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 車が列を成して、しかし一向に進まぬ。赤信号が行く手を阻む。フロントガラスから見える彼らの顔は、修行に耐える僧のよう。無表情の中に、苦悶がうかがえる。

 毎日仕事に行くために起床して洗面、味気ない朝食の後、車に乗って職場へ向かう。

 なんと煩わしい行なのだろう。

 俺たちはというと、そんなことは全然おかまいなし。早朝の涼風に吹かれて身も心も伸びやか。

 ああ、自由っていいな。社会に属さないって素晴らしいな。営業マンは私生活にも営業スマイルが入り込むし、現場作業員では端的に用件を伝えるってスタンスになっちゃうもん。そのぶん俺はニュートラルな俺でいられるもん。

 不健康な思想ではあるけれどー組織に飼い慣らされていないぶんー心は健康なのですよ、と俺は歌った。

 ちょっとした規模の公園である。

 隣には尊敬する田中のおっさん。

 俺と田中さんは、そうしてそぞろ歩いている。

 公園の中央に、大きな仏様がいた。何仏というかは知らないけれど、きっとオリジナルだろう。よく見るとなんかおかしい。手が合わせて十本生えていらっしゃるが、手に持っているものが珍妙だった。しゃもじ、箸、薬缶、フォークなど、通常ではありえないものを携えていらっしゃった。

 中には、パチンコのハンドルを握る手つきを模したそれや、馬券らしきものを持つ手もあった。

 町の宣伝のための俗物大仏である。

 表情も、慈悲に満ちたものではない。にへらっ、と頬を緩めているのを必死に隠しているような顔なのである。

 こんなものを作った人間は即座に地獄に落ちるだろう。生まれ変わっても次に生きるのは畜生の道だろう。

 俺は憤った。

「なんすか、このきもい大仏は。絶対バチが当たりますよ、ねえ田中さん」

 と田中さんを見ると、彼は隣で真剣に手を合わせていた。

 全てにおいて寛容な田中さんが、一体なにを神妙に拝むことがあるのかと思う。

「しゃっきんとりがみんなしにますように、しゃっきんとりがみんなしにますように」

 と小声で読経のように呟いている。

「えっ、田中さん。なんて言ってるんですか?」

「え、別になんでもないけど」

「あ、そうすか」

 借金取りがみんな死にますように、と聞こえた気がしたが、決してそんなはずはない。

 まず、田中さんの口からそんな言葉が出てくるはずがない。

 尺琴都理画民奈士煮升用二、と唱えたのかもしれん。

 俺は情けない話だが、経文などは一丁字も知らない。推察すると、田中さんはきっとお経のワンフレーズを唱えたのだろう。

 田中さんの読経はすぐに終了したようで、さっさとどこかへ向かって歩き始めた。

 信心深く読経をしていると思えば、さっと歩き去る。

あっけらかんとしている。

 和光同塵とはまさにこのこと。田中さん、尊し。

 俺たちが俗物大仏からだいぶ離れたとき、若い男女が大仏の元へ歩み寄って行くのが見えた。

 あまりに馬鹿げているので、記念撮影をしようというのである。

 なんでも記録に残そうとする昨今のことなので珍しくもない。しかし、見ていると、見慣れぬ道具を使って撮影している。何の変哲もない金属の棒なのだが、数段階に伸びるようになっている。そして棒の先にはカメラ付き携帯電話を取り付けられるようなホルダーがついておる。なるほど、あれを使えば、思いっきり腕を伸ばさなくても自分の姿が撮影できるわけだ。

世の中には全き謎な道具が存在しているものだ。こんなものに千円、もしくは数千円と金を払う輩は普段一体どんなものに金を出しているのだろうか。しかし、俺は絶対買わないが、あの男女はまさに文明の利器だ、これ以上便利なものは無いとばかりにこの棒を購入し、俗に言うどや顔で使用している。

 これに対し田中さんはどんな寸評を、もしくはジャッジを下すだろうか。

「あれ、どう思います?」

「自撮り棒のこと? 別にいいんじゃないの」

 なんとあの道具の名を知っておられた。なんと偉大だろう。

 しかも、「別にいいんじゃないの」という寛容なお言葉まで頂いた。

「別にいいんじゃないの」ということは、あまねく許すということ。田中さんは俺のように、いちいち物事に文句をつけないのだ。

 別にいいんじゃないの、という言葉。俺も次回から使っていこう。


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