五話
そろそろ同じ階層をグルグル周って一ヶ月が経つ。
やることは単純で、とにかくどこからともなく現れる敵をやっつける作業の繰り返しだ。今も目の前に現れた敵が俺に襲い掛かってくる所だ。
俺を目視で確認した骸骨剣士がゆっくり上段に構えて長剣の一撃を放つ。
それを同じ長剣で受け止めてはじき返した。
「よっこい……せっと!」
この動作も手馴れてきたものだ。
最初はこっちから仕掛けていたんだがそれだと、戦闘の練習にもならないので今は面倒でも向こうさんからの攻撃を受けてから反撃に転じている。
押した力が上回ったのか敵の骸骨剣士が後ろに倒れた。
おぉぉ! これは今までに無い良い感触だ。
もしかして、俺の力が少し骸骨剣士を上回ったのか?
ちょっとした初めての出来事に嬉しさを噛みしめる。
やっぱり、少しずつではあるかもしれないけど、強くはなってるようだ。
一応だが、最近では何度も骸骨剣士の長剣を受けきっても手がしびれることは無い。それでも、あんまり長剣でガツンガツンぶつけ合ってると長剣が折れてしまうので注意がいる。予備があるとはいえ、実戦は実戦だしな。
戦闘中に長剣が折れて頭にグサっとぶつかるのは御免だ。
倒れた骸骨剣士へ仲間の剣士が一閃。素早い一撃で骸骨剣士の頭に長剣がぶつかりバラバラに吹き飛んだ。
頭を失った骸骨剣士はまるで何も無かったかのように布と剣だけを置いて散りの様に消えていった。毎回思うが、不死系の敵は体も残らないんだよな……。ドロンって消える感じで不思議だ。
ロゥーパなんてぶっ叩くと飛び散って直ぐに芽が出るのにな……。いやそれも不可思議だけどさ。
いやまてよ? ロゥーパだけはある種の輪廻転生をしっかり繰り返してるのか?
いやだって、死ぬと芽が出るって復活してるよな?
それは本当に別のロゥーパ扱いになるのか、それとも不死鳥の如く復活したことになるのか……謎は深まるな。
「これで今日のノルマは終了か?」
俺が仲間の骸骨剣士に尋ねると、コクリと頷いた。
ノルマと言っても、一日百戦して部屋に戻るだけの簡単なお仕事なんだけどな。
不意に骸骨剣士がブックを持って俺に向けた。何か言いたいらしい。
『ソロソロ下ノ階層ニ行クベキダ』
「まあ、そうだなー……。いや、まだかな……」
俺は首を振って答えた。
「『ボーン』と俺だけが強くなってるだけで、ロゥーパ達がまだまだ弱いしな」
俺が足元に居るロゥーパ達を指差す。
彼らは戦闘に参加するというより、今は敵を見つけては戻って報告する斥候の役目をしてもらっている。以前のゆったりな速度とはうって変わってそこそこ素早くなったもんだ。
しかしながら、まだまだ戦闘に出すには弱い。
相変わらず触手を使った鞭ではあまりダメージを出せないでいたのだ。それでも、動く速度が上がってきているという事は少なからず強くはなってるはずだ。戦闘に関しては俺の命令にも動いてくれるし、敵が居れば自慢の触手で○を描き、敵が居なければ×を描いてもらうくらい朝飯前になってきた。
知脳もそれなりについてきてるようだ。頼もしい。
唯一の困ることは戦闘外では、ウロチョロしてて結構邪魔だ。もうちょっと我慢というものを覚えて欲しい。
ちなみに『ボーン』っていうのは今では骸骨剣士というには強くなりすぎている彼の事だ。一応男らしい。ぶっちゃけ俺よりも強いし頼もしい。率先して敵に斬り込んでは行くし、敵に躊躇もしないし、容赦もしない。名前をつけたのは、ブックの方だ。
ブック曰く『所詮骨なのだからそれで良いだろう?』という事なのだが。
そんな事で決まった本人はというと、嬉しいらしい。
意外なことだが、ブックとボーンは結構仲が良いようだ。
時折、二人(?)で何か話し合っている様だがどっちも喋らないので何を話してるのかは全く分からない。たまに「カクカクカク」と骨を鳴らして笑っている(?)ボーンを見るので、面白い話でもあるのだろうか? わからん……。
部屋にもどって一息つく。机に座ってとりあえずブックを開いた。
みんなこの時ばかりは自由時間だ。
ロゥーパの三体はウロチョロしてるし、ボーンは部屋の出入り口で剣の手入れだ。
平和だ……いや、外の敵が近寄ってくれば殺伐とするけどな。
『言い忘れていたことがあった』
平和を忘れ去るような嫌な発言である。
最近分かってきたが、こいつはこいつで結構大事な事を忘れては大体この台詞からはじまったりするんだよな……。この時点で嫌な予感しかしない。
「それはいつもの、大事な事とかになるのか?
それとも全く関係のない冗談とか皮肉か?」
『そう吼えるな……。やかましくて仕方がない』
「そりゃ吼えるさ! 吼える理由を言っても良いのか?」
『奴隷の分際でよくもまあ……では、その吼える話を聞いてやろう』
聞いてくれるらしい。俺は最近あったことで一番イラッと来た事を思い出して口にする。
「……あれは忘れもしない。俺達がこの迷宮を調べてるときの事だ。お前は言ったよな? 『戦闘も大事だが、迷宮を調べるのも重要だろう』ってな? そう言われれば俺達だって「そうだな、他に隠し部屋でも見つかるかもしれないしな」って納得したさ。だから、俺達は調べたさ、ああ調べたさ! 地図を書く事もできないから、このポンコツ頭の無い知恵絞って暗記してぐるっと周ったさ。そしたらお前なんて言った? 『言い忘れていたが、地図くらい私の中に存在している』って見せたよな! しかもご丁寧に俺達の居場所を点で示す最高の出来前で! せめて『地図は私が担当しよう』くらい言えんのかい!」
『なるほど……それであの時の貴様らは落ち込んでいたというわけか。不甲斐無いな。私がそれくらい出来ると何故理解しない?』
そこでそれを言うってか!
やっぱり燃やしたい。今すぐ燃やしたい。是が非でも燃やしたい。もしくは破きたいいいい。
俺が本を八つ裂きに裂こうと手をワナワナと震わせていると、隣にいたボーンが肩をポンポンと軽く叩いて首を振った。
分かってる。お前が言いたいことは『今に始まったことじゃない』って言いたいんだろ? 分かってる。分かってるけどな!
「……まあ良い。ボーンもこの話題では諦めてくれそうだしな。
……それで? 今度は何を忘れていたんだ?」
『大事といえば大事なことかもしれないな。貴様達の成長についてだ』
「成長? ああ、敵を倒して強くなるっていう話の事か?」
『そうだ。その事で言い忘れたことがある』
なんだろね?
『私は貴様らの心の声や、考えていることがお見通しなのは知っているな?』
「まあ、いつもそれで話たりしてるしな」
以心伝心便利といえば便利だが、勝手に心を覗かされている様な気分なので複雑でもある。我々の自由な時間はどこへやらだ。しかも俺達はそっちの考えが読めないしな。
『その力の一つに相手の魔力を測る力も備わっている』
「魔力?」
なんか怪しい単語が出てきたな。
『そうだ魔力だ。私達は敵からこれを奪いとって強くなっている。言い方を変えると成長みたいなものだ』
「ほほー。てことは人間達のように訓練するだけじゃ強くはなれないのか?」
『……いや、そうとは言えないだろう。訓練とは何時いかなるときでも欠かさない事に越したことは無い。力があっても経験が無ければ無意味でもある』
「まあ、確かに……。力だけで超えられないトラップだってありそうだしなこの迷宮って奴は……」
『そこでだが、お前達の魔力を数値にすると……こうなっている。ページを捲れ』
言われるまでも無く、俺は興味本位でページをめくる。
ここ数日、俺達は飛躍的に強くなっている気がするし、きっと言い数字が出ているのだろう……。
と、期待していた時が俺にもありました。
『スレイヴ……一。
ボーン……三。
ロゥーパA……一。
ロゥーパB……一。
ロゥーパC……十』
おぃいいい! たったの一かよ! なんだよ一って!
「つか、ロゥーパCってどいつだ! ちょっと顔出せやお前ら!」
思わず声を荒げる。だって十とか可笑しいだろ!
なんでボーンより強いんだよ! どういことだよ!
俺の声になんだなんだと、みんなが集まる。
ボーンは数値を見て嬉しそうだが、ロゥーパ達は何やら慌しくなった。
この中に一体、トンでもねえ奴が居る! とでも言い合ってるのだろうか。
触手でベチベチと謎の触手合戦を繰り広げたかと思ったら、最終的にはいつもの背比べをはじめてしまった。
ええい、俺にはどいつがAでBでCなのかわからん!
『あくまで魔力の数値だ。魔力だけではどうしようも無い事もあるぞ。まあ、貴様よりは硬いだろうが』
ウ・ソ・ダ・!
ロゥーパの方が硬いっておかしいだろ!
俺は意を決して、ロゥーパを一体ずつ指で突っついてみた。
ロゥーパは体が柔らかいからこれだけでも硬さが分かるだろうと思ってやってみたんだが……。
一体だけ何か滅茶苦茶硬い奴が居たわ……居やがりましたわ……。
悔しいから思いっきり突っついてみたら、俺の大事な爪が割れましたわ……。ロゥーパC恐るべし。