八話 がらんどう
その夜。
デイルームにはいつもの四人が固まっていた。
美代、凛、志摩子に小鳥遊だ。
「啓介は…誤解だって言い張る」
「証拠はあるのにね」
凛の冷たい声に、志摩子の怒りが滲んだ声が重なる。美代は、凛の声に感情が薄れてゆくのが、どうも気になった。
啓介に何かされたのだろうか?
「それは、相手の女の子が彼氏に送るラインを間違えて送って来たんだって、そう言う」
「だって、やり取りしてたんでしょう?」
「冗談で返しただけだって」
「無理あるなぁ。厳しい言い訳…ねぇ?」
志摩子が怒りながら、美代に話を振る。
美代は咄嗟に声が出ず、ただ頷くばかりだった。
「もう、啓介は何考えてるか、わかんない」
「面談室で何話したの?」
美代はそこが気になってしかたなかった。
「殆ど話してない」
凛はため息をついた。志摩子はやっぱり、と呟いてやっぱりため息をついた。
「あの男、帰る時スッキリした顔してた」
「わかった?」
志摩子の言葉に、凛は驚きつつも、ありがたかった。全部を語らずとも、察してくれる人の存在が。
「うわー凛ちゃん、かわいそう…」
「かわいそうなことないよ、夫だもん」
「でもあんなとこで…」
志摩子は凛に同情しつつ、未成年である美代に察せられないように、言葉を濁した。
でもその言葉を濁したことで、逆に美代にも察せられてしまった。
「え、凛さん、うそでしょ?」
「まぁ…この二人のとこには声は届かなかったってことだわ。良かった良かった」
凛は小鳥遊を見つめてニヤリと笑う。小鳥遊は、珍しく、
「笑いどころじゃねーだろ」
と、呟いた。
「もうここまで来たら、いいか。ねぇ凛ちゃん、夫婦間でもレイプって成り立つのよ?」
志摩子が全員に話が伝わってしまったのを察知して、ざっくりと切り込む。
「そんな大袈裟なことじゃないの。大丈夫よ」
凛は言葉と裏腹に泣いてしまった自分にビックリした。
「凛さん…泣かないで」
「美代…うん。ありがとう」
そして凛は泣き止むと部屋にに引き上げていった。
子供を望んで二人産んだ自分だったが、余りにも子供二人と引き離される現実に、なにが正しかったのかわからなくなるのを感じた。
今回も、啓介は子供の身の安全のためと言って、子供を連れてこなかったが、本心は凛の身体目当てだったのかもしれない。そう思ってしまう自分が自分で嫌になる。
美代はそんな悩める凛を見ているのが辛かった。感情の爆発を抑えて、そばに居るのが時折り辛いほどだった。
「夫婦って言っても、色々あるのね」
三人の中に落ちた暗い沈黙に、志摩子が問いかける。
「そうですね…」
「十七歳の美代ちゃんには、まだ重いか」
「ええ、まぁ…」
「十七歳かぁ。でもその年でここに入ってるって、なかなかだよね」
志摩子が今とても大切なことに気付いた、とばかりに呟く。
「そうでしょうか」
「話したくなったら、いつでも聞くからね」
志摩子はそう言うと、凛を追いかけて部屋に戻っていった。凛は志摩子と相部屋だった。
こういう時、自分も大部屋だったら…と、美代は夢想してしまう。
「小鳥遊さんって、なんでここに居るんですか?」
「なんでって…さぁ。自分でもよくわからないなぁ」
「そうですか」
「仲畑さんは?なんでここに、いるの?」
問い返されて美代は、それがあまりに不躾な質問だったと気付き、赤面した。
「なんでだろう。家に居場所がなかったから?」
「居場所ねぇ」
小鳥遊が驚く。
「こんなに頻繁に面会来てるのに、親」
車で片道一時間かかる割に、両親は頻繁に面会に訪れていた。
「居場所…うーん、なんていうか。ほらわたし、がらんどうになっちゃってて」
「がらんどう?」
「何も感じない、何もしたくないって。それでなんか、全てが虚しくて」
初めて自分の気持ちをこんなに言語化したなぁと、美代は思った。
小鳥遊だから、話せる気もした。
「それはなんとなく、わかる、かも」
小鳥遊は注意深く優しい目線を、美代にくれた。
「で、気付いたらここにいた」
「次はいつ出れるか、だなぁ。俺、そろそろ退院したいんだ」
「うっそ、小鳥遊さんも退院したい派?」
小鳥遊はびっくりしたように頷いた。
「彼女が待ってるから、外で」
そういえば先日、小鳥遊は外泊していた。その時に彼女と再会したのだろうか。
「彼女、居たんだ」
てっきり志摩子のことを好きなんだと思っていたので、外の世界に彼女がいるとは知らなかった。
「いるさ。一人や二人」
「二人いちゃ駄目でしょ」
「仲畑さんは?まだ退院したくない派?」
美代は思いっきり頷いた。
「まだ外の世界は怖い、かなぁ」
「怖い、かぁ。でも俺らだっていつまでもここにいれるわけじゃないからね」
「それも、そうか…」
美代は凛の居ないこの病棟を思い浮かべてみた。
がらんどうの心が、また戻ってくるような恐怖感に襲われて、美代は怖くなる。
「だからさ、特定の誰かに入れ込むのは、やめた方がいいよ」
小鳥遊の忠告に、美代の心には再びがらんどうが広がるような音がした。




