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6 6年目の真実


 図書館から走って家に帰ると、父さん達は仕事でまだいなくて、そのせいか、碧音あおと空音かのんと二人で楽しそうに夕食作りをしていた。それを見て、さらに怒りが膨らむ。


「おかえり、慈輝いつき。北高体験、どうだった?」


 碧音は朗らかに尋ねてくる。質問には答えず、俺はこわばった顔で碧音に距離を詰めた。


「そんなことより、話がある」


 俺の様子がいつもと違うことを、二人は察したらしい。空音はちくわの袋を片手に、黙ってこっちを見る。碧音は涼しい顔で、


「とにかく、座ったら?」


 俺の背中を軽く押したが、全力でそれを振り払った。


「ゆずきちゃんとお前が付き合ってるの、いまだに受け入れられないけど仕方ないと思った。時間がかかってもいつかは受け入れなきゃって……。でも、違うんだってな」

「そう、聞いちゃったんだ」

「さっき田神君もお前の恋愛のこと心配してたけど、そういうことだったんだな……。ゆずきちゃんとは恋愛感情で付き合ってるわけじゃないって」

「恋愛感情以外の理由で付き合うカップルなんて、世の中にはたくさんいるよ。俺とゆずきだって、そのほんの一例ってだけで」


 悪びれなく淡々と話す碧音を見ていたらますます苛立ち、口調がきつくなってしまう。


「世の中がどうとか関係ない!今はお前とゆずきちゃんの話をしてるんだ」

「……うん。分かった。聞くよ」

「碧音……。お前、自分が何してるか分かってるのか?田神君が口出したくなるのは当然だ。ゆずきちゃんのこと好きじゃないのに付き合ってるって、本当なのか?」

「うん。全然好きじゃないよ」

「でも、ゆずきちゃんはお前のことすっごく好きそうだ。それでもウソの付き合いやめる気ないのか?どうして……?恋愛ってそういうもんじゃないだろ?」

「そうだね。本当の恋じゃないのに付き合うなんて変だよね。分かってるよ、それは」

「だったら、こんなバカなこともうやめろ!ゆずきちゃんが傷つくだけだ!彼女、お前に何されても好きだから許すみたいな感じで……。見てられなかった……。お前に成り代わって彼氏のフリしたのはほんの一瞬だったけど、それでも俺は耐えられなかったよ、あんなの……」

「慈輝は優しいね……。そんな思いさせて本当にごめんね」


 碧音は素直に謝った。分かってくれたのか……?


 でも、次の瞬間、見たことのないほど暗く冷ややかな目で、碧音は言う。


「でも、あの女にはそれくらいキツい罰を与えないと。寝てもめても俺のこと忘れられないくらい好きにさせて、最後は手ひどく振ってやるよ。それこそトラウマになるくらいに」

「なっ……!どうしてそこまで彼女を目の敵にするんだよ……。ゆずきちゃんはお前のことが本当に好きなのに……」

「人の痛みを知らない女には最適の方法でしょ?そのくらいしないと、俺はゆずきを許せない」


 碧音はダイニングと間続きになっているリビングのソファーにどっかり腰を下ろした。涼しい顔で。


「俺は悪いことしてると思わない。ゆずきに振られた後、慈輝は本当につらそうで、俺は自分のことみたいに悲しかった。俺にとって慈輝は全てだった。父さんや母さん以上に大切な存在なんだよ」

「大切だって?よく言うな!昔クラスのヤツらに俺の悪口言ってたクセに!」

「……聞いてたんだ。それで俺のことずっと避けてたの?」

「そうだよ。そんなこと知ったら仲良くなんてできるわけないだろ?」


 情けないことに、声が震えた。あの時の傷は時間が経ってもふさがることなく、むしろ化膿かのうしている。


「あれには色々ワケがあって……。慈輝、聞いて?」

「聞きたくない……!」

「……慈輝」

「今、お前に何を言われても信じられない!今さら優しいこと言われても気持ち悪いんだよ!」


 止まらない。碧音への感情。たまりにたまった想いが、とめどなく口から出ていく。それまで冷静な面持ちだった碧音は、驚きとショックがないまぜになった顔で俺を見ていた。


「ゆずきちゃんのこと好きでもないのに付き合うとか、復讐とか、わけわからん!俺はそんなことしてほしいって頼んでないし!お前、いつからそんな風になっちゃったんだよ!」


 それまでおとなしく俺達の話を聞いていた空音が、俺を止めようと腕にそっと触れてきた。


「落ち着け、慈輝。碧音の話をもう少し聞くのじゃ」

「空音は口出さないで。これは俺達の問題なんだ」

「……ふむ。それもそうじゃの」


 空音はアッサリ引いて静観に徹した。内心強引に止められると予想していた俺は、空音の落ち着きように拍子抜けしてしまう。


「本当に止めないんだ……?」

「おぬしらの問題にわらわが口を挟むのもお節介というものじゃ。思う存分言い合うがいい」

「って言われても……」

「何を遠慮しておる。わらわの後押しがないと兄弟ゲンカもできんのか?」

「なっ……!!」

「日常交換をした甲斐かいがあったのぉ」


 それって……。空音は初めからこうなることが分かっていて俺達に日常交換を提案してきたのか?


うみは出し切った方がいいぞ」


 碧音の隣に座り、空音は場違いな明るい声で変な応援をしはじめた。


「戦ってこそおとこじゃ!存分にやり合うがいい!わらわは声援を送ることしかできんがの〜」

「何それっ。空音ちゃんって本当に不思議だね。ふふっ」


 吹き出し、碧音はヘラっと笑みを浮かべた。


「ケンカする空気じゃなくなっちゃったよ。ね?慈輝」

「ん、なんて言うか、そうだな……」


 言いたいことは全部言ったしな。解決はしてないけど、気分はスッキリしてる。


「ま、俺ははじめからケンカする気ゼロなんだけどね。慈輝が一人でプリプリしてただけで」

「なっ……!お前が元凶だろうがっ!」

「え?そうなの?」

「……本当にわけわからん。何なんだよ、お前」


 何考えてるのか、本当に分からない。よく、ファンタジーアニメとかでは双子はエスパーみたく互いの状況を察すれるって話が出てくるけど、現実なんてこんなんだ。


 碧音や空音の座るソファー前の床に座り、俺はあぐらをかいた。


「……聞くよ。お前の話」

「慈輝……」

「ワケがあって俺のこと悪く言ったんだろ?なんだよ、そのワケって」

「やっぱり話さなきゃダメ??」

「なっ!ふざけるなっ!」

「冗談だよ、もう。慈輝はいつからそんなに怒りっぽくなったの?昔は爽やかで元気が取り柄のいい子だったのに」

「誰のせいだ、誰の」


 昔は天使のようだった碧音の微笑みが、今は小悪魔極まれり、って感じだ。


 ため息まじりにうなだれる俺に、空音がちくわを1本差し出してくる。


「ふむ……。イライラするのはカルシウム不足ではないか?人間の体はストレスを感じると骨からカルシウムが出ていくというからな。魚肉が主成分のちくわはいいぞ?」

「もうっ!ありがたくいただくよっ」


 空音からちくわを一本受け取り3口で食べ切ると、それをみはからい碧音は話し始めた。


「慈輝、俺と同じクラスにしてって職員室に直談判しに行ってくれたよね。そのことがウワサになって、俺もクラスの人に色々からかわれたんだ。俺は別にそんなの全く気にならなかったんだけど……」


 碧音のクラスのヤツらは、その時こう言い出したそうだ。


「慈輝って友達も多くて目立ってたでしょ?おとなしい俺をかばって問題起こしても先生達から怒られることもあまりなかった。俺のクラスの悪い人達は、そのことが気に入らなかったみたい。彼らは慈輝に言いがかりをつけるため、慈輝に不思議な力があると言い出した。『アイツがああも自由気ままに振る舞えるのは、学校七不思議みたく、変な呪いを持ってたり、守護霊に護られてるからじゃないのか?』って」


 碧音は最初相手にしなかったが、彼らは本当に俺のことをどうにかして分析するため、せみのごとく捕らえると言い出したそうだ。


 碧音はこわばった顔で言った。


「あの人達、学校では目立たないようにしてたけど、休みの日は他校の小学生や中学生と連んで集団万引きとか教師の弱み握って脅すとか、かなりエグいこともやってたみたいで。このまま見てたら、慈輝のこともひどい目にわされると思った。だから、わざと慈輝のこと悪く言うことで慈輝に手を出させないようにしたんだよ。俺の狙い通り、兄弟の俺の言葉を本音の悪口って、彼らは信じた」

「それで、あの後俺のクラスに来なくなったのか?それまで毎日来てたのに……」

「いつまでも甘えてるわけにいかないと思った。そのせいで慈輝がひどい目に遭うのは嫌だったし、それに……。俺が慈輝を孤独にさせちゃってたんだ……」


 どういうこと……?


「慈輝は忘れてるみたいだけど……。あの後俺に友達が出来て、逆に慈輝から人が離れていったのは、慈輝に特殊な力があったからなんだ」

「特殊な力?それは、お前のクラスの不良達が勝手に言ってただけだろ?学校七不思議的な力、俺にはないぞ」


 あったら、今頃もっと上手に高校生やれてたはずだ。


「オラルメンテ。言魂使い(オラルメンテ)は、願いを言葉に乗せて発することで、願望を実現させる力を持った人間のことだよ。言魂使い(オラルメンテ)の能力は基本的に血液を介して遺伝するけど、必ずしもそうなるとは限らない。何代も昔の祖先から隔世かくせい遺伝する可能性もあるし、言魂使い(オラルメンテ)の親を持っても子に遺伝しないパターンも多い。俺達の場合もそう。父さんと母さんをはじめ、双子として産まれた俺も普通の人間だけど、慈輝は言魂使い(オラルメンテ)の遺伝子を引き継いでるんだ」

「オラルメンテ……?この前もそんなこと言ってたな」


 6年目にして知った様々な真実。碧音からそれを聞いても、俺はすんなり信じられなかった。


 どう反応していいか分からずリアクションに困る俺とは正反対に、空音は大げさってくらいオラルメンテネタに食いついた。


「おぬし、やはりオラルメンテのことを知っておったのだな…!」

「ごめんね、隠してて。これは、神邑かみむら家に伝わる秘話で、一族の中でもごく一部の人にしか知らされていない話なんだよ。空音ちゃんは他人だから教えるわけにはいかなかった」

「一族全員が知ることのできない秘話、か。ただならぬ背景を感じるのぅ……。にしても、なぜ、突然わらわにそのことを教える気になったのじゃ?それほど信頼されているとも思えん。おぬしはとても警戒心の強い人間じゃからな」

「深い意味はないよ。空音ちゃんは恩人だから特別に」

「はて?そうじゃったか?」

「自覚ないんだ。やっぱり君は不思議な人だね。ただの人間ではないみたい」


 碧音は眉を下げ、含みのある笑みを空音に向けた。


「君は慈輝と俺を近付けさせてくれたから、そのお礼だよ。ずっと慈輝とこういう話をしたかったけど、自ら機会を作る勇気もなかったから。慈輝、あからさまに俺のこと避けるし」

「しっ、仕方ないだろっ!俺だってお前がこわかったんだっ」

「ホント、昔から変わらず可愛いね慈輝は」

「可愛い言うなっ!お前に言われるとやっぱり裏を感じるっ!」

「誤解は解けたのに?ひどいよ、慈輝……。いつまでネチネチ昔のことを責める気?」

「ネチネチ!?お前には言われたくない!」

「冗談だよ。そうやってすぐムキになるとこが本当に可愛いんだから」

「そういう優しいまなざし、お前に向けられるととことんウソくさく感じるのはなぜだろう……」


 すぐには素直になれないけど、俺は碧音のことをもう一度信じてみようと思った。今まで避けてた分いきなり昔のように打ち解けるのは難しいだろうけど、もう避けたりはしない。それに、こういう風に碧音と何気ない話をしたり冗談を言い合える日を、心の奥でずっと待ってた気がする。


「俺も、碧音の話が聞けて良かった。誤解してたとはいえ、今まで一方的に避けてごめんな」

「慈輝……」


 碧音は瞳を潤ませ、昔のように甘えた感じで俺に抱きついてくる。


「ちょ、おいっ!空音の前だぞ!?もう子供じゃないんだし恥ずかしいからやめろっ」

「慈輝大好き。俺、慈輝がいればそれでいいよ、本当に」

「お前のキャラ設定どうなってるんだっ?腹黒なのか甘えん坊なのか、ハッキリしろおっ」


 引きはがそうとしても離れないので、しぶしぶ抱きつかれっぱなしでいると、空音が満足げに俺達の写真を撮っていた。


「ちょ!それ俺のスマホじゃないかっ!いつの間に!?無許可の撮影禁止だぞっ!」

「何をヤボなことを。長年に渡る冷戦の末分かり合えた兄弟の美しき絆が見せるこの感動、写真に残さぬなど骨頂こっちょうじゃ!」

「……もう何も突っ込まないから、その写真は誰にも見せないように!」

「その心配はいらぬ。わらわの観賞用じゃ」

「なぜだろう。出来ることなら聞きたくなかったな、それは……」


 空音って、人を幸せにしたいと願う神だったらしいが、本当は邪神の類だったんじゃないだろうか。


「あと、碧音。そろそろ離れろ。暑苦しいっ」

「えー、もう終わり?」


 このまま止めずにいたら全然離れなさそうな碧音を力づくで引き離すと、碧音は不満げに抵抗しつつ、その後、空音が撮った俺達の抱き合い写真を自分のスマホに転送してもらっていた。ちゃっかりしている。


「ふふ、これ待ち受けにしよっと。慈輝も一緒にどう?」

「全力で拒否する!」

「つれないなぁ、もう」


 碧音、いつの間にこんな重度のブラコンになったんだ?俺は削除するぞ、こんなもん。誰かに見られたら趣味を疑われる。


「削除したら今夜添い寝してもらうからね?」

「碧音、お前ムダに鋭いな……」


 削除したら本当に添い寝を強要されそうなので、写真を消すのは諦めしぶしぶスマホをしまうと、碧音は真剣なまなざしを空音に向けた。


「空音ちゃん。言魂使い(オラルメンテ)の件は他の人には言わないでね。約束してほしい」

「分かっておるよ。そもそもわらわには言いふらすような相手がおらん。続きを聞かせてくれぬか。父上と母上が帰らぬうちに」


 空音の一言で空気が変わる。空音の記憶と関係あるかもしれない「オラルメンテ」。


 俺は、改めて碧音にいた。


「碧音。オラルメンテって何なんだ?それって、ウチの……神邑家に伝わる大事な秘密なんだよな?でも、俺は初めて聞いたぞ。父さんと母さんも知らなさそうだし」

「うん。そうだと思う。この家では俺しか知らないことだから」

「碧音は、そのこと誰に聞いたんだ?」

「亡くなったおじいちゃんに……。母さんの父親に聞いたんだよ」

「えっ!?おじいちゃんに!?」


 驚き、そして、ショックでもあった。俺がもっとも懐いていた大人。碧音以上におじいちゃんのそばにいたのは俺だった。そのはずなのに。


「どうして俺には何も言ってくれなかったんだ?おじいちゃんは……」

「慈輝を傷つけないためだと思うよ」

「おじいちゃんがそう言ってたのか?」

「言われなくても分かるよ。おじいちゃんは慈輝のことすごく可愛がっていたから」

「可愛がってたなら、話してくれれば良かったのに……」


 深刻になる俺に、空音が言った。


「愛ゆえに言えぬこともあるじゃろう。碧音の話を聞いておる限り、言魂使い(オラルメンテ)の力とは、人の人生を大きく変えてしまう恐ろしいものに感じられる」

「空音ちゃんの言う通りだよ」


 碧音は神妙にうなずく。


「慈輝。覚えてる?おとなしかった俺に友達が出来た時のこと」

「覚えてるよ。お前の急な変化に戸惑ったし……。お前に友達が出来たのは嬉しくもあったけどな」

「慈輝のおかげだよ」

「俺は何もしてない。お前が頑張ったからだろ」

謙遜けんそんしてるわけじゃない。本当に慈輝のおかげなんだよ」


 碧音は、自分を責めるみたいに悔しげに言葉を継ぐ。


「慈輝はあの日、学校に行きたくないと泣きじゃくる俺を抱きしめ言ったんだ。『……もう大丈夫だからな。碧音。誰が何て言っても、俺はずっとお前の味方だ。ーー俺は皆に嫌われてもいい。友達がいなくなってもいい。だから、その分碧音に楽しい学校生活をあげたい。……碧音にたくさんの友達ができますように!』」


 俺はずっと碧音の味方だ。そう言ったことは覚えてる。でも、その後の言葉は全く覚えてないーー。そんなことを言っていたのか、昔の俺は……。


「たとえそうだとしても、まさかその通りになるなんて……」

「慈輝にはそうする力があるんだよ」

「それが、言魂使い(オラルメンテ)……?俺が…?」

「信じられないのも無理はないし、突然こんなこと言われて自覚しろなんて難しいのも分かるけど、おじいちゃんはそう言ってたよ。慈輝には言魂使い(オラルメンテ)の能力が使えるって。神邑家の祖先に、何人か言魂使い(オラルメンテ)がいたらしい」

「口にした願いを叶える能力者?俺が…?」


 信じられない。でも、ここへきて碧音がそんなウソをつく理由もないだろうし……。


 不安と焦り。数々の心当たり。複雑な気分で黙り込む俺のそばで、空音がつぶやく。


「これまで慈輝が孤立していたのには、やはりワケがあったか。碧音や、言魂使い(オラルメンテ)の能力とは、神邑家の人間だけが持つ力なのか?」

「そうとは限らないみたいだよ。現代は希少だけど昔は世界各地にいたみたいだし、今も日本各地に存在してる可能性はあるっておじいちゃんは言ってた。ただ……。その大半が己の能力にのまれ自滅していったそうだよ」

「そうじゃの……。そのような強大な力、人間が扱えるとは思えん」


 すっかり神視点で語る空音に、碧音は少なからず違和感を覚えたらしい。


「あのさ、空音ちゃん……。君はただの人ではないよね?」


 また、空気が変わる。ピンと張りつめた感じに。


 空音はまいったと言いたげに苦笑し、


「……そうじゃ。記憶喪失ゆえ詳しいことは話せんが、わらわは世界をべる神じゃ。もっとも力を失っておるから、今は魔法使いほどの力も持たぬがな」

「かっ、空音……!俺以外の人には正体明かさないんじゃなかったの?」

「そのつもりじゃったが、碧音は別じゃ。言魂使い(オラルメンテ)に関する情報をくれたからの。それに、ここへきてなお正体を隠すのは無理があると判断した」


 空音は碧音を見据みすえ、念を押すように言う。


「わらわも言魂使い(オラルメンテ)の件は誰にも言わぬ。おぬしもわらわのことは誰にも言ってはならぬ」

「交換条件ってわけだね。了解」

「話が早くて助かる」


 互いの腹の中を探るみたいに視線をからませた後、碧音と空音は友好的に握手を交わした。


「空音ちゃんはなぜそんなに言魂使い(オラルメンテ)のことを気にしてるの?」

「わらわが地上に降りてきた理由と関わりがあるかもしれんからじゃ」

「そう……。記憶が戻るといいね。神としての能力を取り戻した空音ちゃんを見てみたいし」


 穏やかにそんなことを言う碧音は、やっぱりすごいとしか言えない。頭がいいというか、機転がきくというか……。俺は、最初からそんな風にアッサリ空音の話を信じたりはできなかったから。


 ん……?ちょっと待てよ?


「あのさ!俺が本当に言魂使い(オラルメンテ)だって言うなら、その力で空音の記憶や力を取り戻せるんじゃない!?」

「たしかに……!」


 言魂使い(オラルメンテ)だなんて半信半疑だけど、ただ時間が過ぎるのを待つよりずっといい!


「よし!空音の力が戻るように祈ってみる!どうすればいい?昔みたいに願い事を口にすればいいのか?」

「待って、慈輝!!」


 叫ぶように、碧音が止める。


「どうして!このままなんて、空音が可哀想だ!」

「そうだけど、言魂使い(オラルメンテ)の力を使うと、能力者は代償を払わなければならないんだ…!」

「そんなのいくらでも払う!」

「簡単に言わないで!命に関わることだってあるんだ、最後まで聞いて!」


 普段から落ち着いている碧音が取り乱す。そのことが意外で、俺はいったん言うことを聞くしかなかった。


「おじいちゃんは、俺に慈輝を見守らせるため、俺にだけ慈輝の力のことを話したんだろうね。父さん達や慈輝に能力のことを話さなかったのも、みだりに言魂使い(オラルメンテ)の力を使わせないためだったんだと、俺は思うよ」

「そんなに危険なものだとは思えない。碧音が学校で友達と楽しく過ごせるようになったのは、俺が言魂使い(オラルメンテ)の力を使ったからなんだろ?人を幸せにする力にしか思えないよ」


 碧音がさっき言った、自滅していった過去の言魂使い(オラルメンテ)達の件だって、ピンとこない。


「それは、慈輝が人の悪意を知らないからだよ」


 碧音は悲しげにうつむき、説明した。


「心の清い人間が使うといい風に作用する。言魂使い(オラルメンテ)の能力はそう思われがちだけど、そんな単純な話ではすまないんだよ。人の欲望は尽きることがない。最初は無欲だった言魂使い(オラルメンテ)も、自分の言葉が物事を自在に操れるという経験を繰り返すうちに鬼になる。自分にとって気にくわない人や気に入らない物事を、その力で排除しようと考えるようになる。そういう言魂使い(オラルメンテ)のことを、悪徒あくとと呼ぶ」

「そんな……。俺は絶対そんなことしない!悪徒になんかならない!」

「俺もそう思うよ。慈輝はそんなんじゃない。悪徒とは真逆の良い言魂使い(オラルメンテ)善徒ぜんとになるだろうなって。でも、実際、言魂使い(オラルメンテ)のほとんどは悪徒になり身を滅ぼす」

「無制限に使える力ってわけじゃないんだってのは分かったよ。代償って、命を削って力を使う、とか?」


 碧音はうなずき、言葉を続ける。


「それだけじゃないよ。言魂使い(オラルメンテ)には生まれつきレベルが存在するんだ。レベルが高いほど代償は少なくてすむし、低ければ、小さな願いを叶えるだけで命を失う。代償の大きさは、願い事の規模にもよる」

「じゃあ、空音の記憶や力を取り戻したいって願いを叶えるために、俺はどんな代償を払えばいい?」

「慈輝の言魂使い(オラルメンテ)レベルが高ければ一時的な頭痛や吐き気ですむけど、レベルが低ければ命を失うよ。神の記憶と力を取り戻すなんて、俺の生活を変えたこととは比べ物にならないほど大きな願望だから。慈輝の言魂使い(オラルメンテ)レベルは、おじいちゃんにも分からなかったらしい。そもそも、測定する方法なんて知らないっておじいちゃんは言ってた。空音ちゃんには申し訳ないけど、そのために能力を使うのはやめてほしいな、俺は」


 そうか……。空音を元通りにするためには、命を落とす覚悟をしなければならないのか。


 考えるまでもなく、俺の答えは決まっている。


「いいよ。それでも俺は空音を助ける」

「なっ、おぬし、碧音の話を聞いておらんかったのか!?」


 ここへ来て初めて、空音の驚く顔を見た。俺はそれでも、自分の気持ちを曲げたりしない。


「聞いてた。全部分かった上で、俺は空音を助けたいと思ってる」

「おぬし……。どうしてそこまでわらわのことを?」

「最初公園で見かけた時から、こうなることが決まってた気がするんだ。それに……。俺は今日、空音のおかげで初めて青春を謳歌おうかできた。もちろんそれは碧音のおかげでもあるんだけど、やっぱり、空音がいてくれたから、俺は今日、北高で高校生らしい学校生活を楽しむことができたんだ」


 今日、北高で本当の自分を出すことができたのは、空音がありのままの俺を好きだと言ってくれたから。それがなかったら、俺はきっと、今日一日自分を取り繕っていたと思う。


「ゆずきちゃんに会っても、前ほどドキドキしなかったんだ。そりゃ、ゆずきちゃんが碧音のこと好きって感情全面に出した時はまいったけど……。家に着く頃には忘れてた」


 空音のおかげだ。全部全部。


「碧音と仲直りできたのも、空音がいてくれたから。俺と出会ってくれたから。言葉じゃ感謝しつくせない。空音にお返ししたいんだ」

「慈輝……。おぬしは本当に……」

「大丈夫!もし死にそうになったら、神様の力が戻った時に俺を助けてよ。ね?それで決まり!」

「っ……!」


 空音は突然、胸を押さえてうずくまる。


「ううぅ…わらわは」

「どうした!?」

「空音ちゃん!?」


 スマホで救急車を呼ぼうとしていた碧音の手をつかみ、空音は首を横に振る。


「病気ではない。こういう症状が出るのは、記憶や力が戻る時だと決まっておる」

「そうなの!?本当に平気?」

「体のどこかしこが痛む不便な仕組みじゃ。しばらく耐えればなんとかなる。くうっ……」


 そういえば、初めて出会った時も空音は頭を押さえてつらそうにしていた。空音のことは心配だが、俺は彼女が落ち着くまで背中をさすった。隣で碧音も、空音の頭をなでる。


 しばらくして、苦しんでいたのがウソみたいに空音は微笑した。


「……二人とも、心配かけて申し訳ない。もう平気じゃ」

「良かった……」


 ホッとしたけど、俺は胸が痛くなった。この先、完全に記憶を取り戻すまで、空音は何度もこんな苦痛にさらされる。そう思うと……。


「空音ちゃん、何か思い出したの?」


 碧音の質問に、空音は複雑な笑みを見せる。今までは記憶を取り戻すたび嬉しそうな顔をしていたから、その表情に俺は嫌な予感がした。あまり思い出したくない記憶だったのかな?


「記憶と力を失う直前、わらわは何者かと言い争っていた。相手の顔までは思い出せないが……」

「空音ちゃんが言い争い?想像つかないよ。ケンカの原因は何だったの?」

「はて。それは思い出せんかった。人と関わることすら、神の頃は皆無だったはずなんじゃが、今となっては記憶が曖昧あいまいで、自分のことなのに他人の人生の一部を見せられているような気分になるの……」

「そのケンカが原因で記憶を失ったのかもしれないね」

「……!」


 碧音の指摘に、俺は空音と目を合わせた。


「碧音の言う通りかも!空音が探してる人って、その争ってた相手なのかもしれないよ?」

「そうじゃな。その可能性が高い…!」


 熱くなる俺達を見やり、碧音はつぶやく。


「にしても、どうして今このタイミングで記憶を取り戻したんだろうね?空音ちゃんの記憶や力がその相手のせいで無くなったと考えた場合、取り戻すための理論があるはずだよ」

「碧音、すごいな!目の付け所が違う!」

「普通に考えただけだよ」


 碧音は珍しく照れている。やっぱり、賢いヤツは考えることが違うな。俺とは違う視点から物事を見る。


 碧音までもが熱心に空音のことを考えてくれるのは嬉しいけど、やっぱり俺は……。


言魂使い(オラルメンテ)の力を使って空音を元通りにしたい!……空音にこれ以上苦しい思いはさせたくないんだ」

「慈輝、それは待って…!」

「おぬしという奴は!わらわはおぬしの命を落とさせるなどごめんじゃぞ!」


 碧音と空音の反対を押し切り、俺は最期の言葉を口にした。


「碧音。仲直りできて嬉しかった。頼むから、ゆずきちゃんのこと、もう自由にしてあげてほしい」

「分かったよ、ゆずきにはもう関わらないし復讐なんてやめるから、力を使うのはやめて…!」

「空音。短い間だったけど、今までありがとう。空音と出会えてよかった。毎日楽しかった」

「慈輝……!わらわはこれからもおぬしの手料理が食べたいぞ!」


 二人の頼みにうなずいてはみたけど、聞き入れる気は全くない。俺は、願いを言葉に乗せた。


「空音に、神の力と失った記憶を取り戻して下さい!お願いします!!」


 これで大丈夫かな?言魂使い(オラルメンテ)伝説を知ったその日にこの力を頼るなんて節操なさすぎ?


 ーーそれでもいい。最期、誰かの力になれるのなら、15年間俺が生きた価値はある。


 願いを口にしてすぐ、視界が真っ白になる。俺は意識を失った。


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