『シートコール』の内情
グレンダ・リーベル――『シートコール』第5調査隊隊長としての役職である銀髪の美人令嬢は社内の訓練ルームにて装備を準備する。
射撃訓練場と剣技訓練場の二つを合併した大部屋。
その射撃訓練の部屋の範囲のスペースに突如として表れた形だ。
周りではむろん、訓練途中の人たちが多数おり私とグレンダに集中的に目線を向けた。
私は冷やついた殺気を放って周りの目線を一瞬で離させた。
グレンダがおもむろに溜息を吐いた。
彼女の背後には先刻、サードより教育係を任命授かった相手北坂雪菜の姿。
「ついてきなさい」
と誘導するように声をかける。
周りの連中は極力一回だけの冷めついた視線に当てられただけで目を合わせようとはしなかったが妙にそわついたような感じが体からにじみ出ている。
殺気には異常なものを感じ取ったのだろう彼女はびくりと体が反応をするように小刻みに動いた。
殺人者としての本能がそうさせたのがよくわかる。
「‥‥‥‥面倒ですね」
「これからどちらに?」
「黙ってついてきなさい」
面倒なことになってしまった。
つい、そんなことを考えながら訓練ルームを雪菜とともに出る。
これから向かう先は外部、外。
『シートコール』に接近する怪しい人物たちの抹殺。
彼女の腕を試すにはもってこいの戦場。
彼女、北坂雪菜もこれから何をされるか気づいたらしくこちらを一瞥しただけで歩を止めることはない。
止めずについて行く。
彼女をグレンダは見つめる。
未だにこの女は信用できない。
彼女は黙ってついては来てるが道を記憶するように見回している。
「雪菜さん、何考えてますか?」
「‥‥‥‥別に何も考えていません」
グレンダが何気ない質問をする。
たぶん、彼女は逃げる算段でも売ってるのかと考える。
けど、今の雪菜はそういう感情などなくなってる。
(あのサード様に催眠を受けているはずですからそれはありえませんね)
何を考えてたんだかと思ってしまう。
「心配はなさそうですか」
何を心配する必要があるのでしょうか。
もし、同情を抱いてたなら『掃除屋』の侵入者の男に妨害行為をしないはず。
ただ、『サード』の命令に従うまでの彼女です。
でも、どうしてこう考えてしまうのかは分からない。
しかし、あの男のために今は奮闘するべきだというのが頭の中にインプットされてる彼女。
生まれた時に初めてこの人が親だと理解する子供の動物のように、固定概念のような感情と思考が頭にあるはず。
彼のために働くんだという固定概念。
「エレベーターに乗っていきますね」
訓練場から出て廊下を歩いてしばらく。
曲がり角の先にあったエレベーター。
グレンダが下の階のボタンを押した。
「来ましたね」
開閉扉が開き乗り込む。
機械の駆動音が聞こえ空圧によって耳がおかしくなる。
例の耳が詰まったような感覚である。
しばらくして、ポン、と音が鳴り到着し扉が開いた。
すると、なぜかあわただしい社員らの姿が見て取れた。
とりあえず、降りて廊下を突き進み、近くにいた人にグレンダが声をかけた。
「何があったのですか?」
「っ! グレンダ第5調査隊長! お戻りになられてたんですね!」
「あいさつはいいから、この事態はどうしたんですか?」
グレンダが声をかけると眼鏡をかけた部下の女社員は雪菜を疑う目線を向ける。
グレンダが「この子は平気です。例の新入です」そう、申し立ててくれて猜疑の目が消える。
後ろの手錠をはめられた二人を見て再度思いなおしたかのように雪菜へ謝辞をのべてくる。
「戦闘が外部で行われてるとのことで早急に資料をまとめ、相手側の情報を欲しいと申されまして」
それを聞いたグレンダが、ブチッ、と聞こえそうなほどの怒りがにじみ出るような笑顔で額に青筋を浮かべていた。
「今、資料を探してると?」
「‥‥‥‥」
「さっさと済ませるんです! ちんたらやってるんじゃありません!」
「も、申し訳ありません!」
その言葉を聞いてどういうことかすぐに察しがついた。
状況対応が出来てない。
先ほど『掃除屋』の男が捕らえられたと聞いたばかりだからこそ、それと結びつければ把握はたやすい。
なのに、こいつらは把握をしてはおらず、外部から敵が接近するなど考えてもいなかったんでしょう。
龍牙優という男が侵入し、内部で戦闘があった。
龍牙優が捕まった報告があったのはおよそ1時間前にも関わらず国家の『組織』を調べきれてはいない。まとめ切れてもいない。
あきれてしまいます。
「とりあえず、まず、台車を数台持ってきて資料なんかは全部かごに移すんです。資料は全部資料室に放置でいいです。
あの広いスペースなら3人いれば平気ですから資料室に3人割り振って資料整理です。それと、出てきた資料を今すぐ私の手元に――」
と、グレンダは状態にあきれて資料管轄長としての職務モードを見せる。
「情けないんじゃないですか、分担がまともにできてないからそうなるのです。
伝達もダメ。それにこんなに人数はいらないです。さぁ、しっかりと今言った役割を周りに伝達し即行動してください」
彼女の言うとおりこの場所には総勢30人以上が行き交わってるし、
資料のまとめもめちゃくちゃになっていてその辺りに放置されてる。
「す、すみませんでした! すぐに対応をいたします」
「ええ、手早く頼みました。私も忙しいからこれで行きます」
あわてたように彼女はあわてた人混みの中をくぐって進んでいく。
その後を彼女の存在に圧倒されながらついて行く。
「北坂雪菜、これを読みなさい」
手渡された資料をグレンダは雪菜へ渡す。
雪菜は資料を読みふける。
組織の構造図および、組織のメンツ。
「今回の相手です」
「‥‥‥‥外部にいる敵ですか?」
「その資料の一部がそうです。国家の組織は大きいです。外部には『特別任務対象部』と呼ばれる存在の二人がいます。彼女らの相手をあなたがしてください」
雪菜はそう言われて一枚の資料を見つめた。
2枚の顔写真。
心の奥底からずきりとした痛みを雪菜は感じて顔をゆがめる。
(なにこれ)
一瞬何を考えたのか。
首を振りただ、歩きだしたグレンダへついて行く。
後ろではあわただしく資料整理に追われる『シートコール』の社員。
「さぁ、雪菜行きますよ」
出入り口扉を抜けて外に出ると遠方で銃撃音が聞こえた。
「私はこのまま北東に向かいます。あなたは北西へ。それからこちらを持ってください」
「これは?」
「連絡用無線通信機です。任務達成次第あなたは私か内部の者に連絡を行ってください。私も北東にいるものと戦闘を行います」
「‥‥敵は別行動してるのですか?」
「そうです別々に動いてます」
「‥‥わかりました」
「北西には別の仲間がいます。アーリン第1執行部隊長とその部下がいます。
何かあれば彼女に助力を願うことです。これは私なりのあなたへ対する教育です。おわすれならず。では」
そう言い残しグレンダは北東へ向かった。
「‥‥‥‥」
グレンダの背を見送って雪菜も無言のまま駆け出した。
――――到着後見た場所はひどかった。
乗り捨てられたと思われるバスや車。
誰かのいたずらか落書きまみれでバスの窓ガラスや乗車席は外され内部はずたぼろ。近くにはバス停だっただろうかバスの停留所の看板がひしゃげ落ちていた。
その中で剣劇音が耳に届き少し歩いてみれば崩れた歩道橋の瓦礫の向こう側――デパート沿いの高速道路付近で戦ってる人の姿があった。
この深夜でもみえたのは唯一彼女たちが放出する魔力の波動と、生きた街灯のおかげであった。
「こんな‥‥杏里ちゃん!‥‥どうして!」
「わたしは杏里じゃないッス! アーリン・カークラインッス!」
「友美ちゃん、何を言っても無駄だよ―!」
二人の国家の人間を相手に奮闘する仲間の姿。
周りの部下はといえば、倒れていた。
血みどろの肉片と化して。
爆撃機でも落ちたのかと呼べるクレーターの後の上で戦う3人。
彼女の援護でも入るタイミングがうかがえない。
「ん? なんだー、雪菜来てたッスか。助かったス。この二人を相手に一人はきつかったッス」
「っ! ゆきなちゃん!」
「雪菜!」
一人の女が駆け出してくる。
彼女は敵対新はなく両手を広げてくる。
(何こいつ? なんだか心をいらつかせる)
雪菜は反射的に刀を召喚し、一閃。
「がふっ‥‥ゆきな‥‥?」
あとからもう一人の子も私の姿を見て油断した様子でアーリンに一撃をもらって膝をついていた。
けれど、まだ戦う気力はある様子。
雪菜が切り裂いた彼女は地に倒れて動く様子を見せない。
「‥‥致命傷。‥‥動くわけないか」
そう思ってアーリンの火星へ向かう矢先背後から殺気。
刀でその背後からの奇襲を受け止める。
「こんな‥‥ところ‥‥やられ‥‥はず‥‥いよ―」
苦しそうに血がにじむ体を起こす。
彼女が来てる服装がなぜ自分と一緒なのか雪菜にはまるで分らなかった。
しかも、心がざわつく。
「‥‥あなた見てるといらつく!」
「きゃっ!」
「リーナちゃん! ――くっ!」
彼女の仲間らしきもう一人の子が援助をしようものだがアーリンがその行く手を阻むように一撃浴びせる。
「さぁて、第2ラウンドッスかね、雪菜、そっちの子頼んだッスよ」
「‥‥了解です」
雪菜にはわからないけど、ただこの苛立ちを止めるために雪菜は武器を構えた。




