三話
ひょんなことから、怪しい本一冊、骸骨剣士一体、元人間の塊が人間1個分位で迷宮を探索しているスレイヴだ。
今は俺とブックが生まれた隠し部屋を中心にあちらこちらとフロアを徘徊している所で、低級クラスの魔物……主に骸骨剣士とサボテンの様な形をした触手の化け物をチマチマとやっつけながら進んでいる。宝箱の様なイベントはいまだに出会ってもいない。迷宮の質にしても変な模様がついている壁や道がある感じで、大きなフロアは今のところ見つかっていない。壁には点々と蝋燭にが備え付けてあり、火が灯されている。明かりには苦労しないが、この火が全く消えないところをみると、これも迷宮のなせる業なのだろうか?
また迷宮の広さに関しても人が横に十人程度、高さは人が三人分くらいだ。
少し大きめ迷路にちょくちょく敵が出てくる低層に近い感じだ。
おかげさまで、やっつけた骸骨剣士から長剣が度々手に入るので助かっている。
まさに何もないよりはマシの状態である。
ただ、この剣……。ハッキリ言って脆い。
所々に刃こぼれはしてるわ、錆びてるわ、どうしようもないのは分かるんだが、二~三回程壁にぶつけるだけでポッキリ逝ってしまう位弱いのだ。軟弱すぎるだろ。
仕方ないので骸骨剣士をやっつけては長剣を回収してる次第だ。
また、現状では持ち物を入れる為の背負い袋も何も無いので、倒して集めた剣は持てなくなったら最初の部屋に置いてきている感じだ。
さらに俺達が迷宮のどのあたりに居るのかは全く分かってはいない。
少なからず低級クラスの魔物が出てくるのだから、そんなの深い層に自分達はいないんだとは思う。
「階段すら見つからないが、ここはどの辺になるんだろうな?」
俺は今、燃やしたくて仕方がないランキング一位の相棒の本『ブック』を開いて尋ねる。
『私にも分からないことはある。しかし、ロゥーパや骸骨が出てくる程度の階層だ……。それほど深い層ではあるまい』
なるほどなるほど。てか、心の声のランキング云々は無視かよ。
『安心しろ、私への侮辱なら限界まで貯めて置いてやるからな?
覚悟しておけ』
「それはどうも……。心が読めるって良いことデスネ」
あんまり挑発すると、横の骸骨剣士に斬られかねないので話を戻す。
「ロゥーパってのはさっきからノロノロ出てきては俺達にぶった切られているあいつの事か?」
俺が剣先で示すと、丁度そこにサボテンの様な形をした触手の化け物が移動してきた。
緑色で人間の子供位の大きさでサボテン植物に似た魔物だ。にょろにょろと触手がいっぱい着いていて一見危なそうだが。別段強いというわけもなく、攻撃方法も触手の先端に針がついていて、それを鞭のように撓らせてぶつけてくる敵なのだが……。
……如何せん鈍い。
ノロノロと近づいてきて触手を振りかぶってぺチンとぶつけては来るものの……速度が出ないためか、攻撃をくらっても全くダメージにもならない。
丁度今、そんな触手ちゃんが俺を見つけるや否や自慢の触手でぺチンと足元を攻撃してきた。
相手の攻撃にも礼儀有ってことで、俺はその攻撃を長剣で防ぐ。
ロゥーパの針と長剣がぶつかると、カンと小さな音が響くだけで、どちらにもダメージはない。
なんなのこいつ……。
そんなほんわかな戦闘中でも仲間の骸骨剣士は容赦しない。
俺の横にノッソノッソと歩いて長剣を上段に構え、ロゥーパをぶった切った。
ブシュゥウウ! とか嫌な音を立てながら、ロゥーパの体液が飛び散る。
これも頭にかぶったところで影響は無いらしい。
むしろビックリなのがこのロゥーパの体液……ほとんど水に近いのだ。
無臭だけど、飲めるのかね?
結構冒険者に需要ありそうだよな?
『ロゥーパは倒されるとその場で枯れたように朽ち果てるが、その場で直ぐに芽吹き直ぐに復活する。とても弱い魔物だ。体のほとんどが水分で出来ているが、それを飲むのはどうかと思うぞ? 何せ液体燃料に近いからな?』
「液体燃料?」
『火をつけるだけで燃えるって事だ。結構面白いらしいぞ?』
「あぶねーよ! さっきからドバドバ被ってるわ!」
『そこへ蝋燭の火をたらしてみるが良い。……捗るぞ』
「何が捗るんだよ! ただの間抜けなファイヤーマンじゃねーか!」
思わず突っ込む。
『そうか……それは残念だ』
しかし返答はあらぬ方向だった。
ブックの考えることは本当によく分からない。
もしかしてコイツも元々はどっかの変態冒険者か何かの形をしてたのか?
まあ、迷宮で生まれたやつに碌なやつは居ないと思うが……。
『今、私の事を変態とか考えたか?
貴様は人の事いえるのか?』
人なのか怪しいけど、人の事も言えない気もするな。
つーか、お前は本で人でもないだろ……。
『人間の姿をして、骸骨剣士のボロ服と剣を奪い取り、その下は裸一つ。寒さを感じず、暖かさも気にせず、長剣一本でロゥーパを楽しそうに屠る……。これを変態といわず何という?』
「仕方ないだろ! 服がないんだからさ!」
長剣をブンブン振り回しながら俺は怒った。
そう、実際俺は今裸に近い。むしろさっきまで素っ裸だったのだ。
しかし、迷宮に服がおちているわけも無く、仕方なくこうやって骸骨剣士が身に着けていたボロ服を着て今に至る。
今の俺はオークやコボルトの装備品と何ら変わらない風貌だろう。
『それに比べて私を見てみるが良い。 贅沢にも古代竜のなめし革をふんだんに使い、最高級の上質紙110kを使ったハードカバー本だ。こんな迷宮でこんな無駄のようで無駄の無い無駄な洗練さを誇って良いのは私だけだぞ』
なんじゃそりゃ。古代竜がどうのとか、110kってなんだよ。
謎が深まるばかりだぞ。
「……いやでもさ。無駄って言ってるし。無駄じゃないのかそれ?」
理解できる範囲で尋ねてみた。
『……そうなのか?』
するとこれまた、微妙な回答だった。
いや、自分で言ってて疑問で返すなよ。俺も切なくなるだろ。
『…………無駄なのか?』
「いや、きっと意味はあるかもしれない?
俺には何とも分からないが」
『………………そうか』
ブックはそれから何か考えるように静かになった。
静かになったというか、ページを捲っても白紙だっただけなのだが。
ページを戻して先ほどの最後の文章を良く見る。何だか文字が掠れて消え去りそうな形をしていた。
まあ、静かになってくれるなら良いか。
何はともあれ周りの探索が重要だ。
意識を切り替えて、前を歩こうとしたら仲間の骸骨剣士が、いきなり長剣の柄で俺の頭を思いっきりぶっ叩いた。
「痛ぇ! 星が一瞬だけ『こんにちわ!』して見えたぞこんちくしょう!」
骸骨剣士は何か思うところがあるのか、本を指差して怒っているようだ。
再度、柄で殴りかかってきたので俺は避けた。
「痛いから! 俺がブックに言った事が悪かったかもしれないけど!
急に叩くのはやめてください!」
仕方なく、俺がペコペコと骸骨剣士に謝るとやつは俺の事なんか無視して突き進んでいった。もう、何なんだよー!