【超短編小説】ブルース内線電話ウィルス
路地をバタバタと走る新聞配達のバイクの音で目を覚ました。
頭がぼんやりとしている。
あくびをして身体を伸ばし、窓に広がるうっすらと白い空を眺める。
そう言えば夜が短くなった。
なんとか身体を布団から引き剥がし、足を引きずるみたいにしてリビングに向かうと、すでに起きていた両親が食卓についていた。
「おはよう」
「あぁ、おはよう」
トースターに自分の食べる分を放り込んだところで咳が出た。
すると、鼻の奥から厭に固くなった茶色い痰が飛び出で机に張り付いた。
「厭ね、もう」
人数分の目玉焼きをフライパンごと持ってきた母親が嫌悪感を隠そうともせずに言った。
「別にしたくてやってるのとちがうわ」
まだ鼻の奥、と言うよりは喉に違和感を覚えながら言い返した。
目玉焼きを数えると四つある。姉はまだ寝ているのだろう。起きる前に食ってしまおうか迷っていると、次はクシャミが出た。
「失礼」
と言うおれの声は完全に鼻声になっている。
恐らく風邪を引いた。
「鼻声じゃないの。どこでもらったのよ」
コーヒーサーバーを持ってきた母親は相変わらず厭そうな顔をしている。
どこでもらったか、と言われればバイト先以外には考えられない。
それも寂しい話だが、ここ数日はそれ以外の接触が何もない。
「まぁバイト先だろうなぁ」
そうじゃなけりょ電車移動中、もしくはアンタら家族からのそれって事になる。
風邪かインフルエンザが流行っている、と言うのは職員から聞いた。
「あら、そうなの」
「なんか毎年、内線電話で感染る人が多いんだとさ」
おれがそう言うと、母親は手に持ったコーヒーサーバーを一瞬止めて逡巡して、今度は不機嫌そうな音を立てて置いた。
「なんだよ、急に」
「だって馬鹿なことを言うから」
風邪をひいているだけで不愉快なのはお互い様だが、一体全体なんだと言うんだ?
自分のマグカップにコーヒーを注ぎながら考えても、おれの発言に落ち度は無い。
「今の会話のどこに馬鹿な要素があったんだよ」
「電話で風邪が感染る訳ないでしょ」
母親がおれを馬鹿にしきった目で見ている。
親じゃなけりゃ殴っていた。
親だから耐えられた。
「感染るんだよ、実際に」
「どうしてよ、どうやって感染るのよ」
「風邪引いた奴が電話を使えば感染るだろ」
母親はもういい、と言うように手を振っておれの話を追い払った。
父親が新聞をめくり、ガシャリとした音が遠慮がちに転がった。
不愉快だ。
不愉快でしかない。
風邪をひいた上に、なんでこんな思いをしなけりゃならんのだ?
風邪を引いたヤツが内線電話を使う。そうしたら次に使うヤツがそのウイルスを……と、そこまで考えて厭な予想が立ち上がった。
母親は何かを誤解しているのでは無いだろうか?
まさかとは思うが、おれの「電話で風邪が感染する」と言うのを、「風邪ウィルスが電話線を通して感染する」と言う意味に受け取ったんじゃないだろうか?
いくら何でもそんな訳が無い。
そんな馬鹿な勘違いがあってたまるか。
相変わらず苛立たし気にコーヒーを飲んでいる母親を横目で見た。
まさかそんな馬鹿な勘違いは無いと思いたい。
呆けるには早過ぎる。
いつかそうなる日も来るのだろうけど、いまはそうじゃないはずだ。
だから確かめる必要も無い。
しかし。
これでコーヒーが薄かったらどうしようか、と思うと飲む気にはなれなかった。




