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LAST DAY  作者: 憂木冷
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終章

 白井先生にたっぷりと叱られた(絡まれた?)あと、後示はいつもの様に授業をこなし、クラスメイトたちと帰路についた。

 授業をこなし、と言っても、河南高校の三年生は午後の授業が選択制になっており、この日彼はなんの授業も選択していない日だったため、ほとんど白井先生に絡まれるために登校した形になった。

 駐輪場で自分の自転車へ向かう途中。

「ってか、今日どうしたんだよ。後示が遅刻とか珍しくね?」

 そう話しかけてきたのは、真面目なわりに服装だけはいつも着崩している翔太しょうただ。今日もズボンのベルトは緩んでいるし、ワイシャツの前ボタンは一個も付けられていない。本当にダサいとしか言いようのない状態だ。似合ってすらいない。

「おお、自分でももびっくりしたわ。起きたらもう一一時過ぎてて超焦った」

 誤魔化す。

 これは、後示の行動としては珍しいものだ。普段の彼なら事実を正直に、人に誠実に。そういう行動を取るはずなのだが。彼は学校に来るまでの三時間半にあった事を話す気はなかった。彼にとってその間にあった出来事は、それだけ逸脱した出会いだった。彼にとってはもはや事件と呼ぶべき出遭いだった。

 本来。劇的な展開を望まず、むしろ回避しながら生きてきた人生において、それは手に余るほど大きな事件で。

 あまりにも劇的な遭遇だった。

 起こる予定のない出来事だった。

 だから話さない。まだ自分の中でどうしたいのかが分からない。整理がついてない。まるで、今までの自分がすべて崩されてしまった。

 そんな心境だ。

 ただ一つ言えるのは。彼の中で何かが動いた。

 それくらいのものだろう。

 だからとりあえず、いつも通りをよそおう。

 それをつまらないと感じつつも。

 そうするほかなかった。

 まだ考えがまとまらないのだから仕方がなかった。

 そうして一人、頭の中でごちゃごちゃと考え事をしつつも、翔太と自転車を走らせる。

 校門を出て、道路を並走しながら下らない事を話す。別に面白い訳じゃない。下らない話をするのなんて学生にとっては義務みたいなものだ。それが出来ない者は人の輪からあぶれていき、最終的に独りきりのスクールライフを送ることになる。それだけの話。

 だったのに。

「後示!」

 叫び声の直後。

 いきなり背後から衝撃が走り視界が暗転する。

 体に生まれた数秒の浮遊感。

 そして地面に引き付けられた体は、アスファルトによってズタズタに切り裂かれ。やがて壊れたおもちゃの様に動きを止める。

 何が起きたのか。そんなに珍しい出来事でもない。今日遭った出会いに比べれば、こんなこと珍しくもない。ただの。

 交通事故だ。

 そう理解する後示だが、もう自分では呼吸さえまともに出来ているのか分からなかった。

 痛みは感じない、体が麻痺しているのか、代わりに手も足も動かなかった。まさに手も足も出ないとはこのことだ。後ろから迫る自動車に対して何もすることはできなかったのだから。

 何もできずに轢かれ、跳ばされ、転がっている。

 今出来ることなんて、必死になって瞼を持ち上げることくらいしかない。

 そうして見開いた世界には、赤く染まった路面と、道路沿いの建物に突っ込んでいるトラックと、その近くでこけたまま呆然とこちらを見る翔太が見えるくらいで、他の物はもうよく理解出来ない様な状態に後示はなっていた。

(あいつは無事みたいだな)

 心の中で独りつ。

(そっか、トラックに轢かれたのか)

 心の中で独り呟く。

(この出血じゃあ助からないかな)

 心の中で独りこぼす。

(あぁ、つまらない人生だったな)

 心の中で独り洩らす。

 そして、溢れた。

 きっと、昨日までの後示なら、このまま乾いた人生を終わらせていたのだろう。

 だが、今日遭った出会いによって、後示の中では何かが動いていた。それは、心にした蓋とも言えるものだった。

 少しだけ開いた蓋から、零れて、洩れて、溢れた。

 感情が溢れた時に姿を現すその輝きを、人は『ナミダ』と名付けた。

「――ぇ?」

 隠しきれない驚きが声になる。

 自分のナミダを感じて。

 驚愕して。

 やっと気付いた。

 後示は。

 つまらないばかりを残してきた人生を悔いていた。

 ようやく自分の本音が、目に見える所まで近づいた。

 そうだ、どうして今の今まで気付かなかったんだ。自分はいつも思っていたはずじゃないか。

 つまらない。

 と。

 だったらそれは、もっと楽しみたいと言うことの裏返しじゃないのか。

 どうして。

 どうして自分に嘘なんかついてきたんだ。

 もっと楽しみたかった。毎日毎日、今日もいい日だったって思いたかった。最高の人生だったって胸を張って言いたかった。

 本当はそう思っていたはずなのに。

「――」

 もう声が出なかった。

「――」

 『ナミダ』だけがより一層勢いを増して流れ出る。

「――」

 最後に一言、この世界に自分の本音を聞き届けてほしい、それだけなのに。

「――」

 いくら頑張っても、もう声は出ない。奇跡なんて起こらない。そんな劇的な展開は、訪れない。

「――」

 この思いをどこかに残せるだけで、満たされるのに。つまらないばかりの人生だったけど、この世界を好きだと思えるはずなのに。

「――」

 ただ一言、言いたかっただけなのに。

 生きたい、と。

 言いたかっただけなのに。

 最後まで何も残せず。

 最後に気付いても遅すぎたらしい。

 世界は再び暗転し。

 感覚は閉ざされる。

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