった。きっと濃姫が野で摘んできたのだろう。


 そうだ。いいことを思いついた。樽がうまくできたら手始めにそれを使って味噌を作ろう。今は農民が甕で自家製の味噌を作っているが、それを樽で量産すれば商売がさかんになる。三河の方は土地がやせているから米よりも大豆の方が作付けしやすいはずだ。竹千代の生まれた岡崎のあたりを思いだした。今は今川方の支配下にあるがいつかあのあたりに桶や樽工場を建てた暁には、味噌工場を併設したいものだ。


 そう思って、味噌汁の匂いの方へと立ち上がった。


 信長の時代に培われた木桶の技術が今、絶滅の危機に瀕しています。和食がユネスコ無形文化遺産に登録されました。この作品を読んでくださった方が、遺産になってしまった和食に少しでも興味を持っていただければ大変うれしく思います。


↓↓↓ 参考サイト:小豆島 木桶職人復活プロジェクト ↓↓↓

http://yama-roku.net/yamaroku/oke-project.html


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ