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3 オラルメンテ


 行き着いた先は、子供の頃によく遊んだ近所の公園だった。ジャングルジムやブランコはもちろん、ターザン遊びが出来るレールや長い滑り台など、幼い子供にとっては珍しい遊具がたくさんある、この辺では有名な大きい公園。


 よりによって、なんでこんなとこに来ちゃってんだろ。碧音あおとと楽しんだ思い出が色濃いこの場所へ……。


 少し冷静になった頭で公園を見渡すと、親に連れられてきた小さい子供がたくさんいる。こうしてこの場所で家族連れの楽しげな姿を見ていると、嫌でも碧音と仲良くしていた過去が脳裏をよぎり胸が痛む。


 空音かのん、ごめんな。カフェで休憩しよって誘ったのは俺なのに、一人残してきてしまって……。


 空音を置き去りにしてしまったことに罪悪感を覚え、引き返そうとした。でも、足が動かない。碧音とゆずきちゃんがいるのだと思うと、もう一度あそこへ戻る勇気は出なかった。


 かといって家に帰る気分にもならず立ちつくしていると、


慈輝いつき…!」


 碧音が走ってきた。まさか、カフェを出てずっと俺の後を追いかけてきていたのか!?


「……」


 驚いたものの、そのことに気付かれるのもシャクなので、俺は何事もなかったかのような顔で碧音の横を通り過ぎ、自宅に足を向けた。まるで、碧音の存在など視界に入っていないかのように無関心を装って。


「慈輝、話を聞いて」


 緊張を隠しきれない冷静な碧音の声音。碧音に背を向けたまま、俺は足を止めた。無視しても良かったけど、それじゃあ負けたような気になるから仕方なく。


 高校生活の中で身につけた冷めた演技で切り抜けようとするも、碧音には通用しなかった。俺の本音は、カフェから逃げた時点でバレていたのだから。


「……ゆずきのこと、まだ好きだった?」


 遠慮のない碧音の質問に、思わず両手が震えてしまう。質問の内容もそうだけど、碧音がゆずきちゃんの名前を呼び捨てしてるってことに俺は激しいショックを受けた。二人はもう、そこまで親密な仲だったのか……。ゆずきちゃんのことは諦めついてるはずなのに、どうしても打ちのめされる。


 質問に答える代わりに、俺は言った。


「ゆずきちゃんのことはもう何とも思ってない。お前が誰と付き合ってようが興味ないし」

「じゃあ、俺達を見つけて逃げたのはどうして?」


 碧音らしからぬ、突っ込んだ言葉だった。


「本当に興味ないなら……。ゆずきのこと好きじゃないなら、空音ちゃんを置いてまでいなくなったりしないんじゃない?」

「っ……」


 その通りだ。何も言い返せない。だけど、素直に碧音の言葉を受け止めるほど、俺の気持ちは簡単じゃなかった。


 つのりに募った劣等感を盾に、碧音へ反撃する。


「そうやってダメな兄を責め立てて、困った顔見るのが、そんなに楽しいか?ゆずきちゃんのこと悪く言いたくないけど、お前を好きになるなんて、たいしたことないな、彼女も」

「……うん。俺もそう思うよ」

「はあ?」


 驚くほど素直に俺の言葉にうなずくと、碧音は静かにつぶやいた。


「どうしてゆずきは俺を選んだんだろう?慈輝の方が断然いい男なのに」


 俺がいい奴だって?おい、それは本気で言ってるのか?何が目的だ!?おだてられたって、俺はお前なんかに歩み寄ったりしないぞ!


「よく言うよ。お前、心の中ではいつも俺のことバカにしてるクセに。こんな兄貴と双子だなんてずっと恥ずかしかったんだろ?」


 挑発するみたいな言い方で碧音の本音をあぶり出す。褒め言葉なんかにくっしないぞ!


 俺の気持ちとは裏腹に、碧音の表情からはみるみる穏やかさが消えて悲しみ一色になる。長年冷戦状態だった弟のそんな姿に、俺はまた、動揺してしまった。


「何?文句あるか?言いたいことがあるなら言えば?」


 ケンカ越しな俺の口調にひるむことなく、碧音は確かめるように口を開いた。


「……今までずっと俺のこと避けてたのは、そう思ってたから?」

「ああ。仲良くする気も失せるって。自分をバカにしてるヤツとなんか、金積まれたって仲良くしたくない。その相手が血を分けた兄弟だとしてもな」

「俺は慈輝のことそんな風に思ったことないよ。自慢の兄だと思ってる」

「……どうだか。口では何とでも言える」

「言葉すら届かないくらいの溝が、俺達の間にはできてたんだね……」

「埋めることなんてできない深い溝がな」

「昔は……。オラルメンテの力さえなければ、俺達はこんな風にならずにすんだかもしれないのに」


 オラルメンテ……?碧音は一体何を言ってるんだ……。


 その単語にわけもなく胸がざわついたけど、心当たりのない言葉だし、それ以前に、碧音との会話を早く終わらせたかったので、俺はだるい物言いで話を切り上げた。


「分かったら、もうこうやって俺を追いかけてきたり変な用件で話しかけてくるな。迷惑だ。心配しなくてもゆずきちゃんとの関係壊したりなんてしないから。じゃ」

「慈輝、待って!話はまだ終わってない!」

「俺には話すことなんてない」


 冷たく言い放ち、今度こそ公園を出ようと足を進めると、出入口で見覚えのある姿がゼイゼイと息切れを起こしていた。


「空音……!」


 走って俺の後をついてきてくれたのか!?立ちつつも前かがみでしんどそうに肩を揺らすその姿が健気に見えて、俺はここへきてようやく彼女に申し訳ないことをしたと深く反省した。空音の両手にはそれぞれ、さっき注文したチョコレートシェイクはちみつがけ。それを見て、さらに俺は縮こまる。


「ごめん、空音……。勝手に店を抜け出した上に、こんなとこまで走らせて」

「それはかまわんが、はぁ、はぁ……。人間の肉体というのは何て貧弱なんじゃ。わらわが神だった頃は、この程度の距離、瞬間移動できていたのに…!しかも、汗で体表面がじっとり湿って非常に不快じゃ!」


 怒るとこ、そこなんだ!?


「色んな意味で本当にごめん……」

「いや、それはかまわん。おぬしがあの場から立ち去りたくなる事情は、わらわなりに理解しておるつもりじゃ」

「空音……」


 どうしてそんなに寛容なんだ、空音。「わらわを置いて勝手な行動をしよって、けしからん!」と怒られるのだとばかり思っていた。だからこそ、そんな対応をされると、今まで碧音に対してピリピリしていたのがウソみたいに、優しい気持ちで満たされていく。


「ありがとう、空音。家に帰ろう」

「……その前に、確かめたいことがある。碧音や」


 空音は、黙ってそばに立つ碧音に近付き、深刻な顔をした。それに気付いているのかいないのか、碧音は穏やかな顔で空音を見る。


「ごめんね、空音ちゃん。慈輝との時間、邪魔する形になって」

「わらわはそれに関してとやかく言うつもりはない。ただ、おぬしにひとつきたいことがあるのじゃ」

「何?俺に分かることならいいけど」

「おぬしらの話、最後の方を少し聞いてしまったのじゃが……。おぬし、『オラルメンテ』と申しておったな。その言葉をどこで知ったのじゃ?」

「……え?俺、そんなこと言ってた?」


 碧音はわざとらしくまばたきを繰り返し、天使のような爽やかスマイルを空音に向けた。


「空音ちゃん、それは聞き間違いじゃないかな。質問に答えてあげられなくてごめんね。じゃあ、俺はそろそろゆずきの所に戻るよ。さっきからずっと電話鳴りっぱなしだから」


 マナーモードで振動するスマホを片手に、碧音は人畜無害じんちくむがいな微笑を浮かべ公園を出て行った。何なんだアイツ。サラッとラブラブアピールしやがって!


 屈辱感で軽く敗北感を味わっていたのも束の間、俺は、空音のつぶやきでようやくそちらに意識を向けることができた。


「オラルメンテ……。碧音はたしかにそう言ったが、見事とぼけおったな。なぜじゃ……?」

「アイツがオラルメンテって言ってるの、俺も聞いたよ。さっぱり意味分からないから聞き流してたけど」

「やはり、碧音はそう言っていたのだな」

「有名人か何かの名前?俺は聞いたことないけど……。まさか、空音の記憶と何か関係が!?」


 期待を込めて空音を見つめたが、彼女は力なくため息をつく。


「いや、残念ながら記憶はまだ戻っておらぬ。しかし、碧音の放ったオラルメンテという言葉を聞いた瞬間、わらわの頭の中で何かがつながったような、激しい既視感きしかんを覚えたのじゃ」

「まだ分からないけど、それってもしかしたら、空音が探してる人と何か関係あるのかもしれないよ!?」

「そうじゃな、わらわもそう思う。一歩前進じゃ」

「良かった!手がかりがひとつ増えたな!」


 記憶を無くす前の空音は、オラルメンテという言葉を知っていたのかもしれない。でなきゃ、ここまで強くその単語に反応しないだろうし……。


 空音が会う予定だった人物を探すためメイさんを頼ることになったけど、メイさんばかりに負担をかけるのは申し訳ないし、なるべく俺も空音の人探しに協力したい。そのためには、オラルメンテが何を示す言葉なのか知る必要がある。


 だけど、協力したいと思うだけで、それを行動に移す気持ちにまではなれなかった。


 オラルメンテについて知るためには碧音に尋ねてみるのが一番の近道なんだろうけど、そこでもう俺は壁にぶつかり行動力を奪われてしまう。


「ごめん、空音。協力できることなら何でもしたいと思ってるけど、まだ、碧音とは話せそうにないんだ。さっきも言い合ったばかりだし、俺達仲悪いから……」

「分かっておるよ。気にせんでいい」

「ごめんな……。碧音と仲が良ければ色々情報とか引き出せたかもしれないけど、今は気軽にそんなことできない……」

「おぬしが謝ることはない。そもそも、わらわのワガママに付き合わせ慣れない暮らしを強いてしまい、非常に心苦しいと思っておるよ」


 この子は本当に神様だったのか?いい意味でそう疑ってしまうくらい、空音は優しくて謙虚だ。器の大きさが、俺なんかとはけた違い……。


「空音と一緒に暮らすことは俺も望んだことたし、人探しの件だって負担だなんて全然思ってないから、本当に気にしないで?」


 空音を見つめ、俺は言った。


「俺は無力だけど、何でもやってあげられるわけじゃないけど、力一杯空音の助けになりたい。だから、もっと甘えていいよ」

「慈輝……」


 空音は瞳を潤ませ、ためらいがちに口を開いた。


「余計なお世話かもしれんが、わらわの意見を言っていいか?」

「うん、聞くよ」

「おぬしが本当の自分を隠さなければ普通の生活を送れない原因は、おぬしにではなく、もっと別のところにあると思えてならない。人間では太刀打ちできない、わらわのような神にも操作できない、強力な外的要因が、な……」


 今まで聞いたことのない深刻な声音。とても重要なことを言われている。それは分かるんだけど、この時の俺には、空音の気付きを深く受け止めるだけの知識などなく、自分の知る世界こそが全てになっていたので、その話はさらっと流れた。


「今は力を失った愚かな神の戯言ざれごとじゃ。そんなに気にせんでいい」


 明るい口調に戻り、空音は俺にチョコレートシェイクを渡してきた。買ってからけっこう時間が経っているので、半分くらい液状化してしまっている。


「やばいっ!これ以上とけたら本来のおいしさが損なわれるっ!」

「そうか?わらわはこの口当たり、好きじゃぞ」


 シェイクは冷たくてザラっとした感触が持ち味なのに、とけたら何の意味もない。だけど、そんなことを知らない空音は、軽い吸引で吸い込めてしまうデロデロシェイクをおいしそうに飲んで頬を緩めている。


「ま、いっか。空音がそう言うなら」

「腹に入ればみんな同じじゃ」

「それ言っちゃう!?」

「慈輝は生真面目じゃのう」


 楽しいな、こういうの。突然、血のつながらない妹ができたような気分だ。可愛くて魅力的な容姿にドキドキもするけど、空音といると安らぎもあるし、なんて言うのか、ほんわかする。


 メイさんとの関わりを除き親密な人付き合いにえていたせいもあるのかもしれない。でも、そういうこと抜きで考えても、空音との時間はずっと続いてほしいと思ってしまう。


 気持ちが満たされるって、こういう感覚のことを言うのかな。


「慈輝、帰ったらちくわの磯辺揚げを作ってほしいのじゃが、頼めるか?」

「いいよ。じゃあ、帰りにスーパー寄って帰ろ」

「わーい!やったぁ!わらわは猛烈もうれつに嬉しいぞ!」


 碧音とめたことなど、ささいなことに思えてくる。空音は、そこにいるだけで俺を変えていく。そんな気がした。





「ん……?ここって……」


 昨夜は、いつも通り自室で眠った。夜中にトイレへ起きた覚えもない。それなのに、翌朝俺は、碧音の部屋のベッドで目を覚ました。


 数年間碧音と部屋の行き来をした記憶はないのになぜ碧音の部屋なのだと分かったか。それは、昔おそろいで買ってもらったアニメキャラのぬいぐるみがベッドサイドに置かれていたからだ。


「アイツまだこんなの大事に持ってんのか。子供かよ」


 俺はとうの昔に捨ててしまった。昔、双子というだけで、私物全てを色違いで碧音と同じ物にされた。子供の頃はそれが嬉しく、他の家のキョーダイより仲が良いのだという証明のような気がして誇らしくもあったけど、そんな気持ち、今は忘れてしまった。


 まだ眠たい体をもったり起こし、スマホを見た。ん……!?


「これ、碧音のスマホだっ…!」


 そりゃそっか。どういうわけか知らないが、俺は夜中のうちに碧音の部屋に浸入してしまったみたいだし。


 幸い、碧音は今部屋にいない。相変わらず早起きなヤツで助かった。戻ってこられたら気まずいし、早く自分の部屋に戻ろっと!


 足音を立てないよう体を起こし、そこで俺は初めて異変に気付いた。


「これ、俺の部屋着じゃない!!」


 どう見たって碧音の趣味だ。俺が着て寝た服とは違う!


「どういうことなんだ!?」


 眠気も吹っ飛び、俺は自分の部屋に直行した。


「……!!」


 自室には、よく知る俺が自分のベッドで眠っていた。間違いない。どういうわけか知らないが、夜中のうちに碧音と俺の中身が入れ替わってしまったんだ……。


「おい、起きろ!碧音……!」


 昨日の言い合いも忘れ、俺は、自分の姿をした碧音を揺さぶり起こした。なぜこうなったんだ!?


「慈輝……?おはよ」

「これ、見てくれよ!おかしいだろ?俺、お前の格好してるんだ!」

「……!」


 パニック状態でまともに状況説明出来なかったけど、それだけで碧音は全てを察した。


「うん。俺達、入れ替わっちゃってるみたいだね」


 静かに俺のベッドを抜け出し、碧音は冷静につぶやいた。


「慈輝が驚くのも無理ないけど、とりあえず落ち着いて?双子だから俺達以外の人は入れ替わりに気付かない。大丈夫だよ」


 何が大丈夫なんだよっ!


 ツッコミたいのをギリギリのところで我慢し、俺は碧音の顔をじっと見た。そうして目に力を入れないと、全身が震えてしまいそうだったから……。


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