零話 ―気がつけば―
「気がついたら誰もいない暗いところにいた」
なんていう境遇を一度は体験したことはないだろうか?
無いか……。
いや、今現在の俺がそれに当たるっていうだけの話なんだが……。
何がどうしてこうなってるのかが分からない。
まさに呆けている状態に近いな。
いや、開いた口が塞がらない感じでもある。
近くにあるのは暖かい蝋燭の明かり火と古びた机と椅子が一つ。
それと何が起きているのか分からない俺が一人。
何といえば良いのだろうか……。
この部屋には本当にそれしかない。
明かり、椅子、机があるくらいなのだ。
部屋というのも語弊があるかもしれない。
ぶっちゃけると密室だ。
出口と言う物が無い。ただの四角い部屋に近い。
とりあえず何か無いかと探してみると、机の上にはいつの間にか本があった。
……さっきまでは無かったはずの本だ……不気味すぎる。
この本は何処から出てきた?
あたりを見回せど何か変わったところは無い。
一体どうなっている……。
ゆっくりと迫り来る恐怖感をとりあえず横においといて、俺はその本を手に取った。
なんてことは無い普通の分厚い本だ。
タイトルは無い。
本を広げてみると最初にこう書かれていた。
『ようこそ迷宮へ!』
「…………は?」
思わず変な声を出してしまった。
もう一度本の内容を確認する。
『ようこそ迷宮へ!』
なんだろう……。
この言葉で言い表せないような不快感は……。
俺の直感が、これに関わるべきではないと訴えてる気がする。
まあ落ち着け、深呼吸だ。
そして、自分が誰なのか? から、まず考えるべきだ。
こんな本の事なんて二の次で良い。
俺は確か迷宮を探索している冒険者で…………。
……うん?
……迷宮?
さっきの本も迷宮がどうのとか書いてあったな。
ここでも迷宮が出てくるのか……。
まあ良い。
考えることを続けよう。
盗賊で……戦士で……地図職人で……ってなんだこりゃ!?
なんでそんなに断片的な記憶が出てくる?
しかも、思い出せば思い出すほど走馬灯の様な……嫌な感覚が蘇ってくる。
先ほどまで寒さを感じなかったのに、手足が冷たくなるような嫌な感じだ。
まるでそれは、自分が死んだ最後の光景を思い浮かべるような……。
うわ、なんだか……背筋がゾッとしてきたぞ!
これは今、思い出してはいけない様な感じだ。
変に考えだしてから、一時間は経過しただろうか……。
考えれば考えるほど理解出来なくなる。
頭の中が滅茶苦茶になる気分だ。
心臓の音も気のせいか早くなってる気がする
落ち着け……落ち着くんだ……。
と頭に訴えても妙な緊張感が漂っている感じだ。
そうだ、考える方向を変えよう……。そうしよう。
……名前はどうだ?
俺の事だ、自分の名前を知らないわけが無い。
椅子に座って、ゆっくりと考える。
名前だ……。名前くらい……思いだせるだろう?
名前……名前……。
名前を考えてから、さらに一時間位が経過したと思う……。
結果的にダメだった。
名前に関しては全く出てこない。
むしろ頭痛が増えてさらに俺のストレスが倍増するだけだった。
考えすぎて熱が出そうだ。
「いったい俺はどうしたっていうんだ……」
そうこうしているうちに、不意に目が行く先はさっきの本だった。
そうだ、さっきの本だ。
ここで唯一現状がわかるかもしれない本だ。
俺はすぐさまさっきの本を手に取った。
一ページ目を開いて最初の『ようこそ迷宮へ!』には戸惑ったが、二ページへはどうだろうか?
きっと何か書いてあるに違いない。
現状何も分からないのだから、これで何かヒントでもあれば……。
俺はゆっくりとページをめくった。
すると、次のページにはこう記してあった。
『貴様、ページくらい速くめくれないのか?』
え……何これ……もしかして、本に喧嘩でも売られてる?
何かの冗談の様な内容に理解に苦しみながら俺はページをめくる。
『そうだそれでいい。めくらねば話すらできないからな』
……いやいや、話し合ってすらいないぞ。何なんだこの本。
ページをさらにめくる。
『何なのだと問われば、私は貴様の為に用意された本。
と、でも思ってもらえればいい。また貴様と同じ迷宮によって産み落とされたモノでもある』
さらにベージをめくる。
『しかし本が主体の私より、貴様は私以上に厳しい状況下だろう。
迷宮で死んだ人間共の遺体達から迷宮の気まぐれによって作り出されたのが貴様だ。それのせいか貴様の体は見た目は人間だが、中身は魔物という人間と魔物の混合種になっている』
そこで俺の手が止まる。え……なにそれこわい。
つまり今の俺は冒険者の負け組の固まりに魔物を押し込めてるみたいなものなのか?
「何なんだよそれ……話についていけない」
といいつつも、俺はさらに本のページをめくる。
『ついていけないと言いつつも[自分とは何か?]
と、分かり始めると気が楽になるだろう?
諦めろ。貴様は人間ではない。普通の人間はこんな密閉された場所で本と話すなぞ気狂いも良いところだ』
いや……既に俺の頭がパニックなんですけど……。
さらにページをめくる
『それは災難だったな、まあ……。
ここで生まれた者同士、仲良くしようじゃないか』
そうだな……だが断る。お前は何か高圧的で嫌だ。そこはどうにかならんのかと、俺は声を大にして言いたい。
『それは諦めろ。私は私の言いたいことを記すだけだ。先ほどの冗談も面白かっただろう? 迷宮で『迷宮にようこそ!』なんてな……。我々には皮肉も良いところだ。しかも現在進行形で此処を出られない状況といい。これを人は詰んでいる状況というのかもしれないな』
「皮肉だったのかよ! 分かりにくいわ!」
と、そこで不意にページをめくる俺の手が止まった。
……あれ? もしかして俺、この本と会話して……る?
喋ってもいないのにか?
恐る恐る俺の手がページを一枚捲る。
『私は身近に居る奴の考えを見通せる力があるからな。
貴様の考えている事なぞ全て筒抜けというわけだ』
うわぁ……。これまためんどくさい奴と一緒なのか。
どうしたものかね……。
ゆっくりと思いついた形で思いつく限り書いている作品です。暇な時間の暇つぶし程度にしてもらえれば幸いです。