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「アルバムの中の彼」

作者: ミオ
掲載日:2026/07/01

「いつか、サレジオ教会で結婚式を挙げるのが夢なの。」


美優は、付き合い始めた頃から何度も健太に話していた。


高い天井に響くパイプオルガンの音色。


柔らかな光が差し込む荘厳な聖堂。


そして結婚式が終わったら、豪華な海外での新婚旅行。


それは子どもの頃から抱き続けてきた憧れだった。


健太は、その話を聞くたびに笑って言った。


「叶えよう。」


その一言が、美優には何よりうれしかった。


---


同棲が始まると、健太は毎月の給料をすべて美優に渡した。


「家計は任せる。」


美優は生活費をやりくりしながら、結婚式と新婚旅行のために貯金を続けた。


「今は節約しよう。」


「その服、まだ着られるよね。」


「飲み会は断れない?」


「趣味は結婚式が終わってからにしよう。」


健太は一度も反対しなかった。


美優は、それが愛情だと思っていた。


---


数年後。


美優の夢だったサレジオ教会での結婚式の日。


純白のドレスをまとい、父と腕を組んで長いバージンロードを歩く。


パイプオルガンが静かに響き、厳かな空気の中で二人は永遠の愛を誓った。


式を終えた美優は涙を流しながら言った。


「夢が叶った。」


健太は微笑み、


「よかったね。」


とだけ答えた。


その笑顔が少し寂しそうだったことに、美優は気づかなかった。


---


続く豪華な海外での新婚旅行。


美優は旅行中、毎日、「幸せ」と言った。


健太は笑って頷いた。


その笑顔が、少しずつ消えていることにも、美優は気づかなかった。


---


帰国してから、健太は変わった。


帰宅は遅くなり、休日も一人で外へ出る。


話しかけても、「疲れた」とだけ答える日が増えた。


ある夜、美優は聞いた。


「最近、どうしたの?」


健太はしばらく黙ったあと、小さく笑った。


「夢は全部叶ったね。」


「うん。」


「でも、その夢を叶える準備をしてる間、俺の気持ちは置いていかれた。」


美優は言葉を失う。


「給料は全部渡してきた。」


「欲しいものも我慢した。」


「友達との付き合いも減らした。」


「全部、美優が笑ってくれるならって思ってた。」


健太は目を伏せた。


「でも、気づいたら俺は、一緒に人生を歩く夫じゃなくて、美優の夢を支えるためだけの存在になってる気がした。」


---


それから数週間後の朝。


目を覚ますと、寝室のクローゼットが半分ほど空いていた。


リビングには、スーツケースがなかった。


テーブルの上には、一枚の封筒だけが残されていた。



「ごめん。


もう何年も、自分が何を感じているのか分からなくなっていた。


美優を幸せにしたいと思っていた。


でも、気づけば俺は、自分の心を置き去りにしていた。


このまま一緒にいたら、君を責めるようになる気がした。


そんな夫にはなりたくない。


だから少し離れます。」



美優は、その場に座り込んだ。


---


アルバムを開く。


そこには、サレジオ教会で永遠を誓った二人の姿。


海外のリゾート地で、笑い合う二人の姿。


どの写真も、誰が見ても幸せそのものだった。


けれど、今なら分かる。


そこに写る健太の笑顔は、少しずつ、自分の気持ちを押し殺して作られたものだった。


自分の夢を叶えることばかりに夢中で、一緒に人生を歩いてくれている人の心を、全く見ていなかった。


美優はアルバムを胸に抱きしめ、静かに涙を流した。


あの日、サレジオ教会で誓った「生涯、互いを大切にします」という言葉。


その約束をするずっと前から、健太と向き合うことや、健太の気持ちを大切にすることを、私は忘れてしまっていたのかもしれない。



― 健太の視点 ―


美優が初めて「サレジオ教会で結婚式を挙げるのが夢なの」と話した日のことを、今でも覚えている。


目を輝かせながら、スマートフォンに保存していた写真を見せてくれた。


高い天井。


ステンドグラス。


厳かな祭壇。


「それから新婚旅行は海外。子どもの頃からの夢なんだ。」


その笑顔があまりにも幸せそうだったから、俺は迷わず言った。


「叶えよう。」


そのときは、本当にそう思っていた。


彼女の夢が、いつか二人の夢になると信じていた。


---


同棲を始めると、毎月の給料をそのまま美優に渡した。


「家計は任せるね。」


結婚するなら、そのほうが安心だと思った。


最初は何の不満もなかった。


だけど、少しずつ「今は我慢して」が増えていった。


新しいスーツが欲しいと言えば、


「結婚式までは我慢しよう。」


友人に誘われれば、


「そのお金は、貯金したい。」


趣味の釣り道具を買おうとすれば、


「結婚したら好きなだけ買えばいいよ。」


そのたびに、「そうだね」と笑った。


彼女を困らせたくなかった。


---


数年後。


美優の夢だったサレジオ教会で結婚式を挙げた。


祭壇の前で美優は泣いていた。


「夢が叶った。」


その言葉を聞いて、俺も笑った。


「よかったね。」


心からそう思った。


でも同時に、不思議なくらい胸が静かだった。


達成感はあっても、幸せとは少し違う気がした。


---


新婚旅行も豪華だった。


美しい景色。


高級ホテル。


贅沢な食事。


美優は毎日、本当に楽しそうだった。


その笑顔を見るたび、「連れてきてよかった」と思う自分と、「俺は何を楽しんでいるんだろう」と考える自分がいた。


気づけば旅行は、美優の夢を叶えるための時間になっていた。


俺は荷物を持ち、写真を撮り、予定どおりに歩くだけだった。


---


帰国してから、家にいるのが少し苦しくなった。


美優は何も変わらない。


悪い人じゃない。


優しい人だ。


でも、少しずつ笑えなくなっていた。


ある夜、美優が聞いた。


「最近、どうしたの?」


答えに困った。


怒っているわけじゃない。


嫌いになったわけでもない。


ただ、疲れてしまった。


「夢は全部叶ったね。」


「うん。」


「でも、その夢を叶えてる間に、俺の気持ちは置いていかれた。」


美優は黙っていた。


「給料を全部預けたことを後悔してるわけじゃない。」


「節約したことも。」


「でも、俺の『したい』は、いつも後回しだった。」


「気づいたら、俺は夫じゃなくて、美優の夢を実現するためのスポンサーみたいになってた。」


言葉にした瞬間、自分でも悲しくなった。


---


数週間後の朝。


静かなうちに荷物をまとめた。


当面必要な分だけ。


自分の物を、全て持って出ていく勇気はなかった。


テーブルに手紙を置く。


「ごめん。


もう何年も、自分が何を感じているのか分からなくなっていた。


美優を幸せにしたいと思っていた。


でも、気づけば俺は、自分の心を置き去りにしていた。


このまま一緒にいたら、君を責めるようになる気がした。


そんな夫にはなりたくない。


だから少し離れます。」


最後に部屋を見渡した。


リビングには、結婚式の写真が飾られていた。


サレジオ教会で永遠の愛を誓った俺たち。


誰が見ても幸せそうな笑顔だった。


あの写真の俺は、まだ信じていた。


これから先は、二人で夢をつくっていけると。


玄関のドアノブにそっと手をかける。


「ごめん。俺が本当に叶えたかった俺の夢は、美優の望み通りの結婚式や新婚旅行をすることじゃなかった。」


小さくつぶやく。


「君と、毎日笑い合える日々だった。」


その言葉は、誰にも届かない。朝の空気に溶けていく。

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