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姫よ来い  作者: 梨本みさ
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第五話

 カラオケボックスの個室に入り荷物を下ろすと、紘平はいきなりマイクをわたしに手渡した。

「はい、一緒に歌ってよ」

「何歌うの」

「あのワンダフルラブをワンモアタイム」

「なんで英語で言ったのかわからないんだけど」

「歌えるよね?」

「たぶん」

 機械をいじっていた紘平は曲を入れ終わるとそれをテーブルに置き、マイクを持って立ち上がった。

 曲が流れ出す。

「紘平、あの、」

「話は歌い終わってから」

 彼は何か様子が変だ。しかし、聞き出すこともできない。紘平の口調は、妙に拒絶的に感じられた。

 仕方なく、ソファーに腰を下ろす。紘平はわたしをちらりと見て、視線を画面に戻した。


 歌い終えると、紘平はふぅと息をついて、うなだれるように座った。

「紘平、」

「あー、何か、飲み物でも頼むか」

「紘平!」

 強く名を呼ぶと、紘平は黙った。やはり、彼はおかしい。

「なんなのよ」

 訳わかんない。最近の態度はなんなの。なんで、いきなりわたしをカラオケなんかに誘ったの。

 紘平は無表情のままわたしを見つめ、そして自嘲的に笑った。

「俺ねぇ、失恋しちゃったんだぁ」

「……は」

 なんだ、それ。

 マイクが急に重くなり、腿の上に落ちた。

「好きな子いたんだけどさ、その子、カレシいたんだよ」

「……」

「ぶっちゃけ、もしかして、向こうも俺に気があるんじゃないかな、なんて期待してたんだけど、」

 だめだったよ。そう言って、紘平は目頭を押さえた。

「美緒」

「……何」

「歌おう」

「……」

「じゃあ俺、適当に歌ってるよ」

 「失恋ソングにしよっかなー」なんて一人ごちながら、紘平は曲を選び始めた。

 座っているのに、頭がグラグラする。胃がツキンツキンと痛みだした。

 あぁ、わたしは、失恋したんだ。

 紘平が失恋したんだからチャンスだ、なんて考えられるほど、わたしは前向きでない。

 紘平からそういう目で見られていないなんて、わかっていたではないか。今更だ。悲しむようなことではないさ。

 いくら言い聞かせようとしたところで、全くもって無駄なことも、わかっていた。

 わたしも歌おう。とにかく、歌おう。大声で歌えば、スッキリするかもしれない。


「なぁ、美緒。あれは、歌うって言わないよ? 叫ぶって言うんだよ? さっき、どこぞの女子高生がニヤニヤしながら覗いてたの、気づいてた?」

 自棄になって某アニメの主題歌を大声で歌ったわたしは、紘平に引かれた。もう、どうでもいいけれど。

「何、どうしたの、怒ってる?」

 何も言わないわたしを心配したのか、紘平がテーブル越しにわたしの面を覗き込んだ。

 うるさいな。怒ってるんじゃない。悲しんでるんだ。こっちだって現在進行形で失恋中なんだバカやろう。

 気を抜いたら涙が零れそうで、唇をきつく結んだ。

 怒ってないけど、ムカつく。悔しい。腹立たしい。イライラする。……やっぱり、怒っているのだろうか。

 視界がぼやけ、あっと思った時には涙が零れ出ていた。

 紘平が息を飲む気配が伝わる。

「美緒! えっ、ちょっ、どうしたんだよ」

 テーブルを回り込み、紘平が駆け寄ってくる。隣に腰を下ろした彼は、一瞬躊躇った後、わたしの肩を抱いた。

 一旦流れ出した涙は、なかなか止まらない。わたしは紘平から顔を背けると、ハンカチを目元に押し当てた。

「何か、あった? それとも俺、ヤなこと言ったか?」

 紘平の口調は、本気でわたしのことを心配しているみたいで、余計涙が溢れ出た。わたしは、首を横に振ることしかできなかった。彼はこれ以上は何も言わず、黙ってわたしの背中をさすってくれた。

 そんな彼の優しささえも、今はただ憎らしかった。


「美緒。話せることだったら話してよ。俺、聞くから」

 わたしが落ち着いてきたころを見計らって、彼はそう言った。腕は、まだわたしの肩に乗っている。その重みは、心地よかった。

「……わたしも、失恋したの」

 先ほど失恋を告白した紘平のように、わたしも言ってしまいたかったのだ。それで互いの辛さを共感できれば、それも悪くないかな、なんて思ったりもした。

 スッと、肩が軽くなる。紘平の腕が下ろされたのだ。つられて彼を見上げると、彼は、冷ややかな目でわたしを見下ろしていた。

「なに、それ。俺のこと憐れんでるの? それとも、バカにしてんの?」

 その声色は、ぞっとするほど冷たかった。

「は……。なに、言ってんの……」

 恐怖に近い感情を抱き、声が震える。

「それはこっちのセリフだ。なんで、おまえが失恋するんだよ。つき合ってる奴、いるくせに。はっ、それとも、もう別れたわけ?」

 紘平は、嘲るような笑みを浮かべた。彼のこんな顔、知らない。

 戸惑いと怯えで、彼の言葉を取り込む作業がスムーズに進まない。紘平は苦しげに顔を歪ませると、横を向いた。そして、吐き捨てるように言った。

「同情で話を合わせてほしくなんかないんだよ! 失恋の話なんて、ホントはするつもりなかった。俺はただ、最後にこうして一緒に遊んで、楽しかったなって言って終わらせたかっただけなんだ」

 最後って何。終わらせるって、何を。

「それを、なんだよ。なんでわざわざ嘘つくわけ? 何がしてぇんだよ!」

「嘘なんて言ってない! わたし、誰ともつき合ってない」

「とぼけてんじゃねぇよ! 俺は知ってんだ」

「知ってるって、何を」

「三組の藤原って男とつき合ってんだろ。同じ中学なんだってな。しかも、イケメンらしいじゃん」

 なぜ、ここに藤原くんが出てくるのだろう。本当に、意味がわからない。

「違うよ。それに藤原くん、カノジョいるし」

「だからそれがおまえじゃないのか」

 なんでそうなる。会話がうまく噛み合わない。だんだん、イライラしてきた。さっき泣いてから、情緒不安定なのだ。わたしは、その苛立ちを抑えることができなかった。

「いいかげんにしてよ! 藤原くんが何だっていうの!」

 いきなり叫んだわたしに、紘平はたじろいだ。

「わたしがいくら失恋しようが、そんなのわたしの勝手でしょ! なんでそれを責められなきゃいけないの。ふざけんな! あんたなんかに、何がわかるよ! こっちは、ずっと好きだったんだから。好きで、すごく好きで、紘平のことしか考えられなかったの! なのに、それなのに……」

 失恋したのはわたしだって同じなんだ。紘平から怒りの矛先を向けられる筋合いはない。ふざけんな。ふざけんな。

「え……、俺?」

 紘平が、ポカンとしたような声を上げる。そこでわたしははっとした。

 わたしは今、何を言った? サーッと血の気が落ちる感覚がした。

 最悪だ。

「……帰る」

 リュックを持って立ち上がる。すると紘平に慌てて腕を掴まれた。

「待って待って。とりあえず、もう一度話そう。今度はちゃんと聞くから。俺も、話すから」

「イヤ、帰る」

 紘平の手を振り払おうとするも、放してもらえない。

 最悪。最低。紘平の顔が見られない。友達でもいいなんて思ってたけど、やっぱり嫌だ。もう、疲れた。

「な、ほら、座って。ジュースか何か、奢るから。なぁ、美緒……」

 シットダウン。ついでにカームダウン。泣きそうな笑みを浮かべながら、紘平は冗談っぽく言った。……泣きたいのはこっちだよ。

 仕方なく座り直すと、彼はホッと息をついた。

「えっと、とりあえず確認したいんだけど、藤原とはつき合ってないんだな?」

 まだ言うか。

「つき合ってないって、何度も言ってるじゃん。だいたい、会話すら、高校に入ってから一度もしてないのに」

「うん、ごめんな。……あれ、じゃあ、藤原は、どこから出てきたわけ」

「紘平がいきなり言い出したんでしょ」

「いや、そうだけど、そうじゃなくて。……俺、美緒が藤原とつき合ってるって話、聞いたんだけど」

「藤原くんのカノジョ、市川さんだよ。わたしたちのクラスの」

「市川? 全然違うじゃねぇか。なんだよあいつら、美緒って言ってたくせに」

「あいつら?」

「あ、あぁ。俺の友達が、美緒にカレシができたって……あ、」

 紘平が、何かに気づいたように声を上げる。同時に、わたしもやっと理解した。

「市川澪」

 わたしたちは顔を見合わせると、声を揃えて唱えた。紘平が頭をかきむしる。

「あー、もう、ちくしょう、あいつら! 何が『みおちゃん』だ! わかってて言いやがったな」

 わたしの位置から見える紘平の耳は赤く染まっていた。かわいいな、と思ってしまう。

「ええと、美緒、その……。俺、やっぱりまだ、失恋はしていなかったみたいなんですが……」

 顔を上げた紘平は、まっすぐわたしを見て話し出した。その面は、やはり紅潮している。

 その意味を悟ったわたしの胸は、トクンと高鳴った。

「さっきは、ホントに、ごめん。それで、ええと、な……」

 わたしの左手に、彼の右手が重なった。上から、握りこまれる。

「……好きなんだ」

 心臓がバクバク鳴っている。どんな顔をしたらいいのか、そもそも、今自分がどんな顔をしているのかもわからない。

「美緒。もう一度、はっきり、言って? 俺、ちゃんと、信じるから」

 紘平の声が身体の内に優しく響く。

 わたしは紘平に握られたままの左手をほどくと、逆に握り返した。

「紘平、」

「うん」

「好き」

「……うん」

 ふわりと、包み込むように抱き締められる。熱が、伝染していく。トクトクトクと響く彼の鼓動は、わたしよりも速かった。

 彼の肩口に額を押し付ける。さっき流しきれなかった、最後の一筋の涙が頬を伝った。





 駅の前で別れようとすると、紘平は電車が来るまで一緒に待つと言ってくれた。構内の空いたベンチに腰掛ける。

「なぁ、俺のこと、いつから好きだった?」

「小学生の時からだよ。中学では忘れかけてたけどね」

「うっそ、小学生って、俺めっちゃ小さかったじゃん。美緒って男の趣味悪いのな」

「ホント、自分でもそう思う」

「そこは否定しろよ」

 紘平に肘でつつかれる。笑いが込み上げくる。

 こうして彼の隣で笑えることが、ものすごく嬉しい。近頃よそよそしかった彼の態度は、悪友による誤解のためだったようだ。今日わたしをカラオケに誘ったのも、自分の気持ちに区切りをつけるきっかけにしたかったらしい。全部、紘平が自ら話してくれた。

「じゃあ、紘平は?」

「俺? 俺は、この世に生を授かった瞬間から美緒が運命の人だとわかっていましたから……」

「そういうの訊いてない」

「……入学式の日、思いの外かわいく、っていうか、女らしくなっててビビったけど……、好きだって自覚したのは、五月くらい、かな」

「ふぅん」

「昔も、好きは好きだったよ。でも、恋愛感情とか、そういうのは意識したことなかった」

「友達としか思ってなかった?」

「まぁ、そうなるかな。……美緒だって、そうなんだと思ってたよ。たまに期待しちゃうこともあったけどさ。……だから、友達しかないのなら、そのポジションだけは守ろうって……」

「アヤが正解かぁ」

「え?」

「ううん、なんでもない」

 遠くから、プァーッと、電車の笛の音が響いた。

「あ、電車来たみたい」

 わたしが立ち上がると、紘平もゆっくりと腰を上げた。少しの躊躇いを見せた後、彼は口を開いた。

「美緒、今度、プリクラ撮り直そう」

 言われてわたしは、ふざけた恋人仕様の一枚を思い浮かべた。

「美緒に、少しは俺のこと男として見てもらいたくてあんなことしたけど、必要なかったな」

「うん、むしろ逆効果だったよ」

「え、ウソ。逆効果って何?」

「べっつに? じゃあ、わたし帰るから」

「あぁ、またな」

「うん、また明日」

 手を振り合い、電車に乗り込む。乗ってからも、窓の外の紘平を探すことはしなかった。彼との別れで初めて、わたしは寂しさを感じなかった。


 たまには坊主が出たっていいじゃないか。そのまま終わってしまうとは限らない。だって、きっと、わたしはまた姫を引くから。一度失っても、形を変えて、また戻ってきてくれるから。


 動き出した電車の窓から外を見やる。見慣れた街並みは夕暮れに染まり、それぞれの大切な人の帰宅を迎えていた。


第五話をもちまして、『姫よ来い』は完結とさせていただきます。


I wonder what has become of the boy I used to feel affection for.

わたしがかつて好きだった少年はどうなっているだろう。


最近授業で習ったこの英文が、今回の小説を書くきっかけになりました。


最初は片思いのまま終わらせるつもりだったのですが、ハッピーエンドにしたい気分になったので(笑)。



最後に、ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


梨本みさ

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