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システマイザー・信長  作者: 武田正三郎
風を捉えて
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嫁と鉄砲

 俺の嫁はどこの誰だ、と訊く前に


 「いくらで買った?」


 と平手先生に訊いた。嫁より銭に興味が向いたのだ。平手先生は、傍らでおとなしくこちらを見ている竹千代を抱き上げながら


 「永楽銭八千貫文」


 と言った。竹千代の八倍の値段だ。


 「一体、その多量の銭はどこから出したのだ?」


 と俺が訊くと、平手先生は、声を潜めてくれぐれも内密にと、くどく念を押してから、


 「織田家ではびた銭を作っているんだがね」


 と耳打ちした。祖父の代から何やらこそこそとやっているらしいと思ったら、鐚銭を鋳造していたのか。それでは今川氏と仲が悪くなる訳だ。竹千代は平手先生に抱きかかえられたまま退屈そうにこちらを見ている。ところで、皆が銭を作ったら、皆が金持ちになれるではないか。それはいいのか。平手先生にその点を尋ねてみた。銭が多くなりすぎると、ものの値段が下がってしまうのだそうだ。だから銭を作るときは、作りすぎないようにしきり役が必要だと言った。今は親父がそのしきり役らしい。ここにも刈敷山と同じ「共有地の悲劇」の構図があった。刈敷山の草と同じで、銭を何の制限もなく皆が作り続ければ、皆が破綻する。やはり銭の製造にも仕切り役が要る。銭の製造を取り仕切るために、銭が簡単に偽造できないこと、きんや武力による後ろ盾が要ることが条件だと教えてもらった。


 平手先生の話では、きんはかりの甲斐の武田氏、砂張さはりとぜにの相模の北条氏、塩と東海道の駿河の今川氏が手を組んで、きんを後ろ盾の領国貨幣として、びた銭を作ろうとする動きがあるらしい。しかし、それを許せば、織田家が作っていたびた銭が流通しなくなる。だから織田家としては、その甲相駿三国同盟こうそうすんさんごくどうめいを阻止したい。


 後ろ盾となる領国貨幣を金ではなく銀として、共通のびた銭のを作る。それが、親父の策略だった。銀を採掘するのに最近伝わってきた灰吹き法を大々的に使おうと言うのである。灰吹き法は、銀をいったん鉛と一緒に解かしてから、空気を吹き込み鉛だけを灰にしみ込ませ、純度の高い銀を得ると言う方法だ。


 ここで大切なのが鉛。現在、鉛の四割をみん呂宋るそんなど諸外国から輸入している。灰吹き法には大量の鉛が要るし、びた銭の製造にも鉛が欠かせない。それに何と言っても鉄砲の玉にも鉛が必要だ。鉄砲を買うときは、鉛と火薬もセットで南蛮人から買っていた。そしてその支払いとして、日本からきんや銀が流出していたのだ。


 さらに灰吹き法には骨灰や木灰が要る。それを作るためのかまも要る。予め鉱石を選り分けるための大量の水も要る。木、水、窯、鉱石を一度に揃えられるような都合のいい場所はあるのか?平手先生に訊いてみた。


 飛騨の国の神岡鉱山、と平手先生は答えた。銀の鉱石ばかりでなく鉛の鉱石もあると言う。飛騨にゆく途中には美濃の国がある。紙漉きの里へ行ったときのことを思い出した。あのあたりは山々の木々があり、長良川の水も豊富だ。焼き物の里の窯の技を流用できる。そうか、それで親父は美濃の攻略にやっきになっていたのか。そこで今回、美濃に、尾張・美濃・飛騨の三国で手を組む段取りを持ちかけて、甲斐・相模・駿河の甲相駿三国同盟を阻止する約定を交わしたというのだ。それで、美濃の斎藤氏に、前金を払い、その娘を人質としてもらうことになったらしい。美濃の斎藤利政。下剋上で名を馳せた長井新左衛門尉の息子だ。親の腹を食い破って生まれると言うまむしの異名を持つ。


「ということは俺の嫁は、美濃のまむしの娘か?」


「左様でござりまする」


 と、平手先生は、嬉しそうに頷いた。どうやら、この縁談は平手先生の手柄らしい。褒めてほしいのだろう。竹千代を抱きながら揉み手をして、こちらに満面の笑みを投げかけている。俺はちっとも嬉しくない。


「平手先生、よくやった!」


と言うかわりに、


「俺にはいくら払うのだ?」


と、訊いた。


 竹千代を抱いて、万松寺に向かって歩いていた平手先生の足が止まった。あい変わらずこのうつけは何を言い出すのかと、満面の笑みが一転して困惑の表情になった。


「そんな話、聞いたこたぁにゃーがね」


「たった今、俺の話を、聞いたばかりやろうが」


 少々いらいらする。世間は俺をうつけと言うが、俺から見たら世間がうつけだ。まどろっこしいのを辛抱して平手先生に、


「聞いたことが無ければ、もう一度言う。俺にはいくら払うのだ?」


 と、言ってから、平手先生の最初の言葉の意味が、前例の有無を指したのだと気がついた。そもそも前例が無ければ、前例を作れば良いではないか。どうして年寄というものは前例の有無にこだわるのだろう。とにかく支度金だか準備金だか身代金だかよくわからないが、美濃の蝮に永楽銭八千貫文も払っておきながら、俺に何も無いとは釣り合わない。まして美濃の蝮の娘が刺客にならないとも限らないではないか。そんな危ない嫁をただで押し付けられるとは、まるで納得いかない。俺は理に叶わないことが嫌いだ。


 平手先生が困惑しきって黙っているので、俺から吹っ掛けた。


「鉄砲500艇」


 俺は本能寺で見た南蛮渡来の鉄砲を思い出していた。あの鉄砲があれば、弓矢刀槍の鍛錬をしていない者でも、兵力とすることができる。俺は野駆けの仲間にしていた村の悪童どもが、なぜ悪童なのかを知っていた。農家の長男以外は、継ぐべき農地が無いのである。刈敷を使って収穫量を上げたところで、農家には重い年貢がのしかかり、後継ぎ一人が食べていくのがやっとだ。つまり農家の二男、三男は、将来食っていける望みがないのだ。将来食っていけなければ、捨て鉢になるのは当然だ。だから悪童だったのだ。もし、鉄砲が500艇あれば、あの悪童どもを兵力として活用できる。俺は無駄なことは嫌いだ。前例にこだわる年寄よりも、あの悪童どもを俺の家来として役立ててみたい。


「鉄砲500艇くれたら、蝮の娘を嫁にする」


 平手先生は、万松寺の境内にある人質屋敷に向かって再び歩き始めた。そして、しばらくしてからぼそりと言った。


「殿に掛け合ってみますがな」


 万松寺の松の木の根方を見ると、福寿草の黄色の花が、積もった雪から顔を出し、早春の日の光を受けて輝いていた。


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