表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
システマイザー・信長  作者: 武田正三郎
風を捉えて
21/47

義兄弟の契り

 奥三河を流れる豊川の川原にたたずんで、日に照らされた燃え立つように真っ赤に染まった紅葉もみじを眺める。ごつごつとした岩を巧みによけ、白く泡立つ流線が、さらさらと絶えることなく流れてゆく様は、まさに絶景というにふさわしい。淵に目をやると水面みなもには対岸の森が黒々と影を落とし、澄みあがった明るい青空が良いコントラストとなって映えている。

 

 足許にあった手ごろな石を掴んで放ってみる。石はぽちゃんと音を立てたかと思うと、水面みなもに映る絶景を幾重にも輪を描いて搔き乱す。しばらくするとまた元の静寂な水面みなもが戻ってくる。今度は少し平べったい石を手にとって、水面すれすれに投げる。こうすると石は何度も水の上で飛び跳ねる。水切りである。すれすれと言っても、角度が低すぎると石が跳ね上がりすぎて対岸の藪の中に突っ込んでしまう。水切りの回数を競うには、やはり最適な角度があるらしい。石は水より重いのに、なぜ跳ね上がるのだろう。水は器を傾けるだけで何の苦労もなくこぼれるのに、川の水に勢いよく腹這いに飛び込むととても痛い。そのときの水は、石よりも固いと言っていい。飛び込むものの速さによって柔らかくも固くもなるのが水というものなのだろう。


 川で水切りをするのを見てはしゃぐ竹千代を思い出した。そうだ、竹千代に何かお土産を持って帰ってやろうか。生意気な竹千代のことだから、何を持って帰っても、無用、と突っぱねることも有り得ると、ひとり苦笑いする。濃姫にも、何かいいお土産はないかと、改めて周りを見回した。川原には大小さまざまな石が転がっているばかりである。


 またひとつ石を拾う。その真っ黒な石をまじまじと眺めた。この奥三河には、きめの細かな石が多い。これから行く鳳来寺山のふもとのすずり屋さんもそういった石を使う。鳳来寺のすずりは、この日本ひのもとで文字が使われ始めたころから作られていたと伝えられている。硯の石には金鳳石、煙巌石、鳳鳴石の三種類があり、金鳳石がもっとも上等だ。寺林から産出したことから、別名寺林石とも呼ばれていいる。石は漆黒だが、無数の金銀星を含み、ノミで手彫りし、砥石で丹念に磨き、うるしつや出しして仕上げると、それはもう宇宙の銀河のように美しく光り輝く。今、手している石は、もしかしたら金鳳石かもしれないが、硯にするには小さすぎる。何の未練もなく放り捨てた。


 その硯職人にびた銭の母銭を作って貰っている。鐚銭は、鋳物で作る。鋳物には鋳型が要る。この鋳型を銭笵せんはんと言う。銭笵は砂と粘土を配合した焙土ばいどで作る。焙土に母銭の型を写し取り、溶けた金属を流し込む湯道をつけたものが砂笵と呼ばれる鋳型だ。永楽銭をそのまま母銭にしても良さそうなものだが、それだと精度が出ない。そこで最初に母銭を石で作る。高精度の母銭は、鐚銭の製造には欠かせない。もし高精度の母銭を作れる腕のいい職人を誰かに引き抜かれては、あっというまに贋金が作られてしまう。だからそいうった職人の名前や居所を書いた文書は、極秘文書として、普段は俺と濃姫の居間の床の間の茶壷の中にしまってある。


 その文書を見ながら、豊川の川原を後にして鳳来寺山の山腹を落ち葉を踏み分け入って行く。こういうところには、ときどき猟師が仕掛けた落とし穴があるから、誤って落ちないように注意しろ、と皆にしたり顔で声掛けをする。「仰せの通り」と、家来が畏まっているのに、「そんなアホ、おるわけねーがや」と、口さがなく言っているのは、連れてきた農家の三男坊や四男坊だ。新九郎さんとはぐれたときに、うっかり落とし穴に落ちて、死ぬほど飢えたなんて、恥ずかしくて口が裂けても言えない。ともあれ手先の器用な若い者は、農家の末っ子だろうと何だろうと、しばらく鳳来寺で手習いをさせ、見込みのありそうなやつには、職人に弟子入りさせるつもりだ。


 葉が落ちて見通しが良くなった木立の陰にみすぼらしい小屋が建っている。一見するとただの炭焼き小屋だが、実はそこが母銭作りの工場だ。周りでさりげなく木を切っている男たちの眼光が異常に鋭いのは、木こりに身を扮した護衛の家来だからだ。合言葉を交わし、小屋に入って母銭の出来栄えと不正行為の有無を抜かりなく確かめると、神妙に控えている職人の労をねぎらい、褒美を与えた。鳳来寺へのお参りを済ませたら、奥三河の名湯、湯谷ゆや温泉に浸かってのんびりしよう。そう思って腰を上げたときだった。


「信長様! 安祥城が攻められております」


 と注進が入った。


 今川義元が、太原雪斎を総大将とする七千余の兵を安祥城に送り込んできたというのである。安祥城は、信広兄殿がこの春から苦心してやっと守備を固めた城だ。ここに来る途中、親父と相談して作った東海道の通行税撤廃の高札を熱田神宮に立て、その安祥城を通ってきたばかりだ。東海道の通行税を取ることでぬくぬくと生きてきたダニのような連中が、通行税を撤廃されて織田に逆恨みし、今川に取り入って担ぎ出したに違いない。やっとこの東海道沿いを楽市楽座にして新九郎さんに自慢できると思ったのに。


 もはや一刻も早く名古屋に帰りつかねばならない。安祥はもちろんのこと、来るときに通った岡崎や長篠は避け、設楽しがらきから飯田街道を長久手に抜ける山道を通ることにした。平手先生が応援部隊を知立ちりゅうに駐屯させて信広兄殿を援護しつつ、今川軍の長久手方面への侵攻を食い止めていると言う。奥三河の名湯、湯谷ゆや温泉はお預けだ。後ろ髪を引かれる思いで、峻嶮な山道を名古屋へと急いだ。


 名古屋に到着すると家中は騒然となっていた。信広兄殿が生け捕られたと言うのである。俺より早く信広兄殿を生け捕りにした雪斎から竹千代との人質交換を要求する書状が届いていた。親父は床に臥せたまま、人質交換に応じるか否か賛否両論の家臣の意見を聞いている。竹千代は濃姫に抱きかかえられて不安そうな表情を浮かべている。平手先生はまだ戦線から戻って来ていないと言う。


 親父は俺を床に招き寄せ、病でやつれながらも厳しい顔で言った。


「お前が決めろ」


 家臣の視線が一斉に俺に向けられる。織田家の次期当主としての重圧が容赦なく俺に襲い掛かる。人質交換に応じるか否か。ふたつにひとつだ。俺の一言で全てが決まる。親父が「お前が決めろ」と言った以上、「こうしなさい」と言ってくれる人は日本ひのもと中探したところで誰もいやしない。竹千代を煮るなり焼くなり好きにしろと、親父に言ってきた竹千代の父を、敵ながら天晴あっぱれと言っていたことが、今になってよくわかる。


 ここで、織田家のためにあれだけ苦心していた信広兄殿を見限っては、これからの織田家の家中に士気に関わる。かといって竹千代を手放せば、松平勢は完全に今川になびき、三河での織田の求心力が失われるのは必至だ。


 竹千代の不安そうな表情を見ていると、大垣で俺を助けてくれた農家の「大人が子供を助けるのは、当たり前やんか」という言葉が思い出される。その当たり前のことに俺は悩んでいる。人質交換に応じることは、俺が竹千代を見捨てることになりはしないか。父を亡くした竹千代に「兄になってやる」と俺が言ったことも忘れてはいない。人質交換に応じることは、武士として一度発した言葉を撤回することになりはしないか。


 突然、竹千代が濃姫に抱かれたまま口を開いた。


 「信長様は、離れておっても、ずっと竹千代の兄様なんやろ? 信長様は、約束を守るんやろ?」


 竹千代はまっすぐに俺の目をみつめた。そして続けた。

 

 「竹千代は、信長様を見とったからわかる。信長様はきっとこの戦国の世を終わらせてくれる。国境をなくせば、こんな理不尽なことはなくなるんやろ?」


 真摯しんしなまなざしが俺に突き刺さる。竹千代が時代に翻弄された自分の定めを俺に託している。


 「竹千代は、信長様を、信じとる」


 その一言に、熱くたぎる何かが込み上げてきた。


 決断せねばならない。


 「竹千代、すまん。もし、天下統一出来んかったらあの世で詫びる」


 と、竹千代に言い、大きく息を吸い込んで、居並ぶ家中の者に大声で言い放った。


 「人質交換に応じる」


 親父は床の中でそれを聞くと、ほっとしたようにゆっくり頷き、そのまま目をつぶった。


 翌日、目に涙をためた濃姫とともに笠寺へ向けて出立する竹千代の後ろ姿を見送った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ