早馬が、やって来た
読みに来て下さって、ありがとうございます。
神官長セオドア達が、他の神殿に視察に行っている日の続きです。
夕闇が近付く頃、先触れの早馬が、やって来た。
先触れの騎士は、明日、アルテアの大神殿から、こちらの神殿に訪れる者の人数や馬車の数を報告した。
「セイバー様、お久しゅうございます。お元気なお姿が見れて何よりです」
早馬に乗って来たのは、アルテアの聖騎士の1人、グリバート。私をこの国に送って行く者を決める聖なるじゃんけんに彼が負け、号泣してアルテアの大神殿で見送ってくれたのを覚えている。
早馬に乗るじゃんけんでは、勝てたらしい。
「明日、聖キャラバンが到着します。セイバー様がご入り用の物を、かき集めて参りました」
聖キャラバン……マティア神官の神官部隊は、幌の付いた荷車に乗ってくる。彼らは、アルテアの大神殿の商業部隊だ。
「ところで、本物のグリバードは、どうしたの?他の聖騎士達を、お前は、どうしたの」
いくら聖騎士とは言え、国境の魔の森を1人で通って来る事は、しない。無謀だから。早馬だとて、同じ事。
お前は、誰?
グリバードに、何をした?
「セイバー様、そんな所に居ないで、門から出てきて下さいよ。さもないと」
さもないと?
グリバードが、門番をしていた聖騎士メイスンに手を伸ばした。
「メイスン!門の中へ」
私が叫ぶと、門の中に居た聖騎士団のマーカスが門扉から手を出して、門に走り込もうとしたメイスンを引っ張り入れた。
メイスンが中に入ると共に、私は、神殿に結界を張った。
大聖女や結界の得意なマーミア姉様じゃなくとも、これ位の結界なら、張れるんだからねぇ。
「メイスン、しっかりしなさい」
私の隣に居た副神官長のエディアス様が、倒れたメイスンの様子を見た。メイスンは、すぐに起き上がり、頭を振った。
「あれ?俺、何でここに?アルテアの聖騎士と話をしてたんじゃなかったっけ」
メイスンは虚ろな目をして、そう言った。
どういう事?
「あーあ。少ししか、食べれなかった。指先で一瞬触れた程度では、これが限界か。5分位かな?」
先程までグリバードが居た場所に、メイスンが居た。
彼は、ニヤニヤと笑って、こちらを見て、舌なめずりをした。
「どうです?そっくりでしょう。
だって、その男の過ごしてきた時間を頂いたんですから。
記憶だって、ねぇ。
貴方は、副神官長のエディアス様。
そっちの聖騎士は、マーカス。
ああ、5分なんて、すぐですねぇ」
メイスンの顔が歪み、黒い大きなバッタの顔に変わった。
「これが、答えですよ。セイバー様。お初にお目にかかります。くろのファージと申します。皆様には、魔人と呼ばれる者の1人ですよ」
魔人って、人型の魔物だと思ってたわ。違う奴も、居るのね。
「そうそう、アルテアの聖騎士達でしたか。皆さん腰抜けばかりですね。グリバードから私が時間を戴いているのを見ると、慌てて逃げ出しましたよ。
もっとも、グリバードも、すぐにあちらに奪還されましたけれど」
「お前は、時間を奪えるのね。グリバードは、無事なの?」
「そうですよ。相手から生きてきた時間を奪えます。1年分の時間を奪えば、その人の1年分の姿と経験と記憶も頂けます。
それから、グリバードですか?まあ、多少若返ったのでかえって喜んでるかも知れませんね。
あちらの心配よりも、ご自分達の心配をなされた方が良いですよ、セイバー様。こんな大きな結界を張って、いつまで保ちますやら」
あー、まあ、そうなんだけど。ねぇ。そこは、指摘しないで欲しかった。
「セイバー様、私達は全員集まりますので、小さな結界で十分かと」
「ごめんなさい、エディアス様。私、ちょっと不器用で、結界って、このサイズしか張れないのよ」
周りの皆がビックリした顔になり、そして、可哀相な者を見るような目になった。
いつの間にか足元に来ていた珠は、溜め息を吐いて私を見上げた。
「全員でかかれば、魔人と言えども」
「エディアス様。姿や記憶を奪われたら、気絶するのよ。次々と奪われたら、皆が混乱するだけよ。珠、私の代わりに結界を張れる?」
「維持だけなら出来るよ。でも、セイバーが出ていっちゃ、ダメだよ」
エディアス様が、ガシッと私の両肩を掴んだ。文官だと思ってたけれど、意外と力が強いわね。
「そうですよ。セイバー様は、10歳です。10年分しかないんですよ。その後は、わかりますよね」
10年分の年月を、どれ位の接触で奪われるのか。私は、何歳までなら時間が遡っても闘えるのか、だねぇ。そして、赤子になったその後は、無に帰る。
「私が行きます。私なら、セイバー様の6倍は時間が稼げますから」
「何を言ってるんですか、エディアス様は、文官でしょう」
「ですが、気を反らす事なら出来ます。自分の分の結界なら張れますし。私が奴の気を反らしている間に、セイバー様が奴を」
くろのファージが、高らかに笑いだした。
「私の獲物は、セイバー様、貴女ですよ。他の人間なんて要りません。
大丈夫です。赤子に戻って貰うだけで良いんですよ。命までは、とりません。私の主が、貴女が皇帝の嫁になるのを嫌がっているだけなので。
流石に、殺すとなると、アルテアの報復が怖いので。貴女が赤子になれば、嫁にしても、ねぇ。そちらだって、好都合なんじゃないですか?」
あー、そっちか。だから、時を食べる能力の魔人が来たのねぇ。
「ほらほら、早く出てこないと、次々と他の人を襲うだけですよ。
耳を澄まして聴いて御覧なさい。馬車と馬の
足音がする。どうやら、人質候補が、向こうからやって来た様ですね」
確かに、馬車の音や、馬が駆けてくる音がする。
セオドア様達が、視察から帰ってきたのだ。
「神官長様、密告通りでしたね。随分と派手に横領が行われていました。あれ?浮かない顔ですね」
「ジェラルド。どうして、今、この時期での密告なんだろうね」
「それは、私も、そう思います。しかも、こんなに分かりやすい横領ですし」
「おい、騎士団長。オスカー、ヘイゼル。急ぐぞ。何やら胸騒ぎがする」
「ちょっ、ちょっと、神殿長様、私を飛び越えて馬に命令するのは止めてください!おい、オスカー、ヘイゼル、ちょっと待て。ひいぃーっ」
セオドア、実は御者役の神官よりも、馬に懐かれてます。




