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システマイザー・信長  作者: 武田正三郎
風を捉えて
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サンスケと新九郎、再び

 俺が美濃のしゅうと殿と会見することになって、謀略かもしれないと心配している者がいる。美濃の舅殿は、鉄砲五百艇の支払い連帯保証人である。連帯保証人が債務者を殺して、自分でわざわざ債務をひっかぶるという馬鹿なことをするわけがない。もっとも連帯保証人の件は、親父と平手先生ぐらいしか知らないのだから、家中の者が心配するのは致し方ない。


 むしろ問題は、富田の聖徳寺しょうとくじまで、槍だの鉄砲だのを担いだ尾張勢を連れて行ったときに、うっかり暴発して美濃勢と衝突することだ。かと言って連帯保証人の舅殿に納品された鉄砲五百丁をお披露目しないわけにもいかない。どうやったら尾張勢と美濃勢の不信感を払拭できるものかと考えて過ごしていた。


 そんなとき親父に勧められて濃姫と小牧の田縣たがた神社の豊年祭に行くことになった。田縣神社は、子宝、安産、夫婦円満、商売繁盛などにご利益があると言い、例年三月の豊年祭には遠方からの見物客も数多く集まって賑わっていると言う。


 濃姫を連れ立って歩いて小牧の町を歩いていると、もう、綻んでいた桃の花が満開だ。参道の両脇の草むらの中には、明るい黄色の菜の花もちらほらと咲いている。


 田縣神社の鳥居が見えるところまで来ると、向こうから神輿がやってきた。見て一瞬ぎょっとした。その神輿から巨大な男根がにょっきりと突き出ている。大男茎形おおおわせがたと呼ばれるご神体である。威勢のいいかけ声とともに神輿を担ぐ男たちの前を、巫女たちが小ぶりと言っても丸太ほどの男根を大事そうに抱きかかえて練り歩き、見物客に触れさせている。それに触れると、子どもを授かると言われている。ほどなく濃姫の前にやってきた。濃姫は、顔を赤らめて触れるのをためらっている。その濃姫の背中を押して、触れるよう促した。


 老若男女、みんな笑顔である。濃姫も俺もいつのまにか笑っている。こうも公正明大にずらりと男根を並べられては、笑うしかないだろう。しがらみに抑圧されることのない健全さが心地良い。こういう祭りは未来永劫続いてゆくに違いない。


 露店には男根をかたどった飴、男根をかたどった酒器、男根を描いた湯帷子ゆかたびらなどが売られている。その湯帷子を一枚手に取った。この祭りで、この湯帷子を着ていても、その人はうつけではない。しかし、この祭りを知らない人から見たら、この湯帷子を着ている人をうつけと見るかもしれない。うつけとはこの祭りを知っている人を言うのか、知らない人を言うのか。要は属する集団の少数派をうつけというのだろう。


 俺は、昔からずっとうつけと言われてきた。


 幼い頃に文字を習った。鏡のように手本を写せと言われて、紙に一生懸命文字を書いたら、間違いだと言われた。それは左字ひだりじと言われた。鏡に映った文字は、正しくないのか。だとしたら、鏡に映った自分を見て化粧を直す女は、無意味なのか。俺の書いた左字がどれだけ正確かは、鏡に映せばすぐわかる。達人が書く達筆は、鏡の映しても、俺には読めない。さすがに今は左字がどういうことか知っている。鏡に映った像は左右は反対なのに、上下は正しいと人は言う。そういうことを言うやつは物事の本質をわかっていない。要は、自分が地面を歩いて鏡の世界に行って自分と重ねたかだ。もし、鏡の世界に行くときにでんぐり返って行けば、上下が反対で、左右は正しいということになろう。鏡の世界に自分が行くとき、地面を歩いて行くのが世間の常識で、でんぐり返って行くのはうつけらしい。確かにでんぐり返って行くのは少数派かもしれない。


 俺がうつけなのかどうかはともかく、良いことを思いついた。この男根の湯帷子を着て、聖徳寺の会見に臨めば、尾張勢も美濃勢も笑顔になるのではないか。沿道の住民たちとて、槍だの鉄砲だのを携えた連中がぞろぞろ目の前を通るのはさぞかし不安だろう。俺がうつけ呼ばわりされるだけで、沿道の住民たちが安心して笑顔になるなら、こんな安いことはない。俺は早速男根の湯帷子を買い、男根の酒器を注文した。


 その小牧の田縣たがた神社の豊年祭からひと月が経った。桜が咲いて、そして散った。田んぼに水が張られて、さわやかな季節となった。


 今日は、美濃の舅殿に会いに、富田の聖徳寺しょうとくじへ行く。


 予め声掛けして集めておいた農家の次男坊や三男坊に槍と鉄砲を担がせた。槍は朱塗りの三間柄の三百本。鉄砲は例の五百艇だ。槍の穂先と鉄砲の銃口とに田縣神社で手に入れた男根の酒器を被せた。俺は、男根の湯帷子をまとって馬に乗った。


 沿道の民衆たちは、この行列を見て笑っている。尾張のものも美濃のものもみな笑っている。俺を指さして腹を抱えて笑っているものもいる。家中の者に仏頂面をしている者がいたので、笑顔を作るようにたしなめた。行列はたしかに槍と鉄砲なのだが、誰も槍と鉄砲とは思っていない。三百と五百、合わせて八百の男根がずらりと天を向いているだけだ。民衆の陰でこそこそ動いている尾張勢と美濃勢の暴発的な衝突はどうにか防げそうだ。

 

 聖徳寺に着いた俺は、屏風を立て、その奥で素早く例のド派手な衣装に着替え、髪を結い、小刀を腰に挿した。ここは比叡山の生臭坊主を見習おう。衣服の力を借りてはったりをかますのだ。


 その衣装を見せびらかすようにして、正装で控える美濃の家臣らの前をすたすたと通り過ぎた。真面目な顔で正座している連中の中に入るのは窮屈なので、そのまま縁側の柱に寄りかかり、空を眺めた。帰りに雨が降るかどうか気になったのである。


 ほどなく美濃の舅殿が到着する気配がした。

 

「こちらが、斎藤利政殿でござる」


 と、慇懃に紹介されて、振り返った。


 途端。


 腰が抜けそうになった。


 背丈がありがっしりした体つきの男が鋭い目つきでこちらを見据えていた。


 その目つきに驚いて腰が抜けそうになったのではない。その目つきが懐かしくて腰が抜けそうになったのだ。美濃の舅殿は、紙漉きの里で出会った新九郎さんだった。いっしょに上方見物に行った新九郎さんだった。賊に襲われて別れ別れになった新九郎さんだった。できることならまた会いたいと思っていた新九郎さんだった。ド派手な衣装で大物の腰を抜かしてやろうと企んでいたのに、あべこべに腰が抜けそうになった。


 ずるいよ、新九郎さん。


 新九郎さんは、茶目っ気たっぷりに渋面を作ってみせた。それから、穏やかに微笑んだ。


 言葉は交わさない。でも俺には伝わってくる。


(久しぶりだな、サンスケ)


 急に懐かしさがこみあげてきて泣けそうになった。


 「デアルカ」

 

 と言うのが精一杯だった。


 比叡山のこと、京都のこと、懐かしい思い出が次から次へとあふれ出る。涙がこぼれそうになる。そっぽを向いて天井の木目を睨んだ。でもまさか、この席で昔の遊びを語り合うわけにもいかない。立場と言うものがある。目の前に出されたお膳をもくもくと食べて、こみあげてくる思いを堪えた。


 そのまま言葉を交わすことなく別れた。でも生きて再会できたというだけで十分だった。


 戦国の世である。この会見が最後だということはわかっている。立場と言うものが邪魔に思える。美濃の紙漉きの里で出会ったとき、名前も身分も聞かずにおいてくれた新九郎さんの優しさがよくわかった。


 のちに風の噂で聞いた。美濃への帰り道に舅殿の家臣が「信長は評判通りのうつけでしたな」と言うと、舅殿は「俺の子らは、そのうつけの下につくことになるだろう」と答えたらしい。新九郎さんのことだ、俺の男根の演出の魂胆など、すっかり見透かしていたに違いない。


 ふと、長浜の宿で新九郎さんが、「俺の養子にならないか?」と言ったのを思い出した。今、新九郎さんは俺の岳父ではないか。叶わない。濃姫を俺に嫁がせたのは、全てを見通していたからかも知れない、と思った。


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