あんたなんか死ねばいいのに。言った瞬間私は賭けに勝った気がする
――俺、二股してもうたんや。
私にそう言って一方的に離れていってしまった初恋の彼。私はまだ彼に未練がある。まず二股されていたなんて知らなかった。それに気づけないほど、周りが見えなくなるほど彼に執心していた自分。都内で関西弁を聞くと、つい反応してしまう。それが未練を残していることの証拠。
私は別れたくなかった。
離れたくなかった。
――俺な、……の方が好きになってしもた。かんにんな。
その時に私の名前を言ってほしかった。でも彼は私以外の女性と姿を消した。
――俺はずっと一緒におる。心配すんなや。
彼の口癖だった。心配性で淋しがり屋な私にいつも言ってくれた言葉。それは私の居場所を示してくれた。俺のそばにおればええ、そう言ったのは彼なのに。俺は離れへんからな、そう抱きしめたのは彼なのに私の目の前から姿を消した。
私は、どうすればいいの?
それから数年間、私は彼を忘れられないでいた。
何度も彼を忘れて、新しい恋をしようとした。でもそう簡単にはいかなかった。男性に声をかけられる度に、勝手に彼の関西弁が脳内再生される。自分でも自分が終わってることくらいわかってる。都合のいい解釈かもしれないけど、私は彼が帰ってきてくれるのだと信じたい。だって、私にとって彼に二股された事なんて、どうでもいい。私は一言だけ彼に伝えたいことがあるだけ。それで未練がなくなるきがする。そんな時だった。
――あいつの記憶に俺は残っておらへん。せやから今更会う意味ないやん。
彼の声を数年ぶりに聞いた気がする。数年越しでも彼の声は変わっていなかった。振り返ると彼を見つけた。
――え?なんで?なんでおまえがいま現れるんや?
彼が驚いた顔をする。私は数年間ためてきた思いが込み上げてくる。あの日から今まで何を思った?何度彼を探した?何のために自分が壊れかけても彼の声を求めた?“私は、どうすればいいの?”あの時の疑問の答えが今はわかる。
そうだ。私はずっとこうしたかったんだ。きっとそのために今日まで探し続けてきた。
彼を見る。彼の隣には彼女らしき女性の姿があった。“あの時”の女性とは違った。でも……そんなことはどうだっていい。私は今、数年前から影を追い続けてきた彼の目の前に立っている。私は密に賭けをする。すると同時に賭けの勝機を得た。
私の心の中は以前に比べたら、水を得た魚のようだった。
ゆっくりと、しかし思い切り息を吐き、そして吸う。
ずっと閉じたままだった唇を動かす。
「あんたなんか、死ねばいいのに」
彼にそう言って、彼の顔を見たとき思った。
――賭けに勝った、と。
それ以来、私は幸せだった――…。
さて、“私”の賭けとはなんだったでしょうか?
ヒントは最後にあります。