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システマイザー・信長  作者: 武田正三郎
風を捉えて
26/47

夢の欠片

 その男の顔を見るなり思わず噴き出してしまった。


 口がすぼまっているくせに、唇がめくれ上がって前歯が出っ張っている。そのくせ二重ふたえまなこのつぶらな瞳にやたらに愛嬌がある。伸びた鼻の下には、なりそこないの土壌髭が二三本生えて、それがぴくぴく動いている。まるでねずみだ。頭は剃っているいるのか禿げているのか判断しかねる。奇妙奇天烈きみょうきてれつ珍妙なる容貌だ。相好そうごうは、既に崩しようがないほど、崩れてしまっている。


 いつも仏頂面の犬千代も、その男の顔を見て、腹を抱えて転げまわり、今にも息が止まりそうだ。顔だけでこれだけ笑わせるのだから、それはもう天賦の才としか言いようがない。


 その背の低い若者は、


 「口上を言ってもええか」


 と言った。発したその声は、こいつどこから声を出しているんやと思うぐらい、清らかで澄んでいて威厳があり、高らかに部屋中に響き渡った。その至って真面目くさった声色と、顔の造作とのちぐはぐなギャップが、ようやく引きかけた笑いを再び呼び戻した。この顔と声で、ネタを笑いのツボにねじ込まれたら、本気で笑い死にするかもしれない。もはや笑いの凶器だ。


 「笑いが止まらんようだで、勝手にしゃべるから聞いとってちょ。おらは針売りをやっとる。戦場で拾った刀を潰して針にすりゃあ何千本もできる。東海道沿いは戦が多かったで、そのあたりで針を売って生計を立てとったんだが、運上うんじょうが高くなったで、楽市楽座の美濃に流れってたんや。そしたら斎藤利政様のお目に留まっての。頼まれて来たんだがや」


 その男の顔が目の前に陳列されていると、笑いが止まらず声が出ない。相槌を打つので精一杯だ。


 「平手様へのお悔やみちゅうて斎藤利政様から金銀やら銭やら預かって来とる。生前世話になった平手様に寺でも建ててやってくれちゅうとった」


 金額を聞いて驚いた。平手先生の菩提寺を建てるどころか、焦げ付いている支払いを済ませて、家中を建て直すことができ、鉄砲五百艇の支払いも完済できる。渡りに船とは、このことだ。心中そう思いながらも、笑いが止まらない。大儀であった、とも言えずに、ひいひい言いながら、腹を抱えている。


 ともあれ、濃姫の輿入れ料も、平手先生との約束によるものだから、平手先生が亡くなった今、もう払わなくてもいいと言う。濃姫については子宝も授かっていない状況では、三行半みくだりはんを突き付けられても文句の言えないところではあるが、出来ればずっとそばにおいてやって欲しいとのことだった。俺としては何の異論も無い。輿入れ料が払えないなら濃姫を返せと言われなくて、むしろほっとした。


 その男は、許しを得ると、帯だたしい金銀やら銭やらを屋敷に運び込んだ。驚いたことに銭はびた銭ではなく全て永楽銭だった。そしてその若者は俺に受け取りの署名を求めて、去って行った。俺と犬千代は、その男がいなくなって、やっと大きく深呼吸できた。ようやく笑いが収まった。


 それにしても、新九郎さんは、どうやってこれだけの金銀を工面したものか。坂祝の鋳物工場をはじめ、各所の職人が根こそぎかっさらわれたため、美濃の工業生産は滞ったままだ。胡麻油の時代が終わって菜種油の時代になり、新九郎さんの実家の油屋も既に店をたたんで久しいはずだ。とにかく窮地を救ってくれたのだから、新九郎さんには恩に着るばかりで、頭が上がらない。


 ふと気がついた。平手先生の菩提寺を建てろということは、その寺を金庫がわりにするということか。平手先生の怨霊を恐れている輩が多いことを逆手にとって、あの世の平手先生を衛兵として働かせるとは、さすが新九郎さんだ。それにしてもあり余るほどの金額だ。俺に必要な金額を計算できない新九郎さんではない。なぜ新九郎さんは、こんなにも余剰資産を俺にくれたのだろうか。預かっておけということなのだろうか。


 それからほどなくして新九郎さんこと斎藤利政が家督を弟の斎藤義龍へ譲り、自らは稲葉山城を出て、美濃の中心街にある日蓮宗の常在寺で剃髪し、道三を法号として出家したとの知らせがあった。あの新九郎さんが出家するとは、やはり甲相駿こうそうすん三国同盟の阻止ができなかった一連の騒動の責めを負ったのだろうか。俺がやらかしたへまが原因かもしれないと思うと何とも心苦しい。


 新九郎さんとその親父さんは、京都の生まれだ。新九郎さんの親父さんは、もともと武家だったが、諸般の事情で幼少の京都妙覚寺で得度を受け、法蓮房の名で僧侶となった。もともと僧侶になりたかった訳ではないから、還俗げんぞくして油屋の婿になり、身代を肥やした。そして、美濃にさし下り、松波庄五郎と名乗った。そして油屋の財力をもって新体制としての重商主義を目指したが、下克上の動乱に斃れ、新九郎さんが跡目を継いだ。


 新九郎さんの親父さんは、美濃でも政略結婚とも言える妻を娶り、子をもうけた。それが斎藤義龍だ。だから新九郎さんと斎藤義龍とは異母兄弟ということになる。容貌は全く似ていないらしい。しかし、根強い血族信仰もあって、斎藤義龍は美濃の保守派の中心である土岐家とその家臣団から支持を集めている。


 やがて暑い夏が来て、秋になった。夏から秋は、皆農作業に明け暮れるため、戦どころではない。武家の頭領もそこのところがわかっているので、滅多なことではそんな繁忙期に大きな事を構えたりしない。収穫が終わると、冬に向けて年越しの物資を交換するための市が立った。美濃の楽市楽座ならば、場所代さえ払えば誰でも店を広げることができる。客は安くて良いものを求めるから、たとえよそ者であろうと商売上手な者は儲けることができた。逆に言えば、たとえ土地の者でも粗悪なものを高値で売ることはできなかった。そのことが古くから座に属していてる地元商人の不満であった。ならず者を使って陰でよそ者を脅迫して運上を巻き上げるようなことがよくあった。そのたびに新九郎さんを中心とする新体制が取り締まっていた。しかし新九郎さんが隠居したので、その取り締まりの矢面やおもてに新九郎さんの子供たちが立たされる羽目になった。それを疎ましく思った地元商人が旧土岐家家臣団とつるんで、その子供たちを殺害してしまった。


 年末年始や節句が終わり、季節がよくなると、勢いづいた旧土岐家家臣団は、斎藤義龍を擁立し、これ幸いと新九郎さんに借金を返すよう言いがかりをつけ、亡き者にしようと挙兵した。旧勢力が弟を擁立するあたりは、俺も他人事とは思えない。そして、新九郎さんのもとに、まったく兵が集まらないまま、長良川河畔で決戦とも言える戦いがはじまったと言う。


 これを聞いたのは濃姫からであった。濃姫は、この知らせを伝えたあと、俯いてしばらくためらっていた風だった。その後、意を決したようにこちらに向き直り、さらに口を開いた。


 「お父様に黙っていろと言われたけど、あのお金、稲葉山城を旧勢力の土岐一族に売り払って工面したお金なの」


 ちょっと待て。あの稲葉山城を売ったのか。それでは、まるで美濃一国を換金して、俺に譲ったようなものではないか。譜代の家臣を持たない新九郎さんに金がなければ兵が集まらないのは当たり前だ。仏教では、心身共に一物にも執着せず俗世を解脱(げだつ)することを放下ほうげと言う。新九郎さんが、出家したのは、そういうことだったのか。


「助けに行く!」


 と叫んだときには、屋敷を飛び出していた。富田の方へ馬を駆った。沿道の両脇の田圃には、正徳寺で新九郎さんと再会したときと同じように水が張られていた。新九郎さんとの思い出が走馬灯のように脳裏をよぎる。上方見物に行って京で鉄砲を見せてもらったり、算術を習ったり。楽しかった。そして正徳寺で嫁の舅殿が新九郎さんとわかったときの懐かしさ。嬉しかった。新九郎さん、頼むから生きていてくれ。


 木曽川が近くなり、旧土岐家家臣団の伏兵がちらちらと目に留まるようになった頃、犬千代を筆頭に後から遅れて出てきた俺の家の者も追いついてきた。血気にはやって、突撃の下知を出そうとしたその時だった。


 「斎藤利政様のお心がお分かりにならない信長様ではありますまい!」


 と清らかで澄んだ聞き覚えのある声が、松林の中に響き渡った。


 藪の中から姿を現したその男の顔を見た途端、高ぶっていた精神が静まった。どうもあの顔には毒気を抜かれてしまう。そして冷静さを取り戻し、新九郎さんの真意を推し量る俺がいた。新体制の重商主義には資本を集中させた方が有利、との極めて合理的な判断から新九郎さんは、自分の命と引き換えに、稲葉山城をはじめ換金できるものは全て換金し、その資本を俺に託したのだ。新九郎さんのことだ。稲葉山城を資産価値以上の言い値で売却したに違いない。


 「ここで信長様をお待ちするよう、ことづかっておりました」


 新九郎さんは、何でもお見通しだ。 


 遠くからこだましていた銃声が鳴り止んだ。俺は新九郎さんがもうこの世にいないことを悟った。生者必滅会者定離しょうじゃひつめつえしゃじょうりである。新緑の稲葉山のてっぺんに青空を背にした天守閣が見えた。俺はそちらの方角に向かって軽く目礼して踵を返した。


 「ちょっと待ってちょ。信長様へとお預かりしてるものがあるがや」


 男はうやうやしく包みを差し出した。


 包みを開いてみると、そこには小指の先ほどの大きさのきらきらと輝く透明な欠片かけらが入っていた。


 「こ、これは……」


 目が釘付けになった。


 昔、新九郎さんと上方見物に行ったことをまた思い出した。あのとき俺は、商いの品物として、伊勢湾の車エビを新九郎さんに提案して笑われたのだった。売り物は、かさばらず軽くて高価なものがいいのだという。しかも保存できて、使ったらすぐ捨てられるならなおいいと言う。捨てられるのがなぜいいのかと聞くと、また買ってもらえるからだと教わった。


 かさばらず軽くて高価で、保存がきき、使ってしまえば消えてなくなる。なるほどたしかに美濃紙は商品にするのにぴったりだった。だが、この光り輝く透明な欠片こそ、美濃紙を凌ぐ次の時代の商品として最適だろう。


 この欠片は、まさに新九郎さんの知恵の結晶と言ってよく、夢の欠片そのものだった。


 欠片に同梱してあった分厚い書面を開いた。それは志半ばにしてあの世に旅立った新九郎さんの、絶対に売れる新商品の研究開発の記録だった。その記録は、新九郎さんに正徳寺で再会した日付で絶筆となっていた。相変わらず新九郎さんは芸が細かいなあ。茶目っ気たっぷりの新九郎さんの顔が思い出されて、ふっと笑みがこぼれた。言葉がなくてもわかる。これは新九郎さんから俺への無言のミッションだ。あの資本金を元手に、この欠片の量産体制を確立して商品化せよ。そしてその経済力をもって天下統一せよ。ということだ。


 美濃の研究所は全て、職人が根こそぎさらわれてしまったし、もう行くこともできない。ゼロからの再出発だ。指南書があるとは言え、新九郎さんでさえ、数年を要したこのプロジェクトを同じ年月で果たして再現できるだろうか。指南書通りにうまくできて数年、悪くして失敗を繰り返せば、その何倍もの年月がかかるだろう。


 やるべきことをやれ、と叱咤した親父。前に進めと背中を押してくれた平手先生。そして、夢の欠片かけらを託してくれた新九郎さん。俺は、生かされて、生きている。


 諦めさえしなければ、きっと夢は叶う。夢を叶えるのが先か、寿命が尽きるのが先か、それは天の定めるところ。たとえ寿命が先に尽きたとしても、託された誰かが叶えてくれると信じればいい。


 水晶にも似た六角柱のその欠片をおしいただくと、形見となってしまった「サンスケ入るを許す」と書いた紙きれといっしょに大切にしまい込んだ。


 まずは地固めだ。ふと桃太郎の鬼ヶ島退治の話を思い出した。尾張の旧勢力を制圧することは、桃太郎の鬼退治のようなものかもしれない。とりあえず、岩倉付近の鬼を退治してくるか。待てよ。桃太郎には、犬、猿、きじの家来がいたはずだ。遠くから情報を集めてくる濃姫は、さしづめ雉と言ったところか。そこで侍っている忠実な犬千代は文字通り犬だ。猿をどうしよう。夢の欠片を携えてきた背の低い若者がまだそこに控えていた。


「ついてくるか? 猿」


 と声をかけると、その背の低い若者は、既に崩しようがないほど、崩れている相好をさらに崩した。そして駆け寄ってきて、犬千代のそばに擦り寄った。犬千代は一瞬露骨に嫌そうな顔をしたが、猿の顔を見て噴き出した。


 新しい風を感じた。


 この先、どんな艱難辛苦かんなんしんくが待っているか知らないが、この爽やかな風がきっと吹き飛ばしてくれる。目にも見えず、触れることもできないのに、風は確実に新しい時代に向かって吹いていた。


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