早まった現象
アリス・クリスティアは本線試合最後のD戦の試合を見終えて体を震わせていた。
「なんてことよ。「クリーチャーズチャイルド」は死んだはずなのに‥‥。彼女はやはりライラ・ミシリアなの?」
ウィンナ・グローズVS SDの試合を見た感想はまさにその一言が口からこぼれ落ちる。
クリーチャーズチャイルド――アルベルト・イーガーによって作られた実験体の子供たち。
通常の人間に亜人の力を無理やり流し込み入れた最強の人種。
その子供たちはあじんの力を取り入れたことによる副作用で他者の魔力を奪い取ることを可能とした極めて危険な子供だった。
アルベルトはそんな子供を兵士として動かし世界に反旗を翻し横浜を壊滅させた。
当時の横浜解放戦線において、クリーチャーズチャイルドのことで大きな議論が及んだが結局のところ孤児であったことや危険な存在で多くの人の魔力を吸収し虐殺したとして処理を決断した。
アリスもその処理に一役かい、苦い思い出となったのは記憶にあった。
まるでトラウマを呼び起こさせるかのようにあそこにその生き残りが立っていた。
痩せこけて倒れたSDは救護班の手で早急に担架に乗せ運ばれていく。
「やはり、薬膳さんの話の通りになってるとしたらやばいわね」
貴賓室のある天井備え付けのホールを見据えた。
そこには今回のためにと紹介されたユリハネ・メルティシアがいる。
国家の『テロ対策室係』も早急に彼女の対処に向かうように行動を起こしてると聞くがなんら行動の余地が見えないのは一体どういうことか。
「彼らは何をどうしてるのよ!」
アリスはD戦本線の終了コールを聞きながら席を立つ。
「とりあえず、彼女を倒さないと優の呪いも消えないってわけね」
優に呪いをつけた犯人はこれで判明した。
しかし、呪いに関しては優本人が彼女を倒さなければ解除されない。
「優に知らせなきゃ」
急ぎ病室に向かう。
その時着信コールがかかる。
急いでるというのにだれよと思いながら端末を手に取り起動をした。
出た表示名は、北坂雪菜からだった。
「雪菜ちゃん?」
応答ボタンを押して出てみる。
息を荒くしてる彼女が慌てたように涙混じりで言い出した。
『やっと、でた! アリスさん大変なんですお兄ちゃんが――』
アリスはその言葉を聞いただけで足が素早く動き出していた。
*****
アリスは絶望的になっていた。
血の気が引き、現実を捉えきれていない。
北坂雪菜が泣き崩れ、傍らにエリスが下唇を噛み締めた表情。
茨木童子、湖ノ故鼎、御厨かなで、加倉井杏里ら4人は悔しげに拳を固く握り締めおつう屋のような表情を浮かべベットに点滴と生命維持装置を取り付けられ眠る彼を見下ろしていた。
その彼を診察してるのは一人の病弱そうな白衣の美女とSWAT制服に身を固めたハンサムな三十路の男。
アリスは確信を抱いた彼が死んでしまったと――
「うそ‥‥よね」
「「優さんは!」」
後からアリスの後ろから駆け出してきたふたりの少女と一人の厳格な男が走ってきていた。
特部のリーナ・久遠・フェルトと宇佐鳶友美、そして、世界対策統治管理責任者兼国防総省長官兼亜人管理担当官庁の源蔵正一であった。
彼はアリスの横を通り抜け薬膳と伊豪を見て聞く。
「彼はどうなった?」
「数分前にぃ心停止ぃ。その後脳死がはっかくぅ。で、現在だよねぇ。でも、実に面白いのは彼女ウィンナ具ローズの試合開始後に怒ってるんだよねぇこの現象」
「薬膳さん、面白いとはいい方がひどいぞ。もうすこし患者に対して敬う言い方を」
「患者ァ? これはもう単なる肉のかたま――」
「お兄ちゃんはまだ生きてる! 死んじゃいないでしょ!」
雪菜が涙ながらに彼女の襟を引っつかんだ。
首元を食い破らんばかりの強情な瞳に気圧され、薬膳は目を細めて――
「話してぇ貰えないかなぁ。彼を治せるのはァ私しかぁいないんだよぉ」
アリスやその場にいる全員が耳を疑うセリフを聞いた。
「薬膳その話は―――」
「その話はどういう意味! 彼を治せるのっ!?」
この場にいるトップが聞くより前にアリスが聞いてしまう。
源蔵は目を伏せ「ったく」と言いたげな表情でだんまりを決めこむ。
「治せるかなおせないかで言えば治せるよぉ。彼は確かにいま植物状態になって危険な状態だねぇ」
そのあと隣にいた伊豪がまさかと言いながら続けていう。
「薬膳、彼の根本は呪いによる作用でこうなったのはわかってるよな? そんな状態でそのやり方を行えば危険を伴うぞ」
何かを二人だけでわかったようなに話をしてる。
アリスは気が気でなくって叫ぶ。
「二人だけで分かった会話をしないでしっかり答えてください! 彼をどうする気なの!?」
「彼にとある力を与えるんだよぉ。こうまで呪いが進行するともはや呪いを解いたとしても彼に眠る力が彼の体を蝕み死に至らしめてしまう。今は呪いの作用でもあるけどぉ実際これは彼が過剰に能力を使用した原因も含まれてると言える状態なんだよねぇ、きひひ」
「何が言いたいの? 彼をどうする気なの?」
「彼に新たな竜の力を取り入れる」
伊豪の言葉を聞いてアリスや源蔵以外はどういう意味だという表情をした。
ぎゃくに二人は衝撃と驚愕に顔を染め上げアリスが薬膳に掴みかかった。
「いい加減に彼を実験体のように扱うのはやめてって言ってるでしょ! あなたは彼をそうやってまた苦しめるき!」
「きひひっ! でも、そうしないと彼を助ける道はないよ」
「薬膳研究長、これに関しては私も同意しかねる。今回もまた彼に龍の力を与えればどうなるかわからんぞ。竜の力は強大であり、天変地異を起こしかねない。ひとりの半亜人に入れる器としてはあまりにでかすぎる。最初こそ上手くいいったが二度目は可能としない。彼にはもう最強の竜の器が浸透してるんだ」
置いてけぼりとなってるグループの代表として雪菜が会話を聞いていきタイミングを計り聞いてみた。
「ちょっと、いいですか? その龍の力ってなんお話しですか? まさか、シートコールの時にお兄ちゃんが見せたあの力のことですか?」
アリスはしまったという表情をした。
龍の力は極秘事項だった。
特に知ってるのはごくひとにぎりでこの場では薬膳、伊豪、源蔵、アリスしか知らない。
「竜を君たちは知ってるな?」
意外にも口を開き説明を始めたのは源蔵正一だった。
アリス、伊豪、薬膳は目を見開きつつ彼に任せることにした。
その際に薬膳は面白そうに微笑みを浮かべている。
「存じ上げてます。確か古代の異世界の生物だとか」
「でも、それってー、リザードマンとか、ドラゴニュートと何か違うわけですかー?」
エリスとリーナが知識を絞って問を投げてくる。
「リーナ特部官まったくもってそれらの亜人とは違うのだよ。エリス君の言った通りのほうが正しい。古代の異世界生物。随分昔に絶滅した存在だ。その古代生物の遺伝子を少し引き継いだ存在が君たちの知ってる亜人、ドラゴニュート、リザードマンになるのだがまずその話は置いておこう。話を戻すとその絶滅した古代生物は実際その通りでもうこの世にはいない」
「でも、先ほど力がどうと説明をされてましたがどういうこと?」
雪菜が心配そうな眼で彼を見つめた。
「絶滅した古代生物でも化石というものが存在したりその死体は存在する。現在、保存状態の良い最強ドラゴンのミイラを国家組織は持っているのだ」
『っ!』
「驚くのも無理はないな。君たちは聞いてると思うが彼が過去に大きな事件で死にかけたのは知ってるな? その一つが横浜解放戦線。その時彼は瀕死の重傷を負い、薬膳研究長の手でドラゴンの因子を注入した」
「それってあの時ですか。お兄ちゃんが長いあいだ入院してた時期」
アリスも記憶を掘り返した。
そう、2145年の出来事だった。
まだ幼い彼が瀕死の重傷を負い死にかけ今後も活躍を見込まれていた優秀な人材であり、遠井優の後継だった彼を失うのを恐れた政府が行った計画により生み出された最強の生体兵器とも呼ばれるべき存在にされた彼。
ドラゴンの血には未知の力が各種眠っていた上でのかけに行われた実験だったがうまくいってしまったことでなりったことでもある。
「ドラゴン後には謎が多くそれを使えば彼を活かせると思った政府は計画を実行した。薬膳の発案だったが政府も了承せざるなかった。彼は今でも政府の最強の兵器とされているし昔もだった。しかも、彼にはあの私の前任者遠井優の血が流れている。だからこそ、彼を失うわけにも行かなかった。今もそうだ。政府は彼を失うことを恐れてる。特に遠井の血は重要なのだよ」
そのは話を聞いて静まり返る病室。
その時こんこんとノックが響いた。
現れたのは――知的なイメージを思わせるメガネの20代くらいの美男子。
電子工学システム管理担当者室長可能陽一だった。
この世界の情報塔とも言うべき彼。
「長官、数時間前ユリハネ・メルティシアが姿をけしました」
「わかった。すぐ行く。薬膳。因子に関してはもうすこし待て」
そういいながら源蔵正一は病室からいなくなった。
「くくっ、まあ彼の言うことなんか聞かなくても私はあなたの了承さえ得られればすぐに彼に治療施すよぉ。さぁ、どうする?」
「おい、薬膳おまえ長官の指示を無視すれば国家反逆罪に問われるぞ! やめろ!」
「伊豪、あなたもそういいながらそれしか方法はないともうお考えじゃないのかなぁ? きひひ」
「それは‥‥しかし‥‥あの龍を使うというのだろう‥‥?」
「あの龍?」
アリスは意味深なその物言いに流石に反応しないわけにはいかない。
「あの龍とは?」
「カオスドラゴンだよぉ。混沌の龍。闇と光を司る最強の邪竜さぁ、キヒヒ」
「邪竜ですって!?」
「アリスさん、邪竜って‥‥」
「それは‥‥」
雪菜の質問に答えを渋る。
邪竜――世界を災厄に導いたとされる災厄の龍伝承があるもっとも関わることを禁じたドラゴン。
「ユキナ、邪竜とは災厄の龍というドラゴンです。世界を壊し自分の力を証明するためだけに暴れ、自分以外を餌としか思わない最凶最悪の暴龍」
アリスの代わりとばかりにエリスが説明をした。
途端に雪菜は彼の上に覆いかぶさってっモル用に薬膳を睨みつけた。
「そんなのをお兄ちゃんに使う? ダメ! それはゆるさない!」
「でも、そうしないと彼は死んでしまうんだよねぇ」
「それでも――」
そのときだった。
「使え‥‥薬膳‥‥俺は‥‥長くない‥‥そいつを使って‥‥生きられる‥‥なら」
一瞬で病室内が凍りついたような衝撃を受けた。
彼、優が目覚めたのだ。
「お兄ちゃん!?」
「ありえないぃ、どうしてぇ脳死で目覚められてるんだいきみわぁ! きひひ! こりゃぁおもしろいねぇ」
「魔力で意識を維持させたのかっ!? なんてすごいことを」
「薬膳さん‥‥邪竜を‥‥使ってくれ」
雪菜が彼から離れて目を見た。
虚ろな表情で紡いだ唇。
そんな必死の意思を伝えるかのような彼は言う姿を雪菜は見つめた。
「お兄ちゃんそんなことしたら死ぬ! もしかしたらお兄ちゃんじゃなくなる!」
「関係ない‥‥雪菜‥‥俺はオヤジ‥‥見つけなきゃいけねえ‥‥それまで死ねない」
「お兄ちゃん」
「だから薬膳さん‥‥頼む」
彼の意志が決定となったかのように誰もが黙り込んだ。
「わかった。君に邪龍の因子を投与しよう。きひひ。面白いねぇ君はァ」
「おい、薬膳そんなことをすれば――」
「伊豪調査官。今回はあなたも私止める権限はない。今回の件は上が私に一任してるんだからねぇ」
「くっ!」
「じゃあ、早速始めるよ」
薬膳がそのまま彼をキャスター付きの治療代のベットに移し変え病室から特殊な手術室へ移動を開始した。




