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四話 閉鎖病棟の午後

 その日の午後、美代は隔離室を出て閉鎖病棟の個室に移った。ナースステーションに一番近い個室だった。個室なのは、両親の配慮だった。

 恐々とデイルームを覗くと、老若男女入り乱れて色んな人が美代を取り巻いた。

 まだデイルームを覗くのは早かったかもと後悔していると、ある男性患者に声をかけられた。

「こんにちは。新入りさん?」

「……あ、あの…」

 その男性は、美代を下から上までチラッと見ると、ぶっきらぼうに横の椅子を指差した。

 どうぞお座りください、といったところか。

 美代はそう解釈し、男性の横に座る。

 不思議だな、と美代は思った。家では父でさえ近くに寄ると嫌悪感を感じたのに、今はそれが無い。

 そう、凛と出会ってから、美代の中の男性不信が治って来ている。

「俺、小鳥遊リョウ。きみは?」

「仲畑美代です」

「ふーん、仲畑さん。今日来たばっかり?」

 小鳥遊は、手元の小説から目を離した。サラリと前髪が揺れる。

「隔離室から出たのが今日です」

「隔離室にいたんだ、ヘェ〜」

「小鳥遊くん、こんにちは」

 と、そこに女性患者が声をかけてくる。

「こちらは?」

「仲畑美代です。はじめまして」

「わたし、凪志摩子。よろしくね」

 小鳥遊の向かいに志摩子が座ると、小鳥遊は小説を脇に避けて、志摩子と向かい合った。

 それだけで、小鳥遊にとって志摩子が、美代より大切なことが伝わってくる。

「小鳥遊くん、次は何読んでるの?」

「…ん」

「わ!わたしがお勧めしたやつ。どう?面白い?」

「お、面白いよ」

 小鳥遊は美代より五つほど上に見える。志摩子は七個ほど上だろうか?

「美代さんは、どこから来たの?外来?」

「今日隔離室から出て…」

「ああ、そうなの。大変だったわね」

 志摩子は顔を顰めた。小鳥遊はそれをぼうっと見つめている。

「わたしもご飯が食べれなくて、隔離室からスタートしたのよ。あそこ、地獄よね?」

 美代は凛を思い出して、そうだったろうか?と思い返した。

「トイレとベッドしかないし」

 志摩子は美代の返事など待たずに続ける。

「時間の感覚までなくなって…スマホも勿論ないじゃない?」

「スマホ、こっちはありなんですか?」

「主治医が許可したらね。主治医はだぁれ?」

 志摩子はポンポンと話を進める。

「女の先生…名前はなんだったか」

「佐伯先生か、橘先生辺りかな?」

「それです、佐伯先生です」

 志摩子は、小鳥遊の方を面白そうに見やった。

「小鳥遊くん、後輩が出来たね」

「え?ええ、まぁ。俺も、佐伯先生が主治医なんだ。すっげえ厳しいって噂だけどね」

「厳しい?」

 美代は恐る恐る尋ねる。

「あの人、ほら、あっちに座ってる。二ヶ月入院してて、まだ外泊も許可されないって。で、あっちよあっち、スマホが許可されないって嘆いてる」

 志摩子は嬉しそうに小声で美代に色々と教えてくれる。そうか、あの佐伯という医師は患者に厳しい事で有名なのか。

「小鳥遊くん、可愛い後輩が出来て良かったねぇ。なんか、雰囲気もお似合いだわっ」

 志摩子は小鳥遊と美代を交互に見て、そう言い出す。小鳥遊は途端に不機嫌になった。美代はそれに気付いて心が痛んだ。

「まぁでも、患者思いの医者だと思うよ、俺は」

「そうですか…」

 志摩子は別の患者に呼ばれてそっちへ飛んでいってしまった。

 小鳥遊は小説を開きながら、美代に話しかけた。

「志摩子さん、綺麗な人ですね」

 志摩子は輝いていた。閉鎖病棟という鍵のついた空間に咲く一輪の花のようだった。

「そう?」

 小鳥遊は美代をもう一度よく見た。

「仲畑さんも、綺麗だよ」

「あ、ありがとうございます」

「俺なんかに言われたって嬉しくないか」

 そう言って美代の反応に無関心に、小説の世界へ落ちていく。


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