第8話 守るに値する国
国会議事堂・地下零層。
円形の最奥の間に、静寂が落ちていた。
夜明けまで、残り47分。
石の台座の周囲で淡く脈動する文様は、
まるで呼吸するかのように光を強めている。
「この国は、守るに値するか?」
〈ツクヨミ〉の問いは、
銃口よりも鋭く、六人の胸に突き刺さった。
最初に口を開いたのは、天野だった。
「……あなたは“国”を何だと思っている?」
〈ツクヨミ〉は即答した。
「機構だ。
人が作り、人が歪め、人が暴走させる。
だからこそ、止める装置が必要だった。」
如月が低く言う。
「その判断を、お前一人が下すのか。」
「違う。」
〈ツクヨミ〉は三つの扉を指差した。
「本来は“三つの意思”が揃った時だけ動く。
だが今の国は、形骸化した儀式に成り下がった。」
神田が吐き捨てる。
「だから初期化?
ふざけるな。
生きてる人間を“やり直しデータ”みたいに扱うな。」
槇村が震える声で問いかける。
「……再定義装置が動いたら、何が起きるの?」
〈ツクヨミ〉は一瞬、言葉を選んだ。
「物理的な破壊は起きない。
だが――
国家の中枢意思決定系統は、全て白紙に戻る。」
嶺が理解し、顔色を変える。
「……憲法、統治機構、国際条約……
すべて“無効化”される。」
「正確には、“凍結”だ。」
〈ツクヨミ〉は淡々と続ける。
「国は生きるが、国家としては一度死ぬ。」
八重樫が静かに言った。
「……それは、守ることじゃない。
殺すことです。」
〈ツクヨミ〉は、初めて目を伏せた。
如月は一歩前へ出た。
「……十年前、
お前を“死んだこと”にしたのは、俺だ。」
〈ツクヨミ〉が顔を上げる。
「知っている。」
「国安が崩壊するのを恐れた。
だから、真実を隠し、
お前を切り捨てた。」
如月の声は、かすかに震えていた。
「だが……
それでも俺は、この国を“今”生きている人間ごと、
消し去る選択は出来ない。」
〈ツクヨミ〉は静かに笑った。
「……それが、君の答えか。」
天野が続く。
「俺は国家を信じていない。
だが、“国家を信じない自由”がある国は、
守る価値がある。」
神田は拳を握りしめる。
「クソみたいな政治も、
守れない現実も、山ほど見てきた。
それでも――
やり直す権利まで奪うな。」
槇村は涙をこらえながら言う。
「人は、失敗したまま生きて、
悔やんで、学ぶ生き物よ。」
嶺が静かに頷く。
「外から見れば、この国は歪んでいる。
でも……
歪みを自分で直そうとする力は、まだ残っている。」
最後に、八重樫が言った。
「私は、“今ここにいる人”を守る。
理念よりも、命を。」
六人の答えは、一つに収束していた。
〈ツクヨミ〉は、静かに目を閉じた。
「……そうか。
やはり、時代は変わった。」
彼は懐から、銀色の鍵――
ツクヨミを取り出す。
「この鍵は、“装置を動かすため”のものではない。」
如月が目を見開く。
「何だと?」
「止めるための鍵だ。
三本が揃えば、再定義は“永続停止”される。」
黒瀬が叫ぶ。
「じゃあ今までのは……!」
「選別だ。」
〈ツクヨミ〉は静かに言った。
「国安が、
“まだ国を信じているか”を確かめるための。」
カウントダウンが、
残り12分を示す。
〈ツクヨミ〉は、如月に鍵を差し出した。
「君が持て。
それが、十年前の答えだ。」
如月は、しばらく鍵を見つめ――
ゆっくりと受け取った。
「……終わらせよう。」
その瞬間、台座の光が強く脈動する。
しかし、それは“起動”ではなかった。
封印の光だった。
振動が止み、
地下零層は静寂を取り戻す。
〈ツクヨミ〉は、影の中へと下がりながら言った。
「国安は、まだ必要だ。
――だが、次は“隠すな”。」
そして、彼の姿は消えた。
東の空が、わずかに白み始める。
国家は、死ななかった。
だが――
国安の“役割”は、確実に変わった。




