プロローグ
訪問、閲覧、本当にありがとうございます。
こちらは、オラルメンテシリーズ第2弾になります。前作(「オラルメンメ コンフリクト」)未読の方にも読んでいただける内容になっています。
章ごとに下書きをすませて投稿する予定なので新しい話の公開日時は不定期になりますが、週1からの更新を目標に、できるだけ更新と更新の間を空けないように心がけています。もしよろしければご一読下さい。
「へえ、けっこう可愛いじゃん!」
「しかも、あの格好。誘ってんの!?」
学校への行き来で毎日通り過ぎる公園。何のヘンテツもないその場所は、今日に限って大勢の人だかりが出来、ざわついていた。
中には女性もいるが、そのほとんどが男で占められているのが遠目からも分かる。スーツ姿のサラリーマンや、俺と同じ高校生も多い。
何事だ…?有名人でも来てるとか?
少し気になるけど、他人が何を騒いでようが、俺には関係ない。
色々思うことがあり、高校生になってから他人に興味関心を持つことをやめた俺は、多感な高校生にしては可愛げのない冷めた面持ちで公園を通り過ぎようとした。
下を向き、他人に無関心な高校生。人からはそう見られていたのだろう。
「男のクセにスルーとか!どんだけ枯れてんだよ」
人だかりの中から、そんな言葉が聞こえてきた。俺に対するものだってことが口調から分かる。向こうは聞こえてないと思っているみたいだけど。
枯れてる、か。そのタイプの悪口は初めて言われたな。
「ヒュー!!それも脱いじゃえば〜!?」
男の声が、口笛混じりで下品に言う。一体何なんだ?脱げって、服のことだよな?
無関心を装っていても、俺の聴覚は容赦なく周囲の状況をキャッチしてしまう。ただならない状況。それだけは分かった。
「脱げ!脱げ!」
そのうち野次に近い男達の声で場は妙な雰囲気で盛り上がり始め、俺のように無視を決め込んでいた他の通行人も次々と足を止めざるをえなくなった。それにつられたわけではないが、俺も「脱げ」と言われている相手のことが気になり無関心モードを一時解除した。
「……っ!」
騒ぎの原因。その子を見て、俺は全身が痺れるような感覚というものを初めて体験した。普段ほとんど読まない小説のような表現をすれば「雷に打たれたような衝撃」。
体が熱くなり、胸が高揚し、初恋を知った時のように甘く緊張する。それでいて、懐かしくてあたたかい、何とも言えない気持ち。
男達に囲まれていたのは、13〜14歳くらいの女の子だった。なぜか、ヒラヒラして可愛いデザインのワンピースみたいな下着(名詞が分からない)一枚の姿をしている。しかも、ものすごく可愛い。アイドルとかモデルだったりして!?
日本人ではないみたいだ。ロシア系の出身なのか、彼女の髪はシルバーに輝き、瞳も青い。肌も白くて柔らかそうだ。パッチリと開いたその目は猫のようなつり目で、そのせいかきつそうな性格に見えるが、顔全体のバランスを見ると童顔に分類される。
その外見からは彼女の素性なんてまるで分からない。ただの中学生ではないことはたしかだ。
どんな事情があるのかは知らないが、普通、思春期の女の子があんな格好で公園のベンチに乗っかり仁王立ちなんてするだろうか。そんなことがあるとしたら、って実際もう起きてることなんだが、彼女は何を思ってあんなことをしているんだ?群がる男達を品定めしている風にも見える。
理解に苦しむ。男の俺ですら、下着姿をこんな場所で晒すなんて恥ずかしいので絶対やらない。
スラリと伸びた手足。ほどよく膨らんだ胸。ここに集まった男達があの少女を見て色めき立ち変な熱気を持つのも無理ないと思った。
「脱ぐのがダメなら、自分で胸でも触ってみてよ!クラスのヤツらに画像送りたいから!」
それぞれにスマホを取り出し、彼女の写真を撮影する人まで出てきた。カシャカシャ、ピロリーン。カメラ機能が放つシャッター音があちこちから立て続けに鳴る。
あの子も変だけど、さすがにそれはまずいだろ!!ネットに画像が出回ったら、それは一生消えないものとなる。って、そうじゃない!いくらあんな格好してるからって、そんな過激なリクエスト、女の子相手に普通はしないだろ!彼女だって写真撮影オッケーだなんて一言も言ってないし!
「何で抵抗しないんだ…!?」
苛立ち?疑問?彼女に対してよく分からない複雑な気持ちが湧いてきて、俺は無意識に独り言を口にしていた。それを耳ざとく聞きつけた近くの中年男性が、やらしい笑みで俺の腕を小突く。
「兄ちゃんだって本当はあの子の裸が見たいんでしょ?かっこつけちゃって〜」
かっこつけてる?ーーそうかもな。だって、俺は今年高校生になったばかりの十代男子だ。女の子に対して普通に興味あるし、初恋だって経験してる。それに、来月の5月には16歳だ。彼女を初めて見た時も今も、正直胸がドキドキしてる。
だけど、こんなのおかしいと思わずにはいられない。
裸に近い姿で男達の視線に晒されている彼女。雰囲気こそ堂々としていて羞恥心なんて微塵もなさそうだが、それとは別の心細げな感情を瞳に浮かべていた。
それが俺の勘違いならいいけど、彼女は何かを抱えている。そんな気がした。
気付いた時には人垣をかき分け、俺は彼女の細い腕を引いていた。
「この子は俺の……イトコです!写真は撮らないで下さい!撮った人は消して下さい!」
制服のブレザーを脱ぎ彼女に着せると、俺は集まっていた男達に向け大声で言った。
「お騒がせしてすみません!失礼します!」
彼女を連れ出す俺を見て、人々は色んなことを言った。彼女の裸を見られなかった不満、かっこつけてるように見える俺へのからかい。
中学時代もそうだった。好かれるのは本当に最初だけで、付き合いが長くなるにつれて俺は次第に人から嫌われてしまう。だからなおさら、自分のしたことに対してからかいや非難の言葉を浴びせられるのは傷付いたし、毎回悲しくて仕方なかった。
だけど、この時ばかりは何とも思わなかった。好きなだけ悪く言ってくれ!そんな大きなことまで言えそうだった。根拠のない万能感で溢れている。
彼女は俺のことを全面的に信用したみたいな顔で俺の手をにぎり返してくる。つながれた手の柔らかさとあたたかさが、この時の俺を強くしたのかもしれない。おこがましいけど、そんなことを、一瞬だけ思ってしまったんだ。
騒ぎのあった公園を抜け、彼女と共に人のいない静かな歩道にやってきた。
「勝手なことして、迷惑だったならごめん。でも、やっぱり放っておけなかったから……」
思い出したように彼女の手を離し、改めて彼女を見下ろした。思っていたより背は低く、体つきは女性らしい。って、何を考えてるんだ!これじゃあ、さっきの男達と同じだ!
リビドーを刺激する視覚に自己嫌悪。ため息をつく俺をいちべつし、彼女はポツリと言った。
「謝らなくてよい。親切でしてくれたことだ。おぬしは、さっきの奴らとは違う」
バイリンガルな見た目に反して、言葉遣いは古風だな。でも、彼女なりにさっきの異常事態を理解していたようでホッとする。
「かいかぶり過ぎ。俺もあの人達と変わらない。君を変な目で見てるかもよ?分かってるなら、もうあんなことしない方がいい」
「あんなこととはなんぞや?」
「薄着ってレベルじゃ済まない薄着で公衆の面前に立ったりとか。余計なお世話かもしれないけど、ここまで来たら言わせてもらう。家族が知ったら心配するよ、絶対」
「家族……?そんなもの、わらわにはおらん」
そんな……。でも、ウソを言っているようにも見えない。
人に深く関わらないと決めていたけど、今だけはそれはナシだ。なにせ、状況が状況だ。
「これからどうするの?学校は行ってる?とりあえず保護者の人のところまで送るよ」
「っうう……」
彼女は頭を抱え、うめき始める。
「大丈夫?頭が痛いの!?」
「違う……。そうではなくてな。そうだ……。思い出したぞ。わらわは生まれた時から一人じゃ。学校とやらにも行っていない」
「えっ!?っていうことは、もしかしてずっと海外に居たとか?」
彼女は明らかに外国の人の血を継いでる。生い立ちには色々事情があるようだけど……。
そんな確信は、大きな音を立てて崩された。
「そうじゃ!思い出したぞ!わらわは神じゃ!そう、この世界を統べる神なのだ!!」
冗談にしても、ちょっといきすぎじゃないか!?そんなウソに騙されるほど子供じゃないし、彼女の発言を面白いとも思えない。
「なぜかは分からぬが、わらわは記憶の大部分を失ってしまったらしい。まあ、今後のことはともかく、とりあえず何か食べ物をくれぬか?なぜ人間の体になってしまったのか、それも分からぬが、空腹感で気力が衰えるなど、人間の肉体は不便なものじゃな」
「う、うん。食べ物ね。それは別にいいんだけど……」
ユーモアセンスの違い?単なるボケ?ツッコミ待ち?
彼女の発言の意図が分からずどう反応したらいいのか分からない俺に、彼女はさっぱりした顔を向ける。男達に囲まれていた時に見せた憂いは、そこにはもうなかった。
「おぬしの名は何と言うのだ?」
「神邑慈輝。そこの中央高校の1年だよ」
「慈輝。そうか、慈輝か。いい名前じゃのう」
おじいちゃんが付けてくれた名前。人からそうやって褒められたのは初めてで、内心喜んでしまった。それだけじゃない。いい名前。そう言いにっこり笑う彼女の顔は可愛くて、思わず顔が赤くなってしまう。
「慈輝、どうした?顔が熱いのか?」
「うん、まあ。温暖化が進んで、春でも暑い日多いしね。君の名前も訊いていい?」
「おう、そうじゃな。名前を知らないと呼びにくいしの」
見た目中学生の美少女、中身はおばあちゃん。そんなギャップに早くも慣れつつある俺はけっこうすごいのかもしれない。
「名前は、ガ…カ?うーん、何じゃったかなぁ?」
「もしかして、それも記憶から?」
「ふむ。消えてしまったようじゃ。すまんの」
「君が謝ることはないよ。記憶を失くしたのもワケがあってのことだろうし……。今は仮の名前でもいいよ」
「仮の名前か!それもありだな。よし!決めたぞ!」
「早っ!」
彼女は誇らしげな笑みを見せ、重大事項を発表する政治家のような風格で名前を発表した。
「神山空音!わらわは今日からこの名前で行くぞ!慈輝、おぬしもそう呼ぶようにしてくれ」
「神山空音か。分かったよ。当分はその名前ってことで。にしても、本当に君はそういう話が好きなんだね。名字を神山にしたり、自分は神だと言ってみたり」
俗に言う中二病と言うんだっけ??二次元に触れてこなかったからそのところあまり詳しくないけど、オタクと言われる人々に対する偏見もない。自称神発言にはビックリしたけど、自称神と言う遊びが空音の中で流行っているのだとしても引いたりはしない。
「おぬし、まさかわらわの言葉を信じていないのか?」
空音がウルウルと目を潤ませ、顔を覗き込んでくる。その可愛さに、胸が破裂しそうになった。
「いやっ!信じてないとかじゃなくて!」
「だって、そういうことじゃろう?わらわは神だ。今は記憶もなく神の力も失っているから証明できないが、おぬしにだけは信じてほしい」
「空音……」
その目は驚くほど真摯で、それでいて澄んだ海のように綺麗な青色をしている。心身まるごと吸い込まれそうだ。
「分かったよ。信じる。信じるから……!」
「ほう?」
「それ以上顔を寄せてこないでっ!君は女の子なんだからっ!」
話すほどに距離を詰めてくる空音の肩を両手でやんわり引き離し、彼女と距離を取った。近くにいるとよく分かる、男にはない優しい匂いや女の子の体。思春期まっただ中の男にはつらすぎます!
「ふむ。自分で作っておきながら何じゃが、人間というものはなかなかに滑稽かつ単純な生き物なのじゃなぁ」