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土曜日の午前中に帝都着となる新幹線の車内は指定席車両ということもあって、若干混んでいた。不快にも、又心細くもならない丁度良い位の人口密集率だろう。

隣席を挟んで見える車窓は、どんよりとした灰色の空と僅かな光にも輝いて見える緑が鮮やかな水田のツートーンカラーだ。

そのツートーンカラーに絶賛水滴が描く白い斜線が追加されていく。

天気予報は久しぶりの晴れ間を堂々とうたっていたので直人はこの時期とはいえ傘は持参していない。今年の梅雨は始まったばかりだというのに、直人はすでに雨はもう懲り懲りだと思うほど先日濡れたのだ。正直勘弁してほしい。

そもそも、濡れた足元は滑りやすく、人は容易く転んでしまうのだ。

たとえ注意をしていても。


目の前の電光表示盤にはまだまだ、行き先としてしか目的地である終着駅の名前は流れない。

昨今諦めしか感じられないバイトを重ねるうちに直人は気がついたことがある。


奪うものと奪われたも。立場は正反対の筈なのに、時折滑り落ちる穴はおなじだったりする。


ならば、早く雨があがり、舗装が少しでも乾けばいいのにと願わずにはいられない。



各々のパーソナルエリアを守るため他人との線引きにシビアになったこの世界は、同一空間の他人には〈大多数の正義〉をかざし無関心を装いながらも、〈個別の自由〉を歌い匿名という仮面を被った途端、黒く潰れてしまった人にも白飛びしてしまった人にも、極めて残忍な表情を見せつける。

罪を犯した事を認知し、深く反省し償うことは必須だ。けれどそれにも度合いというものがあるだろう。

その昔、伝説の白兎は目的を果たすため和邇を騙しその皮を剥かれた。けれどその後に差し伸べられた優しい手に白兎は救われた。

直人のような決して赦されないことならしかたがない。けれど、些細なミスと言っても良いようなことにでも〈個別の自由〉を歌い仮面を被った人々は非ばかりを突き詰め、底の見えない懺悔を求め、爪先立ち程も残されていない居場所さえ奪い取る。

「きっと、交通や通信が発展して、せっかく〈お隣〉の範囲が広がったのにそれと同時におおらかさが無くなったのね。やり過ぎな正義を振りかざして自分で自分達の羽をもぎ取っているのよ。この世界で生きる私達、無様よね」

罪を犯した時点でクズだけど、関係者でもない人間が騒ぎたてるのもクズよ。許される事のない重罪人の思考だからこれだってトチ狂ってるんだろうけど。

センターの事を知る前、誰よりも広い〈隣〉を抱える七瀬は直人に悲しげな空笑いを見せながら静かにそう言った。


それらが昔より災厄に身を沈める人々を増やした原因なのか直人は知らない。

けれど些細な間違いで〈大多数の正義〉や〈個別の自由〉に翻弄され、足場を全て奪い取られて災厄へと身を焦がし大罪に手を染める多くの人々を、片手で足りるこの数ヶ月という短い期間に直人は沢山みせつけられてきた。


直人も以前、足場を失った。

直人の場合、犯した罪の重さはここ数ヶ月みてきた人々と比較にならないほどの重いものだ。

認知されることのない罪を問うものはいなくとも、まとわりつき離れない罪悪感に、自分が赦される余地さえないこともわかっている。はじめの頃は己の余りの罪の重さに地につかぬ足から全てを沈め、消えて無くなる以外、何も思い浮かばなかった。

けれど消えて無くなりたいと思いつつも、同時にあの美しい燃えるような夕焼けの中、交わした言葉だけは常に直人の中で真実だった。消えて無くなることに恋焦れ、やらなければならない罪滅ぼしに胸は押し潰され、荒れ狂う心に、穏やかな日常を維持したままの、ぬるま湯のような高校生活はあの日の残像のようで硝子細工のように儚く切なささえ感じてしまう。

だからか……と言えば言い訳でしかないのだろうが……、永遠とは約束できないけれど、許されないこの時を一時期でもいいから守りたいとさえ直人の心は勘違いしてしまい、既に重罪を重ねた身、多少の罪とその償いならば喜んで受け入れるようになってしまった。

慣れとは恐ろしいものだ。



直人はこれから、神でもないのに過去の自分に似た罪人をいつものように裁きに行かなければならない。

達観はできないものの現状への悲観もない。結局のところ写真撮影に例えるならば、今日も直人の寛容度はオーバー気味かアンダー気味であり適正値には程遠い。

そうなれば楽しむしかないだろうと散々足掻いた後、腹をくくったのは数か月前。

人間諦めも大切だと学んだ。



*****



朝のニュースの天気予報が今更ながらに前日の梅雨の始まりを告げたその日、おかげさまで体調が悪い中の無茶振りより、雨と逆凪が奪ったとしか思えぬ体力の不足の方が酷過ぎて、直人は予想通り強引に伸ばした筈の退院を更に三日自動延長した。

激しく症状が変わった肉体をもて余す直人に孝典には散々言葉と注射器でチクリチクリとやられたし、初めてちゃんと一人で見舞いにきた桜子には激しい労りではなく穏やかな説教をいただいた。

直人としては、桜子から与えられるものなら説教でも嬉しかったので、後から姿を消していた遥に散々馬鹿にされたけど。




結局追加での逆凪はセンターのお世話になることもなく、大地の姿の問題と共に早々と解決をみせていた。


「僕が関与しておいてなんだけど、大地ってさー。普通の鬼の皆様同様に、対外的に人の形をとれるの?」

前夜の騒ぎの手当てを受けて、やっと効き始めた痛み止めにうつらうつらしつつ直人が訊ねたからか、空間の隙間に身を潜めていた大地は病室の天井の角から転げ落ちるようにその、人外なもふもふの姿で首をかしげて現れた。

「いやね、そのままの姿で帰ったらおじさんとおばさん泣いちゃうでしょ?で、人の形とれる?」


自分でほどいて更に悪化させているんだから自業自得なのだが、再び包帯だらけになった直人は、孝典さん曰く、対処策にしかならない点滴の管に繋がれほとんど動くことはできない。

味方なのか敵なのかその他なのかわからない人は、治療しつつ穏やかに口元を綻ばせ、眼鏡でその表情を隠しつつ、先程大地が出てきた場所を見つめていたから、直人はもちろん、智也がどうこう言わなくても何かを理解しているのかもしれない。


直人が伝わらなかったかな?と自身を疑い、続けた言葉には、やはり返事が返ってこない。直人が動かすのも億劫な首をぐきぐき回してみれば、大地も遥香も、重ね貼りしたような驚きの顔でこちらを見返している。

これはどうやら、伝わらなかったのではなく、あまりに直人の悪役がハマりすぎて、これからの仕打ちについて、誤解をかなーり受けていたらしいと納得する。

「いや、遥香ちゃんは完全に僕のせいだから見た目そのままで問題ないけど、大地の今のそのケモノーな姿は流石に世間体が悪いじゃない?コスプレで通すのもリアリティーありすぎて厳しいし怖いし」

「え?直人、俺、今、鬼」

「うん、それが?」

鬼になったからといって単語しか話せなくなったわけでもない大地が大きな身体に似合わない細やかな身振りで彼の現状を提示するが、それはよくわかっている事だ。

だって、直人がそう仕向けたようなものだから。

「家に帰すって……裏切ったらどうすんの?」

病室内は消毒と湿布薬の匂いで満ちているのに、訳がわからないという表情を更に濃くして、さらに呆れまで声に滲ませ訊ねてくる大地からはあの甘ったるいバニラの匂いではなく、雨と血の匂いが強く濃く漂う。

「あー。……そうか。そっちね。えーっと。遥香ちゃん。僕の代わりに大地の見張りよろしくね。長期になるんで大変だとは思うんだけど。そうだな……例えば一緒に暮らす妹的なノリで家族に馴染んで見張ったらてくれたら嬉しいんだけど。あ、学校に行ってる間は僕が見てるから普通に中学生でもやっといて」

そんなことかと、身体に響くのに思わず笑いながら使い魔の遥香に〈ずっと前から考えていた予定通りの対応策〉をお願いする。

すると遥香も、どうしてそこまで?!とツッコミたくなるほど大地にそっくりな驚きと呆れの入り交じった表情を見せた後、大地だけには見えぬように唇で妖艶な弧を描いた。

そういうことね。そういうことだったのね。

遥香の無言のまま呟きに、直人の意を受け取ったのを確かに確認する。

「あれ?病院に着いてから消えたり出たりしてたから大丈夫かな?とか思ってたんだけど、ひよっとして人の形をとるの、無理?」

ちょっとイレギュラーな事象が多かったもんなー。

なんて気づかぬ振りを直人がしてとぼけてみせれば実直を絵に描いたような大地の方が、その身体つきと外見には全く似合わぬ小動物のような仕草で申し訳ないと無言で伝えてくる。

「いや。余裕……だと、思う。まだやったことないけど」

「ないわー。ない。なんで試さないの?」

「え?……試さなきゃ駄目だったのか?」

「え?だって困るじゃん。で、どう?」

「どうと言われても……多分大丈夫だと思う?」

「疑問系はやめてー」

ささ、早くやってみろと急かされて、仕方なくポリポリと頭を掻いたあと、ぞぞわっと姿を変えて見せた大地は、やはりといっていいのか、智也が姿を変える時と同じようにグロ映像としか思えぬ変化を挟み、元の学生服姿の、直人がよく知っている人物の外見をかたちどった。

「あっ!」

視覚的不快感に耐性がついてしまった自分を思いだし、直人が慌ててベッド横の見舞い客用のパイプ椅子に座る遥香を見やれば、思わずうっとりとしましたと雄弁に語る熱い視線をとっさに誤魔化した。

……これは……あれだ……多分問題はない。

いや、絶対惚れ直してる。

直人の心の中の綺麗で美しい思い出写真館が大幅な展示内容変更を余儀なくされていく。

はぜろリア充と心中、悪態をつくものの、直人は一つだけ寂しく思う。


元の人の姿を装う大地は、けれどやはり優しくて甘ったるいバニラの匂いではなく、やはり雨と血の匂いを纏っていた。

それが、大地の〈今〉なのだろう。頭は理解しても鋼になったはずの心はそれを受け入れられない。

「せっかくのもふもふだったのに。……でも、こっちの手の方がプリンは作りやすそうよね」

鼻で笑う遥香も同じ事に気がついたのだろう。

だからこそ、染め直してやるとの決意が伺える。

「いいのか?」

「だってうちの家、狭いんだよ?二人も住人が増加したら足の踏み場もなくなっちゃうよ。アズキのしっぽ、踏みまくりだよ。それに、バイトだって四六時中有るわけじゃない。暇な時間の方が多いんだしセンターの榊さんの方針じゃないけど、戻れる場所がまだあるなら、そこが一番最適なんじゃないかな?」

視線的には見下ろされていのに、感情的には見上げられた大地の問いに、遥香への返答と同じく、あの冷静でいるのも厳しかった夜に既に心に決めていた言葉をさらりと帰す。こんな体調で噛まずに言えた自分に大喝采だ。

「直人、馬鹿ね」

「ないなー、それない。厳しいなー、遥香ちゃんは。……でも、さ、馬鹿だからこんなに穢れた身体になっちゃったんだよ、多分」

話すことは話したとベッドに沈みこんだ直人に遥香が親愛を込めた悪態をついてくれる。

「逆吸血鬼……だっけ?」

「そう。だっさいだろー。名付け親は榊さん。血を吸って眷族を増やすんじゃなくて、血を吸わせて眷族を増やすから、だって」

話すのも億劫な話題を、余りに体調が悪いからポロポロと零れ落とす。

「うわー。的を得てる……」

榊さんを知る大地のしみじみとした呟きがツボに入り、きょとんとした遥香を前に男二人笑い転げるものの、直人はもともとの胸の痛みとじわりじわりと侵食を続けるものの不快な痛みに噎せかえる。

「死ぬなよ、直人。お前に遥香の命はかかってる。なーに、この凪位なら俺が祓う」

直人の背中を擦り、プラスチックのゴミ箱を差し出しながら、少し真面目な声の大地が、結構重要なことを囁いた。

「え?出来んの?」

「出来るだろ?鬼だし」

「え?そうなの?智也から聞いたことないんだけど」

また朔と厄介な契約でも交わして祓おうと思っていた逆凪の想定外のいきなりな解決策の提案に直人は驚き、思わずがばりとベッドの上に起き上がろうとして、全身の痛みに声にならぬ悲鳴を掛け布団に叩き込んだ。

「直人も言っただろ?神使の下部と鬼は似たようなもんだって。下部の逆凪は鬼の凪、鬼の逆凪は下部の凪。ちなみに智也さんの身体も直人並みとは言わないが、特別製なんだろうな。中の鬼は多分完全体じゃない」

こんなになってから知ったけど、と笑う大地の額には既に結晶は二度と生えない。

直人がそれを喰ったからだ。

罪の結晶を喰って、罪に罪を重ねた罰から魂ごと消滅させるチャンスさえ奪い取ったから。


ちなみにセンターは災厄になりかけた人が下部の道を選ばなかった場合、その魂を守る為消し去り、その証として直人達に角と呼ばれる結晶を回収させてくる。多分無意識にそこから直人自身、今回はヒントを得ていたのだろう。

「あー。なんとなくだけど、センターの逆凪対策の方法がわかった気がする。胸糞悪いけど」

「多分、それ、当たり」

単語だけで返してきた大地が事の重大さなんて大したことないようにからころと笑う。

「まあ、どーせだから、俺も遥香もお前の目的に終わりまでに付き合ってやるよ。お前からご丁寧に熨斗まで付けてもらった続きの物語だ。遥香曰く、多少のアクシデントでもなければ逆にシナリオ的につまらない。だとさ」

今の大地は直人に罪の結晶を奪われ力を搾取され続けている状態だ。本来これぐらいならば、抵抗も可能だろう。だか、その搾取された力は直人を通し、遥香の生きる糧となる。

たくさんの大切なものを直人一人の我が儘で強制的に奪った。

罪滅ぼしとも言えないが、共々使うつもりもなかった。ただただ、とりあえず自らのわがままに救い上げたかっただけだったから。

けれど、さして能力もない使い魔と使い道のない飼殺しの鬼が、人でなしの直人に対し、呪うのではなく、この先進むべき道を共に進むと誓ってくれた。

とりあえず、食べ損ねたシーフードカレーを退院したら作って貰おう。

そうしたらまた罪を償うため頑張れる。きっと頑張れる。

脳裏に浮かんだ、一人立ち尽くす静かな水面を綺麗な朱色の光が染めていた。




その後、直人は急激に体調を戻し、普通の人間なりのペースでの退院を迎え、翌週にはなんで入院した時より悪化してんの?と部活のみんなにからかわれながらも学校生活にも戻れた。

さすがに命懸けが多いバイトの方も少し早く退院していた智也が何かしてくれたのか音沙汰さえなかった。が……それに肉体的には安堵できても、精神的には無言の圧迫を感じない訳がない。


そんなわけだから待ちに待った訳でもないが久しぶりの帝都への呼び出しは、想定外に長引いた入院前に考えていた当初の予定よりは早かった。

まぁ、人員が減ったのだから仕方がない。もっとも減らしたのが直人なのだから尚更仕方ない。

しかも急ぎではないからと、わざわざ数日前から指定されていた部活が休みの土曜日の午前中からの呼び出しだ。ついでというか、どちらかと言えばそちらが本命であろう、楽しくは絶対ない団欒が待っているのは確実だった。

実働隊としてのお呼びだしなのに、丁寧に本部の庶務係の裕子さんへと貢ぎ物を用意している位だから、直人だって観念している。

ただし多少うざいなとは思わなくもない。


ビニールハウスのビニールが架線に引っ掛かったとかで地元のローカル線が遅れた為、乗りたかった新幹線には間に合わず、一本遅れる旨を連絡すれば、相手側は地方出身者にはかなり厳しい魔宮の駅へと待ち合わせ場所を変更してきた。

しつこい人類の雌に追われているのか、それとも愛しい人外の雌との逢瀬に別れ難いのか。とりあえずどっちであろうと、明日、鬼より恐ろしい彼女さんにお伝えせねばと一人ニヤリ土産物の紙袋のイラストをなぞりと笑う。

今日も今日とて桜子には連絡なしでの帝都遠征だ。恐らく今日も桜子と一緒に居るであろう猛獣使いに土産話もできた。

これで直人自身への被害はぐんと減る。良いことだ。


新幹線の入口付近の三人列席の窓際はいかにも出張帰りらしき土産袋を持ったサラリーマンで真ん中に直人。通路側の席は直人が乗車したときは空席だったが、帝都の鉄道圏内に入ってから斜めがけの鞄一つで通路をフラフラと歩いてきたヘッドフォンをつけた若い男が座ってきた。

終点の帝都中央駅まであと二駅。路線も重複し、すれ違う新幹線も増えてきてガタガタの鳴る車両を少し痛みが残る体で直人がじっくり体感していると、隣の若い男が次の駅で降りるのか立ち上がり、去っていく。窓際のサラリーマンもここで降りるのかあわてて手荷物をまとめはじめた。

「カメラのメモリーカード、落ちてますよ?」

「あ、ありがとうございます」

通路に出ようとするサラリーマンの為、足をずらす直人にサラリーマンはふと首を傾げたあと、直人の足元へと腕を伸ばした。そして、床に光る黒いメディアを広い上げ直人に渡したサラリーマンは、そのまま停車と共にホームの長いエスカレーターへと消えていった。

再び発車した車内に終点の案内とその乗り継ぎの案内が続く。直人も先ほどの若い男ほどではないが首からかけたままの二眼レフカメラと数本のフィルムと露出を確認する目的で持ってきた単焦点レンズをつけたミラーレスだけが入ったリュックタイプのカメラバックという少ない荷物をまとめ、指示された駅への乗り換えを携帯端末で検索し始めた。


先月お世話になった裕子さんへのお菓子は新幹線の改札を出てすぐの在来線のコインロッカーに投げ込んで、先ほど新幹線で渡されたメモリーカードは私服のカーキのジャケットのポケットにひそめ、代わりに携帯端末用のインカムを取りだし耳に装着する。

「さて……今日も今日とて鬼退治~」

直人は一ヶ月振りとなる帝都の複雑な路線図と現状に達観も出来なければ悲観も出来ない自分に頭を悩ませながら目的地を目指した。



*****



「帝都の高校ってもっと近代的な校舎かと思ってました」

「田舎者め。こっちは立て替えに必要な土地も高いし少ないし、それなりに歴史とか芸術性とか云々あって古いものを大切に使ってるんだよ」

複雑怪奇としか言い様のない都市型ダンジョンの様な駅での待ち合わせになんとか間に合い、たどり着いたのは細かい細工が美しい古びた校舎の校門前だった。

先の戦争前に作られた建物なのか。華奢なその姿は有名建築家のデザイン、設計かもしれない。

そもそも先の戦争自体が直人が知る歴史と多分違うだろうけれど。

「あ、今日は部活の撮影旅行でなけなしのバイト代をはたいての都内一泊ってことになってるので、帰りの時間、気にしなくていいんですよ」

「帰りの時間は気にしなくていいからって、ダラダラ戦ってても、楽しいお話の時間は削れないぞ?」

ニコニコ話す直人に智也が親しい人間なら分かる位のいやらし笑みを浮かべた。

帝都内でも十分美形の部類に入るであろう智也に校舎から出てきた女子高生達の視線が自然に集まる。これでもっと表情が豊かだったら更に利用価値も高いだろう。だが、この無表情は無表情でクールと言う名前で評価が高くなるからイケメンはむかつく。ちなみに男子生徒たちは直人と同じ価値観のようでイラつく視線を露骨にぶつけてくる。

「ですよねー。はい。よーく、よーくわかってますよ」

「さぁて、そろそろご登場か?」

直人の返事なんて聞く気もないのか携帯端末で時間を確認した智也の上を一羽の鳩が飛んでいった。

「ですね。一応、先に遥香ちゃんに様子を見に行ってもらってますが……って、あ、きたきた」

ここ数日、その特性を活かし、帝都遠征をしてもらっていた、ツインテールの似合うどうやらブレザーの制服もばっちり着こなした少女が、同じくブレザーの制服を着た、こちらは着られてる感が半端ないが、兄を連れて校舎から現れた。

「あ、性悪男とストーカー男」

「……ごめん、その表現、地味にクるわ……」

校門につくなり、極めて酷い、けれど否定できない一言に軽く凹む。

「よくあると言えばよくあるんだけどさー。ちょっとしたミスや癖を探してK.Kでネチネチネチネチ。私達は仲間よねって再確認とかしちゃって、なにやってんだか。されてるほうも反論なり反撃なりすればいいのに」

ズバズバ言う遥香の隣、遥香の携帯端末を画面を表示させて、大地が、差し出した。

「七瀬さんが災厄情報集積の為、学生向けにつくったというK.Kが発端でいじめなんて本末転倒ですね」

クローズドのコミュニティの中でのやりとりは、男から見てえげつないものばかりで、今後、若干女子を見る視線が変わりそうだ。

「所詮K.Kなんて道具と同じだ。そして、道具は使う人間次第だ」

「でも使いこなせない道具を与えるのもどうかな?」

直人の言葉に、智也が無表情さの中にも皮肉をたっぷり込めて笑い、そんな智也に対し、眉間に皺を寄せ渋々しい顔をした大地が更に鼻でわらってみせる。烏と鵺なのに険悪なことこの上ない。

「やっぱ、おめーとは合わねぇー」

「別に問題ないだろ?智也さんは直人と組んでいる。俺達は直人の使役物。あえて絡む必要性はないし、もし、直人からお願いされたら、その時だけは僕の方が譲歩してあげるよ」

「その言い方、すっげームカつく。けど、お前は直人の使役物なんだし、見逃してやるよ」

互いの言葉にいちいちぶつかっていくなんてこと、直人には面倒くさくて出来ないことだ。

別に否定もしないが止めるつもりもない。理解はできないが、この二人は多分こういう付き合い方しかできない分類に括られるのだろ。


「今日は模試だったみたい。ご本人は退出可能時間になったと同時にきっちりぎっしり埋まった回答用紙を置いて教室を出ていったわ」

まるで、何か害をなすものでも感じたみたい。

直人と同じ事なのか、はたまた違う事なのか。唸り合う智也と大地を生温かく見つめた後、話にならないわというあきれた素振りを見せつつ、遥香がターゲットが既にここに居ないことを告げた。

「あれ?だったみたい、って、受けなかったの?」

「私、こんなに可愛いけど、中身は中学生なの。ちなみに大地はしっかり受けてきたわよ?ね?」

私の大地は賢いのと視線で牽制してくるのは止めて欲しい。

「んじゃ、行くか」

何気に遥香の言葉をきちんと聞いていた智也がさっさと一人歩きだし、慌てて直人も後に続く。行き先は既に調査済みで七瀬から先程移動中に連絡もうけている。学校から駅前の繁華街への道のりは先程歩いてきた道と同じだ。ひょっとしたら知らずにすれ違っていたのかもしれない。

「マメですね。僕なら模試の後は即効部屋で寝る」

「高校生男子がそれでいいのか?」

「えー。だって体力がギリギリの毎日ですから」

「そんなんなのに、無茶はガンガンしていくのは無謀で馬鹿だからか?それとも一回りした上での馬鹿だからか?」

「ないわー。それはない。結局全部たたの馬鹿じゃん!!」

道すがらからかう智也の言葉が刺々しいのは、あの雨の事件以来のバイトだからだろう。この後の〈楽しいお話〉とは別に、多分智也から夜中のビルの屋上にでも内密にと呼び出しを受けてダベる事になるだろう。

まだまだ全快とは言えぬ体だ。貴重な睡眠時間が削られるのは勘弁して欲しい。


たどり着いたのは繁華街の中にある極普通のネオンがギラギラお客を呼び寄せるビルだった。一階は牛丼屋で二階から上はカラオケボックスという雑居ビル。

そこそこ人が入っているようで階段を上がってすぐの受付カウンターの店員は客の電話を受けながら、少し待ってねとポーズをとった。

「あー。うー。カラオケボックスって苦手なんだよねー」

「狭所恐怖症?」

「いや、それ違う」

電話が終わった店員と智也が手続きをしているのを横目にソファーに座り込みながら首から下げた二眼レフカメラを触り遥香と話つつ、建物の構造を大地と目視で確認す。二階から上はここから上に続くエレベーターを使うらしい。

「あ、直人、実は音痴なんだろ?」

受付が終わったらしい智也がニヤリと口元だけをあからさまに崩してからかってきた。どうやらとりとめもない下らない話を聞いていたらしい。

「いや、いや、いや。男だけでめっちゃ盛り上がった後のむなしさがたまらないからです」

「女子を誘えよ。女子を。青少年よ」

「ないわー、ない。青少年にそれ言う?しかも、節操ない人の代表選手みたいな人には特に言われたくない」

「俺は節操あるぞ?人間のは勝手についてくるだけだ」

「あーー!!もう!モテ男はぜろ!!」

案内する店員が智也と直人の会話にクスクス笑うので恥ずかしさに頬に熱を感じつつ、エレベーターに乗って目的の階を目指した。




とりあえず案内された室内に四人座り、手当たり次第に今時流行りの曲を入力していく。フリーのドリンクを四人分用意する事も忘れない。

事前に七瀬が確認した、ここの階しか入っていない機種を指定した。同じ階の他の部屋は30分後や1時間後の予約を別々の日に別々の人物が入れたことになっているので、店員が料理を持ってきたり見回りにでもこなければ、部外者が巻き込まれることはないだろう。そもそも、そろそろセンターが別口で用意した厄介なお客様が大量に料理を注文して店員は大忙しになるはずだ。

出来るだけ現場にご迷惑をおかけせず、更に怪しまれることもなく実行するのが本来ベターなのだ。前回の騒動はニュースにまでなったのだから大失態ものだった。

マイクを名残惜しそうにテーブルに置いた遥香を大地が促し、四人で隣の部屋の扉の前に立つ。

覗きこむ姿は犯罪者と言われて言い訳出来そうにない。

ガラス越し見えるのは今の遥香が着るブレザーと同じ制服の後ろ姿でガラス越し聞こえる歌声は少しその姿からかけ離れて大人びて少し悲しげだった。

「上手いですね」

「呪詛的に?」

素直な直人の感想に大鎌を片手にした智也が心底人の悪い笑みでツッコミを入れてくる。

「あんま聞くなよ?」

「何やってんの?歌った動画とか撮ってるの?」

大地が自身の前にしゃがむ遥香の両耳をそっと押さえると、遥香は大地を見上げガラスの向こうに置かれたカメラを指差した。

「あの歌は人の心の人らしい部分をむしりとる。んで、むしりとった場所に鬼を植え付ける。んなもん、動画サイトなんかにアップされちゃったらどうなると思う?しかも呪いの動画なんて噂までたったら余計に人を寄せ集めちまうだろう?」

大地の片手を遥香の耳からずらし、智也が妙に色気さえ感じさせる低い声でその耳に語りかけると、大地が目一杯の力を込めて智也の足を蹴りあげる。

と、同時に扉がガタリと大きな音を立て、中にいた少女が振り向きこちらに視線を寄越した。

「歌、お上手ですね?よかったら一緒にどうですか?」

仕方ない。

もともと、声はかける予定だったのだと、あっさり扉を開けて、あくまでも友好的に、ナンパにしか聞こえないという心の批判のこえは無視して直人が中の少女に話しかける。

「あなた達……誰?……どうして平気なの?」

一瞬目を白黒させ驚いた表情を見せた少女は、心から思ったであろう。先程の歌声とは異なる年相応の声での質問に小首を傾げてみせた。

さらさらとした肩より少し長い髪がさらりと揺れる。

「その質問。自分が何をしているのかわかっているって事でいいですよね?」

「あなた達が私のアップした動画を次々と消していく人達?」

直人の質問に少女が質問で返しながらも、その体から染み出させだした悪意が管理されているはずの蒸し暑ささえ感じさせる室温を下げていく。

「だとしたら?」

隠すことなく大鎌を肩にのせた智也が直人の隣に体を滑り込ませ悠然といい放った。


直後、強烈な歌声とも思えぬ絶叫がマイクからスピーカーを通し拡大されテーブルの上に置かれていた二つのグラスを砕き散らす。

直人と智也が二人並べばいっぱいだった扉はおろか、壁さえも部屋の広さそのままの幅で粉々になり形を無くした。ふとみれば、後ろの廊下の壁も亀裂が走る。

ずいぶんすっきりした入口付近の残骸をひょいと乗り越え智也が軽々と壁にかけられていた二つのスピーカーを真っ二つに切り裂いた。


「あれ?思ってた方と逆だ。とりあえずこっちは私が」

スルリと空間の隙間から隙間へと移動した遥香が扉越しには見えなかったテーブルと椅子の間に倒れていた同じ制服の少女を軽々と持ち上げ姿を消した。恐らくは隣の智也が押さえた部屋に避難させたのだろう。

「七瀬さん、大丈夫ですか?」

やっと耳鳴りが収まったところでインカム越しの本部の七瀬に声をかける。この出力では彼女の耳も心配だ。

「七瀬さんでーす!その歌声、あんまり聞かない方がいいかもねー。壁ドンできる声とか胸熱!」

「壁が壊れたら壁ドンじゃなくなるし!!」

「早くいえよ~、七瀬」

いつもと変わらぬ場にそぐわぬ陽気な声に、無用な心配だったと直人も智也も笑う。

「対応済みでーす」

いつの間に戻ってきたのか相変わらず意味もないのに大地に耳を押さえてもらいながら、物言わぬスピーカーをみつつ遥香が返事を返せば

「知ってまーす。遥香ちゃん、かな?だって、たまには青少年達の本音、聞いてみたいじゃない?」

といけしゃあしゃあと、随分前から話を聞いていたと七瀬もけらけら笑い答えてくる。

「んなもん、今じゃなくてもいいだろう?」

いつもながらに、嫌そうに笑いながらもご機嫌が麗しい智也がインカムを着けた方とは逆の耳を押さえながらニヤリニヤリとその口元をいつもの無表情が嘘のように歪めていく。

「ちょっと後手になって申し訳ないけど、その階だけ、がっちり端境を敷いたし、その部屋は浄化予定だから、ごゆっくりどうぞー」

「だってよ、直人」

「あー。いやだなー。だって備品は基本壊しちゃダメなんでしょ?」

直人が指差した先には先程智也が切り裂いたスピーカーが転がっている。

「これ端境が出来る前だったよね?端境をといても自動修復は無理だよね?!」

「あー。まーあれだ。これは仕方ない」

「仕方なくない!壁はわかるよ、壁は?!だいたい、こんな室内で、んな大きな武器を振り回さないでよ。僕達の首もすっぱーんっていっちゃう」

あらぬ方向をみつつ下手くそな口笛もどきで誤魔化す智也の大鎌を指差し注意すれば

「大丈夫。すっぱーんっといくのは直人だけだ。お前が避ければ問題ない。何より遥香に害をなす行動なんてお前は絶対しないよな?」

と妙に冷静で怖いツッコミを入れながら床に転がったスピーカーの残骸を踏み潰し「証拠隠滅だな」と大地が笑ってみせた。

「しっかし、苛められてる方が鬼に拐かされてるのかと思ってたら苛める方だったとは。センターの内定、やっぱダメダメだな」

智也と直人が若干ドン引きしてる中、大地が両手に氷で出来たソードブレイカーを生み出し目の前で髪の毛をがしがしとかきむしる少女に向けて構えた。その刃先には小さな稲光のような輝きがチカチカと見てとれて、既に非常灯しかつかないルームの小さなミラーボールがキラキラとした小さな乱反射をみせる。

センターの情報通りなんて事象は滅多に無いことだ。前回は当たりすぎて怖い位で、だからあんな続きの戦闘を味わった。

けれど、だ。たまには微妙にかすっていることもあるにはある。全くは外れていないのも事実なので、違和感を感じないこともない。大切な事ほど、オーバー気味でもアンダー気味でも消えてしまう。

「うわっ。耳がいたい。お久しぶりの大地君、厳しいこと言わないでー。限られた実働隊に負担にならないように内定を進めるとなるとどうしても精度が落ちちゃうのよー」

「じゃ、このスピーカーで手を打つってどう?」

珍しく弱腰な七瀬に対しこちらも珍しく強気な大地という組み合わせに、みるみる事態は好転する。大地とは組んだことがなかったが、侮れないやつだど再認識を上書きする。

「あー。うん。大地君には敵わないなー。了解。じゃ……打ち合わせしてた事項に付け足しねー。そのお嬢さんのお名前は百合香さん。想定してた朱里さんを苛めてたグループのリーダー格」

「付け足しって全然別人じゃん?」

七瀬からのフォローと情報提供が後手にまわるなか、ふと直人はテーブルの上の砕け散ったグラスに視線を向けた。

「遥香ちゃんと大地。ちょっとさっきの人に付き添って。気になることがあるんだ。……で、百合香さん、でしたっけ?あなたが人に対する災厄となる前に救い出しにきた王子様一行です」

ちょっと真面目に言ってみた。それくらいなければ救われない。

「直人じゃ、ねーけど、それは、ない。王子様一行はないなー」

ゲラゲラと笑い声をあげた智也が、額に小さな結晶を一つ輝かせた少女が振り下ろした長椅子状のソファーを大鎌を一振して切り刻んだ。

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