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エルゼリアの石 - Stones of Ersellia -  作者: 水野煌輝
第1章 守護神石の導き(Guidance of the Guardian stones)
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9. 守護神石の秘める力 (Power within the Guardian stones)

 貸し出された寝巻を纏い、ティムはベッドの中に潜り込んだ。


 カルディーマの酒場の二階は旅人が泊まる為の寝室となっている。寝室の中は薄暗く、青白い月明かりが窓から差し込んでいた。


 突然大きな音を響かせてドアが開いた。ティムは飛び上がり忍ばせていた剣を握り締める。廊下の明かりにぼんやりと照らされたそこには、同じく寝巻を着たライアンがにやにやしながら立っていた。


 ティムはほっと溜息を吐いて、ベッドの上に崩れ落ちた。

「お前かよ。驚かせるなよな。心臓に悪いよ」


「何をそんなにビクついてんだよ、お前は」

 ライアンはさも可笑しそうに笑いながら、部屋の中へ入ってくる。


「お前があんだけ脅かすからだろ。しかも、あんなにバカ強い奴らがうじゃうじゃいたんだ。ビクつくよ」


「大丈夫だって。ちゃんとここに入る前に、誰かが尾けて来てないか確認したじゃねえか」


 ライアンは、ティムの隣りのもう一つのベッドに座り、仰向けに寝転んだ。


「まあ、それもそうだけどな」


「ったく。頼むぜ? 英雄の息子さんよー」


「はいはい、分かったよ」

 そう言うと、ティムはまたベッドに潜り込んだ。


 それを見たライアンは、悪戯っぽい笑みを浮かべると、ライアンのベッドの近くにあったイスを思いっきり蹴り上げた。


「ギャァァァァァァァァ!」

 ティムは叫ぶと、一目散に部屋の隅まで這いずって行った。


「だっはっはっはっは!」

 ライアンはベッドの上で笑い転げている。


 突然ドアが勢いよく開き、叫び声を聞いたソニアが血相を変えて現れた。

「ティムさん、大丈夫ですか!?」


「ティムはすこぶる元気だけど、俺の腹筋が・・・」

 ライアンは笑いが止まらず、途中から声にならない。


「ライアン・・・」

 ティムは自分がからかわれたことに気付くと、腰に絡まっていたシーツをはぎ取り投げ、ライアンに飛びかかった。

「もう許さないぞ、ライアン!」


 笑い続けるライアンとティムがベッドの上で取っ組み合う。


 その光景を目の当たりにしたソニアは、しばらく呆気に取られていたが、くすりと笑って、すぐ隣りの自室へと戻って行った。





 一晩中風が木の枝に擦れる音にさえビクビクしていたティムだったが、結局宿には鼠一匹現れることなく、三人のカルディーマ最後の夜は明けた。


 身支度を済ませると、三人は宿の外に出た。

 薄く朝日に照らされた街道にはまだ人は少なく、遠くから鳥の鳴く声が聞こえてくる。


「いやあ、今日は誰かさんを起こす手間がなくて助かったぜ」

 剣を腰に括りつけながら、ライアンは口笛を吹くように言った。


「うるさいな。こっちは寝不足で大変なんだよ」

 いつも通り晴れやかな表情のライアンとは打って変わって、ティムは目の下にくまをつくり、いかにもだるそうな表情である。


「寝れなかったのですか?」

 ソニアが、ティムの顔を心配そうに覗き込む。これまたティムとは打って変わって、引き締まった表情だ。


「うん」


 するとライアンがにたにたしながら、ティムを肘で小突いた。

「こいつったら、襲われるのが怖いもんだから、一晩中ビクついて寝れなかったんだよ」


「ち、違うよ!」


「まあ、そうだったんですか」

 ソニアはまるで子犬を見た時のように微笑むと、ふと思いついたように言った。

「なるほど。昨晩の大声はそういうことだったんですね」


「いや、だからそうじゃないって!」


 必死で否定を続けるティムに、ライアンはさぞ愉快そうな顔で言った。

「そうそう。イスを蹴った音でさえ、あんなにびびっちまってなあ」


「だから、違うって・・・」


「でも、これまで何回も野営をしてきているのでしょう」


「ああ。でも今回剣術大会に来ていた連中の実力が半端なかったもんだから、怖かったんじゃねえか? それにしてもあそこまで怯えなくても・・・」


「違うって言ってるだろ!」





 三人がカルディーマから出た時には、プーハットやフレデリックはもう門にはおらず、別の門番たちが立っていた。その門番たちに対しても、ライアンは父親がヘーゼルガルドの兵士長をやっていることを伝え、門番たちの興味を引いていた。


 その門番たちと別れると、カルディーマの前の高原を、三人は歩き始めたのだった。果てしなく広がる地平線の彼方には、朝焼けが橙色に輝いている。

 エルゼリアの雄大な大地には、街の賑やかさには無い、大自然の美しさがあった。


「色々あったけど、カルディーマに行って正解だったね」

 ティムが空を見上げて歩きながら言った。


「そうだな。でっかい街に行けば何か見つかるかと踏んでたが、予想以上の成果だぜ」


 ソニアは地面を見つめながら言った。

「私は、まさか、ティムさんたちに出会えるとは思っていませんでした。私はもう大人しく故郷に帰ろうとしていたところだったので・・・」


「そういえばさ」

 ティムが言った。

「ソニア、俺たちと話す時の言葉遣い、堅くない?」


「え、そうですか?」


 ライアンが頷く。

「ああ、固いなあ。仲間なんだから、せめて、さん付けはよしてほしいぜ」


「そうですね・・・。分かりました、ライアンさん」


「ほら、言ってる側から!」

 ライアンは苦笑した。


 ソニアは慌てて口を両手で押さえて、言い直した。

「分かりました、ライアン!」


 ライアンは、ソニアにウインクしてみせた。


「うんうん、大分堅苦しさはなくなったかな!」

 ティムは満足げに微笑み、続けた。

「まあソニアが偶然カルディーマにいたとしたら、俺たちがカルディーマに来たのは、いいタイミングだったんだな」


 その時ティムは、ハグルの言葉を思い出した。

「そういえば、ソニア知ってるかい? 守護神石は意思を持ってて、自分の運命を操る力があるっていう話」


 ソニアはこくりと頷いた。

「その話なら聞いたことがあります」


「へえ、そうなのかい」

 ライアンが驚いた顔をする。


 ティムが言う。

「この話が本当だとしたら、俺たちが昨日ソニアと会ったのも、単なる偶然じゃないかもしれないよ」


「確かに、そうですね。石が私たちを引き合わせたのかもしれませんね」

 ソニアが嬉しそうに微笑んだ。


 ティムは両手を頭の後にあてがうと、口笛を吹くように言った。

「ま、もしそれが事実だとすれば、次の目的地、ヘーゼルガルドでも何かが起きるってことかあ」


 ライアンが答える。

「そりゃあお前、王国だからな。何が起こってもおかしくないぜ」


「ライアンが入隊試験に落ちるとかね」


「バーカ。そんなことある訳無えだろ?」

 ライアンは眉を下げて、両手を左右に広げて見せた。


「何で?」


「いや何でって、お前な。だって見てみろよ。ただでさえこのキレのある動き、この重い斬撃」

 ライアンが左右に素早く身を翻しながら、剣を振る真似をする。

「しかも、正義感があり、志は高くて、義理固い。こんな男を落とす理由がどこにある?」


「そういう、ちょっと勘違いしてるところじゃない?」

 ティムが涼しく言ってのけると、ソニアは両手で口を押さえて笑いを堪えた。


 このティムの発言で、遂にライアンの堪忍袋の緒が切れる。

「黙って聞いてりゃ調子にのりやがってテメエ!」


「そっちこそ、さっきはビビってたとか言ってきやがっただろ! これでおあいこだね! ちなみに全く黙って聞いてなかった!」


「まあまあ、二人とも落ち着いて」

 ソニアが苦笑いをしながら、場を収めようと二人を宥める。


「ふんっ!」「ふーんっ!」

 二人ともへそを曲げて、そっぽを向く。


「まったく、もう・・・」

 溜息を吐くと、ソニアはくすりと笑った。





 しばらく歩き続け、昼前にもなると、三人は森林の中へと進路を進めていった。森林の中には、獣やゴブリンが移動した跡と思われる道ができていたので、三人はそれに沿って歩いた。


「それにしても、早くソニアちゃんの魔法を見てみたいもんだな」

 湿った落ち葉を踏みしめ歩きながら、ライアンが声を上ずらせる。


 すると、ティムが思い出したように言った。

「ああ、そうだね。まだライアンは見てないのか」


 ソニアも言う。

「魔法はまだ一度も見たことがないんでしたね」


「ないな」


「二人が魔法を使えないことには、私驚きましたよ」


「何で? 普通使えないさ。俺たちはソニアみたいに修道院に行ってた訳じゃないしね」


「でも、二人は守護神石を持っているじゃないですか」


「うん、それがどうかしたの?」


 すると、ソニアは目をぱちぱちとさせた。

「そうでしたね。二人は守護神石のことをあまり知らないんでしたね」


 ティムとライアンは不思議そうに顔を見合わせた。


 その時だった。三人の前方の木陰から、四体のゴブリンが勢い良く飛び出してきた。そして、すぐに三人の存在に気付き、手に持った斧や剣を振りかざして、襲ってきた。


「よっしゃあ、かかってこいよ!」

 ライアンが剣を抜き、構えた。


「ソニアは後方から、援護をよろしく」

 ティムも剣を構えてから、そう伝えた。


「はい、分かりました」

 ソニアも両手を交差させて、構える。


「おお、これは早速魔法を拝見できるチャンス到来!」

 ライアンが目を輝かせる。


 まず二体のゴブリンが先頭にいたライアンに襲いかかる。そして、残りの二体はティムに向かった。


「どりゃあぁ!」

 ライアンの重い一振りはゴブリンを二体とも捕らえ、二体とも地面にぐしゃりと崩れ落ちた。


 そして、ティムも向かってきた残り二体を返り討ちにするべく踏み込んだ。しかし、一体に攻撃は当たったが、残り一体は直前で方向を変えたので、捕らえることはできず、その一体は後ろにいるソニアへと向かった。


「ごめん、ソニア!」ティムが振り向きざまに叫ぶ。


 ゴブリンは、唾液を撒き散らしながら、ソニアに突進していっている。ソニアは、腰に携えていたレイピアを抜いた。


 そして、ゴブリンは持っている剣を思い切り振りかぶり、ソニア目がけて振り下ろした。しかし、ソニアはひらりと身を交わしてそれを避けると、逆手に持ったレイピアをゴブリンの背中に突き刺した。ゴブリンは気味の悪い鳴き声を上げて痙攣したかと思うと、ぐったりと動かなくなった。ソニアは、刺さっているレイピアを掴み、細い腕に精一杯の力を込めて、抜いた。


 ライアンが前方から叫ぶ。

「ソニアちゃんっ、怪我は無いか!」


「はい、大丈夫です!」

ソニアは剣を振り腰に戻すと、二人のいる方へ駆け寄ってきた。


「ソニア、剣も扱えるのか」

 ティムは自らも剣を腰に戻しながら、目を丸くして言った。


「護身程度です。でもこのレベルの魔族一体くらいなら、魔法を使うまでもないですよ」


「何だ、せっかくソニアちゃんの魔法が見られるかと思ったのによー」

 ライアンがお茶目に唇を尖らせてみせる。


 ソニアは苦笑すると、答えた。

「ごめんなさい。でも魔法は体力を消耗してしまうので、多用すると大変なんです。お腹も空いちゃいますし」


「なるほどね。そんなにたくさんできるものでもない訳か」


「そうです。でも、近々お見せする時は来るはずですよ」


 そして、三人は再び森の中を歩き始めた。


 少し歩いてから、ティムは尋ねた。

「さっきの話の続きなんだけど、俺たちが知らないことって何?」


 ソニアは、「あ、そうでしたね」と言い、続けた。

「ティムとライアンは守護神石を持っているでしょう」


「ああ」


「守護神石を持っていれば、魔法を使えるんですよ」


「何だって」

 ティムとライアンは息を呑んだ。


 ライアンが、もごもごと口を開く。

「じゃあ、何だ。今俺が魔法を使おうと念じれば、火やら水やら何でも出るってことかよ?」


「いえ、すぐにできるという訳ではありません。やはり訓練しないとできません」


 ティムが聞く。

「それなら守護神石が無い状態と一緒じゃないの?」


「そういう訳でもありません。守護神石が無い状態で魔法を習得するには、長い月日がかかるんです。でも守護神石がある状態なら、早ければ数週間で自由に魔法を使えるようになります」


「そいつはすげえ!」

 ライアンは目を輝かせた。


「でも、守護神石を使って魔法を習得した場合、デメリットもあります」

 ソニアは人差し指を立てた。

「守護神石を使って魔法を習得した場合は、守護神石を持っていない状態では全く魔法は使えません」


「何だよ、がっかりだ」

 ライアンは唇を尖らせた。

「俺のルビーは、ヘーゼルガルドでティムに渡しちまうから、結局俺には魔法は使えねえってことか」


 しかしライアンは、魔法を使えるのならそうなりたかったが、それよりティムの目指しているものに貢献することの方が、もっと大事なことに思えた。


 そう、魔法なんて使わなくても、俺には剣がある。何よりティムとエルゼリアの為だ。これでいいのさ。


 そうライアンが思っていたところ、ティムが嬉しそうに笑いながらライアンを指差した。

「あははは、ざまあみろ。俺だけ楽しませてもらうぜ」


「てめえ、誰の為だと思っていやがる!」


「またケンカですか・・・」

呆れるソニアの溜息が、その場に響いた。





 その日は、前半は高原を、後半は荒野を歩き続けた。その後も何体かゴブリンと出くわしたが、それ程手を煩わせずに駆逐した。ソニアの魔法を見たいが為に、ライアンがわざと戦おうとせず突っ立っていた時があったので、ティムが尻を思い切り蹴っ飛ばした。


 日が暮れてきたので、荒野の中にあった岩場近辺で三人は休むことにした。夕食には、ライムギのグリュエル(薄い粥)にエンドウマメを煮たものを作った。辺りもすっかり暗くなると、三人は鍋を囲んで、グリュエルをすすり始めた。


「それにしても、守護神石にそんな能力があったとはなあ」

 ライアンが呟いた。


「本当にね」

 器によそったグリュエルを息で冷ましながら、ティムが頷いた。

「他にはどんな能力があるのかな?」


「後は、守護神石を持っていると、戦闘能力が上がります」

 ソニアが答える。


「そうなの?」


「そうですよ」


 すると、ライアンは頭を掻きむしりながら言った。

「マジかよ!そういう大事なことをもっと早めに教えてくれよな」


「ごめんなさい。てっきりもう知ってるものかと思って」


「いや、俺たち何も知らないからなあ」

 ティムが鼻の下を掻きながら言った。

「じゃあ、もう一つ質問だけど、守護神石によって能力に違いはあるの?」


「はい、あります。まず、司る神が違うので、属性がそれぞれ違います。例えば、私の持ってるアクアマリンには海の神が宿ってるから、属性は水です。ティムのサファイアには風の神が宿ってるから、属性は風。ライアンのルビーには火の神が宿ってるので、属性は火です。」


「属性が違うとどうなるんだ?」と、ライアン。


 ソニアは空の器にグリュエルをよそぎながら答えた。

「属性によって使える魔法が違います。例えばもしティムがサファイアの力を借りて魔法を習得したとしたら、使える魔法は風に関するものだけになるんです」


 今度はティムが聞いた。

「じゃあ、ソニアは水の魔法しか使えないの?」


「いえ、私はアクアマリンを手に入れる前から魔法を使うことができたので、それ以外の魔法も使えますよ。でもアクアマリンを持つことで水の魔法の力が強化され、比較的体力消費も軽減されるから、水の魔法以外の魔法を使うことはあまりないですけど」


「へえー」


 更にソニアは続けた。

「後、守護神石によって、強化される能力に違いがあります。まず、強化される能力は、全部で三つあるんです。物理的な攻撃力と防御力、それと魔法能力です。魔法能力は、魔法の攻撃力と防御力、どちらも含みます。私の持ってるアクアマリンの場合だと、物理攻撃力と防御力の上昇は低めですが、魔法能力の上昇は高いですね」


 ティムがもう一度聞いた。

「じゃあさ、サファイアとルビーは?」


「サファイアは、どの能力もほぼ均等に上昇しますね。ルビーは確か、物理攻撃がよく強化される石のはずです」


「ははあ。ということは、俺たち知らないうちに強くなってたって訳か」

 ティムは唸った。


「いえ、違います。持っているだけでは変化はありません。まずは石と心を共鳴させることができないとだめです」


「共鳴?」

 ティムが目をぱちくりさせる。


「はい。石に宿る神と心を一つにすることです。ちなみに、魔法もこの共鳴ができないと、使えません」


 ライアンは咀嚼しながら、神妙な面持ちでしばらく考えてから言った。

「じゃあ、つまりだ。もし俺が共鳴できるようになったとしよう。その場合、俺がこいつを手放したら、俺は弱くなっちまうってことなのか?」


「まあ・・・」と、ソニアは目をくりくりと動かした。

「相対的には、そういうことになりますね」


「むう、何か損した気分」 


 するとティムが、げっぷ混じりに言う。

「じゃあ、ルビーはお前がずっと持ってれば? もし他の石が全部揃ったら、返してくれればいいよ」


「いや、別にいい」

 ライアンが手で制す。

「結局いつか俺はこれを手放すんだから、それが今でも先でも変わりゃしねえ」


「ああ、そう?」と、ティムはグリュエルを口に掻き込む。


「ま、俺は今のままで十分強えしな。石でドーピングする必要はねえ」

 ライアンは、誇らしげに鼻から息を吐いてみせた。


 グリュエルの入った器を一旦置くと、ティムは、ソニアの方を見た。

「という訳だから、ソニア、食べ終わったら、俺たちに魔法の使い方を教えてよ」


 ソニアは頷いた。

「分かりました。でも私は厳しいですよ。覚悟はいいですか?」


「あっ。じゃあ、やめます」

 間髪を入れずにそう答えると、ティムはまたグリュエルを口に掻き込み出した。


「だよなー。そりゃやめるよなー。って、バカヤロウ」

 すかさずライアンはティムの頭を引っぱたいた。



 結局ソニアは、ティムとライアンの倍以上の量を食べた。


 空になった鍋を見て、ティムは目をぱちくりさせた。

「ソニア、今日は魔法一回も使っていないよね」


 ライアンも意地悪な笑みを浮かべて言う。

「ははあ、さてはソニアちゃん、魔法使わなくても大食いだな?」


「あうう・・・」


「あっはっはっは!」

 顔を赤らめてうろたえるソニアに、二人は大笑いした。


 ソニアは両手を前に広げて、弁解した。

「でも魔法を使うと、お腹が空くのは本当です」


「はいはい、そうですかー」


 いかにも信じていないというように、ティムがそう言うと、ソニアは小ぶりの頬をぷっくりと膨らませた。


「それは本当です」


 するとライアンが言い放った。

「ま、何でもいいけど、ソニアちゃんは大食いだなあ!」


「もうっ! ライアン!」

 ソニアが顔を真っ赤にして、ライアンを睨むと、二人はまた笑い出した。

「そういう意地悪言うんなら、魔法の使い方、教えませんよ!」


 ティムが笑い過ぎてひいひい言いながら謝る。

「ごめん、ごめん。もう言わないから、教えてよ、ソニア」


「まったくもう・・・。仕方ないですね」


 ライアンが目を細めて頷いた。

「そうだよな、大食いなのは仕方ないな」


「・・・もう絶対教えません!」

 そう言い捨てると、ソニアはぷいっと後ろを向く。


「ごめんごめーん、ソニアちゃーん!」





 食事の後片付けが済むと、そのまま焚火を囲んで、ソニアの魔法の講義が始まった。


「じゃあ、まず守護神石を出して下さい」


 言われた通り、ティムとライアンは守護神石を袋から取り出し、手の上に載せた。


 ソニアもアクアマリンを取り出す。

「それでは、二人とも、自分の石をよく見つめてみて下さい。いいですか。ティムのサファイアは風の神、ライアンのルビーは火の神が宿っています。それを理解した上で、石の魂を感じ取ろうとしてみて下さい」


 ティムとライアンは、言われるままに、それぞれの石を凝視した。ソニアも同じようにする。しかし、しばらく続けていても、石は今まで通り美しい輝きを見せるだけで、変わったことは何一つ起こらなかった。


「何も起こらないよ、ソニア」

 ティムが痺れを切らして、顔を上げた。ライアンも同じだったようで、首を傾げている。


 しかしソニアは凛とした表情を保ちながら、大きな瞳で食い入るように手の中のアクアマリンを見つめていた。そしてソニアの手元に目をやると、アクアマリンからは青白い光が放たれていた。


「ソニア、それ・・・」

 ティムは、目を丸くしてアクアマリンに見入った。ライアンも口をぽかんと開けている。


 ソニアは、アクアマリンから目を離さずに言った。

「二人とも、アクアマリンに触ってみて下さい」


 ティムとライアンは、言われるままに、アクアマリンに手を差し出した。そっと触ってみると、アクアマリンは熱を帯びていた。まるで一日中太陽の日差しを浴びた後かのように。


「あっ。何か熱い」

 ティムが思わず声を漏らす。


「何だあ、こりゃ? 何で熱くなってるんだ?」

 ライアンも驚きを隠せないようだ。


 すると、ソニアがゆっくりと口を開いた。

「これは、私とアクアマリンが共鳴し合ってるからです。私の心とアクアマリンの心が通い合ってるんですよ」

 そう言うと、ソニアはふっと眼を閉じた。同時にアクアマリンから出ている光もすうっと消えていく。


「すげえな、こりゃあ・・・」

 ライアンは目の前で起きている現象に舌を巻いているようだった。ティムも目をぱちくりさせていた。


 光が完全に消えると、ソニアは目を開いた。

「じゃあ、同じようにして下さい」


「いやいや、ソニアちゃん」

 ライアンが最早苦笑しながら言った。

「今同じようにやったけどできなかったじゃねえかよ」


「だから、できるようになるまで頑張って下さい」


「これができねえと魔法も使えねえってか?」


「そういうことです」


「簡単に言ってくれっけどよお、そんなこと俺たちにできっこあるかよ。なあ、ティム」


 そう言ってライアンがティムに同意を求めようと振り向くと、ティムは既に真剣な眼差しでサファイアをまじまじと見つめていた。その様子を見て、ライアンはしばし硬直していたが、ぶつくさと愚痴を言いながら、ルビーを見つめ始めた。


 ソニアは言った。

「いいですか。石と見つめ合い、心をシンクロさせるんです」


 そして、二人が石とにらめっこを始めてから三十分程経った。ティムが突然声を上げる。

「あれ、何かちょっと温かくなってきてる気が・・・」


「何だと!」

 白けたように石を睨んでいたライアンが目を剥く。


「ティム、本当ですか?」

 ソニアも驚いたように瞬きをした。


「う、うん」


「気のせいなんじゃねえのか?」

 そう言って、胡散臭いものを見るような顔付きでサファイアに触ると、ライアンは息を呑んだ。

「た、確かに。ちょっと温けえ・・・」


 ソニアも試しに触ってみると、ティムの手の中で、確かにサファイアは温かみを帯び始めていた。

「本当ですね。まだまだ不完全だけど、いい感じです。この調子で、石がもっと熱くなって光るようになるまで、頑張って下さい」


「本当に? やった!」


「なっ・・・何故ティムだけ?」

 ライアンが悔しそうに歯を食いしばる。


 そんなライアンを見てソニアは言った。

「魔法の習得のスピードには個人差があるんです。ライアンも悔しがっている暇があったら、少しでも早くコツを掴むように頑張って下さいね」


「くっ。ソニアちゃん、厳しいな」


「だから言ったでしょう。私は厳しいですよって」


 そうさらりと言ったものの、ライアンの石にまだ何も変化が無いのは当然だということをソニアは分かっていた。そもそも、石とのシンクロが完全にできるようになるには、天才でも丸一日は必要と言われているのである。しかし、ティムは完全ではないものの、この短時間でコツを掴んでしまっていた。完全にシンクロできるようになるまで、もうそれ程時間を要しないだろう。





 翌朝、ソニアは山際から差し込む朝日の眩しさで目を覚ました。目を細めて周りを見ると、二人はまだ寝ているようだった。

 ソニアが起き上がり二人に声をかけると、ライアンだけが目を覚ました。


 欠伸をしながら言う。

「おお、ソニア。おはよう」


「おはよう、ライアン。ティムを起こしてくれますか」


「ああ」と答えて、ライアンは寝ぼけ眼をこすりながら、ティムを見た。

「朝のこいつは厄介だぜ。そう簡単にはお目覚めになってくれねえからよ」


 ライアンは起き上がると、いきなりティムの尻を力いっぱい蹴り飛ばした。全く手加減をしているようには見えない。ソニアは思わず両手で口を覆う。


 するとティムはがばっと上半身を起こし、思い切り伸びをした。


 ソニアが言う。

「おはよう、ティム」 


 おはよう、ソニア、とティムは答えたのだろうが、口元でもそもそ言ったのではっきりと聞こえなかった。


「もう朝だぜ。ぼちぼち出発すんぞ」


 ライアンが言うと、ティムは勢いよく立ち上がった。今日はいつもより目覚めが良いようだ。


 立ち上がり、もう一度伸びをすると、ティムは思い出したように言った。

「あ、そうだ。昨日あの後、ずっと石を見てたんだけどね、また変化があったんだ。ちょっと見てよ」


「変化だと?」

 ライアンが聞く。


「うん」と笑顔で答えると、ティムは袋からサファイアを取り出し、真剣な眼差しで見つめ始めた。すると、サファイアからおぼろげではあるが、青い光が出ているのが分かった。二人がサファイアに触れてみると、サファイアは昨晩よりも明らかに温かくなっていた。


「お前・・・、すげえな」

 ライアンが驚いて目を見開く。


「へへへ、まあね!」


 ソニアは一つ頷いた。

「どうやら、ちゃんと石と心が通い合えたようですね」


「やったあ!」

 ティムは目を輝かせて拳を握った。

「これで俺も魔法使いだ! ウヒョヒョヒョ」


「いえ、まだまだですよ、ティム。まだ魔法習得のスタート地点に立っただけに過ぎません」


「ええ、まだ何かあるの? もう嫌だよお」


「嫌嫌言ってたら、魔法は使えるようにならないですよ。また今晩次のことを教えます」


「はあい」


 ティムの力の無い返事を聞きながら、横にいるライアンは更に輪をかけて力の無い声で言った。

「まだスタート地点にも立ててない俺って一体・・・」





 しかし、三人がヘーゼルガルドを目指して歩き始めてから三日が経った日のことである。


「おお! ティッ・・・ティム、ソニア!」


 夕飯を取り終えてごろごろしているティムと、まだもぐもぐとグリュエルを食べ続けているソニアは、突拍子もなく叫んだライアンを見やった。


「ライアン、どうしたの? ケツにほくろでも見つけたのかい?」


 ティムがあくび混じりにそう尋ねると、ライアンは「ほら、これ見てみろよ!」と言って、持っているルビーを突き出した。


 ルビーは、焚火の明かりで霞んでしまう程微弱ではあったが、真っ赤な光を確かに放っていた。


「やっと光ったぜ!」

 ライアンは顔を輝かせる。


 ソニアは軽く拍手をして、ライアンを労う。

「ライアン、良かったですね!」


 一方ティムは、「あちゃー、光っちゃったか」とおどけた口調で悔しがった。


 ティムがサファイアと共鳴し合うことができるようになってから、もう四日。その間、ティムはソニアの指導の下、ライアンとは別メニューで、更に本格的な魔法の特訓をしていたのだが、ライアンはというと、全く共鳴ができないまま時間が過ぎて行った。そこでティムは、ライアンには魔法が永遠に使えない、と言ってからかっていたのだ。


「へっ! どうだ! ざまあみやがれ!」

 ライアンが得意げにルビーをティムの顔の前に突きつける。


 ソニアは言った。

「何はともあれ、これで二人一緒に練習ができますね」


 ソニアがようやく夕飯を食べ終わると、三人は早速魔法の特訓を始めた。夕飯後の魔法の特訓は習慣になりつつある。


 先生であるソニアが言う。

「さて、ライアンが共鳴に成功したので、これからは二人で実践的な魔法の練習をしていきましょう」


「合点承知だぜ!」

 ライアンは歯を見せてこぶしを握った。


「じゃあ、まずティム、ライアンにあなたの特訓の成果をまず見せてください」


「えーと、具体的にはどうすればいいの?」


「そうですね、じゃあ魔法を使ってみてください」


「オッケー」


 ティムは頷くと、両手を地面に置いた。目を閉じて、気持ちを集中させる。そして、その様子をライアンは固唾を飲みながら見ている。


「風よ、吹け!」

 ティムは言った。


 その後、辺り一帯を静けさが支配し、数十秒が経過した。


「・・・何も起こらねえな」

 ライアンが怪訝そうな顔で言った。


 その時、ソニアは地面に落ちている葉っぱを拾い上げた。そして、それを掌の上に乗せる。すると、ソニアの掌の上で、その葉っぱはゆらゆらと踊ると、舞い落ちていった。


「おお」

 ライアンは声を漏らした。


 微弱な風。単なる自然現象の風かもしれない。でも、もしティムが起こした風なら、それは紛れもなく魔法ということになる。


「っはー!」

 ティムは大きく息を吐いた。姿勢をくずし、楽な体勢になる。


「ティム、全然風を感じませんよ。昨日の方がもっと風が吹いていました」

 ソニアが落ち着いた声でぴしゃりと言う。

「もっと気を集中させないと。散漫だと、風が一か所に集まりませんよ」


「うー、また同じ練習を続けていくか」

 ティムは頭を掻いた。


「これが魔法か」

 ライアンはごくりと唾を飲み込む。


 ティムが照れくさそうに手を振る。

「いやいや、こんなのまだ魔法って程じゃないよ」


「そうですね。これでは、ただの一発芸にもなりませんね」

 ソニアがさらりと言うと、ティムは「ぐはあ・・・」とうなだれた。


 ソニアがパンパンと手を鳴らす。

「はい、じゃあ気を取り直して特訓に入りましょう!ティムは、昨日と引き続きひたすら風を吹かせる練習を。ライアンは・・・まずは、魔法を使うイメージトレーニングからやりましょうか」


「はーい・・・」ティムは心折られ、力なく返事。ライアンも思わずたじろいで「お、おう」と答えた。


 ティムとライアンは少し間を置いて並んで座り、二人に向かい合うようにして、ソニアが立った。


 まずティムを一人で練習させ、ソニアはライアンに説明を始めた。


「ティムの持つサファイアは風の守護神石ですが、ライアンの持つルビーは炎の守護神石です。ルビーを持っているライアンは、炎の魔法を操ることができます」


「俺でも魔法が使えるのか。まだ信じがたい話だぜ」


「勿論、練習次第ですが。既に共鳴は、完全ではないにしろ形にはなってきているので、実践的な練習をやっていきましょう」


「今ティムがやっているあれか?」


「まあ、そうです。でもいきなりやってもできないと思うので、まずはイメージトレーニングからやりましょうか」

 そう言うとソニアはライアンの前に座り込んだ。

「この世界―エルゼリアは十二の神々によって生み出されました。炎の神ヒース・ムーアは、その十二の神の一つです」


 ソニアは人差し指を立てて見せた。

「エルゼリアには火や熱の要素でいっぱいです。照りつける太陽の熱さ、焚火の炎、枝を木板に擦り合わせると、摩擦熱が発生します。これらはみんな炎の神ヒース・ムーアが生み出したものです」


 ライアンはすぐ横で燃える焚火を見た。

「この焚火もルビーに宿る神様が作ったってことだな」


「そうです。そしてライアン、今あなたはそのルビーを持っている訳です。だから、そのルビーの力を使えば、炎を自在に操ることができるはずです」


「できるはずなんだけどねえ」

 ライアンが気の抜けた声を上げる。


「ちゃんと修行を積めばできるようになりますよ。私なんかは、石の力を使わずに、一から修行をして魔法を習得したんですからね」

 ソニアは気持ち胸を張ってみせた。


「ソニアちゃんはすげえよなあ」


「石がある状態から始めるのと、無い状態から始めるのでは、習得の速さに天と地程差が出るんですよ。私の場合、実戦で使えるレベルの魔法が使えるようになるまで、一年半かかりました」


「へえ」


「石があるライアンさんの場合は、一週間もあれば大丈夫でしょう」


「いっ・・・」

 ライアンは息を飲んだ。

「いやいやソニアちゃん、いくらなんでもそれは・・・」


ソニアは立ち上がりざまに言った。

「とにかく、挑戦してみましょう。何も無い所からいきなり火を生み出すことはまだ難しいと思うので、まずはそこの焚火の火を動かすことから始めましょう」


「え、ど、どうやって?」


「共鳴と同じ感覚です。ルビーと心を一つにして、念じるんですよ。そして、その念を言葉に表せば、炎を操ることができます」


「なるほどな。意外と簡単そうだな」





 そして、夜が更けた。ソニアはもうぐっすり寝静まっている。


「全然できねえ!」

 焚火と長い間睨めっこしていたライアンは、しびれを切らして喚いた。手に握りしめていたルビーを投げ出し、仰向けに倒れこむ。


「どうした、ライアン。諦めんの?」

 少し離れて、きりかぶに座って練習をしていたティムが言う。


「ずっと念じてるのに、焚火の火がピクリとも動かねえよ」

 ライアンは腰を上げて、弱音を吐く。

「本当に魔法なんて使えるようになるのか?」


「なるでしょ。俺は何となくコツが掴めてきてるし」


「お前、もう実践練習始めてから今日で三日だっけ」


「うん」


「そうだよなあ」

 ライアンは両手を頭の後ろで組んだ。

「三日でようやくコツが掴めるのに、今日いきなりできるようになる訳無えかあ」


「俺だって最初は何もできなかったからな。まだ、ヘーゼルガルドまで三、四日くらいはかかるし、それまでにある程度はできるようになってるんじゃない?」


「うーん、そうなればいいけどな」


 共鳴にすらかなり手こずったライアンは、不安な気持ちでいっぱいだった。

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