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エルゼリアの石 - Stones of Ersellia -  作者: 水野煌輝
第1章 守護神石の導き(Guidance of the Guardian stones)
8/22

8. 魔法使いソニア (The Sorceress Sonia)

 剣術大会の行われている場所に戻ると、相変わらずの人だかりだった。これではライアンがどこにいるのかすぐには分かりそうにはない。

 人ごみをかき分けて前の方へ行くと、そこには先程ティムを完膚無きに打ち負かしたダシールと、どこかの城の中堅剣士といった風貌の、いかにも腕の立ちそうな男が、戦闘準備を整えているところだった。


「それでは、長らくお待たせしました! 本日の大会の決勝戦を開始します! 長い闘いの末、この決勝戦に挑むのは、ダシール様とスミス様!」

 審判の男が叫ぶと、観衆から大きな歓声が上がった。


 ティムが予想していた通り、ダシールは決勝戦まで残ったようである。

 ティムは、ダシールとの試合を思い返した。迅速な剣裁き、瞬発力、反射神経、全てに優れた使い手だった。そして、印象に残ったのは、ティムの落としたサファイアをじっと見つめていたことだった。一体、あの時ダシールは何を考えていたのだろうか。


 ともあれ、これが決勝戦だということはライアンは敗退したということだった。ティムがソニアに首を振ってみせると、ソニアは残念そうに少し眉を寄せた。


 審判の掛け声と同時に、試合が始まった。しかし、両者とも間合いを測っているようで、動こうとしない。長い間が開いた。観衆がその間、固唾を飲んで見守る。


 先に、ダシールが動いた。無駄の無い動きで、スミスに斬り込む。しかし、スミスはそれを待っていたかのように軽く弾き返した。ダシールが押し返されて、後ろに下がる。こここへスミスは鋭く木刀をなぎ払ったが、ダシールは素早く身を屈め、それをかわした。


 すぐに体勢を整えたダシールが得意の高速斬りでスミスに攻撃すると、スミスは的確にそれを受け止めた。そしてスミスは続けざまに木刀を押し出すと、ダシールは再び力負けして後退した。間髪を入れず、スミスはダシールに斬りかかる。その迅速な攻撃をダシールはぎりぎりで受け流し、一瞬の隙をついてスミスに斬りつけた。しかしスミスはすぐさま向き直り、ダシールの攻撃を受け止める。驚くべき反射神経だった。


 スミスは木刀を力任せに押し出し、ダシールとの距離を開けた。もう一度両者が睨み合う。観衆から拍手が鳴った。ティムも拍手をする。スミスという剣士も、かなりの使い手だった。


 それからしばらく両者の一進一退の打ち合いが続き試合は白熱したが、最後にダシールがスミスの肩に木刀をかすらせた。観衆から驚嘆の声が上がったが、それはすぐに歓声に変わった。


「勝負あり! 勝者、ダシール様! おめでとうございます! 優勝です!」

 審判の高揚した声が聞こえる。観衆からは歓声と口笛と野次が飛び交っていた。


 スミスは汗を拭うと、笑顔でダシールに握手を求めた。すると、何とダシールは被っていたベールをおもむろに脱ぎ捨てた。ベールを脱いだダシールは、黒紫色の髪を後ろで団子状に結った艶やかな女であった。


 これには、対戦相手のスミスも審判も、度肝を抜かれているようだった。観衆がより一層騒ぎ立てる。


 ダシールに笑顔で握手を求められると、スミスは思いがけない状況に驚きながらも、笑顔で握手を返していた。


「それでは、優勝者のダシール様には、優勝賞金として千ルーンを差し上げます!」


 審判がそう叫ぶと、受付の時にいた別の男が金貨の束を持って登場した。男はダシールの前まで来ると、金貨の束をダシールに渡した。ダシールはそれを受け取ると、にっこりと上品に微笑み、お礼を述べた。観衆からは雨のような拍手が轟いた。



 人だかりから出ると、店の建物の壁にもたれるようにして、ライアンが座っていた。


「よう、ライアン。元気そうだね」


 ティムが早速皮肉を言うと、ライアンは大げさに溜息を吐いた。


「お前は相変わらず呑気だよなあ。これで俺たち、本当に一文無しになっちまったっていうのによ」


「まあ、何とかなるって。水は川や泉にあるし、食糧は狩りでも何でもして調達するさ」


「お前は野生をなめてるよ、絶対」

 ライアンは、また溜息を吐いた。


「お金が無いのですか?」

 ティムの後ろにいた、ソニアが聞いた。


「あ、うん。実は色々あって、今お金が無いんだよ。だからこそ、剣術大会に参加したんだけどね」


 その時、ライアンが顔を上げてゆっくりと立ち上がった。そしてティムとソニアの顔をゆっくり見比べていたかと思うと、突然目を剥いてティムに掴みかかった。


「やい、ティム! 貴様、俺がヒーコラ闘っている間に、こんな美女と遊んでいやがったのか! 許さんぞ!」


「ちょ、落ち着けよ、ライアン。別に遊んでた訳じゃないって」


 ライアンは、さっとソニアの方を向いた。ソニアは、目の前の騒動に戸惑ったように、目を瞬かせている。


 するとライアンは、ティムをどんと突き放すと、ソニアに手を差し伸べた。

「初めまして。私はライアン・ヘルムクロス。しがない騎士であります。どうぞお見知りおきを」


 ソニアは苦笑いしながら、握手し返した。

「私は、ソニア・クランスフェイドと申します。よろしくお願いします」


「どうですか。もしよろしければ、これから葡萄酒を飲みながら、ゆっくりお食事でも」


「おい、ライアン。ちょっと待てって」

 ティムが中に割って入る。


「うるさい! お前だけ美女と遊ぼうなんて、俺は絶対に認めんぞ!」


「だから、遊んでないって言ってるだろ。それに、お前、今お金無いじゃないか」


「うむむ・・・」

 ライアンが、言い返せずに唸る。


 その時、突然、背後から艶めかしい声がした。


「ちょっといいかしら」


 振り向くと、後ろに黒いドレスのようなローブを纏った女が立っていた。ダシールである。


「これはこれは、麗しき貴婦人殿。この騎士ライアンに何か御用事でしょうか?」

 ライアンはあっさりとソニアから離れ、ダシールに尻尾を振り始めた。どうやらライアンは、この女がダシールだということを知らないらしい。


 ダシールは、白けた目つきでライアンを見据えると、ぴしゃりと言った。

「あなたじゃなくて、そこの彼に用事があるのよ。ティムだったかしら」


「え?」

 ティムは思わず声を出した。


 ダシールの視線がティムを捕らえた。ダシールのサファイアを見つめている情景が、頭の中で再現され、ティムの体は強張った。


「何だよ。ティムばっかり・・・」

 ライアンが口を尖らせて拗ねる。


 その様子を見て、ダシールが言う。

「あら、あなた、彼のお友達なのね」


「俺に何か用ですか?」

 ティムが聞いた。


 すると、ダシールは肉厚の唇を歪ませて微笑んだ。

「ええ、そうよ。あなたの持っている石は守護神石のサファイアだということは知ってるかしら?」


 ティムは、こくりと頷いた。


 ダシールは続ける。

「では、あなたがサファイアを持っている理由は何かしら?」


「この石は、俺の親父から受け継いだもので」


「そういうことを聞いてるんじゃなくて、何の為に持っているかを聞いてるの」

 ダシールはぴしゃりと言い放った。


 ティムは、不意を打たれて口籠る。

「これは、その、エルゼリアの魔王を倒す為だよ。集めてるんだ、守護神石」


「あらあ、そうなの」

 ダシールは、ティムの目を涼しい顔で見つめた。


 視線を浴びて、ティムは、妙な居心地の悪さを覚え、冷や汗を流した。この女からは、やはりただものではない気配を感じた。


 ダシールは長い前髪を手繰りながら言った。

「まあ、精々頑張ることね。それじゃ、失礼するわね」


 ダシールは、そのまま立ち去ろうと歩きだしたが、すぐに止まった。

「あ、そうそう。あなたに二百ルーン差し上げるわ。私はこんなに要らないから」


「え、いいの?」

 ティムは、目を丸くした。ライアンは、驚いて口をあんぐり開けていた。


「ええ、いいわ。どうせお金に困ってたんでしょ?」

 ダシールは、薄らと微笑んで、十ルーン紙幣を二十枚差し出した。


 断る理由は無かった。


「じゃあ、何か悪いけど、頂きます!」

 ティムはお金を受け取った。思わず大声が出ていた。


 その様子を見て、ソニアは口を手で押さえて笑っていた。

 ライアンは訳も分からず、目をぱちくりさせている。


「それじゃあね。縁があれば、また会いましょう」


「ちょっと待って。あなたは一体誰?」


「私は、アンジェラ。ただの旅人よ。じゃあね」

 そう言い残して、アンジェラは通りの方角へ去って行った。


 どうやらダシールというのは、性別を曖昧にする為の偽名であったようだ。


「おい、誰なんだ、あの超絶に色っぽい女性は。何であんな大金を持ってるんだ」

 ライアンが、唾を飛ばしながらまくし立てる。


「あれはベールを脱いだダシールだよ」


「な、な、な、何い? あの人が?」

 ライアンは前につんのめって驚き、アンジェラが去って行った方角を見つめた。

「だって、女じゃねえか」


「俺だって信じられないよ」

 ティムは両手を広げて、首をすくめた。


 ライアンはしばらく指を歯に当てて呆気に取られていたが、ソニアの存在を思い出して、顔を元に戻した。

「それで、こっちの可愛い子ちゃんは?」


「ああ、そうそう。この人は、ソニア・クランスフェイド。お前が試合をしている間に、俺は守護神石の情報収集をしてたんだけど、その時に出会ったんだ」


「へえ。それで、何か分かったのかよ」


「それが、実はね・・・」


「ティムさん!」

 うっかり大声で言いそうになったティムを、ソニアが焦って止める。


 ティムは、慌てて手で口を覆う。そして、怪訝そうな顔で目を細めるライアンの耳元で囁いた。

「この人、守護神石の一つのアクアマリンを持ってるんだ」


「マジかよ」


 ライアンが驚いた顔で、ティムの目を見据える。

 ティムはにんまりと微笑み、頷いた。


 ソニアが、口を開いた。

「それでは、こんな所で立ち話もなんですし、これから一緒に夕食でもいかがですか?」


 その言葉を合図に、ティムとライアンのお腹は、美しいハーモニーを奏でた。




 通りを歩きだした頃には、辺りはもう薄暗くなっていた。民家や店の窓から漏れ出る灯りに温かと照らされているカルディーマの通りは、昼間とは違った趣を醸し出していた。  

 昼間に比べると、通りを歩いている人は少なくなっていたが、酒場や飲食店からは、時折騒がしい声や、愉快な音楽が聞こえてくる。


 ティムたちは、尾けられていないことを確認すると、活気ある大衆食堂風のレストランに入った。店内は大勢の客で溢れ返り、レベックとクロムフォルン、タンブランの楽器隊が陽気な音楽を奏でていた。


 三人が、テーブル席に腰かけると、すぐに店員がビールのジョッキを人数分出した。


「ああ、久しぶりの食事だな」

 ティムが、安堵の声を出して、腹を撫で上げる。


「お二人とも、食事を取らずに試合をなさっていたなんて、大変だったでしょうね」

 ソニアが、微笑みながら言った。


「いやあ、それが意外と目の前の試合に集中し過ぎて、空腹感は忘れちまってたんだよな。でも食堂に来ちまったら、もうお腹ぐうぐうよ」

 そう言うと、ライアンは近くの店員を呼びとめ、次々と料理を注文していった。大金が入ったので、懐も大分緩くなっている。


 店員が去ると、ライアンはビールのジョッキに口を付けた。

「それで、俺が闘っている間に一体何があったんだ?」


 ティムが答える。

「俺、アンジェラに負けた後、時間があったから守護神石の情報収集をしていたんだ。そうしたら酒場のマスターが、剣術大会でサファイアが目撃されていることを知っていてね。しかもサファイアが風の神の化身であることまで知っていたんだ。誰から聞いたのか尋ねたら、丁度その時酒場にいたソニアだったってわけ」


 ティムがソニアを一瞥すると、ソニアはこくりと頷いた。


 ティムが続ける。

「そんなに守護神石のことに詳しいなら何か手がかりが得られるかもしれないって思って、ソニアに話しかけたんだ。そうしたら酒場では教えられないっていうことだったから、路地裏でそれを見せてもらったんだよ」


 意識的に、アクアマリンという言葉を避ける。


 すると、ライアンが訝しげに眉間に皺を作った。

「さっきから思っていたんだが、何でそんなにこそこそしねえといけねえんだ?」


 ティムが声を潜める。

「実は、そのすぐ後に、俺たち、チンピラに襲われたんだ。どうやら、剣術大会から俺をずっと尾けていたらしい」


 ライアンの表情が変わる。

「本当かよ」


「ああ。だから、これからはもっとそういうことに神経質にならないといけない。ライアンも気を付けなよ」


「面倒臭いことになってきたな。まあ、よくよく考えてみれば、当然か」


ティムはビールを一口飲み、続けた。

「で、そのチンピラたちなんだけどね。ソニアが呆気なく倒しちゃったんだ。ソニアは魔法が使えるんだよ」


「何だってぇ!」

 ライアンは驚いた顔付きで、ソニアを見た。ソニアがにっこりと微笑む。


「魔法ってどんなのだ?」

 ライアンが、ティムに尋ねる。


「その時は水が凄い勢いで出て、チンピラ二人を気絶させた。でも、詳しいことは分かんない」


 そこでソニアが口を開いた。

「私は、水の魔法が得意なんです。先程のように、水圧で攻撃することもできますが、氷で攻撃することや、防御することなど、色々なことができます」


「そりゃすげえや」

 ライアンが瞬きしながら言う。


「そういえばさ」と、ティム。

「ソニアはどこで魔法を覚えたの?」


「実は私、修道院にいたんです。そこで色々勉強をしました。魔法もそこで基礎からしっかり学んだんです」


「ほほお、頭脳明晰なんだな」

 ライアンはビールをぐいっと飲んだ。

「じゃあ、あのキラキラした石ころについても、色々知ってんのかい?」


「ええ、基本的なことなら」


「だったら聞きてえんだが、あの石ころはゴブリンを引き付ける力とかあんのか?」


「はい。本能的にゴブリンなど魔族は、守護神石に持つ何かに引き寄せられているようです」


「何かって?」

 ティムが聞く。


 ソニアは首を振った。

「それはまだ明らかになっていないんです。守護神石の放つ光やオーラという説があります」


「へえ。やっぱり、守護神石を破壊しようとしているのかな」


「恐らくはそうです」

 ソニアはこくりと頷き、続けた。

「でも、守護神石を破壊することは絶対にできない、という説もあります。ただ、あくまで説ですが」


「けっ。うっとうしい奴等だぜ」

 ライアンが悪態を吐いた。


 ソニアが補足する。

「でもそんなに遠くから認識できる訳ではないですよ。かなり接近しないと、そこにあるとは分からないようですね」


「なるほどな」

 ティムは納得したように、何度か頷いた。

「とまあ、こんなことがあったってわけ。遊んでいた訳じゃないんだからな、ライアン」


「そうか。そういうことなら仕方あるまい。許してやるとしよう」

 ライアンは、腕を組み、仏頂面を作ってみせた。


 ソニアはくすりと笑うと、尋ねた。

「ライアンさんは、なぜ旅をされているんですか?」


 ライアンは、一つ咳払いをすると言った。

「俺はヘーゼルガルドの兵士になる為にヘーゼルガルドに向かっている途中なんだ。親父がヘーゼルガルドの兵士長をしていることもあって、兵士になることに憧れてんだ。ちなみにティムとは小さい頃からの友達でね。そのティムが大層な旅に出るって言うもんだから、付き添ってやってるってわけよ」


 ティムが、ソニアに小声で耳打ちする。

「後、こいつはルビーを持っているんだ」


「えっ! そうなんですか」

 ソニアは驚いた声を上げた。


 ライアンは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに内容を察して頷いた。

「ああ、それに関しては、ヘーゼルガルドに着いたらこいつに譲るつもりだ。俺が持っていても仕方ねえし、こいつはエルゼリアを救うっていう目的があるから、俺もできる限りサポートしていくつもりだ」


「そうですか。それはティムさんも心強いですね」

 ソニアが納得したように何度か頷く。


 そろそろティムは、本題を切り出すことにした。

「さっき路地裏で言おうとしていたことなんだけど・・・。もう俺が旅をしている目的は分かっているよね。だから単刀直入に言うけど、それを俺に預けてくれないか」


 ソニアは黙った。右手で懐に閉まったアクアマリンを握りしめる。


 数秒間の沈黙の後、ソニアは口を開いた。

「分かりました。でも、条件があります」


「条件?」


 ソニアは、ティムの目をしっかりと見据えながら言った。

「私を、一緒に連れて行って下さい」


 その言葉に、ティムとライアンは思わず顔を見合わせた。


 ソニアが不安そうな表情で言う。

「だめですか?」


 ティムが咄嗟に答える。

「えっ。いやいや。むしろ魔法が使える仲間が増えるなんて大歓迎だよ。でも、何で俺たちなんかと一緒に?」


 すると、ソニアは目線を落とした。

「私、実は修道院での閉塞的な生活に嫌気が差してしまって、家出同然で旅に出たんです。だから旅をする理由なんて、私にはなくて、結局行き詰まってしまいました。修道院に戻ろうかと迷っていたところで、ティムさんに会ったんです。そしてティムさんの話を聞いて、私、胸がわくわくしたんです。勿論、とても大変なことだってことは分かっています。でも、それでも、力になりたいと思えました」


 ソニアは、終始落ち着いた表情のままだったが、途中から口調に若干熱が入っていた。しっかり開かれた瞳からは、決意が伝わってくる。


 ティムは、考える間もなく頷いた。「分かった。俺たちで良かったら、是非一緒に来てくれよ」


「ありがとうございます!」

 ソニアがようやく顔を緩めて、声を弾ませた。


「魔法も使えるし、元修道女ってことで博識だろうし、助かるぜ。しかも超べっぴんさん」

 ライアンが鼻の下を伸ばす。


「うん、本当に頼りになるよ。こちらこそ、ありがとう」

 ティムは微笑んだ。


「でも、今までそんなこと考えたこともなかったですし、私なんかがそんな大それたことをやらせて頂いてもいいのでしょうか」


「なあに、ソニアちゃんのほうがこいつよりよっぽど考えが深いさ」

 ライアンが、喉を鳴らして笑った。


「うるさいな。女の尻のことしか考えてない奴に言われたくないよ」


「何も考えてない奴に言われたくねえな」


「カッチーン・・・」


 鼻息を荒げて睨みあう二人を見て、ソニアはまたくすくすと笑った。





「すみません、マトンのソテー三人前と、後ハドックのパイを五人前下さい」

 ソニアが小ぶりの口に食べ物をいっぱいに詰めながら、慌ただしく行き交う店員に食事を注文する。


 ティムとライアンは、どんどんと空になっていく皿の山を見て唖然としていた。

 そんなことには露程も気付かず、ソニアは黙々と料理を平らげていく。


「あれ、もう食べないんですか?」

 食べ物を飲み込むと、ソニアはきょとんとした顔で尋ねた。口の端に食べかすが付いている。


「うん、もう俺たちはもうお腹いっぱいだけど・・・」


 ティムがちらりとライアンを見やると、ライアンは苦笑いした。

「むしろ、まだ食うのか?」


「はい。今日は少しお腹が空いたので、まだまだ食べます」

 そう言って、ソニアは猪とトマトのソースが絡んだパスタを口に詰め込んだ。


 ティムとライアンはますます呆然として、その様子を見守った。


 咀嚼しながらティムとライアンの様子がおかしいことに気付いたのか、ソニアは口を手で覆いながら尋ねた。

「私、食べ過ぎですか?」


「うん、そうだね」

 ティムが答えた。ライアンも深く頷く。


 口の中の物を飲み込むと、ソニアは申し訳なさそうに声を落とした。

「すみません。私、魔法を使うと、すごい大食いになっちゃうんです」


「ああ、そういうことだったのね」

 ティムが腕を組んで、相槌を打った。


「魔法を使うと、誰でもそうなるの?」


「いえ、誰でも、という訳ではないみたいです。個人差はあります」


「じゃあ、結局ソニアちゃんは大食いってことだ」


 ライアンが意地悪く笑うと、ソニアは恥ずかしそうに俯いた。


 ソニアが注文した全ての料理が揃うと、テーブルの上は、料理と空いた皿でいっぱいになった。





 ソニアが大量の料理をきれいに平らげると、三人は店を後にした。暗闇に包まれた通りでは、旅人が数人行き交っていて、それ以外に人影はなかった。


 ティムは大きく伸びをした。

「さあ、今日はもう遅いから、カルディーマで宿を取って、明日の朝出発しよう」


「ああ、そうだな。今日は長い一日だったぜ」

 ライアンがくたびれたようにあくびをする。


 その横を歩きながら、ソニアが浮かない表情を浮かべていた。


 ライアンが聞く。

「どうしたんだい、ソニアちゃん」


 ソニアは不安げな声で言った。

「本当にこの街に朝までいて大丈夫なのでしょうか。石がここにあることを知っている人は、今まだこの街にいるんですよね」


「そんなに心配するこたぁねえよ。もう通りもほとんど誰もいないし、暗いから俺たちが誰かなんて分かりゃぁしねえよ」


「そうですか。それならいいんですけど」


「それにバレてるのは、ティムだろ。もし何かあっても、被害が及ぶのはこいつだけだから大丈夫だって!」

 へらへらと笑いながら、ライアンはティムを指差す。


 すると、ティムは青ざめた顔で言った。

「やっぱり、今夜のうちに出発しよう」


「いやいや、もう俺は行く気満々だから。自分の発言に責任を持てよ。なあ? ソニアちゃん」


「いえ、私は別にどちらでも・・・」


「だぁー! 分かったよ! 今日は遅いし、ここで宿を取ろう。確か、酒場が宿も提供していたはずだ」


 こうして新たな旅の仲間としてソニア・クランスフェイドを迎え、一行は疲れた体を癒す寝床を確保するべく、酒場へと向かっていった。

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