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呪われた天才陰陽師は、月より落ちたかぐや姫を溺愛する  作者: 猫塚ルイ


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第2話

枕元で囀る鳥の声と


部屋の隅の香炉から漂う微かな白檀の香りで私はゆっくりと意識を浮上させた。


昨夜、異世界から召喚され


あの美しくも恐ろしい陰陽師・月城様に「私のものだ」と宣言された出来事。


あれはすべて、慣れない環境が見せた質の悪い夢だったのではないか。


淡い期待を抱いて顔を上げた瞬間


視界に飛び込んできた光景に、私の思考は真っ白に固まった。


「───おはよう、輝夜。よく眠れたかい?」


寝台のすぐ傍。


本来なら主人が寛ぐはずの場所に文机を広げ


黙々と筆を走らせていた月城様が、私の微かな衣擦れの音に反応して即座に顔を上げた。


その隈一つない涼しげな美貌と


一糸乱れぬ狩衣の着こなしを見るに、休息をとった気配が微塵もない。


「つ、月城様。おはようございます。……あの、もしかして、ずっとそこにいらしたのですか?」


「ああ。君が慣れない場所で心細い思いをして、寝言で泣いてしまわないか心配でね。君の寝顔を見守る時間は、私にとって何よりの休息だよ」


さらりと恐ろしいことを口にする彼に戦慄していると、月城様は満足げに筆を置いた。


「さて、起きられたのなら着替えようか。君に似合う色を揃えさせておいたんだ」


月城様が優雅に指を鳴らすと、音もなく数人の式神が室内へ滑り込んできた。


彼らが捧げ持っているのは、目も眩むような光沢を放つ最高級の絹の衣。


それが山のように積み上げられていく。


「えっ、あ、自分でできます!これくらい、一人で……っ」


「だめだよ。君はまだこの世界の複雑な装束に慣れていないし、何より、私が君に一番似合うものを選んで、私の手で着せてあげたいんだ。……嫌かな?」


困惑する私をよそに、月城様は至極当然のような顔で私の背後に回り込んだ。


大きな、けれど指先の細い手が、私の髪をそっと掬い上げる。


ひんやりとした指先がうなじの柔らかな肌に触れるたび、心臓が跳ね上がるような衝撃が走った。


「……月城様、お仕事はいいんですか?帝都を守る高名な陰陽師様なら、朝からお忙しいのでは……」


「仕事なら、君が目覚める前にすべて終わらせたよ。帝都を囲む結界の再構築と、方位学に基づいた呪詛の返却を三件ほどね」


「……今の私にとって、君の髪を一房梳かすこと以上に重要な任務など、この世に存在しないんだ」


(この人、私と過ごす時間を作るためだけに、国の守護レベルの仕事を秒速で片付けたっていうの…!?)


その異常なまでの執着心と効率の良さに、背筋が寒くなる。


丁寧すぎる手つきで着付けを終えると、次は食事の席へと促された。


運ばれてきた朱塗りの膳には、季節の初物を贅沢に使った


見たこともないほど色鮮やかな料理が並んでいる。


私が戸惑いながら箸を取ろうとすると


なぜか彼が先に箸を手に取り、料理をひと口分、丁寧に掬い上げた。


「さあ、あーんして」


「………へ?」


「毒見はすでに済んでいる。君の清らかな手を汚す必要はないよ。私がこうして、君の口まで運んであげたいんだ。……それとも、私からの施しは迷惑だろうか?」


当代最強と謳われる陰陽師ともあろうお方が


今にも捨てられそうな仔犬のような、ひどく切なげな瞳で私を見つめてくる。


この世に、この美貌で懇願されて首を振れる人間など存在するだろうか。


……結局、私は顔を林檎のように真っ赤に染めながら


雛鳥のように一口ずつ、彼の手から食事をいただく羽目になった。


「美味しい……です!」


「そうか。君が美味しそうに頬張る姿を見るだけで、私の呪われた心も洗われるようだ」


「そう、ですか?」


「……ああ、本当に可愛いな。ずっとこうして、私の視界の中にだけ、私だけの手の届く場所にいてほしい」


食事を終えると、彼の手がごく自然な動作で私の頬を包み込んだ。


その体温は、氷のような冷徹な噂とは裏腹に驚くほど熱い。


向けられる眼差しは、もはや情愛という言葉では生ぬるい。


それは、神に祈りを捧げる狂信的な「信仰」に近い色を孕んでいた。


「月城様、あの、私……少しだけでいいので、お庭に出たりしてもよろしいでしょうか?」


「……外は危ないよ、輝夜。不浄なモノが君の光に引き寄せられてしまう」


優しく、けれど蜘蛛の糸が絡みつくように、逃げ道をすべて塞いでいく低い声。


仕事で見せるという冷徹な仮面はどこへやら。


私を「箱入りのかぐや姫」として完璧に飼い殺そうとする彼の苛烈な溺愛に


私は抗う術も分からぬまま、早くもその熱に溶かされてしまいそうだった。

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