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 若干二十一歳でベンチャー企業の社長。二十三歳で、年収十億円。

 誰がって、テレビに映ってる人が。

 ああいいな。俺もそうなりたかったな。うらやましいな。

 とは思わないのは田中のおっさんの「別にいいんじゃないの」という魔法の言葉があるからである。

 田中のおっさんの家に行きがかりで宿泊してから数日、俺はなんとなくおっさんの家で寝泊まりしていた。家に帰ると碌なことがなく、NHKの集金が来るし、食い物はねえし、先から気にしている督促状というものが台の上にそのままになっていて憂鬱になるからだ。

 おっさんも出ていけと言わぬし、嫌な顔もしないので一日中ずっとテレビの前に寝転がっておるのである。

 こうしてテレビを見ていると、色々ないけてる人が映る。

 いわゆる成功者。失敗した人が登場しないのは普通なのだが。

 起業やら音楽プロデュースやらで成功した、いけいけな成功者たち。

 彼らは大抵、自分がどういう経緯で思い立ち、どういう理論を展開して成功したのかを語る。

 謙虚を装っているが、堂々とテレビに出ているということは自分自身を成功者と認めている証拠で、だけども成功しているから否定もできん。そこが非常に嫌な気持ちになる。

 そこで、俺の新たなウエポン、「別にいいんじゃないの」が発動する。

 別にいいんじゃないの。だって見知らぬ他人のことだし。成功してる、って言っても、これから失敗する可能性もあるわけでしょ。別にいいんじゃないの。

 と、成功者のきらきらした光線をひらりとかわすことができるのだ。

 別にいいんじゃないの。

 ってそれはまあいい。先から俺は田中のおっさん、と呼んでいるけど、田中さんから格下げしたのには訳がある。田中のおっさんという人物は、つい先日までは寛容で徳の高い聖人だと思っていたが、そうではないことが判明したのだ。

 まずおかしいな、と思った最初の入り口が三角コーナーだった。

 普通の家庭なら、流しの隅に三角コーナーというものがあって、そこに使い終わったティーパックやバナナの皮などを捨てるのだが、おっさんは違った。この人は三角コーナーの代用で、牛乳パックを使用しているのである。

 そのときは、まだ田中のおっさんに尊敬の念があったから、「これは一体どういうことなのでしょう」教えを乞うつもりで尋ねた。

すると、

「ああ。三角コーナーじゃ虫が湧くでしょ。ああいうの使う人って頭悪すぎでしょ」

 とか言って得々としている。

 俺、見たくないけども牛乳パックの中をちらっと見た。野菜の屑やティーパック、残飯などが突っ込んであった。

 しかし、牛乳パックの口が開いているので、余計に小バエがうじゃうじゃわいて仕方がない。しかし、おっさんは自分ひとりだけ賢いような顔、俗に言う、どや顔というのを絶やさない。むかついた。

 それから、早朝七時からうがいの音。ベタベタと偏平足のような歩き方で流しまで歩いてきて、大音量でうがいをしやがる。

「うるせえよおっさん。うがいの音うるせえ」

 思わず、俺、言ってしまった。

「ああ。毎朝やることだから」

 おっさんは平然と答える。これにも腹が立った。

 それからまだある。田中さんというおっさんは、実は無職で、多額の借金を抱えているというのだ。奨学金を返さなかったせいで滞納しまくった借金が二百万ほどあるそうだ。それからパチンコをするために消費者金融から金をひっぱったせいでまた借金をした。

 トータルで見れば俺よりダメなおっさんであることが判明したのである。

 金も無く、借金だけが山のようにある状態でも、なんとか生活はしなくてはいかん。そこで、生活用品はとにかく最も安いものを買う。おかげで家の中は玩具みたいな、ちゃちなつくりの生活用品であふれてしまっている。

 清貧。字の通り、私利を追求しないがための清い貧しさのことを言うのだが、田中さんの場合はこれとは違う。まずこのおっさんは私利を人並みに追及している。金の使い方を知らんが故に、金が無いと言いながら無駄に金を遣う。金が無いから常に金のことばかり考えている。家の中はまさにこのおっさんの心持を表現したかのようになっている。

 百円均一でしつらえた食器や、服を仕舞う独特な臭いのするプラスチック製の収納箱。風情を考えず、できるだけ安いものを買う。身の周りをこういう安価なもので固めているせいか、守銭奴のように汚らしい貧しさが家のそこここに滲み出ている。清貧ではなく、これは汚貧というものだろう。

 私利を追求してなお、この貧しさ。

 だめじゃん。だめだめじゃん。

 思ったけど、さすがに口には出さないでおいた。

 おっさんはそんなやばい状況下にありながら、貯金箱の穴みたいな、土偶みたいな目をして何をするわけでもなく俺と一緒に座っているのだ。

 そういう感じで、数日の間に俺の中で田中さんのランクはどんどん降下していったのだった。

 奥さんはいるのかと聞こうと思ったが、夫人のいる気配など微塵も感じられなかったので聞かないでおくことにした。どうせいるわけがないのだから。


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