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エルゼリアの石 - Stones of Ersellia -  作者: 水野煌輝
第2章 影と光の王国(The Kingdoms of shade and shine)
15/22

15. 王国の暗黒時代(The Dark ages of the Kingdom)

フラッシュバック ―シルビアの過去―

「ほら! パパ! 見て見て!」

 少女は赤茶色の髪を振り乱しながら、高く宙に舞い上がった。


「こら、シルビア。あんまりはしゃぎすぎると危ないぞお」

 エドマンドは、娘の楽しそうな姿を満面の笑顔で見守っていた。


 ここはヘーゼルガルド城。外に吹き抜けているこの場所に、エドマンドは愛する二人の子供の為にブランコを作った。城下に住む普通の子供たちとは違い、エドマンドの子供たちはあまり外に遊びにいくことができない。何とか城の中で子供が楽しめるような空間を作れないものかと考え、家来の兵士や建築家の助けも借りて取り組んだ結果、子供二人が一緒に遊べる立派な鉄のブランコが完成したのだった。


 それからというもの、マルコムとシルビアは毎日のようにここに遊びに来ていた。そしてエドマンドは、二人が無邪気にブランコで遊ぶ姿を見るのが毎日の楽しみになった。


「おい、シルビア。父さんに危ないって言われただろ? そんなに高くこぐなよ」

 シルビアの横でブランコをこいでいたマルコムが、シルビアを注意する。


「へっへーん。どうせ兄さんは、怖いからできないだけでしょお?」

 シルビアは、悪戯っぽく笑った。


「何言ってるんだ。そんなんじゃない」


「じゃあ、やればいいのに。それえ!」

 シルビアはまたブランコを高くまでこぎ出すと、「わあー!」と歓声を上げた。


「まったく、仕方ない奴だな」

 マルコムはぶっきら棒に呟くと、ゆっくりとブランコをこいだ。妹と同じ赤茶色の髪が風になびく。


 そんなマルコムを見て、エドマンドは笑った。

「マルコムはマルコムで、もう少しはしゃいでもいいんだぞ。そう簡単には壊れんように頑丈に作ったからな。はっはっは」


「いや、いいんだ。僕はこうしてゆっくりと風を感じるのが好きだから」

 マルコムは色白の顔に薄らと笑みを浮かべた。


「そうか? ならいいんだがな」

 息子が滅多に見せない笑顔を見せて、エドマンドも満足そうに微笑んだ。


「陛下、陛下ッ!」

 突然城の中から、兵士の一人が血相を変えて現れた。


「何だ、騒々しい」

 エドマンドが、迷惑そうに顔をしかめる。


 兵士は青ざめた顔で言った。

「じょ、女王陛下が・・・」




 

 エドマンドが寝室に駆けつけると、ベッドの上で女がぐったりと横たわっていた。


「ミリア・・・ミリアッ!」

 エドマンドはミリアに駆け寄った。顔が火照ったように熱い。高熱が出ていることは明白だった。


「ミリアに・・・妻に何があったのだ・・・」


 呼びに来た兵士がうつむきながら答える。

「分かりません。私が拝見した時、もう既に女王陛下は回廊に倒れていましたので」


「医者は? 医者はどこだ? 医者を呼べっ!」


「今別の者に呼びにいかせております。もう少々のご辛抱を・・・」


 やがて医者が到着した。エドマンドに急かされ、医者は慌ててミリアの容体を確認する。

 一通り検診を終えると、医者は「うーん・・・」と唸り始めた。


「ど、どうだ? 治りそうか?」

 エドマンドがじれったそうに問いただす。


「高熱が出ているので伝染病の可能性もあると思っていたのですが、特に皮膚にあざができたり、変色しているということはありません。疲れが溜まって体調を崩しただけでしょう。心配は要りませんよ」


「そ、そうか。それなら良かった・・・」

 エドマンドはほっと胸を撫で下ろした。


 しかしその後もミリアの容体は、良くなるどころか悪くなる一方だった。熱は少しも下がることがなく、ミリアはそのまま寝たきりになってしまった。





 そして、ミリアが倒れてから一週間が経過した。


「どういうことだ? なぜミリアは治らない?」

 ミリアのベッドの横で、エドマンドは声を震わせた。


「私にもどういうことやら・・・」

 医者も困り果てている様子だ。


 その時、ベッドからか細い声が聞こえた。


「エドマンド・・・」

 ミリアだった。


「ミリア!」

 エドマンドが、ミリアの青白い左手を両手で握りしめる。


「あなた、ごめんなさい。こんなことになってしまって・・・」


「謝るな。これは全部俺のせいだ。俺がもう少しお前の体を気遣ってやれればこんなことには・・・」


「聞いてください・・・」

 ミリアは、右手をエドマンドの両手に弱々しく重ね合わせた。

「王国を・・・、民を・・・、この手で守り通して・・・。それができるのはあなただけなのだから・・・」


「何を言うんだ。俺一人にそんな力など無い」


「一人ではありません・・・。マルコムが・・・シルビアが・・・あなたに付いています」


「やめろ・・・やめてくれ!」 

 エドマンドは頭を抱えて叫んだ。

「俺の前からいなくならないでくれ!」


 その頃マルコムとシルビアは、ミリアの寝室の扉の外から二人のやり取りをじっと見つめていた。そしてこの時、二人は既に悟っていた。自分たちの母親は間もなく死ぬのだということを。


 その日の夜、家族と兵士たちに看取られながら、ミリアは静かに息を引き取った。

 

 それからというものエドマンドは自室にこもりっきりになり、重要な国事があるとき以外姿を現すことはなくなった。マルコムとシルビアですら、ほとんど顔を見ることはなくなった。

 女王がこの世を去り王も姿を隠すと城は深い闇に閉ざされ、ヘーゼルガルドは暗黒時代を迎えた。マルコムとシルビアも会話する機会がめっきり減り、お互い孤独という名の冷たい空間に閉じこもった。

 

 もうブランコの周りに集まる者は、誰もいなくなっていた。

 シルビアは十歳、マルコムは十二歳だった。


 しかしそんな孤独な時間を忘れることのできるものを、シルビアは見つけた。

 剣技である。


 いつものように兵士たちが剣の稽古をしている時、軽い気持ちで参加したのがきっかけだった。

 剣の稽古に打ち込んでいる時、シルビアは全てを忘れることができた。ただ無心に剣を振るっている時間だけが、シルビアの心の拠り所だった。気が付いた時には、近衛兵級の兵士でシルビアに勝てる者はいなくなっていた。その剣の実力がまたシルビアの空虚な心を満たしてくれた。





 そんな日々が続き、一年の月日が経ったある日のことだった。

 冷たい雨が降りしきる中、一人の男がヘーゼルガルド城を訪れた。薄汚い灰色のローブを身にまとった痩せた中年の男だった。鼻がやけに大きく、目は暗く澱んでいる。


 城門に近づいてくる男に、門番の兵士が問う。

「おい、お前、何者だ。ヘーゼルガルド城に何か用か」


「私の名前はジラルド。旅の商人にございます」

 しゃがれた声で答えると、そのジラルドという男はぺこりと頭を下げた。

「是非陛下にお会いし、商談をさせて頂きたい」


 門番の兵士は、しばらくジラルドを胡散臭そうな目で見てから言った。

「今王は誰ともお会いしようとはしない。悪いが引き取ってくれ」


「そこを何とか、お会いできないか」

 ジラルドが食い下がる。

「陛下にお伝え願う。エルゼリアの神の宿る魔法の石、守護神石を持ってきた商人がいると」


「守護神石だと」

 門番の兵士は少し考え込むと、「少し待っていろ」と言って、城の中へと入っていた。


 それからおよそ二十分後、門番の兵士は帰ってきた。

 

 扉を開け放したまま、兵士は言った。

「中に入れ。陛下がお待ちだ」


 部屋の奥にはエドマンドが座っていた。その横には大臣のコルニックが立っている。

 ジラルドが中に入ると、エドマンドは厳しい目つきでジラルドの顔をじっと見た。ジラルドはそれに怯むことなく一歩一歩前に進んでいき、エドマンドの前に来るとその場に跪いた。

 

「どうも、初めまして。私はジラルドという旅の商人にございます。本日は私の為にお時間を・・・」


「守護神石を持っておるのか」

 ジラルドの話が終わらぬ内にエドマンドが口を開く。

「見せてみよ」


「へっ、へえ」

 ジラルドは不意を打たれて一瞬硬直していたが、すぐに袋の中から二つの石を取り出した。

「こちらにございます」


 エドマンドは前に乗り出すと、目を凝らしてその二つの石を見た。

 

 一つは橙色に明るく輝く石。そしてもう一つは、まるで血のように赤黒い色をした艶やかな石だった。両方とも、見るものを圧倒する美しい輝きを放っていた。


「まずこちらの橙色の石がガーネットといいます。これは光の神シェネイ・ハウの化身です。そしてもう一つが、アレキサンドライトという石でございます。これは欲望の神ケルベロスの化身です」

 そう説明すると、ジラルドは、エドマンドにその二つの石を差し出した。


 受け取るとエドマンドは、それら二つの石を凝視した。


 エドマンドは、これ程にまで美しく気高く輝くものをこれまで見たことがなかった。その輝きはエドマンドの瞳の中で閃光のように瞬くと、雷のように全身を駆け巡った。そしてその衝撃は、ずっとエドマンドを縛り付けていた呪縛からエドマンドを解放したのだった。


 ジラルドが続ける。

「これらの石は神の化身である為、高い魔力を秘めております。これらの石と心を共鳴させることができた者は、魔法を使えるようになる等、大きな力を手にすることができます。守護神石はエルゼリアに全部で十二個ございますが、その中の二つがあれば陛下の王国は末永く安泰でしょう」


「両方とも、頂こう」

 石から視線をそらすことなくエドマンドは言った

「いくら欲しい?」


「値段でございますが」

 これまで涼しかったジラルドの顔に、初めて躊躇いの色が見える。

「この二つの石を手に入れる為に、私は膨大な時間を費やしてきました。時には命の危険に晒されることもありました。それでようやく手に入れることができた代物でございますので」


「分かった、分かった。御託は良いから、早く値を申せ」


「はっ、かしこまりました」

 ジラルドは、頭を下げると言った。

「一つ、二万ルーン。二つで四万ルーン頂戴したく存じます」 


「お、お前!」

 この申し出に激高したのは大臣のコルニックだ。

「王が興味を示したからといって、法外な値を吹っかけおって! 石ころ二つに、そんな大金を出す訳がなかろう! 薄汚い旅商人め! 王を愚弄するのも大概にせよ!」


「落ち着け、コルニック」

 エドマンドが口を開く。

「四万ルーンだな? 良かろう。交渉成立だ」


 それを聞いたジラルドは、口元を歪ませにやりと笑った。


「なっ・・・」

 コルニックは目を剥いた。

「ほ、本気でございますか!」


「ああ、本気だとも」

 エドマンドは、もう一度二つの石を見つめた。

「お前には分からんのか? この二つの石が、ヘーゼルガルドにとってどれだけの意味があるか」


「・・・」

 コルニックは黙りこんだ。


「この石が手に入るのならいくら金を積んでもよい。莫大な労力をかけることも厭わん。それ程の価値がこの石にはあるのだ」


「さすが、陛下。お目が高い。この石の価値を、この短時間でそこまで正確にお見抜きになるとは」

 ジラルドはえびす顔で何度も頷いた。


「それでは旅の商人よ。お前に四万ルーンを遣わす。この二つの石は頂いていくぞ」


「有難き幸せ」

 ジラルドは深々と頭を下げた。





 二つの守護神石がヘーゼルガルドに来てから、エドマンドは以前のように周囲に姿を見せるようになった。これには兵士も民も皆喜び、守護神石のおかげだと神に感謝した。ヘーゼルガルドを長年支配してきた暗黒の時代は、ひとまず終わりを迎えたかのように見えた。


 しかしその喜びは束の間だった。ある日ブルーノという当時兵士長であった男が、王室に駆け込んできた。


「陛下!」

 ブルーノは、手にした増税の御触れ書きをエドマンドに突き付けた。

「これは一体どういうことか、ご説明頂けませんでしょうか!」


「何だ、騒々しい」

 エドマンドが不快そうに顔を歪める。


「民の生活は、既にぎりぎりです! なのに今こんな大幅な増税を敢行しては、民は暮らしていけなくなります!」


「ヘーゼルガルドの財政状況は今大変苦しいのだ。増税をせねば王国を維持することはできん」


「だからといって、民からこれ以上搾り取ることはできません! 財政については、しっかりと節約をして何とか乗り切ることを考えましょう!」


「何故だ? 何故王である私が、平民のように節約をせねばならんのだ?」


「陛下、お言葉ですが・・・」

 ブルーノは、感情的に声を荒げた。

「財政状況が苦しいのは、元はと言えば陛下があの守護神石に莫大な財源を使ってしまったからではないですか! そのシワ寄せを民に求めてしまっては、陛下の求心力も地に落ちてしまいますぞ!」


「貴様」

 エドマンドは、険しい目つきでブルーノをじろりと睨みつけた。

「今、王である私を叱責したな」


 ブルーノははっと我に返った。

「い、いえ・・・、けしてそのようなつもりは・・・」


「いいや、お前は今面と向かって私を叱責した。許さんぞ」

 エドマンドは、近くにいた別の兵士たちに言った。

「おい、誰か。こやつを捕えてくれ」


「へっ、陛下! お許しくださいませ!」

 泣きながら謝罪するブルーノを、兵士たちは取り押さえた。


 エドマンドが言う。

「とりあえず地下牢にでもブチ込んでおけ。処分は後で考える」


 結局ブルーノは、一週間後の朝、多くの人々の前で反逆者として処刑されたのだった。

 

 その一件以来、エドマンドの政策に異を唱える者は誰もいなくなった。そしてヘーゼルガルドに暗黒時代の第二派が訪れたのだった。





 ある夜のことだった。晩餐を食べていたエドマンドは、共に食卓を囲んでいたマルコムとシルビアに唐突に告げた。


「お前たち、明日からエルスタンウィックに行くんだ」


「エルスタンウィック?」

 マルコムは食器をテーブルに置いた。

「あの魔法修道院のある町のことですか?」


「ああ、そうだ。お前たちは、明日からそこで魔法を習ってこい」


 突然の指令に驚き、マルコムもシルビアも硬直してエドマンドを見つめた。そんな二人を尻目に、エドマンドは黙々と食事を続ける。


「分かりました、父上」

 ようやくマルコムは静かにそう答えると、何事もなかったかのように食事を再開した。


 シルビアも頷く。

「分かったよ、父さん。でも何で急に?」


「これからの時代、剣の力だけでは国を守ることはできんからだ。先のエルフとの戦争を見てもそれは明白だろう。ハビリスは、剣だけでなく魔法を使い出してから戦局を好転させることができた。魔法は強力な武器になるのだ」


「ふうん」

 そう言うと、シルビアは切った羊肉を口の中に放り込んだ。


「お前たちには、これを渡しておく」

 エドマンドは高級な牛の革でできた袋を取り出すと、中から石を二つ取り出した。アレキサンドライトとガーネットだ。


「これは」

 マルコムは、切れ長の瞳を何度か瞬かされた。

「いいのですか、こんな大切な物を・・・」


 エドマンドは頷いた。

「旅商人の話によると、この石は高い魔力を秘めているらしい。お前たちの魔法習得の足しになればいいんだがな」


 こうしてアレキサンドライトはマルコムに、ガーネットはシルビアの手に渡ることとなった。

 そして翌朝二人は馬に乗って、魔法都市エルスタンウィックへと向かったのだった。 





 ヘーゼルガルドの王子と王女が来たという噂は瞬く間に広まり、初日から二人は修道院中の注目の的となった。


「おい、見ろよ。マルコム王子だ」


「わあ、何て凛々しいの! やっぱり王家の血筋を引いてるだけあるわ」


「シルビア王女も、すごく美人だ。羨ましいなあ」 


 二人が修道院内を歩くと、こんな噂話があちらこちらから聞こえてくる。しかし二人はまるで気に留めることなく、平然と過ごしていた。ヘーゼルガルドにいた時から、周囲から注目されるのには慣れていた。


 しかしこれ程までに目立っていたにもかかわらず、二人に声をかける者は誰一人としていなかった。身分の違いがあまりに大き過ぎて皆引いてしまい、話しかけることができなかったのだ。

 そして二人も周囲の人間に興味は無かった。二人にとって修道院にいた人々は、牛や馬と同じくらいどうでもいい存在だった。もちろん守護神石のことも誰にも口外しなかった。


 マルコムは、修道院に入って最初の試験で初級クラスの成績トップを取った。更に通常なら使えるようになるまでには一年はかかると言われている魔法を、たったの三カ月で習得した。

 そして半年後にはますます才能は開花し、高度な攻撃魔法まで使いこなすようになった。そして一年が経過するころには、修道院トップの魔法使いへと成長を遂げた。


 しかし一方のシルビアは、節目である一年が経過しても魔法を使えるようになる気配はまるで見られなかった。最初の内は全力を尽くしていたシルビアだったが、月日が流れるにつれ魔法への情熱は冷めていき、講義に出席する回数は減っていった。その代わり、マルコムに見つからないように気を付けながら、森で剣の練習にあけくれる日々が続いた。





 ある日の夕方、剣の練習を終えたシルビアは修道院に帰ってきた。


 修道院には講義を行う建物とは別に、修道生が寝泊まりする建物、いわゆる寮があった。石造りで四階建のなかなか立派な建物で、シルビアもマルコムもそこに住んでいた。

 五、六人での共同生活で、広い城に住んでいた二人には少し息苦しかったが慣れてしまえばどうということはなかった。階層別に男女が分かれており、一、二階には男子修道生、三、四階には女子修道生が住んでいる。


 シルビアは真新しい木でできた扉を開け、寮内に入った。そしていつものように石階段を上っていく。すると、二階と三階の間の踊り場で、壁に身を預けながら腕を組んでいるマルコムの姿が目に入った。


 ぎょっとして、シルビアが足を止める。一階に住んでいるマルコムがこんなところにいるなんて、普通にはあり得ない。


「兄さん、何してるんだ」


「それはこっちの台詞だ。そんな物騒な物、エルスタンウィックで必要とは思えんが?」

 シルビアの腰にかかった剣を見ながら、マルコムは不敵な笑みを浮かべた。

「ここのところ講義場で見かけないと思ったら、魔法の勉強をせずにそんな物を振り回していたとはな」


「私がどこで何をしていようと、兄さんには関係無いだろう」

 そう突っぱねると、シルビアはマルコムを通り過ぎて、階段を上り始めた。


「これはご挨拶だな。せっかく魔法習得の近道を教えてやろうと思っていたのに」


「そんなのがありゃあ、こんなに苦労してないよ」


「シルビア、お前には守護神石があるじゃないか。もう一年以上修道院にいるくせに、まだ知らないのか?」


「何をさ」

 シルビアは階段を上る足を止め振り返った。


「守護神石と共鳴することができれば、魔法は使えるようになるんだ」


「何だって?」

 シルビアは目を見開いた。


「書物によると、通常であれば共鳴は三日、それを簡単な魔法に結び付けるのに一週間かかるらしい。でももう基礎が固まっているお前なら、全て一日できるようになるだろう」


「そうか。そんな方法があったのか」

 シルビアは納得したように頷くと、ある考えが沸き起こった。

「まさか兄さん、石を使って魔法を? だからあんなに習得が早かったのか?」


「まさか。俺は石を使わずに魔法を覚えた。もちろん石にそういう力があることは、魔法を使えるようになる前から知っていた。ただ石を経由して魔法を習得しても、使える魔法の属性が限られてしまう。だから俺は石は使わなかった。そんな物に頼らなくても魔法くらいすぐに使えると思っていたしな」


「ああ、そう」

 自慢気な物言いに白けたシルビアは、淡泊に相槌を打つ。


「ただお前の場合は、もうそんな悠長なことを言っていられる状態じゃなさそうだからな。石を使ってみるといい。なあに、ほとんど修道院で習った知識でできる。俺が教えてやろう」


「ああ、兄さん。頼むよ」


「そして、魔法が習得できたら、ヘーゼルガルドに帰るんだ」


「は?」

 シルビアは、顔をしかめた。


 マルコムは懐から上等な羊皮紙を一枚取り出すと、シルビアに差し出した。

「父上からの手紙だ」


 訳の分からないままシルビアは手紙を受け取ると、さっと目を通した。長々と書いてあったが、おおまかな内容としては、成績が悪くてどうしようもないから、もう帰ってこい、というものだった。


 手紙を読み終わったシルビアは下唇を噛みしめた。手紙を握る腕が怒りに震える。


 もちろん、一年以上もここにいたのに何一つ成し遂げられなかった悔しさもあった。しかしそれ以上に、父親からこんな内容の手紙を送られたことで、シルビアのプライドは音を立てて砕け散った。


 シルビアは、自分のことを王女だと思ったことは一度もない。シルビアは、自分のことを王子だと思っていたからだ。だからこそ日々剣の練習に打ち込み、魔法を習得する為の努力をしてきたのだ。どこの世界の王女がそんなことをするだろう。これらは全てシルビアが、ヘーゼルガルドの王子として、ヘーゼルガルドの為に行っていたことだった。


 つまりシルビアにとって、自分と兄マルコムは同じ立場だったのだ。それにも拘わらず、自分だけが何の成績を残せず国へ帰らされるというのは、シルビアには耐え難い屈辱だった。





 ガーネットとの共鳴と簡単な光の属性魔法を使えるようになったシルビアは、約一年ぶりにヘーゼルガルドに帰った。

 そして、もちろん歓迎はされないだろう、というシルビアの予想は、不幸にも見事に的中した。


「これは一体どういうことだ? 私は、お前に期待をして、エルスタンウィックに送ったんだぞ!」


 シルビアが城に帰るなり、エドマンドは顔を真っ赤にしてシルビアを怒鳴りつけた。

 手には、修道院から送られてきた成績表が握られている。


「それに関しては、本当に申し訳ないと思ってるよ」

 シルビアは、素直に謝った。


「修道院にいた連中も、お前がヘーゼルガルドの王女だということを知っているんだろう? ヘーゼルガルドの紋章に泥を塗るようなことをしおって。この恥さらしが!」


「確かに私は修道院では落ちこぼれだった。でも少しは魔法も使えるようになったんだよ」

 ガーネットを利用したことは言わなかった。せめてもの強がりだった。


「ふん。使えるっていっても、どうせ実戦で使えるレベルではないんだろう」


「それはそうだけど」

 シルビアは口籠ると、語気を強めて言った。

「私には剣がある。剣の腕なら、そのへんの男の剣士よりもはるかに良いんだ。魔法はだめでも、私は剣でヘーゼルガルドを守ってみせる」


「ほほお、剣でヘーゼルガルドを? はっはっは・・・」

 エドマンドはしばらく乾いた声で笑い続けた後、厳しい表情でシルビアを睨んだ。

「何寝言を言っておる」


「え?」


「お前が剣に入れ込んでいるのは知っている。実力も認めよう。だがお前は女だ。うちの若い兵士相手に勝って調子付いているようだが、もっと腕の立つ男はエルゼリア中にいくらでもいる。所詮力の弱い女が、剣で男と対等に渡り合うことはできん。お前の剣技などでは、ヘーゼルガルドを守ることはできんのだ」


「・・・」


「それで、せめて魔法でも使えればと思って修道院に行かせたのに、このザマだ」

 エドマンドは成績表を手の甲で叩いた。

「いいか。お前は王子じゃない。王女なんだぞ。剣なんぞにうつつを抜かしてるんじゃない!」


「だったら・・・」

 シルビアは声を震わせた。

「だったら何で私は女なんだ」


「何だと?」


「私は、望んで女に生まれた訳じゃない。男に生まれられるもんなら、男に生まれたかったんだ」


 エドマンドは、呆れたように溜息を吐いた。

「何を訳の分からんことを。何と言おうとお前が女であるという事実は変わらないだろう。自分の運命を受け入れろ」


「受け入れるさ! でも父さんが何と言おうと、私は剣を離したりはしない。どんな男よりも強い最強の女になる為に!」


 毅然とした表情でそう言い放つと、シルビアはくるりと踵を返し、王室から出て行った。

フラッシュバック ―シルビアの過去― 完 

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