弐話『夏式と香蘭』-1
楊華の街は丹国の西の端、劉煉砂漠に程近い場所にある。故に、西方に住む蛮族の侵入を防ぐため、街は城壁に囲まれ門には昼夜問わず交代で門番が二人つくことになっている。
夏の日。半月の、ひどく蒸し暑い夜だった。
門番の一人が眠気を堪えながら門の前に立っていると、子供が一人納まるような大きな麻袋を抱えた青年が茲山の方面から下りてくるのを見た。それを見た門番は休んでいたもう一人の門番にそのことを伝え、傍に立て掛けてある矛を手に取り、前へ出た。
麻袋を担いだ男はまっすぐに門まで歩いてくると、矛を構える門番の男二人に言った。
「私を門の中へ入れてはくれないか。そして出来れば、この街の領主様と面会願いたい」
ひどく丁寧な物言いではあったが、妙に言葉を発するのに慣れていないような印象を受ける口調で、まるで異国の者のようであった。
門番の一人は、まず、余所者が門を通る際に必ず問う必要のある三つを男に尋ねた。すなわち、街に来た目的、出身地、そしてその者の名である。
「私はこの街の領主に見せたい物があって来た。出身地は言えないし、己も知らない。そして名は、夏式という」
その男の返答に門番はますますいぶかしみ、矛を持つ手により力を入れた。
「そのような答えでなぜ通すことが出来ようか。貴様が西の蛮族の人攫いでないと誰が証明できる。その袋に隣町の娘を容れ、次はこの街の誰かを攫いに来たのではないと、今ここで証明してみせろ」
何のことはない。門番は夏式の担いできた麻袋の中身を見せろと言っているのだ。
街の門を通るとき、一定以上の重さの荷物は、全て門番に中身を検査されなければならない。街に麻の樹脂や毒の類を持ち込ませないようにするためのもので。明らかに怪しい人間の場合、重さに関係なく、門番の独断で手荷物までは全て検査しても良いことになっていた。
夏式と名乗った男は、一つため息を吐き、背負っていた荷を地に下ろすと、その口を縛っていた麻縄を解いた。そして、
ゴロリ、と。
麻布の中から転がり出てきた物が一体なんなのか、二人の門番は一目ではわからなかった。それは美しい金の毛並みを持ち、口には恐ろしい牙が幾本も生え、瞳は夏の夜中の暗闇でもわかるほど煌々と輝いている――、化け狐、化喰の首だった。
「ひっ」
門番が一人、身を引こうとして足を縺れさせ、矛を取り落として地べたに両腕をつく。もう一人の門番も息を呑み、真夏の蒸し暑い夜だというのに、顔面に冷や汗をたらした。
「俺はこの化け狐、化喰の首を取った。俺はこれを今からこの街の領主に差し出そうというのだ。さあ、お前達。俺を領主の元へ連れてゆけ」