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システマイザー・信長  作者: 武田正三郎
風に吹かれて
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刈敷山

 空が白んでいた。寒い。いつの間にか眠ってしまったらしい。黒々とした樹木に囲まれて目が覚めた。あちこち蚊に刺されたらしく、かゆくて仕方ない。そうだ、新九郎さんたちとはぐれたのだ。新九郎さんたちはどうなったのだろうか。再び会える確率は小さいだろう。自力で里を目指すしかない。のろのろと立ち上がり、藪をかき分けて、東と思しき方向へと、歩き始めた。


 腹が減った。喉が渇いた。腰の竹筒の水を飲もうと、腰に手をやった。空っぽだった。ゆうべ転んだときに栓が抜け落ちて、全部こぼれてしまったらしい。なんだかいらいらしてくる。不安だ。もうどうでもいい。帰ることより、食べることが気になる。ふだんなら、不気味に感じるぎゃあぎゃあというカケスの鳴き声も、あれを捕まえて食えないものかと思うようになる。食えるものが生えてないかとあたりを見回す。あるわけがない。食べられるためにこの世に生まれてくる生き物はいない。毒や棘など身を守る術を備えた生き物だけが生き残ってきたのだ。


 積もった落ち葉の隙間から真っ赤なキノコが頭を出しているのに気がついた。落ち葉をかきわけてキノコの姿をまじまじと見る。喉が渇いていても、涎が出てくる。食うか、食わないか。口惜しいことに俺はこのキノコが毒かどうか知らない。毒キノコを食べたら死ぬかもしれない、と言うことは知っていた。知は力なり。比叡山延暦寺で「薬草喩品第五」とかいう書物に目を輝かせていた桃さんを思い出した。あの書物にこのキノコのことは書いてあったのだろうか。空腹にさいなまれる俺に、あたしを食べてごらんとばかりに鮮やかな赤で挑発するキノコの誘惑を、やっとの思いで退けた。そうだ、東へ歩かねば。


 しばらく歩くと視界が開けて、灌木と背丈の低い草ばかりになった。岩肌が露出しているところもある。よく見ると草を刈った跡がある。人里が近いのかもしれない。少し希望が湧いてきた。さらに進んで振り返るといたるところ禿山になっている。一山まるまる草を刈るのに何の意味があるのだろう。起伏を避けて坂を下って谷に降りていくとちょろちょろと流れる小川を見つけた。あまりきれいな水には見えない。生水を飲んで、水に当たって死んだやつを知っている。飲むか。飲まないか。竹筒に水を汲むだけにして、飲まずに辛抱することにした。最後の最後に飲むことにしよう。毒消しになるという茶を思い出した。湯を沸かして茶を入れると言うのも、元はと言えば、水を安心して飲めるようにする工夫だったのだろう。


 まばらに生える萱の間に獣道のような細い道があった。その道を伝ってさらに歩いた。遠くに鋭いモズの声が聞こえるほかは、落ち葉を踏むかさかさと言う音が聞こえるのみだ。道の傍らに栗の木があった。栗のいががほどよく色づいている。これは間違いなく食える。生でも食える。ありがたい。こんなにありがたく感じたことはない。また涎が出てきた。うまい具合に、ほうの大きな落ち葉の上に、いがからこぼれた栗の実が集まっていた。思わず手を伸ばした。


 その途端、空気を踏んだ。


 足が支えを失い、どさりと奈落の底へ転落した。強かに腰を打った。息ができない。痛みをこらえて、あたりを伺うと真っ暗だ。何が起きたかわからない。上を見ると重なり合った草の隙間から、空がのぞいている。しまった。落とし穴だ。次第に目が慣れてくる。何かある。毛むくじゃらの塊だ。イノシシか。全身が総毛だった。壁に後ずさりして息を殺して様子を伺う。動く気配はない。恐る恐る近づく。タヌキだった。どうやら死んでいるようだ。ほっと胸を撫で下ろす。落ちてから飢え死にしたのか?それともあの栗の実は毒餌だったのか?目の前に横たわるタヌキと、自分の未来が重なった。強さを増した不安が再び襲ってきた。


 落とし穴に落ちた。このまま飢え死にする確率が高い。覚悟した。覚悟しようがしまいが、生きている。まだ生きている以上、餓えと渇きに苛まれ続ける。落とし穴の壁に木の根っこが見えた。かじってみた。死ぬほど不味かった。死ぬほど不味くても、全然死ななかった。至極当然のことだが、生きているうちは生きているのである。死ぬことや、死んだあとのことを考えても、全く無意味なのだと今更ながら悟った。それどころか考えて体力を消耗することは、いたずらに飢え死にする確率を増すだけだと気がついた。どうやって生き残るか。考えることをやめてひたすら体力の温存に努める。何もしない。この場合、それが生き残るベストの戦略だ。待つ、ということが重要な戦略になり得ることを実感した。ざっくり言えば、人生やるか待つかの二択だ。助けを待っているのか、死ぬのを待っているのか現時点ではわからない。とにかく俺は待つと決めた。


 ふと荷駄を襲った盗賊たちのことを思い出した。あいつらも生きるために奪っていたのかもしれない。生きるとは奪い合いだ。ときとしてそれは命の奪い合いに発展する。人と人の奪い合いばかりではない。自然の恵みと言えば、聞こえはいいが、つまるところ採取にしろ狩猟にしろ、植物と動物から命を奪う行為だ。そもそも俺たちはいったい何を奪いあっているのだろう。寒さとひもじさに苛まれながらも、俺はゆっくり静かに目を閉じた。


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