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システマイザー・信長  作者: 武田正三郎
風を捉えて
23/47

神虎、天に還る

 親父が危篤、という言葉が、呪いのように頭から離れない。こういうとき焦ってはいけない。落ち着け。何をすればいい? 頭ではわかっていても、気ばかりはやって仕方ない。まず、末森城に帰るのが先決だ。


 表へ出ると、来るとき舞っていた小雪が止んで、いつの間にか空は晴れ上がっている。気分とはうらはらにぽかぽかの春の陽気が恨めしい。

 

 馬に乗ろうとして、あぶみにかけたはずの足が滑った。どうっと転んで脇腹をしたたか打った。痛っ。俺としたことが。手をついて起き上がると、不思議そうにこちらを見つめる馬と目があった。立ち上がって詰まった息を深呼吸で整える。落ち着け。何度も自分に言い聞かせる。改めて馬にまたがり末森城を目指す。


 坂祝さかほぎから木曽川へ向かう途中の山の斜面に、薄紫色をした華憐な花が群生しているのが目に入った。片栗かたくりの花だ。馬を飛ばしながら、濃姫から教わった話を思い出した。妖精のように儚げなこの花は、したたかに生きている。冬に葉を落とした落葉樹が、再び春に葉を広げるまでの、そのわずかな隙を突いて、地べたに這いつくばって陽の光を搔き集める。まわりの草が背丈を伸ばす前に、入りの小さな葉っぱをぺろりと一枚広げて、球根に春の陽の養分を蓄え、また地中で辛抱強く次の春を待つ。今咲いている片栗の花が、この地上に最初の葉っぱを広げたのは七年前だ。その頃、俺はまだ元服も済ませていないガキだった。


 俺は七年もの間、いったい何をしていたのだろう。もっと早くから親父について、モノを覚えれば良かった。馬を走らせながら、数少ない親父との思い出が脳裏をよぎる。嫌がる俺を捕まえて信長という名前で元服させた親父。上方見物に飛び出して、俺がぼろぼろになって城に帰り着いたとき、ほっとした笑顔を見せた親父。竹千代の人質交換に応じるか否かで、お前が決めろと俺に未来を託した親父。その親父ともう二度と会えないかもしれない。戦国の世の習いで、親父と過ごした時はそう多くなかったが、それだからこそ、もっとそれを大切にすればよかった。


 春日井の機織り場を通り過ぎ、庄内川を渡り、末森城の城門が開ききるのを待たずに屋敷に飛び込んだ。馬から飛び降り、親父が臥せっているという座敷に駆け付けた。親父の枕元では、おかんがひたすら祈りを捧げ、その傍らに家臣が神妙な顔をしてはべっていた。聞けば、今朝の親父は体調がよく、書き物をしていたのだが、突然、おびただしい血を吐いて、そのまま人事不省に陥ったという。


 紙のような顔色で横たわっている親父を見ると、いろいろなことが悔やまれて、思わず唇を噛んだ。何か声をかけねばと思うが言葉にならない。思わず、


「親父の方がうつけやないか!」


 と大声でわめいた。


 驚いたことに親父が目を開けた。そして俺をぎろりと睨んだ。


「うつけ上等。最高の誉め言葉や」


 はっとして息を飲んだ。


 親父は一呼吸おくと、床の中で天井を見つめた。そして力はないが、しっかりとした口調で、話し始めた。


「天が定めた順番に従って逝くだけのことや。いずれは、お前の順番も来る。その前に……」


 親父は俺に向き直って大きく息を吸い込んだ。そしてとても死に瀕している病人とは思えない力強さで、目をかっと見開き、


「やるべきことを、やれ」


 と言って口を一文字に結んだ。そのまま静かに目をつぶった。そして、二度と目を覚ますことはなかった。


 親父が死んだ。俺は、屋敷の庭の連翹の花に囲まれた東屋の長椅子に仰向けに寝転がって、明るい春の青空をぼんやりと眺めている。どこかで鶯が鳴いている。


 涙がとめどなく溢れ出てくる。なぜ、今なのだ。もう少しこの世でいっしょに過ごしたかった。孫を抱かせてやりたかった。大人になった俺を見せたかった。面倒をかけた分だけ孝行もしたかった。親父はその不思議な感覚で、俺のことをわかってくれた。生者必滅会者定離(しょうじゃひつめつえしゃじょうり)。受け入れねばならないと、頭でわかっていても、体がそれを受けつけない。


 与四郎さんと堺で見た幸若舞こうわかまいを思い出した。


人間じんかん五十年 下天げてんのうちを比ぶれば 夢幻ゆめまぼろしの如くなり 一度ひとたびしょうを得て 滅せぬもののあるべきか」


 そもそもせいとはなんなのか? 生と死の境はいつだったのか? もしその境があるとしたら、坊主が死んだと宣言した瞬間だ。それならば坊主が親父を殺したことにはならないか。坊主が言いさえしなければ、親父は生きていたのか? はっきりしていることは、その瞬間が死に赴く本人にとって、どうにもならないということだ。だから親父は、生きているうちにやるべきことをやれ、と言ったのだろう。いつ死が訪れるかわからない以上、毎日やるべきことをやれと言うことなんだろう。一瞬一瞬を大切にせねばならないということなんだろう。結局は、山の斜面で見かけた片栗の花の生き方にならえということだ。


 俺は、がばっと跳ね起きた。今、何をすべきか気づいたのである。俺は、すぐ厠で用を足さねばならない。


 いささか切迫感を感じてかわやに向かいながら、つまりはこういうことなのだ、と悟って、少し吹っ切れた。

 

 鉄砲五百艇の莫大な借金は、結局俺が背負うことになるだろう。親父は砂張さはりの銭の完成を待って、産業を興し、その税金を支払いに充てる心づもりだったようだが、その前にあの世に旅立ってしまった。余計なことを吹っ掛けなければ良かったと悔やんでも仕方ない。ここで鉄砲の借金を踏み倒しては、室町幕府や守護職の徳政と何ら変わりはない。信用を失い、民が離れてゆき、天下統一など水泡に帰してしまう。それでは竹千代に申し訳が立たない。

 

 引き締めるところは引き締め、投資すべきところに投資して、殖産興業に尽力せねばならない。


 親父が死んだら、葬儀だのなんだのと妙に騒がしい。おかんと弟の勘十郎が、昔から仕える家臣たちとああでもない、こうでもないと評定を重ねている。葬儀をしたところで親父が生き返る訳でも無いのに難儀なことだ。せめて喪主として焼香だけはしてくれ、と平手先生が俺に懇願するので、そこだけは承諾した。こういうところが窮屈だ。頼みもしないのに当主に生まれついてしまった定めというものだろう。平手先生の困惑した顔を見ていたら可哀そうになったので、あとは良きに計らえ、と平手先生に丸ごと放り投げた。遺体は荼毘に付し、葬儀は万松寺で行うことになったらしい。


 葬儀の日になった。


 万松寺は商いと学問を盛んにするため親父が再興した曹洞宗の寺だ。万松寺の門前町はいつも大勢の人で賑わっている。竹千代がいた頃は濃姫と連れ立っては団子などを食べ歩きしたものだ。しかし今日は葬儀ということで、ひっそりと静まり返っている。おかんとその取り巻きの連中が喪に服せと命令したのだ。親父はそんなことを望んでいない。店と言う店には白と黒の幔幕まんまくが張られ、ぽつりぽつりと道行く人は黒い喪服に身を包んでいる。


 喪服がなぜ黒いのか。葬儀の幔幕まんまくがなぜ白と黒なのか。それは白と黒に統一すれば、穢れがよく目立つからだ。血の色は赤く、黒と白の中にあれば真っ先に目につく。血の中の病魔を穢れと呼ぶなら、親父の血は穢れていたと言っていい。それを徹底的に排斥しないと、生きている者に病魔が移る。だから、とことん穢れをなくして故人から現世を生きる人への感染を遮断する。遺体を荼毘に付すのも、経帷子きょうかたびらが白いのも、喪服が黒くて、幔幕が白と黒なのも、全て同じ理屈だ。


 葬儀は室町風の武家諸礼式、伊勢流にのっとって執り行うことになっている。弟の勘十郎もその伊勢流だかにのっとった正装をして礼儀正しく振舞っていた。おかんとその取り巻きは、それをほめそやしていたが、俺には延暦寺の生臭坊主の衣装と同じにしか見えなかった。儀式ばることにこだわり既得権益にしがみついた室町幕府がどれだけ腐敗したのか忘れてしまったのだろうか。親父が新しい時代に向けてどれだけ努力を重ねてきたのかわからないのだろうか。室町時代は終わりだ。終わりにせねばならない。伊勢流はやめる。俺は、俺流で行く。俺は、髪を茶せんに巻き、長柄の大刀と脇にぽんと差して、いつもの野駈けの格好になった。これが俺の親父に対する正装だ。


 告別式の会場には、三百人もの僧が参列している。多くの親族や家臣も参列している。生きているうちは尾張の虎とか言って勝手に恐れ、死んで何もしなくなったらわらわらと集まってくる。死んでから挨拶に来るぐらいなら、生きているうちに力を貸せ。待て。だいたい旅の修行僧はすべて本物か? 今川の刺客が混ざっていたりしないのか? 弟の勘十郎は神妙な顔をしているが、まったくの無防備だ。それでいいのか? どいつもこいつもわかっちゃいない。


 読経が始まった。読経を聞きながら、わかったふうな顔をしている参列者に腹がたつ。親父が灰になっても何も進まないではないか。灰は灰吹き法に使うために親父が苦心惨憺したのに、焼香の香炉の灰に使うとは。砂張さはりびた銭を作るために親父が苦労の末に誂えたのに、仏具のりんに使うとは。坊主の読経を聞いているうちに、ますます腹正しくなってきた。砂張さはりりんを叩いて出る澄んだチーンという音色が余計に癪に障る。


「御喪主様」


 と呼ばれて霊前に進み出た。


 あんなに親父に世話になり、あんなに親父にこびへつらっていた癖に、誰ひとりとして親父の志をわかっていない。こんなぼんくらどもに何がわかる。口惜しさと、わかってもらえないもどかしさに、悲しみとも怒りともつかない何かがこみ上げてきて、目の前の、抹香まっこうをむんずと掴むと、親父の位牌に向かって、思い切り叩きつけた。続けて焼香の香炉を引き倒すと、砂張さはりりんを力任せに蹴り飛ばした。


「!」


 あたりは騒然となり、墨染の袖をまとった坊主どもが腰を抜かしてひっくりかえった。家臣どもが口々に何かをまくしたてていたが、俺には何も聞こえなかった。


 そのまま、寺の外へ飛び出した。


 風は、まだ冷たい。


 渺渺びょうびょうたる空の彼方かなたに残雪の御嶽山から立ち上る一筋の白い噴煙が見えた。それはあたかも虎が天に駆け上がる姿のようだった。



 名古屋にある万松寺。作中には曹洞宗と書いてありますが、今は脱退したとのこと。寺も生き残りをかけて大変なんだなあ、と思いました。万松寺の門前町とも言える大須商店街の賑わいに当時の雰囲気を想像して書きました。最後の一文は、葛飾北斎が晩年に描いた掛け軸「富士越龍」からイメージをいただきました。

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