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イチャイチャカップルの一夜


 夢遊病、という病気がある。

 眠っている間に無意識に行動を起こしてしまう病気だ。

 自分は眠っているとしか思っていないわけで、当然起こした行動を把握できていない。

 実に厄介な病気だ。目覚めてから、なんであそこにいたの? とか言われても知ったことではない。

 ゆえに、夢遊病を患っている俺は、夢遊病時に起こしている行動すべてを『もう一人の俺』の仕業と考えている。

 要は、メンドクサイので無意識の行動などどうでもいいと切り捨てているわけである。

 とまあそんな俺なのだが、こうして割り切っていられるのも、彼女の支えが大きい。

 波白明佳(なみしろあすか)。俺の幼馴染で恋人。交際は中学二年からなので、かれこれ五年。

 このまま卒業して、明るい関係が続けばと思っている。


黎治(そうじ)~、はやくしないと遅れちゃうよ~」


 リビングから明佳の声。奴は毎朝俺を起こしにきてくれる頼もしい女だ。

 まあそうでもしなければ俺は遅刻しまくりで留年してしまうので明佳も仕方なしと言った所だろう。

 俺は適当に返事をして用意を済ませ、リビングに降りる。

 しかしそこに明佳の姿は無く、玄関で俺を待ちわびていた。

 長い黒髪。童顔。背はちょっと小さい。夏なのに長袖のブラウスにカーディガン。

 見ているだけで暑い。が、それもまた仕方ないことなのだ。

 実は明佳も夢遊病患っている。それもたちが悪いことに、夢遊病が起こると絶対に手首に傷が増えているのだ。

 リストカット、というやつだ。それも無意識だから防ぎようがない。刃物類を撤去しても必ず傷が増える始末。それを隠すための長袖。

 夢遊病同士、まあこういっちゃ皮肉なのかもしれないが、傷を舐め合っているような感覚だ。


「わるいわるい、待たせたな」

「もう! いつものことだからいいけどねっ」

「かわいいな」

「こういうときに使わないこと!」

「へいへい」


 そんなこんなで学校へ行き、普段通りに過ごし、まあ普段通りにイチャイチャと。

 ぶっちゃけ幸せだ。いつか終わりが来るなんて当然と言えばそうなんだろうけど、今はそんなことを考えずに幸せに浸っていたい。

 リア充万歳というやつか。羨め世の独り身よ。

 そして今日は明佳が家に泊まるのだ。憎め世の独り身よ。


 ☆ ☆ ☆


 無論、やることはやった。まあ五年も付き合えば当然だろう。

 あとは眠るだけ。一番不安なのは眠ることなんだが、明佳と一緒なら少しは気が楽だ。

 俺達は一緒の布団に入り、手を繋ぐ。

 軽くキスを交わし、互いに見つめ合う。


「黎治、もし私が変なことしてたら叩いてでも止めてね」

「おう。俺の方も同様に頼むな」

「……うん」


 その時、明佳の笑顔が曇った気がした。

 やはり不安なんだろう。俺は手を強く握り、そのまま抱きしめる。


「おやすみ、明佳」

「……おやすみ、黎治」


 眠りに落ちていく。

 微睡の中で、俺は確信があった。

 また、夢遊病が起こる。そんな確信が。

 嫌な感覚だ。この感覚を覚えた時、もう眠りに落ちていく自分を止められなくなっている。

 まるでもう一人の俺が、表に出たがって仕方がないみたいに。

 ああ、キモチワルイ。こんな俺を好きになってくれてありがとうな、明佳。

 そして俺は、意識を手放した。


 ☆ ☆ ☆


 夢遊病、という病気がある。

 眠っている間に無意識に行動を起こしてしまう病気だ。

 自分は眠っているとしか思っていないわけで、当然起こした行動を把握できていない。

 実に厄介な病気だ。目覚めてから、なんであそこにいたの? とか言われても知ったことではない。

 ゆえに、夢遊病を患っている俺は、夢遊病時に起こしている行動すべてを『もう一人の俺』の仕業と考えている。

 そして、俺は問いたい。もう一人の俺が、何をしたいのか。

 だってそうだろう、眼を醒ました俺の前には、腹部を血塗れにした明佳の姿があるのだから。

 

「――――あ、すか……?」

「……お、きちゃった……か……へへ、大丈夫だよ、そうじ……」

「なにを言って…………」


 するりと落ちていく明佳の腕、音を立てて崩れていく明佳の体。

 温かいその体は、やがて冷めていく。そして俺の脳内で、隠されていた記憶が、覚めていく――。


 絶望と呼べるものがあるなら、それはまさにこれだろう。

 明佳は夢遊病なんかじゃなかった。

 明佳の手首を切っていたのは、俺だったのだ。

 夢遊病で行動を開始した俺は近所の明佳の家を訪ね、そして、明佳へ暴力を振るっていたのだ。

 腕の傷は、俺が好んで痛めつけていた部分。明佳はそれを隠す為に、自分も夢遊病だと嘘を吐き続けていたのだ。

 何年も、何年もずっと。

 そして今日、俺は夢遊病を発症。

 何年も続けていた暴力に飽きて、最大の快感――愛する者の殺人を犯してしまった。

 寝る前、笑顔が曇っていた理由は、これだったのだ。


 ああ、死んでしまった。

 実感が無い。でも、実感がある。

 なにせ、俺が殺した。もう一人の俺なんかじゃない。俺が、明佳を殺した。

 明佳の血を掬い取る。その手は、自然と、口元へ向かっていた。

 そして、啜る。


「……はは、ハハハ、――――とっても、美味しいよ、明佳」


 そこで再び意識を失って俺が、目覚めた時。

 目の前には、バラバラになった明佳のパーツと、両親の死骸が転がっていた。



 ――――それから、彼の姿を見た者は、いないという。




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