5 日常交換の末に[6月19日一部加筆]
碧音と学校生活を交換、か……。うまくやれるといいけど、緊張が勝るな。碧音みたいに器用ならここまで不安にはならないんだろうけど……。
にしても、空音はなぜ碧音の日常を見ろだなんて言ったんだろう?そんなことで本当に碧音の本心が分かるのだろうか。
空音の提案を否定するわけではないが、この時の俺は、彼女の考えがいまいち理解できていなかった。このまま碧音と険悪な関係でいるのは非生産的なのも確かなんだけどさ。
俺達兄弟は、これからどうなっていくんだろう。こんなんじゃ当分は恋愛したいとか言ってられなさそうだな。
色んなことを考えてしまい、その夜は全く眠れなかった。
翌朝、碧音に北高への行き方を教えてもらい、俺はあくびをしながらひと足先に家を出た。遅寝早起きは体に悪いと、今激しく痛感している。
「今から出れば電車の時間には間に合うな」
「気をつけての」
「空音も留守番頼むよ。行ってきます!」
電車通学、実はちょっと憧れてた。電車の中で他校の女の子に一目惚れをし、ささいなことがキッカケでその子と連絡先を交換しあい、気がつくと恋人同士みたいな関係になってる…とか!
碧音と学校を交換ってのはやっぱり気がすすまないけど、気の持ちようでワクワク感は増すなぁ。
期待値が高いせいか、見慣れた最寄駅が全く別の場所みたく感じる。碧音がいつも使ってるという定期券で改札を通過しホームに出ると、北高の制服を着た人がすでに何人かいた。
気を引き締めていこう。ここからは碧音の学友に遭遇する可能性がある。
電車が来るまでの間、碧音の交友関係を知っておくため、俺はアイツのスマホ片手に電話帳を見た。プライバシーがどうとか主張してしまったけど、このくらいはいいよな?スムーズな交換生活のためだし。
なっ……。電話帳登録件数三百件!?予想はしてたけど、知り合い多すぎじゃないか!?とてもじゃないが、今日1日のためにこれを覚える気にはなれん!……それに、軽くヘコむ。
友達多くて、うらやましいな。どこでこんなに友達作ったんだ?
俺は、今頃碧音が持っているだろう自分のスマホの中身を思い出し、深いため息をついた。よく行くレンタルショップや、チャリがパンクした時のためにと登録した自転車屋さんの番号。家族の連絡先。そして、貴重な南音のアドレス。全部足しても十件に満たない。
か、悲しい……。
いっ、いいもんねっ。碧音は碧音、俺は俺。双子でも性格が違うんだ。仕方ないさ。これは強がりでも何でもないぞ!?
……本当に、碧音は変わった。昔では考えられない変化だ。
不思議だな。碧音に対するわだかまりは全然消えていないのに、いい風に変わったアイツの生活を目の当たりにして少しホッとしてる。昨日久しぶりにアイツとたくさんしゃべったせいかな。なんだかんだで、兄弟の情が抜け切ってないのかもしれない。
電話帳をしばらくスクロールしていると、よく知る名前が出てくる。
本母ゆずき。
覚悟はしてたけど、こうして碧音のスマホ画面に映るゆずきちゃんの名前を見てしまうと、カフェで仲良さそうにしていた二人のことを思い出してしまい、俺は動揺しすぎってくらい動揺した。
嫌な感じで胸がドキドキして、手が小さく震えてしまう。二人のことを、やっぱりまだ受け入れられない。
やばいっ……!動揺のせいで、思わずスマホを地面に落としてしまった。いくらカバーつけてるとはいえ、落下はまずい!
拾おうと手を伸ばすと、綺麗な手が俺より先にスマホを拾い上げた。
「はい」
低くも涼やかな声音で俺にスマホを差し出したのは、細身で美人な女の子だった。パンツスタイルの黒いスーツを着ている。社会人?年齢近いと思ったけど俺より少し年上なのかな?
彼女の長い黒髪がサラッと風にさらわれ、ハーブっぽい爽やかな香りがした。海のように青い瞳。意志の強さを感じるくっきりした二重まぶたがまっすぐこちらを見据えている。
「あっ、ありがとうございます……!」
あまりに見つめられ緊張し、反応が遅くなってしまった。明らかにどぎまぎしてるな、俺。戸惑いを隠すように拾ってもらったスマホを触ると、問題なく作動した。
「壊れてないようで良かったね」
「はいっ、何とか大丈夫みたいです」
「じゃあ、僕はもう行くよ」
「ありがとうございましたっ」
風のように颯爽と立ち去る彼女。自分のことを僕と言う女の子、初めて見た……。年上っぽい外見に似合わない口調だったな。
唖然としていると、スマホにメールが届いた。碧音からだ(日常交換中なにかあった時のためにと、今朝家を出るギリギリにアドレス交換をした。今まではお互いの連絡先なんて知らなかったから)。
《駅には無事に着けた?》
《心配しすぎ!子供の時から使ってる最寄駅だぞ。》
《その後の乗り換え間違えたら遅刻確実だから気をつけてね。》
《優等生なお前のイメージ崩したりしないから安心しな。》
半分イヤミで言ったのに、
《慈輝にならイメージ崩されてもいいよ♪》
なんて返信が来るから、毒気も抜かれ、妙な甘さに鳥肌すら立った。俺のこと見下してるクセに、なぜこうもあからさまにすり寄ってくる?あーもう!コイツとのメールやめていいかな!?
スマホをしまおうとすると、碧音から立て続けにメールが来た。
《なんてね、冗談。俺は優等生なんかじゃないし、もし電車乗り間違えて遅刻しても気にしなくていいから。慈輝が方向オンチなの知ってるし。》
むむう。方向オンチと電車の乗り換えは関係ないだろっ!?そんなこと言われたら、意地でも遅刻はできない。
碧音に聞いていたけど、念には念をということで、俺はもう一度ネットで電車の乗り換え方を調べた。これでちゃんと行ける!
そうしているうちに電車がやってきた。
さっきスマホを拾ってくれた黒髪スーツ少女を探したけど、彼女の姿はホームになかった。電車待ちしてたんじゃなかったのか……?
乗り換えも無事にクリアし、北高に到着した。碧音はたしかA組と言っていたな。座席表は教室後方の黒板に貼り出してあるらしいから間違うことはない。
あらかじめ教えてもらった通り昇降口に向かい、廊下を進む。高校ってどこも同じようなもんかと思ってたけど、中央高校とはずいぶん雰囲気が違うなぁ。校舎の内装もそうだし、空気の感じとか、生徒の雰囲気とか、何もかも。
父さんが「高校時代に出来る友達は人生でもっとも価値観が合う人達だ」と言ってたけど、なるほどと思った。学力レベルも同じくらいで、学校生活の中で次第に校風になじみ感性も近くなる、そういうことか。
俺は優等生じゃないと言っていた碧音の言葉にも、妙な説得力があった。ここは進学校。碧音並みの脳スペックを持つ学生達が集まってるんだ。中学時代までは勉強ができることで目立っていた碧音も、ここでは普通扱いされるってことか。
つくづく俺には似合わない場所だ。碧音の学校。碧音のクラス。碧音のための場所。俺が居ていい場所に思えない。
通学中は誰にも会わなかったけど、教室に入って早々、碧音の友達らしき男子数人に話しかけられた。どう振る舞ったら碧音っぽくなるか、考えるヒマなどなく。
「碧音、今日は遅かったな」
「そうか?いつも通りだけど」
俺は、いつも自分の学校でしてるみたくクールな男を演じた。すると、彼らは豆鉄砲をくらった鳩のような反応をし、次に、おおげさなリアクションで心配した。
「どうしたんだよ、碧音!いつもと違うぞ!?」
えっ、そうなの!?彼らのこの反応……。いつもの碧音は、もっとフレンドリーで明るい感じなのか?
考える時間はない。演劇部でもない俺に碧音のマネなんて無理だ!ボロが出たら後日フォローすると言った碧音の言葉を信じ、俺は、本当の自分で彼らと接することにした。
「なんてなっ!昨日見たドラマの俳優のマネ!かっこよかっただろっ?」
「碧音……」
この反応は何なんだ!?まずい??やっぱり間違ってた?中学時代までの俺そのもので対応してみたけど、オリジナル碧音とは別物だよな。そりゃそっか……。この交換生活、完全に終わった。すまん、碧音。
……焦り、諦めモードに引きずられたのも束の間。
「なーんだ!良かったぁ。いつもの碧音じゃん」
「いきなり別人みたいな顔するから何かあったのかと思って心配したぜー!」
え?これで良かったの??
碧音の友達数人は、碧音の中に俺がいると気付かず、ありのままの俺を碧音だと信じ、受け入れてくれた。ということは、碧音は、以前の俺っぽい感じで普段ここで過ごしてるってことか……?
……碧音。本当のお前はこんなんじゃないだろ?
意外な碧音の一面を知り胸に引っかかるものがあったが、そのおかげで、この日俺は、自分を偽らなくてもいいというこの上ない解放感に満たされ、1日幸せな気分で北高生活を送ることができた。
バカなことを言ったりやっても引かれないし、人に親切を働いても迷惑がられない。女子と普通に話してもチャラい男という悪評も立たないし、それどころか皆あたたかく俺を受け入れてくれる。嫌われることもない。
進学校の生徒ってプライド高そうって思い込んでたけど、そんなことはなかった。頭がいいことを鼻にかけるやつもいるけどそれはごく一部で、皆気さくで、いい意味で頭が良く器の大きい生徒ばかりだった。
ここは碧音の場所。これは碧音の体。だけど、それでもいい。ありのままの自分で穏やかな学校生活を送れる喜びに、俺は初めて、青春の幸せを感じることができた。
ありがとう、空音。空音が提案してくれたおかげで、こういう気持ちを味わうことができた。
あんなに憂鬱だった入れ替わり生活は予想をはるかに超えて楽しかった。そのせいか時間が経つのは早く、いつもの学校生活とは違う気分で下校時刻を迎えることになった。
碧音は、週に何度か帰りが遅い日がある。それは、こうして放課後、教室でクラスの友達と話しているからなのだと、今日、身をもって知った。
昼休みや休み時間だけでなく、こうして放課後まで友達と一緒にいられるなんて、すごく嬉しい。もうこのまま、碧音になってしまいたいと、強く思った。
学校行事や中間テスト、最近話題になってるスマホアプリのことなど、男子数人と女子少数のグループで集まり盛り上がっていると、今日いちばん俺に話しかけてきた田神君という男子が、俺に話を振ってきた。
「今度碧音んち遊びに行った時、双子の兄さんにも会わせてよ」
「えっ……?」
双子の兄さんって俺のこと、だよな?碧音、学校の友達に俺の存在話してたんだ……。
楽しかった気分は悲しいほどあっけなく飛散し重たい気分になった。田神君は申し訳なさそうに謝ってくる。
「無理言ってごめん。慈輝君は他校だしそんな簡単には会えないよな」
「ううん、気にしないで?俺こそなんかごめん」
碧音は、田神君達に俺の名前まで教えてるのか!?ますますワケが分からない。俺のことどんな風に話したんだ?気になる……。
こんなこと言ったら変に思われるかもしれないが、俺は田神君に質問するのをやめられなかった。
「俺って、そんなにいつも慈輝のこと話してるっけ?」
碧音の友達に自分のことを尋ねるって、変な感じだな。でも、訊いてみて良かった。田神君をはじめ、他の人達も、俺の質問に快く答えてくれる。
「碧音、自覚ないのか?最近は頻度減ったけど、入学したばっかの頃は1日1回は欠かさず慈輝君の話してたぜ〜」
「家に行った時、兄弟で写った昔の写真も見せてくれたし」
なっ!碧音め!俺の知らないとこでそんなことを??家に学校の友達呼んで楽しそうにやってるなーと思ったら、写真まで見せてたのか!
くうっ、恥ずかしい。けど、それ以上に、なんていうのか、言いようのない感情が込み上げてくる。信じたくないけど嬉しい、みたいな。碧音はもう、陰で俺の悪口を言ったりはしてないのか?
「慈輝君と同じ学校行きたかったーって、碧音ずっと言ってたもんな」
田神君が言った。
「そのうち慈輝君交えて一緒に遊ぼ?」
「う、うん。皆が誘ってくれてるの知ったら慈輝も喜ぶと思う」
本当に、嬉しかった。碧音だけでなく、その友達にまで明るい関心を持ってもらえることが。
それと同時に、碧音のことが、やっぱりよく分からなくなった。北高の友達にはここまで俺のことを良く言ってる。実は仲が悪いってことを隠して。なのになぜ、あの時俺をけなしたんだーー?
それから皆とバイバイし、田神君と二人で北高近くの駅まで歩くことになった。今日1日で分かったのは、碧音の一番の友達は田神君なのだろうということだった。
田神君はタメとは思えないくらい大人っぽくて、校内ですれ違う女子達から毎回キャーキャー言われるほどのイケメンだ。背も高いし清潔感もある。どうしたらこんな風になれるんだろう?憧れる。
帰路に向かう通学路で、本人にバレないよう横目で田神君を観察していると、彼はふと神妙な面持ちで口を開いた。
「今日もゆずきちゃんと会うの?」
「うん、昼休みに約束したから」
実は、昼休み中にゆずきちゃんからメールが来て、放課後に会うと約束をしていた。
最初は入れ替わりのことを気にして断ろうと思ったが、下手に断って二人の関係がギクシャクしたら申し訳ないし、今日1日のスケジュール管理は俺に任せると碧音は言っていたので、ゆずきちゃんとは会うことにした(他にも、碧音のスマホには一時間おきくらいに他校に進んだ同中の友人達から誘いのメールが来ていた。その人気っぷりに心の中で悔し涙を流しつつ、俺では全部消化できそうにないと判断しそれらの誘いは全部断った)。
本当に、碧音は変わったよ。昔、学校になじめないと言って泣いていたアイツに、今の姿を見せてやりたいくらいだ。
碧音のことをまだ完全に信じるのは無理だけど、楽しかった今日のおかげか、俺はそんなことを普通に思った。
あとは、ゆずきちゃんとのデートを無事にクリアすれば終了!ヘマしませんように!
心の中で祈る俺に、田神君は言った。
「碧音が慈輝君のことを大事に思ってるのは俺も理解してるけど、だからってゆずきちゃんを巻き込むのは間違ってると思う」
「え……?」
巻き込む?田神君は何を言ってるんだ?意味が分からない。
「それって、どういうこと?」
「碧音……。とぼけるなんてお前らしくない」
とぼけてませんっ!……なんて言っても、田神君には通じないんだろうなぁ……。
怪しまれないためにはどう尋ねたらいい?俺が言葉を探していると、駅に着いてしまった。田神君は諦めたように笑い、ごめんとつぶやく。
「友達だからって、干渉し過ぎた。碧音には碧音の考えがあるよな。分かってる」
そう言いホームへ行くと自分の乗る電車へ駆け込み、バイバイとこっちに手を振った。田神君とは家が逆方向なんだな。ここでお別れか。
1日仲良く過ごした人と離れなきゃならない名残惜しさもあるけど、それ以上に、田神君が何を思ってあんなことを言ったのか、とても気になった。
碧音は、俺との関係絡みでゆずきちゃんを巻き込んでいる?それってどういうことなんだ?
考えても分からない。とりあえず、ゆずきちゃんとの待ち合わせ場所に向かおう!
今日は地元の図書館で勉強しよう。そんなゆずきちゃんの提案により、俺は市内の図書館に向かっている。
初恋のゆずきちゃんと会うのはやっぱり緊張するし、空音以外の女の子と二人で出かけるなんて初めてなので変な感じがする。それに、メールでゆずきちゃんとの放課後デートが決まった時ほど今はドキドキしてない。学校での時間が楽しかったからかな。
今日は、夢みたいな1日だったなぁ……。
ふわふわした気持ちで図書館に着く。ゆずきちゃんは先に来ていたらしく、出入口そばのテーブルに着いて本を読んでいた。
図書館なんていつぶりだろう?最近全然来てなかった。静かな館内は、独特の落ち着きと緊張を同時に感じさせる。他の来館者の迷惑にならないよう、足音に気を遣いゆずきちゃんの元に行った。
「待たせてごめんね。隣座ってもいい?」
小声で声をかけると、ゆずきちゃんはビックリしたように目を丸くした。どうしてそんな顔をするんだ?変なことは言ってないはずだ。彼女より遅く来た彼氏っぽく登場してみたんだが、無理ありすぎ……?
「あの、ゆずきちゃん……?」
「……ごっ、ごめんね、碧音君」
「ううん、こっちこそ。本読んでたんだね。邪魔してごめんっ、続けて?」
「ううん、それはいいんだけど。あ、座って?」
お互い遠慮しあい、ギクシャクする。照れくさいな、こういうの。ゆずきちゃんに勧められたのは彼女の隣の席だった。ゆずきちゃん、碧音相手だとこんなに優しい顔をするんだな……。俺を振った時とは別人みたいだ。
内心ショックを受けていると、
「碧音君、いつもより優しいからビックリしちゃった」
ゆずきちゃんが恥ずかしそうにうつむく。
「俺っていつも冷たいの?」
「冷たいっていうか……。復讐されてもいいって言ったのは私だから気にしてないよ」
「え……?それって、予習復習のフクシュウ?」
ボケたつもりは全くなかったが、ゆずきちゃんは意外なものを見たみたいな顔で驚きをあらわにし、不安げに笑った。
「文句言うつもりはないの。あの時私が慈輝君を傷付けたのは本当だし、碧音君が私を恨むのは当然だから」
「ちょ、ちょっと待って?俺がゆずきちゃんを恨む?彼氏なのに?どうして?」
頭がこんがらがってきた。戸惑う俺にゆずきちゃんは悲しげな笑みを向ける。
「告白を断る時、私、慈輝君を深く傷付けたから。碧音君は誰よりも慈輝君を大切に思っていたから、そんな私を許せないって言ったよね。こうして付き合うことは私への復讐でしかない、私のことなんか絶対好きになんかならないって」
何なんだよ、それーー。
碧音……。お前はゆずきちゃんのことを本気で好きなわけじゃないのか?俺を傷付けた、その復讐のために彼女と付き合ってるのか?碧音を好きな彼女を悲しませるために……。
動揺と、これまで感じたことのない悔しさ、やる瀬なさで、体が小さく震えてくる。
一方、ゆずきちゃんは碧音の行いに納得しているらしく、穏やかにこう言った。
「碧音君の気持ちは変わらない。それは分かってるし、彼氏になってくれただけで私は幸せだよ。でも、今日、優しい言葉をくれて嬉しかった。碧音君にとっては気まぐれかもしれないけど、名前をちゃん付けで呼んでくれたの初めてだよね。感動したよ」
ゆずきちゃんの瞳は、恋する乙女そのものだ。心底碧音に惚れてるってことが、色恋沙汰にウトい俺にでも分かる。分かるからこそ、よけいに腹が立った。
「ごめん、ゆずきちゃん。俺、今日はやっぱり帰るよ…!ごめんね!」
今さっき置いたばかりのカバンを引っ掴み勢いよく席を立つと、俺は駆け足で図書館を出、家に向かった。
「碧音君……!?」
ゆずきちゃんが引き止めるのも聞かずにーー。