国境
紅葉がふもとまで降りてきている。穏やかな晩秋の陽射しが、色づいた山腹をより艶やかに照らしている。小径を辿って揖斐川を渡り、長良川、木曽川へと向かう。木曽川を越えれば、尾張の国だ。葉が落ちているせいか、閑散とした川岸林の隙間から空が見え隠れしている。
国境。川には見張りがいる。川を見張っている大人は、たとえ子供でも容赦しない。大人が子供を助けるのが当たり前と言っていた大垣のお百姓さんが、別世界の住人に思える。見張り番は、なぜ子供でも容赦しないのだろう。もし見逃せば自分がどんな目に会うかわからない、という不安があるからか。だとしたら一種の強迫観念である。不安は不寛容を作り出し、世の中を住みにくくする。
なぜそうまでして国境を守らねばならないのか。美濃と尾張の国境は、美濃と尾張の共有地と言っていい。共有地の悲劇か。刈敷山で学んだ共有されるものは奪い合いになるという法則が、ここでも当てはまるのか。
この法則を、美濃と尾張の二者間の国境にあてはめてみる。相手を攻めることを裏切り戦略、何もしないことを協調戦略と呼ぼう。美濃も尾張もそれぞれ二つの戦略が取れる。従ってあり得る場合の数は、四通りだ。さて、尾張は、裏切り戦略をとって国境を攻めるべきか、それとも協調戦略をとって何もしないでいるべきか。あり得る場合の全てについて損得を計算してみる。
一、美濃が国境を攻めて、尾張も国境を攻めた場合、戦になるので美濃も尾張もお互い損をする。
二、美濃が国境を攻めて、尾張が何もしなかった場合、美濃が得をして、尾張が大損をする。
三、美濃が何もせずに、尾張が国境を攻めた場合、美濃が大損をして、尾張が得をする。
四、美濃が何もせずに、尾張も何もしなかった場合、美濃も尾張も損得なしだ。
一と二を比べてみる。一と二は、美濃が裏切り戦略をとって国境を攻めた場合だ。「大損」より「損」の方がマシなので、尾張にとっては一の方が良い。三と四を比べてみる。三と四は、美濃が協調戦略をとって何もしなかった場合だ。「損得なし」より「得」の方がマシなので、尾張にとっては三の方が良い。一と三は、尾張が裏切り戦略をとって国境を攻めた場合だ。結局のところ、尾張は美濃がどちらの戦略をとるかに関わらず、裏切り戦略をとって国境を攻めた方がマシということになる。美濃が同じように合理的に判断すれば、同じように裏切り戦略をとって国境を攻めるだろう。つまり、尾張と美濃が自国に有利になるよう合理的に判断すれば、必ず戦になるということだ。言い換えれば、必ずお互い損をする。有利になるよう合理的に判断したのに損をするとは、これ如何に。
やはり刈敷山が禿げ山になったことと同じ法則がここでも成立した。まさに共有地の悲劇だ。それぞれの国が合理的に判断したとき、必ずお互いが損をする。そうしないためには、権力をもって秩序を維持し、国境を撤廃せねばなるまい。天下統一だ。それにしても天下というのはどこまで続いているのだろう。天下が無限に続いているなら、天下統一にも無限の時間がかかることになる。はるか地平の向こうまで行ったら、あるところから天が途切れて、突然ぷっつりと星空が見えなくなったりするのだろうか。
おっと、思索に夢中になって美濃へ帰ることを忘れるところだった。俺は幼少の頃からこういう思索が好きだった。そして、法則を見出す力に長けていた。しかし、こういう思索に耽ると、ほかを忘れて周囲が見えなくなるようなところがあった。思索に夢中になるあまり、周囲からの呼びかけに対して、返事が遅れたり、しそびれたりすることも多々あった。周囲は、そういう俺を「うつけ」と呼んでいた。もっとも、うつけと呼ばれたところで、痛くも痒くもないので全く気にかけていなかった。不思議なことに俺本人が全く気にかけていないこのことを、おかんは大いに気にかけていたようだった。
改めて長良川と木曽川の川岸林を伺った。見張りが手薄で、渡りやすそうなところに目ぼしをつけ、枯草色になった葦の茂みに隠れて暗くなるのを待った。頃合いを見計らって川に入ろうとしたそのときだ。
「待て」
しまった。見つかった。走り出だそうとして、どんとぶつかった。もうひとりが立ちはだかっていた。横っ飛びに逃げようとしたが遅かった。後ろから帯をむんずと掴まれた。ふたりがかりで、あっというまに取り押さえられた。
「待てと言っとろうが」
咄嗟に紙漉きの里に行くとき新九郎さんからもらったお守りを思い出した。腕を絡めとられていたので、あごと目で胸のあたりを示して、
「そこの書きつけを見てくれんか」
と言った。ふたりが懐の裏をまさぐると果たして「サンスケ入ルヲ許ス、長井新九郎」という紙きれが出てきた。ふたりは、なぜこいつがこれを、というふうに顔を見あわせた。そして、
「新九郎さんの手下なんか、尾張行くんか、気をつけてな」
と手を放してくれた。
新九郎さんの文字には力がある。神仏の力ではない。これは人の力だ。権力と言っていい。権力、知力、武力などは人の力の部類だろう。火薬が鉄砲玉をぶっ飛ばす力は、人の力ではない。これは神仏の力だ。鉄砲をぶっ放すのは引き金を引いた人だ。人が神仏の力を借りて鉄砲玉がぶっ飛んだのだ。人は神仏の力を借りることができる。神仏の力の借り方の巧いやつが強いやつだ。強いやつが生き残る。紫葉漬を作った良忍も、鮒寿司を作った名もなきご先祖様も、神仏の力を借りて生き残った。それが強いということなのだ。強くなるには刀を振り回すだけでは足らない。実在する神仏の力を変幻自在に操る知恵が要る。もっと知りたい。
木曽川を渡ると尾張だった。日は落ちて暗くなっていたが、生まれ故郷の勝幡城の近くだったので、もはや迷うことはなかった。勝幡城で一夜を過ごして、名古屋城に着いた。名古屋城に着くと、平手先生が大騒ぎしながら出迎えた。名古屋城を出るときつけた供の者が、先にひとりで名古屋城に帰り、肝心の俺が行方不明だったからだ。平手先生からさんざん説教を食らった。いつも鬱陶しいだけの説教が、なんだか少し懐かしかった。おかんは相変わらず俺のうつけぶりを心配しているようだった。親父は何も言わなかったがほっとした顔をしていた。先に帰った供の者から荷駄隊は無事と聞いた。それを聞いて、ああ、新九郎さんも無事だったんだろうな、と安心した。
しかし、それ以来、野駆けに出ても新九郎さんゆかりの者に出会うことはぱったりとなくなった。新九郎さんからもらった例のお守りは、ずっと大切に持っている。時折、長浜の宿で、俺の養子にならないか、と言ってくれた新九郎さんの顔を思い浮かべる。生者必滅会者定離。命あるものは必ず死に、出会った者は必ず別れる。まして戦国の世である。生きて再び会える保証などどこにもない。でも会えるものなら、また会いたい。そう思うと、言いようのない切なさがこみ上げてきた。




