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システマイザー・信長  作者: 武田正三郎
風に吹かれて
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関ケ原

 堺では、毎日のように与四郎さんについて町に出た。新築した一風変わった建物を見かけた。フランシスコ=ザビエルという南蛮人が京に上るため、まもなく堺に寄港するので、その宿泊施設を準備しているのだと言う。建物の前で腕組みをして瓦を睨んでいる男がいる。与四郎さんが、こともなげに声をかけた。


你好にーはお!」


 摂津弁でも和泉弁でも河内弁でもない聞いたこともない言葉。みんの言葉だと言う。与四郎さんはほんとうに色々なことを知っている。男は一観と言い、明から海を渡ってやってきて、もっぱら瓦を焼くかまを指揮しているのだそうだ。見れば、瓦は黒一色で全く色むらがない。いぶし瓦と呼ばれる最新技術だそうだ。茶碗と言い、瓦と言い、いずれも窯を高温で均一に制御する高度な技術が求められる。モノづくりとはこういうことかと、目からうろこが落ちた。

 

 ほかにも鍛冶、塩漬け、茶道具、など様々な店をまわり、それらの商品の作り方なども教わった。客のほとんどは、大名や幕府で、借金証文で売っていた。そのことは債権が焦げ付くと、損することを意味していた。だから、どの大名が見込みがあるのか、というような信用情報が、茶の湯の席で、密かに交換されていた。茶の湯には、毒消しや健康増進のほかにも、そんな効能があるのか、と感心した。与四郎さんが、お茶の先生に師事したり、わざわざ京の大徳寺まで挨拶まわりに行ったりするのは、そういう魂胆もあるのだろう。やはり茶は習わねばなるまい。


 またモノというのは、分業されて作られいることも学んだ。例えば、鉄砲の原料となる鉄は、堺では作られていない。遠く、出雲から船で運ばれて来る。堺の商人は、出雲で鉄が作られているのを知って、買い付けるのである。鉄も自然には生えて来ない。堺に届くときには鉄になっているが、出雲では砂鉄をざるですくい、木炭と混ぜ合わせ、たたらを踏んで、高温にして鉄を取り出すと言う。堺の鍛冶屋は、その鉄を熱して叩いて不純物を取り除くところから始める。熟練の職人ともなれば、叩いたときの火花の色を見ただけで、鉄の良し悪しを見分けると言う。堺商人の目が利くのは、そんなところから学んでいるのだろう。


 与四郎さんたちの仕事を手伝いながら、堺の町を一通り見たあと、また所要で京に上るという与四郎さんたちといっしょに京に戻った。京では、取引を終えた新九郎さんが待っていた。どうだった、と聞く新九郎さんに、堺で学んだこまごまとしたことを話して聞かせると、新九郎さんは満足げに目を細めた。新九郎さんの荷駄隊は、京で美濃紙や蠟燭などを売った金で、紅、白粉、墨、筆などの京の品物を取り揃えた。そして京を後にして帰途についた。


 比叡山の南側を越えて大津に出た。そこからは琵琶湖を舟で進んだ。しばらく行くと長浜の港に着いた。穏やかな波がちゃぷちゃぷと寄せていた。振り返ると比叡山は琵琶湖の水平線の上に遠く小さくなっていた。そして行く手には、大きな伊吹山が近づいていた。その伊吹山の頂はすでに初雪を迎えていた。


 長浜の宿で新九郎さんが、


「もし、帰るのがいやなら俺の養子にならないか?」


 と聞いてきた。


 残念ながら俺は尾張の織田家の跡取り息子だ。しがらみがなければこのまま新九郎さんといっしょに生きるのに。いっそこのまま新九郎さんの養子になってしまおうか。窮屈な家に戻るより、それもいいか、と本気で考えた。


 明くる朝、どいういうわけか荷駄を取りまとめるのに手間取って、出立が遅れてしまった。それでも北側に伊吹山、南側に養老山地と鈴鹿山脈がせまる谷間を通り抜けて、不破関に差しかかった。この関ケ原を過ぎれば美濃まであと一息だ。明るいうちに大垣までたどり着こうと思っていたのだが、秋の日はつるべ落とし。関ケ原でとっぷりと日が暮れてしまった。松明を使って、野宿するのに都合よさそうな場所を探しながら、夜道を前へと進んだ。


「山賊だっ!」


 荷駄隊の隊長が叫んだ。長浜から尾行け狙われていたのか。


「明かりを消せっ」


 誰かが鋭く叫んだ。松明を持った賊が襲い掛かってきた。新九郎さんは、槍を素早く手に取ると、とても商人とは思えない動きで、賊の足を薙ぎ払った。


「逃げろっ」


 新九郎さんの声に、はじかれたように走った。崖を駆け上がり、藪をかき分けて、がむしゃらに走った。月は無く、星明りしかない。灌木のあいだを通り抜けるとき蜘蛛の巣が顔にかかった。それでもめくらめっぽう走った。がつんと木の根っこに躓いて、笹藪の中に頭から勢いよく突っ込んだ。痛っー。肘が木の株に当たったらしい。奥歯を噛みしめ、息を止めて、苦痛に堪える。動けない。追手が来たらどうしよう。しばらくして、ふうっと深呼吸した。まだずきずき痛む。息を殺して時が過ぎるのを待った。


 もうだいじょうぶだろうか。痛む肘を手で押さえて来たところを辿った。皆がいた場所に戻るつもりだった。なんだかおかしい。いつもまで歩いても戻れない。やばい。迷ったかもしれない。冷汗が出てくる。焦りと不安で自然と速足になる。落ち着け。あたりは鼻をつままれてもわからないような闇夜だ。遠くに啼くフクロウの声が不気味に感じる。突然路傍から何かがばっと飛び出した。心臓が口から飛び出るかと思うほどびっくりした。コウモリだった。


 こういうときは、下手に動き回ってはいけない。観念して夜が明けるのを待つことにした。観念したもりでも、不安と孤独で押しつぶされそうだ。早く夜が明けないかと、その思いばかりが頭をよぎる。頭の上のてっぺんにはすばるがぼんやりと光っている。さっき見たときも頭の上だった。時間は一向に過ぎてゆかない。地平には赤と青に輝く平家星と源氏星が見えた。この季節に源平の星が見えるのは東だ。大垣は東の方にあるはずだ。夜が明けたら、とりあえず、そちらへ向かって歩いてゆこう。


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